37 我、幻夢(VR)で精霊と戯る
広間に戻った俺たちは〈妖精郷〉へゴブリンたちの食料や道具類を運び込む準備をした。数百人分の備蓄から必要なものを全て運ぶには時間が掛かる。その間に、俺はゴブリンメイジに案内されてモリーアンの財宝を確かめることにした。
「ここです」
案内された場所は、彼らが倉庫として使っていた部屋から続く隠し部屋で、中には頑丈な造りの宝箱が一つ置かれていた。
俺は罠や鍵の有無を確認する。大幅に成長した〈器用〉によってミリ単位以下の繊細な作業が可能になったおかげか、複雑な機構の罠をあっさりと解除する。鍵も数秒で解除し、宝箱を開ける。
中には金貨や宝石が入っており、幾つか装飾品や工芸品もあるようだった。その中に一つ気になるものがあった。
美しい玻璃瓶に入った液体だが、強力なエーテルを感じるのだ。俺はスマラを心話で呼んで調べてもらうことにした。
「なぁに? 今忙しいんだけど」
スマラは運び込む食料の選別を手伝っていたはずだが、大半の仕事をゴブリン達に任せ、スマラ自身は専ら酒類の選別に勤しんでいたようだった。
「酒も大事だが、こっちを調べてくれ」
「仕方ないわね…。え、ちょっとこれって〈霊薬〉じゃない!」
「〈霊薬〉?」
聞き覚えのない単語に俺は首を傾げた。
「〈霊薬〉は別名『神々の雫』と言われる飲み物で、飲む者に栄養と活力を与えると言われているわ。今では製法の失われた貴重なものよ」
スマラの説明に俺は頷き、早速飲むことにした。蓋を開け、そこから漂う馥郁たる香りに思わず笑みが零れた。
一気に飲み干そうと思ったところで、慌てて止める。もしかして…。
俺は〈全贈匣〉から〈極光の宴〉を取り出すと、〈霊薬〉をゴブレットに注いでから飲み干した。
飲み干した瞬間、酒気は感じないのに身体がカッと熱くなるような感じがすると、得も言われぬ快感が体中を走り抜けた。思考がクリアになり、世界が広がったように感じた。
「どう? 何か変わった?」
「変化はあったように感じる。世界がより鮮明に見えるというか…」
スマラの問いに、俺はあまり明確な答えが返せなかった。スマラは俺をじっと見つめると、
「あら、〈知性〉が高くなってるわよ」
〈鑑定眼〉で俺を確認したらしく、スマラがそう伝えてきた。なんと〈知性〉が倍になっているらしい。もはや成長の大盤振る舞いである。
俺は〈極光の宴〉から〈霊薬〉を注ぐように念じながら瓶を傾ける。すると馥郁たる香りの液体がゴブレットへと注がれていく。
やった! 成功だ!
〈極光の宴〉に〈神酒〉や〈霊酒〉が登録できると言われていたので、〈霊薬〉も登録できないかと思ったのだが、上手く登録できたようだ。俺はゴブレットに注いだ〈霊薬〉を一気に飲み干す。
味は先ほど飲んだ〈霊薬〉そのものだったが、不思議と快感は感じなかった。俺はスマラに確認をしてもらう。
「どうだ?」
「特に〈能力〉に変化はないみたい。一度きりしか効果がないんじゃないかしら?」
なるほど、それは有り得る。残念だが仕方あるまい。俺は〈極光の宴〉を仕舞おうとした。すると、
「ねぇねぇ、私も〈霊薬〉飲みたい」
とスマラが言ってきたので、ゴブレットに〈霊薬〉を注いでやる。スマラは器用に前足を使ってゴブレットを支えると、一気に飲み干した。
飲み干した瞬間、スマラはビクリを身体を震わせると、ゴブレットを取り落とした。そして次の瞬間、へにゃりとしてその場に寝転がる。
「ふわぁ~、良く分からないけど気持ちいい~」
「大丈夫か?」
「平気~。なんか身体がポカポカする~」
スマラはしばらくボーっとしていたが、一度ブルリと身体を震わすと、何事もなかったかのように起き上がると、
「何か力が湧いてくる感じがする!」
スマラは嬉しそうに言った。やはり〈霊薬〉の効果は一人1回ということなのだろう。
モリーアンの財宝の回収も終わり、俺たちが広間に戻ると、荷物の搬入もあらかた目星がついたようだ。
俺はもう一度〈妖精郷〉の扉を開き、荷物が運び終わるまで扉を解放したままにする。ゴブリンロード達が荷物を運び込む間、俺はスマラと共に周囲を警戒する。
他のゴブリン達が戻ってくることはしばらくないだろうが、〈徘徊者〉が出現しないとも限らない。〈妖精郷〉の扉はすぐに閉じることができないので、こうして見張りに立つわけだ。
ゴブリン達は手分けして荷物をどんどん運んでいく。てゆうか、ゴブリンライダーがどこから連れてきたのか狼を連れて行こうとしていた。
「おいおい、狼も連れていくのか?」
「はい。我が騎獣であり友でありますから」
そう言って誇らしげに狼を撫でるライダー。これは早急に何とかしないと本気で死活問題になる。
俺がどうしようかと考えていると、荷運びは終わったらしく、
「主殿、荷運び完了致しました」
とゴブリンロードが報告してきた。俺は頷くと、
「お疲れさま。そうしたらもう一度〈妖精郷〉へ行こうか」
と言って俺たちは〈妖精郷〉へと戻ることにする。とりあえず今はやれることから始めていこう。俺たちは手分けして運び込んだ荷物の仕分けをすることにした。
家などはおいおい建材を用意するとして、しばらくは運び込んだテントで寝泊まりしてもらおう。食料は充分にあるみたいだけど、いずれは自給自足をしてもらわないといけないな。
ゴブリンロード達はその手の生活技能は苦手っぽいし、いい方法があればいいんだけど。
それに俺が面倒を見る以上、衣食住は充実してやりたい。装備だっていつかは魔法の掛かったやつを揃えてやりたいし。
「さてこれからどうするかな」
「主殿は試練を続けるのでは?」
俺の独り言にゴブリンロードは律儀に確認してくる。
「それはそうだけど、君らのことさ。このままだと遠からず食料は尽きるだろう? 狼には肉も必要だろうし」
「そうですな。流石に〈迷宮〉の中で狩りをするわけにもいきませんしな…」
〈妖精郷〉に野生動物がいれば良かったんだが、生憎と俺が持ち込まないと動物は増えないらしく、捕獲して逃がすにしろ、牧畜を行うにしろどこかから連れて来なければならない。
「ねぇねぇ」
「なんだ?」
俺がゴブリンロードと相談していると、足元からスマラが声を掛けてくる。
「テフヌトに相談してみれば? 彼女ならいい知恵があるかもしれないわよ」
「そうかもしれないけど、テフヌトとはマジックアイテムの作成以外手を借りないって約束したしなぁ」
「とりあえず聞いてみれば良いんじゃない? 駄目なら駄目って言うでしょ」
スマラの言葉に俺は頷く。確かにスフィンクスのテフヌトならば、何か名案があるかもしれない。
俺はゴブリン達に設営を指示し、家へと向かう。〈召喚環〉を使ってテフヌトを呼ぼうと3階へと上がると、そこにはテフヌトがどこから用意したのか柔らかそうな絨毯に寝そべって寛いでいた。
「来てたのか」
「ええ。こちらの方が過ごし易いので」
向こうには呼ばれたら行きますから。テフヌトはそう言って微笑んでいる。それでいいのか試練の守護者。まぁ召喚する手間が省けたので早速相談することにした。
「相談があるんだけど、良いかな?」
「何でしょう?」
「実はモリーアンというやつを試練で倒したんだが、その時にモリーアンの部下だったゴブリン達が俺に付いていきたいと言ってきたんだ。連れてきたのはいいんだけど、〈妖精郷〉で暮らすにはある程度自給自足ができないとまずい。そこで畑や牧場なんかを作ろうと思ったんだけど、ゴブリン達にはそういったことは無理そうなんでな。何かいい方法はないかと思って相談に来た」
テフヌトは頷くと、思案し始めた。俺はとりあえず待つことにする。
「貴方が成長すればそれに比例して〈妖精郷〉の規模や、利用できる施設も増えるので問題は解決すると思いますが、現状ではこれ以上は無理ですので、確かに自力で開墾などを行わないといけませんね。貴方への負担がかかりますが、簡単な方法があります」
テフヌトはそう言って微笑む。何やら企んでいるのが見え見えなんだが、とりあえず聞いてみることにする。
「その方法とは?」
「私が〈精霊〉の魔法で呼び出した精霊と〈誓約〉するのです。〈誓約〉できれば、彼らの力を借りて様々なことができるようになりますよ」
精霊との〈誓約〉、ね…。
リィアと〈誓約〉を行った際にヴィオーラから聞いたが、あの時のようにまた儀式をやるのだろうか。まぁ、できないことならテフヌトが提案してくることもないだろうから、それが手っ取り早いというならやってみるか。
「それで解決するなら構わないよ。でもいいのか? 今回はマジックアイテムの作成とは関係ないが」
「この程度は大した問題ではありませんからね。それにここでの生活が充実するのですから、協力することには吝かではありません」
なるほど、俺が精霊と〈誓約〉すれば、テフヌトの方にもメリットがあるということか。
それにしても、もはやすっかり自分の家と化しているようなテフヌト。これでいいのか試練の守護者。
「それじゃあ早速〈誓約〉しようか」
「分かりました。それでは外へ出ましょう」
俺の言葉に、テフヌトは頷くと外へと移動する。テフヌトは家の外に出るとゴブリン達が設営している草原へと進んでいった。
ゴブリン達は、俺と共に近づいてくるテフヌトを見て騒めいている。テントを張る手を止めたゴブリンロードが緊張した面持ちでこちらに近づいてきた。
「主殿、そちらの方は…?」
「うちの居候のテフヌトだ。3階に住んでいる」
「居候とは酷いですね。まぁ事実ですが。テフヌトと言います。お世話になることもあるでしょう。よろしくお願いします」
「スフィンクス殿が同居なさっているとは…。主殿は一体何者なのか…」
エメロードを見たとき以上の緊張が伝わってくるゴブリンロードに、これから精霊と〈誓約〉することを伝える。ゴブリンロードは頷くと、ゴブリンメイジを呼び寄せ、何事かを話していた。
俺はテフヌトに、
「それでどうやって〈誓約〉するんだ?」
「私が今から〈精霊〉の魔法で呼び出すので、呼び出した精霊と〈誓約〉を行います」
「儀式をやるのか?」
「一応〈誓約〉の際の儀式はありますが、それよりも大切なことは、精霊に貴方の力を認めさせなくてはなりません」
うん? と言うことは…、
「まずは精霊と闘い、貴方の力を認めさせるのです」
デスヨネー。
薄々分かってはいたけれど、やっぱり実力行使になるのね。リィアと〈誓約〉した時と同じなら、わざわざ外に出てくる必要はなかったと思うし、こうして外に出てくるということは、部屋の中では難しいことが〈誓約〉に必要だということになるからだ。
「了解した。早速始めよう」
「準備は大丈夫ですか?」
「事前に魔法を使ってもいいのか?」
「構いませんが、魂力が持ちますか?」
テフヌトが心配そうに首を傾げる。試練によって大幅に強化された〈体力〉のおかげで、SPも上昇している。問題はない。
「使っていいなら掛けておくから、そっちも進めてくれ」
「分かりました」
俺はスマラに手伝ってもらいながら、魔法を掛けていく。といってもいつもの〈神速〉と〈付与〉をかけるだけだが。今回はスマラが〈神速〉を、俺が〈付与〉を掛ける。俺のほうがSPに余裕があるし、こうやって時間がある時や対象が俺だけの場合、効果時間の長い〈神速〉をスマラが掛けたほうが効率が良いのだ。
俺たちが魔法を掛けている間に、テフヌトのほうも召喚が終わるようで、草原の上に現れた魔法陣が一際輝きを増すと、何かが召喚された。
その光景に、距離を取って取り巻いていたゴブリン達から声が上がる。俺はいつ闘いが始まっても良いようにその場で身構えた。
魔法陣から姿を現したのは、燃え盛る深紅の身体を持つ大きな鳥だった。
〈火焔鳥〉
精霊の中でも四大と呼ばれる地水火風のうち、〈火〉を司る上位の精霊だ。顕現した時の強さは召喚した術者に依存するとはいえ、存在自体が強力なフラムファルコを呼び出すなんて…。
テフヌトのやつ、俺を殺す気か…?
俺の心中を察することなく、フラムファルコは言葉を発する。
『テフヌトよ、此度は何用だ?』
『今日はこの者と〈誓約〉を結んで欲しいのです』
テフヌトが俺を指し示すと、フラムファルコの炎が揺らぐ。
『冗談は止せ。只人が我と〈誓約〉を結べるはずがない』
『冗談でわざわざ貴方を呼んだりしませんよ。時間がもったいないので途中の儀式は省略します。全力で闘ってください』
テフヌトの言葉にフラムファルコはより一層炎を揺るがすと、俺と向き合った。
『全力でといったが、消し炭になってしまっても知らんぞ』
『構わないさ。それじゃあやろうか』
俺が〈精霊語〉で返すとフラムファルコは驚いたかのように一瞬炎を揺らすが、すぐに空へと舞い上がる。そして、
『我と〈誓約〉を結べるかどうか試してやろう! 死しても運命と諦めるが良い!』
と言って飛び込んでくる。全身が炎に包まれたフラムファルコの突進を食らえば只では済まない。発せられる熱気に周囲のゴブリン達が呻き声を上げた。
速い! だが見切れないほどじゃない!
俺は迫るにつれて身を焼く熱さに耐えながら、ぎりぎりまでその場に留まった。フラムファルコは勝利を確信しているのか、真っ直ぐに飛び込んでくる。まだだ、まだ早い。
フラムファルコは広げていた翼を畳み、更に速度を増すと一条の炎の矢となって必殺の一撃を見舞おうとする。
ここだ!
俺は限界まで留まっていた場所から僅かに半身を逸らす。フラムファルコから立ち昇る炎が髪や肌を焼いていくのが感じられる。
皮一枚の間合いでフラムファルコの突進を躱す瞬間、俺は両手に構えていたカタールとバスタードソードをフラムファルコの軌道上に置いていく。
フラムファルコは目を見開くがもう遅い。突進の勢いをそのままに俺が構えた武器へと突撃したフラムファルコは、勢いを保ったまま交差し、通り抜けた。
顕現したことで実体を伴ったはずのフラムファルコを迎え撃った武器に感じた衝撃は、思っていたよりも遥かに小さかった。
〈付与〉によって強化された二つの刀身は、フラムファルコの突進の勢いをも利用し、フラムファルコの身体を音もなく切り裂いていた。
『ま、まさか…』
綺麗に3枚に卸されたフラムファルコが宙に溶けるように四散する。俺は武器を構えたまま、再び実体化するのを待ち構えた。
正直言って今のはかなり上手くいったほうだ。もう一度やれと言われてもやりたくはない。
俺がいかに強くなったとはいえ、上位精霊であるフラムファルコが簡単に倒れるとは思っていなかった。すぐに再生し、攻撃に移るのは目に見えていた。
目に見えていたのだが…。
僅かな時間を経て再度実体化したフラムファルコは、ゆっくりと羽搏くと俺の前へと降り立ち、そのまま首を垂れた。
『見事。まさかあのような返し手をこの身で受けようとは思わなんだ。顕現したてとはいえ、我の攻撃をいなせる者が只人にいたとはな…』
フラムファルコは首を垂れたまま言葉を続ける。
『ただ見事なり! 我は喜んで汝と〈誓約〉を結ぼう』
幾久しくよろしく頼む。フラムファルコはそう言って、ふわりと飛び立つと俺の肩へと舞い降りる。そして嘴を俺の耳に近づけると、
『〈誓約〉の証として我が〈真名〉を伝える。決して他の者には教えぬようにな』
と言って俺にだけ聞こえるようにそっと〈真名〉を告げた。俺は頷くと、フラムファルコは満足そうに頷き、
『これで〈誓約〉は成った。何なりと命ずるが良い』
とフラムファルコは言う。随分と簡単な〈誓約〉だな。リィアとの〈誓約〉とは全く違うが、巫女と精霊では〈誓約〉の仕方も違うのだろう。
天地神明に誓って助力をしよう。そう言うフラムファルコに対しテフヌトは、
『どうやら無事〈誓約〉できたようですね。それでは次に行きましょう。それまでは待機です』
と言う。俺は嫌な予感を覚え、
「なぁ、次って…?」
「決まっているでしょう、他の精霊とも〈誓約〉を結ぶんですよ。〈火焔鳥〉だけじゃ何もできないじゃないですか。最低でもあと3つ、地水風の精霊とも〈誓約〉するんですから」
テフヌトは何を当たり前のことを言っているんだ、と言う顔でこちらを見ていた。
マジですか…。
〈誓約〉を結ぶのだから手を貸してはいけないとフラムファルコに釘を刺すテフヌトの声を聞きながら、俺は精霊との〈誓約〉は早まったかと心の中で僅かに後悔していた。
今更撤回できないしな…。
そこからは怒涛の〈誓約〉ラッシュとなった。もはや〈誓約〉のバーゲンセール状態である。
水の上位精霊〈水霊亀〉に始まり、地の上位精霊〈地皇獣〉、風の上位精霊〈蒼風龍〉と連戦させられた。
どの精霊も強敵だったが、大小の怪我をしつつも何とか倒して〈誓約〉することができた。いつか機会があれば話したいと思う。
「まさか本当に全てと〈誓約〉するとは思いませんでしたよ。半ば冗談だったのですが」
周囲からゴブリン達の喝采を浴びる俺を見て、テフヌトは苦笑する。冗談で上位精霊をけしかけるのは止めて欲しい。
「〈誓約〉するのは別に上位精霊でなくても良かったんじゃないか?」
〈誓約〉を終えた精霊たちが周囲に集まる中、俺がそうテフヌトに尋ねると、
「確かに作業を行うのは下位や中位の精霊たちになると思いますが、それだと膨大な〈誓約〉が必要になりますし、時間もかかります。それならば上位の精霊と〈誓約〉したほうが手間も時間も少ないですよ」
テフヌトの答えに頷く。確かに何十、何百と〈誓約〉を結ぶのは大変だろう。だが、
「俺が死んだらどうするんだよ」
と言うと、テフヌトは微笑みながら、
「その時はその時です。私の見込み違いということになるでしょう。ですが、そうならないと思ってましたし、貴方は〈異邦人〉でしょう? それならば万が一の時には蘇生すると思ったので」
と言ってきた。流石スフィンクス、俺が〈異邦人〉であることを見抜いていたようだ。俺は苦笑を返しつつ、
「まあ何とかなったから良いんだが、これからどうすれば良いんだ?」
「〈誓約〉した精霊たちに協力してもらって〈妖精郷〉を開拓すれば良いでしょう。彼らは上位精霊なので、眷属である下位や中位の精霊を呼び出すことができますよ」
テフヌトの言葉に俺は周囲を見回した。精霊たちは静かに待機していたが、俺たちの会話を聞いていたらしく、
『友よ、我らは何をすれば良いのだ?』
と言ってきたので、俺は、
『まずはこの草原に田畑を作りたい。開墾や灌漑が得意な精霊がいればお願いしたいな』
と言うと、
『心得た』
と言って頷いたのはテラビーストだ。彼が何かを念じると、彼の周囲に次々と精霊が姿を現した。
「〈家小人〉に〈小人職人〉、〈採掘小人〉に〈納屋護人〉まで…。凄いわ、地の精霊が揃い踏みって感じ」
現れた精霊を見てスマラが感嘆の声を上げた。他の精霊たちもそれを見て次々と精霊を呼び出していく。
フラムファルコは〈火蜥蜴〉や〈南瓜頭〉、〈火翼人〉などを。
アクアタトルは〈水乙女〉や〈霜雪精〉、〈泉少女〉などを。
エアリスドラコは〈風乙女〉や〈小羽精〉、〈暗緑犬〉などを。
周囲に現れた精霊たちは呼び出されたことに喜んだのか、俄かに騒ぎ始めた。それを上位精霊たちが窘めると、静かになって付き従った。
『眷属たちを呼び出した。さぁ何でも言ってくれ』
上位精霊たちの言葉に、召喚された精霊の多さに圧倒されていた俺は、慌てて居住まいを正すと、
『これだけの精霊が手伝ってくれるならほかのこともできそうだな』
『作業だけではなく、管理なども頼むことができる。そういったことを生業にする者も多い』
確かに、ブラウニーやドモヴォーイなどは家や納屋の管理が得意そうだし、ノッカーに頼めば鉱山とか管理してくれそうだ( 俺の妖精郷に鉱山があるのかは疑問だが … )
『それに関しては出来上がってからお願いするかな。まずはそれぞれ得意なことで作業して欲しい』
『どこまでやれば良いのだ?』
『とりあえず、ゴブリン達と相談して最低限これが必要というところまではやって欲しい。俺もここに関してはまだわかっていないことが多いから、テフヌトとも相談してくれ。後、家の地下にはヴァーンニクがいると思うから、彼女とも相談してくれ』
『〈浴槽精〉がいるのか。それならば水回りは問題なさそうだな』
俺の言葉にアクアタトルが頷いている。あまり詳しく決めると時間がいくらあっても足りなそうなので、ある程度は皆に任せるようにし、俺は探索に戻ることにした。どんな風に開拓されるのか楽しみだ。
「それじゃあ俺は探索に戻るよ」
「主殿、我々もお連れください」
「いや、お前たちはここで待機だ」
「しかし…」
「あの〈迷宮〉は勇者になるための試練なんだから、他者の力を借りたらまずいだろ。お前たちはここで訓練でもして待っていてくれ。力を借りるときには呼びに来るから」
「…御心のままに」
ゴブリンロードは、不承不承といった感じだったが頷いてくれた。他のゴブリン達に指示を出して訓練の準備をする。
「無茶はするなよ。それとクライスとエメ、お前たちも訓練には参加するように」
「はい」「分かったわ」
俺の言葉にクライスとエメロードは返事をする。
『我らも訓練したほうが良いのか?』
『やりたかったら構わないぞ。死なないようにしてくれれば』
『心得た。友の配下を鍛えてやることにするか』
「私も参加しましょうかね…」
竜や精霊、スフィンクス( 暇なのか? それでいいのか試練の守護者 )も参加すると聞いたゴブリンロードの顔が引きつっているように見えるが、〈妖精郷〉で一緒に暮らすんだ。お互いのことは良く知ってもらいたいし、切磋琢磨してレベルアップしてもらいたい。
「訓練にかまけて開拓を疎かにするなよ」
俺はそう言って扉を開くと、探索に戻るのだった。




