36 幻夢(VR)でも衝動は怖い
温泉を抜けた先は天然の洞窟となっていた。時折風が通る音以外には、通路を進む俺達の足音だけが響いている。
洞窟は時に大きく、時に小さく蛇行しながら続いている。どれくらい歩いただろうか、通路の先から流れる風が徐々に強くなっているのが感じられた。その音が大きくなるにつれ、この先が開けた場所になっていることが伝わってきた。通路が終わり、俺は慎重に様子を窺った。
洞窟の先は、大きな裂け目の途中へと繋がっていた。上を見上げると暗闇に包まれ天井は見えず、足元を覗いても、切り立った崖の底は暗闇に包まれ底を見ることはできなかった。
洞窟の出口からは、裂け目を横切って、かろうじて人一人が通れそうな通路が対岸へと続いている。裂け目の幅は30メートルといったところか。
裂け目を吹き付ける風が、俺の髪を激しく揺らしている。俺は振り返るとスマラに、
「まず、俺が渡ってみる。俺が無事に対岸まで辿り着いたら、通路を渡ってくるんだ」
「一緒に渡ったほうがよくない?」
「こういった場所は、通路の途中で罠が発動するか、魔物に襲われるのが定石だよ。一緒に行動させたければ、何かしらイベントが起きるだろうさ」
その時は、一緒に渡るしかない。俺はそう言ってスマラをその場に留まらせると、ゆっくりと通路を渡り始めた。
実は、俺は高所恐怖症だったりする。しかも、ちょっと変わった感じの。
高いところから下を見下ろすと、ゾクゾクするんだが、もちろん、怖いということもあるのだけど、それ以上に、飛び降りたくなってしまうのだ。
別に自殺願望があるわけじゃないのだが、飛行願望というか、飛び降りたら気持ちいいだろうなぁ、と考えてしまう。
もちろん、何の備えもなしに飛び降りれば死んでしまうのだが、理性では分かっていても、我慢するのは大変だった。
現に今も、裂け目に飛び込みたい衝動がある。特に死んでも復活できる今、〈幸運〉が減るリスクを分かっているのに、衝動的に跳び込みたくなるのを必死に我慢していた。
裂け目に吹く風は不規則に勢いを変え、通路を渡る俺を吹き飛ばそうとする。だが、試練によって上昇した〈器用〉は、風など全く問題にしないバランス感覚を俺に与えてくれていた。
まるで風など吹いていないと言った感じにするすると歩を進めて行く。この程度の風であれば、今の俺には脅威にすらならなかった。
そうして通路の半ばまで進んだ時、風の音に混じり、何かが聞こえてきた。
それは風を切り裂く羽音と、奇妙な鳴き声だった。
俺は聞こえてきた方へと目を凝らす。〈暗視〉によって暗闇を見通す俺の目に、音の正体、その姿が飛び込んできた。
それは、一言で言えば、蜂と翼竜を足したような姿だった。
体長は2~3メートルといったところか。それは奇妙な鳴き声を上げなから、通路の上で待ち構える、俺へと襲い掛かってきた。その数は3匹。
『あれは〈風蜂魔〉! ヴァイナス気を付けて!』
スマラが心話で警告を発する。
バイアクヘーは裂け目を吹く風に乗り、素早く俺に近づくと、鋭い爪の生えた前腕で掴みかかってきた。足場が悪いこの場所では、回避できる場所が限られるうえ、空を飛び、四方から襲い掛かるバイアクヘーの攻撃を躱すのは至難の業だ。
そう、以前の俺だったら。
俺は冷静に、飛び掛かってくるバイアクヘーの軌道を読み、順番を読んだ。そして、取るべき行動を組み立てる。
1匹目の鉤爪を最低限の動きで躱すと、左手のカタールを繰り出し、その翼を切り裂く。翼膜を裂かれたバイアクヘーはバランスを失うと、底の見えない裂け目へと落ちて行った。
同じように、2匹目、3匹目のバイアクヘーの攻撃も躱し、翼を切り裂いていく。
吹き付ける風の中、相手の軌道を読み、感じることのできる知覚力、そして、ブレることなく行動できるバランス感覚の向上と身体能力に、俺は驚きと共にニヤリと笑みを浮かべる。
素晴らしい。能力の上昇とは、ここまで影響があるものなのか。
叫び声を上げながら落ちて行くバイアクヘーを確認し、追撃がないことをその場で確かめると、俺は心話でスマラに通路を渡ってくるように伝え、追いつくまでその場に留まった。
「この風の中で、何よあの動きは? 竜を倒した時もそうだけど、随分と強くなったわね!」
合流したスマラはそう言って喜んでいた。
「俺も驚いているよ。苦しかったけど、試練を乗り越えた甲斐はあったな」
俺はそう言って頷くと、スマラには影に潜むように指示を出す。
どうやら、誰かが渡る度にバイアクヘーが襲って来るわけではなかったようだ。後は通路が徐々に崩れるといった可能性を考えて、いつでも走り抜けられるように準備だけはしておく。
それにしても、今もまた裂け目に飛び込みそうになった。危ない(自分が信じられない)ので、さっさと渡ることにしよう。
俺は誘惑に耐えるため、前だけを見て通路を渡ることにした。でも、誰にも迷惑をかけない場所で、一度飛び降りちゃうんだろうなぁ…。
俺はそんなことを考えつつ、無事に通路を渡りきるのだった。
通路を渡った先は、天然の洞窟から、石造りの人工的な通路へと変わっていた。俺は罠がないかどうかを調べながら進んでいく。
上昇した〈知性〉や《暗視》の影響もあって、明かりのない通路でも、周囲を知覚する精度は精密さを増しているのが分かる。
油断は禁物だが、今ならジュネともいい勝負ができそうだ。彼女は元気にしているだろうか…。
始まりの街にいる教官のことを考えながら通路を進むと、通路は緩やかに傾斜しながら下っていく。やがて通路は遺跡の中へと続いていった。
奥へ進むにつれて通路の幅は広がり、それに合わせて傾斜も緩やかになっていった。天井の高さは変わらずにいたため、進めば進むほど天井は高くなっていった。
今進んでいる場所は、道幅が10メートル以上ある大きな通りを挟むように、石窟寺院のように無数の窓のようなものが作られた壁面が、覆いかぶさるかのように続いている。
通路を逸れて窓を調べてみたのだが、奥行きもなくかつての家具か何かの残骸しかなかったので、2、3カ所を調べてからは無視して進んでいる。
『何か奇妙な圧迫感がない?』
『そうだな。何というか気配というか視線というか…』
スマラからの心話に俺が答えると、それを待っていたかのように周囲から急激に膨らんだものがあった。
それは殺気。
至る所から俺たちに対して向けられる
殺気、殺気、殺気。
俺は歩みを止めぬまま外套の下でカタールを構える。そして圧迫感が頂点に達したとき、無数の窓のそこかしこに1対の光が続々と灯る。そして叫び声と共に姿を現した。
〈緑子鬼〉
〈豚頭鬼〉と並んでファンタジー世界では定番ともいえる低レベルモンスターの代表だが、オーラムハロムでもそれは同様で、徒党を組んで襲い掛かってくることに注意すれば、それほど脅威というわけではない。
しかし集団の中に上位種である〈緑大鬼〉や〈緑魔鬼〉、〈緑弓鬼〉〈緑騎鬼〉などが居る場合は注意が必要だ。これら上位種は単体の強さだけでなく、魔法を使ったり使役獣を伴ったりするので、危険度が全く違うものになるからだ。
特に〈緑貴鬼〉〈緑鬼王〉が率いる集団は、〈緑子鬼〉とは思えない統率の取れた動きをするため、かなりの実力を持った探索者でも不覚を取ることがある。
俺はそこかしこから飛び出してくるゴブリンを手あたり次第に切り倒していく。統率も何もない攻撃から、どうやら上位種はいないようだと思いながらも、数の多さに辟易する。
今の俺にとっては、ゴブリンの10匹や20匹なぞ敵ではないのだが…。
切り裂かれ倒れていくゴブリンを乗り越えて、次々とゴブリンが現れる。30や40ならまだまだ…!
途切れることなく現れるゴブリン。1匹倒すと2匹増えるこの状況は…、
『駄目だ! 数が多すぎる!』
『後ろからも来てるわよ!』
スマラの心話に一瞬だけ背後を確認すると、奇声を上げながら迫るゴブリンの集団が見えた。
このままだと死ぬ。
俺は周囲から迫り来るゴブリンを見回し、最も手薄な場所を見つけるや否や〈火球〉の魔法を唱える。数体を巻き込んで炸裂した〈火球〉によってできた間隙に迷いなく飛び込むと、全力で駆け出した。
左右の窓や背後からはゴブリンが次々と追ってくる。俺は仕方なく通りを奥に向かって進んでいく。
奥に進むにつれ、十字路や小さな分岐が現れたが、俺はゴブリンの数が少ない方を見極めながら突破していった。
どうやらゴブリンたちは俺をどこかに誘導するつもりだったようだ。それに気づいたのは通路の様子が変わり、下方へと続く1本道の通路を進んでいた時だった。ゴブリンたちは相変わらず背後から追ってきているが、俺との距離を一定以上詰めてこないのだ。
『ゴブリンたちは、どうやら俺をこの奥に連れていきたいらしいな』
『仕方ないわよ。どうせこれも「試練」なんでしょ…』
奥へと進む足を止めることなく、俺はスマラと心話を交わす。通路を進むにつれ、徐々に気温が上がってきた。熱さと共に、通路の先から明りが漏れていることに気が付いた。
俺は背後のゴブリンたちを警戒しつつ、この後に待ち受ける「試練」はどういったものかと思案しながら通路を進み続けた。
通路を抜けた先は広間になっていた。何本もの太い柱で支えられた天井に至るまで彫刻が施された見事な造りで、広間の奥には巨大な玉座が据えられている。
その玉座に座っていたものが、ゆっくりと立ち上がると、
「よく来たな勇者よ!」
と地の底から響くような声を上げた。5メートルを超える全身に業火を纏った異形の姿は、立っているだけで圧迫感を与えてくる。
『デーモン語ね』
スマラが心話で呟く。俺は頷いて様子を伺う。
ゴブリンたちは広間に入ってくると、退路を塞ぐように広がり、その場で待機している。どうやらここが目的地のようだった。
異形の魔物は組んでいた腕を解くと、雄叫びを上げた。すると、右腕には黒焔を纏った大剣が、左手には業火を纏った鞭が装備される。
それが合図だったのか、広間の柱の影から次々に姿を現したのはゴブリンの上位種だった。
ゴブリンロードを筆頭にゴブリンメイジ、ホブゴブリン、ゴブリンアーチャー、大柄な狼に跨ったゴブリンライダーもいる。
彼らは俺と魔物を取り囲むように位置を取り、動きを止めた。
『スマラ、あいつの正体は分かるか?』
『ごめん、分からない』
スマラの心話に俺は頷き、警戒を続けた。
「ふむ? 貴様は勇者ではないのか? なぜ『聖剣』を持っておらぬ?」
魔物は訝しげに尋ねてきたので、俺は肩を竦めると、
「残念ながら、試練には失敗しているのでね。俺は勇者じゃないよ」
と言った。魔物は頷き、
「なるほど。だがこの場に現れたのだ。譬え勇者でなくとも、我の相手はしてもらおうか」
魔物はそう言って構えた。そして、
「死すべき運命の者であっても、我が名を魂に刻むが良い! 我が名はモリーアン! ヴァララウコのモリーアンである!」
〈焔業魔〉
かつては火の精霊であったが、邪神の眷属となり、精霊としての加護を失う代わりに強大な力を得た〈悪魔種〉だ。体格に見合った剛力から繰り出される炎を纏った武器の攻撃は、ドラゴンの鱗ですら切り裂くという。
業火を纏った身体は火による攻撃は全て無効化され、邪神の加護により魔力の込められた武器による攻撃でなければ傷を負わせることができないのだ。
生半可な魔法では無効化されてしまうし、夜目も効く。小さな町なら1体で壊滅させることができるだろう。
また無理ゲーか…。
ここで死んで蘇生した場合、おそらくゴブリンに襲われた通路まで戻されるだろう。途中の分岐をゴブリンの誘導を無視して進むのは、正直やりたくなかった。
ゴブリンを突破するだけでもかなりの労力が掛かるうえ、先へ進む通路を探さなくてはならないのだ。途中で殺されればやり直しになるし、ゴブリン相手にトライ&エラーを繰り返すのは〈幸運〉の無駄遣いでしかない。
周囲ではゴブリンたちが武器を撃ち合わせるガチャガチャという音と、ゴブリンロード達が武器で床を叩くドン、ドンという音が合わさり、これからの戦いを煽る空気は嫌が応にも高まっていく。
仕方がない。
俺は腹をくくると武器を構えた。するとモリーアンが地を揺るがすような笑い声をあげ、
「勇者でない者を嬲り殺しにしてはヴァララウコの名折れ! まずは先に攻撃するがいい。無論、こ奴らにも手は出させん」
と言い放つ。強者としての余裕から出た台詞であろうこのチャンスを俺は最大限に利用させてもらう。
『スマラ、両手の武器に〈付与〉を』
『仕方ないわね。ダンジョンから脱出したら美味しいお酒を飲ませてね!』
俺の心話に答えたスマラが、影の中から〈付与〉の魔法を掛けてくれた( スマラも成長しているのだが、影の中から4レベルで〈付与〉を掛けるのは2回が限界らしい )。魔法によって、両手に装備したカタールと〈聖者の聖印〉が輝きを増す。
俺自身は〈神速〉の魔法を唱える。現在の俺ができる最大の攻撃力を整えた瞬間、俺はモリーアンに向かって飛び出した。
〈神速〉の影響もあって倍加した俺の速度は一瞬にしてモリーアンとの距離を詰める。モリーアンの表情から笑みが消えた。大剣を構えて迎撃しようとする。
遅い。
加速した俺の目には、モリーアンの動きはやけにゆっくりとしたものに感じた。全ての動作が緩慢に、まるでスローモーションの様に展開されていく。
俺は右手に持つ〈聖者の聖印〉を振り抜いた。〈付与〉によって強化された刀身が、まるで抵抗を感じずにモリーアンの首へと吸い込まれていく。
一瞬にしてモリーアンの首を落とした俺は、その勢いのままカタールも繰り出し、〈聖者の聖印〉と共にモリーアンの両手両足を断ち切っていく。
俺が動きを止めたとき、そこには五体をバラバラにされたモリーアンの首が、手足が次々と床に転がって、大量の血液と共に打ち捨てられたのだった。
「ば、馬鹿な…」
それがモリーアンの発した最後の言葉だった。
次の瞬間、モリーアンの亡骸が業火に包まれた。流れ出た血液が一斉に炎を上げたのだ。
思わず顔を背けるほどの勢いをもった炎は、瞬く間にモリーアンを焼失していく。
炎が収まると、後に残ったのは一度も振るわれることのなかった波打つ炎のような刃を持った大剣だけだった。
勝ってしまった。
俺は改めて自身の〈能力〉の成長に驚きを感じた。モリーアンは強敵であったのは間違いない。相手が油断していたとはいえ、こうも簡単に決着がつくとは…。
周囲のゴブリンたちは、何が起きたのか把握できずに静まり返っている。徐々に主であるモリーアンが死んだことを認識し始めたのか、少しずつざわめきが起こっていく。
俺は周囲を見回して、右手の〈聖者の聖印〉を袈裟に振った。その動きがきっかけとなり、ゴブリンたちは叫び声を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
仲間など見えないというように、我先へと通路に向かっている。俺は特に殲滅する気もなかったので、部屋を探索しようと振り返ると、そこには俺に向かって跪き、首を垂れる一団があった。
ゴブリンロードを中心としたゴブリンの一団だった。控えていた上位種も大半は逃げ出していたのだが、一部の者が残っていたらしい。
「何の真似だ?」
「我らが主、モリーアンに勝利した貴方は我々の新たな主となる。身命を賭してお仕え致します」
俺の共通語での問いに、一団を代表してゴブリンロードが綺麗な共通語で答える。ゴブリンにあるまじき立派な体格と、鼻下から頬を覆い顎まで蓄えた髭が歴戦の勇士を感じさせた。
彼らはどうやら配下にして欲しいようなのだが、はてさてどうしたものか…。
『どうしよう?』
『どうしようって言われても…。信用できるのかしら?』
スマラに心話で相談すると、そう答えが返ってくる。俺は肩を竦めると、ゴブリンロードに、
「俺はヒューマンだ。お前たちにとって敵ではないのか?」
と尋ねると、ゴブリンロードは首を垂れたまま、
「種としては然り。だがそれ以上に我らは強さを重んじる。ここに残った者たちは戦神を奉じる。神の教えに従い、武を示した者に仕えることは喜びである」
と答えた。戦神崇拝か…。俺はム・ルゥに教わったことを思い出す。オーラムハロムにおいての戦神崇拝は、比較的メジャーなものだ。特に探索者にとっては使用できる武器に制限がないうえ、禁忌に関しても「敵( 困難 )から逃亡する」という、要は何事にも「退かぬ、媚びぬ、顧みぬ」で挑めという、教義の中では比較的守りやすいものであるからだ。
これが太陽神の禁忌「嘘をつく」や、地母神の禁忌「無益な殺生をする」であると、探索・戦闘行動によってはかなりの制限を受けることになるのは分かるだろう。
特にPCには『蘇生』があるので、強敵に遭遇しても逃亡せずに死亡→蘇生を行えば、禁忌に触れることもないということで、〈聖騎士〉( 〈魔戦士〉が〈聖職者〉となった場合、こう呼ばれる )が選択する神としては最も人気が高い。
ベータテストでは〈聖職者〉全体の8割が戦神だったらしいことからも人気の程は分かると思う。
因みに戦神といっても複数存在するので、彼らが奉じている神によってはお断りする可能性もあった。
「君たちが奉じる神とは?」
「我らが奉じるは飽くなき闘争を守護する戦女神ヌトス也」
女神ヌトス。オーラムハロムでは槍と盾を持ち、戦衣を纏った美女として知られる戦神の中ではメジャーな存在だ。
〈古の印〉の考案者としても知られ、俺たちが商人からもらった〈古の印〉も、本来はヌトスの信者がお守りとして作ったものだと言っていた。
俺はポケットから〈古の印〉を取り出すと、
「君たちが奉じるのはこの女神か?」
「おお、〈女神の印〉をお持ちとは…。これぞ天啓! 我ら一同命尽きるまで主殿と共に参りますぞ!」
印を見せながらの俺の問いに、ゴブリンロードは嬉しそうにその場にひれ伏す。いつの間にか俺の呼称が「主殿」に変わってる。
まぁ連れていくのは( 面白そうなので )吝かではないんだが、問題は街に連れて行ったら問題になるだろうということだ。一応、奴隷として亜人を扱うことはあるのだが、彼らのように武具を装備した集団が街を歩けば、確実に騒動になる。
「付いてくるのは構わないが、街には入れないだろう。どうするんだ?」
「主殿の迷惑になるようなことは致しません。主殿が街にいる折は、我らは人目を忍んで待機する所存」
ゴブリンロードはそう言って再び跪く。俺はとりあえず皆に立つように言い、何かいい方法はないかと考える。
「ねぇ、〈妖精郷〉は?」
影から姿を現したスマラが、そう言って声を掛けてきた。突然現れたスマラにゴブリンロード達が身構えるが、俺の〈契約者〉であることを伝えると、俺にしたように跪いて首を垂れる。
それを見てスマラは気分を良くしたのか、二股の尻尾を振りながら、
「普段は〈妖精郷〉にいてもらって、必要になったら呼び出せば良いんじゃない? あそこなら充分な広さがあったし」
確かに、それはいい手かもしれない。俺は頷くと、ゴブリンロード達に周囲の警戒を命じ、〈妖精郷〉への扉を呼び出す。
いきなり目の前に現れた扉に驚くゴブリンロード達に、中に入るよう指示を出す。
未知の領域に足を踏み出すことに抵抗があるのか、やや戸惑いを見せたが、俺が再度命じると意を決して入っていく。全員が通ったのを確認して、俺とスマラも扉に入った。
扉を抜けた先の草原に立つゴブリンロード達は、先ほどまでとは全く別の風景に呆然と立ち尽くしていた。
とりあえず説明をしようと思ったところに、森の方からこちらに向かってくるものがいた。
ユニコーンのクライスは良いとして、その頭上を飛ぶのは一体…? 陽光( 異空間なので魔法的なものと思われる )を浴びて輝く翠の鱗はまさか…。
近づいてくるにつれ、それがエメロードであることは理解した。だが、あいつあんなに大きかったか?
エメロードはキュイィと嬉しそうな声を上げると、飛んできた勢いのまま俺に向かって飛び込んできた。
ゴブリンロード達は慌てて構えを取るが、飛んできたのがドラゴンだと気が付くと、動揺しながらも俺を護るように立ち塞がろうとした。
エメロードはそんなゴブリンロード達を意に介すことなく進んでくる。大柄なゴブリンロードを弾き飛ばし、俺の胸へと飛び込んできた。
以前の俺であれば吹き飛ばされていたであろう突撃を何とか受け止める。俺の首にしきりに顔を擦りつけてくるエメロードに、
「良く分からないが、大きくなったなぁ。エメ、次からは飛び込んできちゃ駄目だぞ。危うく吹き飛びかけた」
と注意する。エメロードは今気づいたというように俺とゴブリンロードを交互に見比べると、コクコクと頷く。
それにしても大きくなった。生まれたばかりの時は子犬くらいの大きさだったのに、今は体格的にはクライスと変わらない。空を飛ぶ姿も堂々としたものだった。
「それにしても、どうやってこんなに育ったんだ?」
「いや、凄かったよ」
そう言ったのはクライスだ。
「僕たち〈幻想種〉は周囲から魔力を取り込めれば生きていけるんだけど、エメは何故か地竜の肉を食べ始めたんだ。そしたら食べるそばからみるみる育っていって…。あっという間に今の大きさになったんだ」
どうやら、置いておいた地竜の肉を食べて成長したらしい。
「肉は全部食べたのか?」
「ううん、まだまだあるわ。そこまで食べなくてもいいの」
今度はエメロードが答えた。グルグルと甘えるように喉を鳴らすと、
「生まれたばかりの竜はまだまだ弱い存在だから、ある程度の大きさまで、できる限り早く成長する必要があるの。一番良いのは周囲の存在から魔力をもらって成長することなんだけど、ここは〈妖精郷〉だからそれをやるとここを壊してしまうかもしれない。だから竜の肉を食べることで竜の『因子』を取り込んで成長したのよ」
エメロードは勝手に食べて御免なさい、と謝る。俺は優しく撫でると、
「別に構わないさ。必要なら全部食べても構わないぞ」
と言うと、エメロードは頭を振り、
「ううん、もう充分よ。ここからは自然に育たないと正しく成長できないわ」
と答えた。俺はそういうものかと頷くと、吹き飛ばされたゴブリンロードの様子を見ようと近づいていく。
吹き飛ばされたゴブリンロードは気絶したらしく起き上がってこない。俺が近づくと、エメロードを警戒したのかゴブリンロードの周囲を取り囲んでいたゴブリンたちがさっと退いた。
「大丈夫、この竜は俺の仲間だから。まだ子供だから加減が解からなかったみたいでな。襲ってはこないから安心してくれ」
俺の言葉にゴブリンたちは頷いた。しばらくするとゴブリンロードが起きてきたので、この草原部分を開拓して暮らしてもらうことにした。
「それにしても主殿は竜や一角獣をも従えているのですね…」
「従えているというよりは、家族みたいなものだが」
「それも主殿の人徳ということでしょう。我らとしても誇らしく思います」
ゴブリンロードは、エメロードに吹き飛ばされたことは気にもしていないようで、そのことに安心しつつも揺るぎない忠誠心をこそばゆく感じてしまう。
俺はこの草原を開拓して住むように指示を出す。
「このような場所で生活できるとは…」
「とりあえず自給自足できるように畑とかも作ってくれ。当座の分は何とかするしかないけど」
俺は〈制御盤〉を操作して、彼らの生活に必要そうな施設や設備が設置できないかの確認をする。すると、
「我々は畑を耕したりしたことはないのですが…」
申し訳なさそうにゴブリンロードが言った。そういやゴブリンだもんな。どちらかといえば狩猟民族だよな。森には狩猟に適した動物も見当たらなかったし、どうしたものか…。
すると背後に控えていたゴブリンメイジが、
「それでしたら、我々が備蓄していた食料や道具類を運び込んでも良いでしょうか? それにモリーアンの財宝もありますし」
と提案してきた。
モリーアンの財宝だって?
ゴブリンメイジの言葉に、俺は興味を惹かれる。あれだけの力を持った魔物がため込んだ財宝だ。期待が高まる。
「そうしてもらえると助かるな。クライスとエメにも手伝ってもらうか」
俺の言葉に皆が頷く。まずは内容の確認からだ。その後でどうするかを改めて考えよう。俺は扉を呼び出すと、皆を引き連れて飛び込んでいく。良いものがあるといいなぁ。




