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34 流石幻夢(VR)だ、とんでもないぜ

「なぁ、それって本当か?」

「嘘言ってどうするのよ! すごいじゃない!」

 俺は休憩中、スマラに鑑定をしてもらい、〈成長(レベルアップ)〉の作業を行っていた。

 奴隷船から脱出してからこっち、折を見ながらこのダンジョンに来るまでにも小まめに〈成長〉はしていたのだが、呪われた島の扉の探索でそれなりに〈探索点(QP)〉も溜まっているはず…。

 ちなみにQPクエストポイントとは、他のゲームでいうところの「経験点」みたいなものらしく、これを消費することで、〈能力〉を成長させることができるのだ。

 成長に必要なQPは、能力が高くなればなるほどより多く必要になる。獲得しているQPの範囲内で、好きな能力を成長させることができるのだが、成長は〈鑑定士〉に確認してもらう必要がある。

 そのため、普通は探索が終了し、〈鑑定士〉の下を訪ねて確認してもらうのだが、俺には〈鑑定眼〉を持つスマラがいるので、ある程度落ち着ける時間があれば確認してもらえるので助かっている。

 そう思ってステータスを確認してもらったところ、とんでもないことが起こっていたのだ。ちなみに、俺が探索を始めた時の〈能力〉は以下の通り。


 〈体力〉8 〈器用〉16 〈幸運〉45

 〈知性〉13 〈魅力〉9 〈耐久〉9


 次にコーストの街から呪われた島に出発する前に確認した値がこれだ。


 〈体力〉29 〈器用〉31 〈幸運〉45

 〈知性〉30 〈魅力〉21 〈耐久〉30


 初期に比べ、幸運以外の〈能力〉が大きく上昇しているのが分かる。これは低い〈能力〉の方が少ないQPで成長できることもあって、俺はQPを使った成長は、低い〈能力〉を優先して行っていたためだ。

これがゼファーだと長所を伸ばすことを優先していたので、〈体力〉が突出して高かった。彼は〈戦士〉なのでそれでも良いのだが、俺の場合、武器を使った戦闘も、魔法も、盗賊系技能を使うことも考えると、能力値を満遍なく上げていく方が何かと便利なのだ(ちなみに物理的な戦闘には前3つ、魔法を使うための基準になる魔力には後3つの〈能力〉が影響する)。

 それに、QPを使わなくても探索中に〈能力〉が上昇していたようで、おそらく、砦の地下を探索中に飲んだ魔法薬入りのお茶や、奴隷として過酷な環境に置かれたことの影響があったと思われる。

 スマラに確認してみたが、あれだけの短期間(オーラムハロムに来てから半年経っていない)でこれほど成長するのは大変なことらしい。

 だが、〈慈悲の剣〉で、ここまでの「試練」を乗り越えた俺は、更なる成長を遂げていた。


 〈体力〉129 〈器用〉123 〈幸運〉55

 〈知性〉40 〈魅力〉31 〈耐久〉40


 …上がり過ぎじゃね?


 レベルは12になっていた。特に体力は現在のレベルの最大値まで上昇している。もしかしたら、レベルによる上限に達したため、切り捨てがあったかも( もったいない… )。

 レベルの上昇に合わせて、新たな言語の獲得や技能の習得を行う必要があるが、一気にレベルが上がってしまったので、何を覚えるか迷ってしまう。というか、こんなに一度に上がると思っていなかったのだ。

 実際、砦の探索、奴隷船での生活、海賊船での生活、ロゼとの逃亡を経て、闘場での戦い、島の探索と行動してきたが、弱点を克服する成長戦略のためにレベルアップはしていなかった。というかあれだけの経験を経てスマラが驚くほどの成長を遂げていたというのに、このダンジョンで「試練」を突破しただけでこの成長である。

 ちなみに、レベルアップ時の言語や技能の獲得は、〈才能〉と同様に、身に着けた瞬間から、まるで以前から覚えていたかのように、自然に使うことができるので便利だ。


 言語や技能の選択も終了し、レベルアップの作業全てが終わるころに、スフィンクスの儀式も終了したようだ。

 祭壇から一際強い輝きが起こり、それが収まると、スフィンクスは満足げに頷き、祭壇の上にある出来上がったそれを、獅子女が受け取り、俺に恭しく差し出した。

 それは橙銀に輝く手甲のようなものだった。裏返して見ると、カタールの刀身は内部に収容できる仕様になっているらしく、装着した際の簡単な手首の動きで出し入れができた。

 俺は左右の腕に付け替えながら、動作を確認する。見た目よりも遥かに軽い。しばらく馴染ませるために、その場で型をなぞり、カタールを使った動きを確認した。

 確認を終えた俺は、カタールを左手に装備すると、スフィンクスに向き直り、礼を言う。

「ありがとうございます。気に入りました」

「良かったわ。その武器は貴方の成長に合わせて、威力を増します。精進なさい」

 レベルアップで修得した古代語のおかげか、スフィンクスの言葉が違和感なく聞き取れるようになっていた。さっきまではスフィンクスの話す言葉にエコーが掛かっていたように聞こえていたのだが、恐らく〈翻訳(トランストレイト)〉の魔法( なんと13レベル! )を使っていたに違いない。俺が古代語で話しかけたことで、スフィンクスも古代語で話しているようだった。

「確認したいのですが、この部屋から先へと続く通路はないのですか?」

「ありません。中央の通路を通る以外に先へと進むことはできないのです」

 デスヨネー。

 やっぱり、ドラゴンと戦うしかないのか。俺は諦めて覚悟を決める。能力も上昇したし、蘇生だってあるんだ。何とかするしかない。

 試練を終えた所で空腹を覚えた俺たちは、スフィンクス達も交えて食事を採ることにした。

 スフィンクスに食べ物の好き嫌いを確認すると、彼らはエーテルを吸収することで生命を維持しているらしく、食事は採らないそうだ。かといって食事ができないわけではなく、嗜好の類になるらしい。

 せっかくなので、俺は〈饗宴の食卓掛〉を取り出し、料理を用意した。俺とスマラは当然のこと、スフィンクスも鷹女と獅子男に世話をされながら食事を楽しんでいる。

「食事なんて数十年ぶりですが、やはり良いものですね」

 口の周りをソースで汚しながら、スフィンクスが微笑んでいる。俺の用意したタオルで獅子女が甲斐甲斐しく拭き取ろうとしているのが微笑ましい。

「お口に合ったようで何よりです」

「その食卓掛は便利ですね。見せてもらって良いですか?」

 スフィンクスの言葉に俺は頷くと、片付けの済んだ食卓掛を獅子男がスフィンクスの前に運ぶ。スフィンクスが何かの呪文を唱えると、食卓掛の下に魔法陣が出現した。スフィンクスはそれを見ながら頷いている。

「なるほど、分かりました。これなら作れそうですね」

 スフィンクスがそう言うと魔法陣が消え、獅子男が食卓掛を返してきた。今、何気に凄い事していたような…?

「そんなに簡単に作れるものなんですか?」

「そうですね。〈伝説品〉は無理ですが、〈希少品〉であれば問題なく。時間は掛かりますが〈固有品〉も可能ですね」

 スゲーなスフィンクス。

 以前軽く話題に出た気もするが、マジックアイテムには等級(ランク)があり、〈普及品(ノーマル)〉〈希少品(レア)〉〈固有品(ユニーク)〉〈伝説品(レジェンド)〉の順で希少且つ強力になっていく。俺が持っているマジックアイテムであれば、


〈普及品〉:革鎧( 防護エンチャント )〈魔光〉の管灯〈マルラタの腰鞄〉〈グランダの鞍鞄〉

〈希少品〉:〈森妖精の鎖帷子〉〈森妖精の外套( 現在ロゼに貸与中 )〉〈月神の護り〉

      〈聖者の聖印〉〈無限の鞘〉

〈固有品〉:〈極光の宴〉〈長者の鞍〉〈饗宴の食卓掛〉〈瓶詰の船〉

〈伝説品〉:なし


 といった感じになる。実際にはこの上に〈幻想品(ファンタズム)〉〈神話品(ミソロジー)〉と呼ばれるランクも存在するが、ほぼ全て実物が存在するのかはっきりしない、まさに「伝説の品」らしい。

「お願いすれば作ってもらえるのですか?」

「素材さえ用意してくれれば可能ですよ。でも、私はこの場所から離れることができないので、難しいとを思いますが」

 スフィンクスは困ったように微笑んだ。確かにそうか。このダンジョンの構成上、一度出ると戻ってこれない可能性も高い。何度も罪人になるというのも抵抗があるしな。

 「扉」を使った転移に関しても、今回のはイレギュラーな感じがするし…。

 俺が考え込んでいると、スフィンクスが、

「貴方は〈全贈匣〉を持っていますよね。〈妖精郷(アヴァロン)〉は持っていないのですか?」

「〈妖精郷〉?」

 初めて聞く単語に俺は首を傾げる。スフィンクスは頷くと、

「〈妖精郷〉は〈全贈匣〉を持つ者だけが持てる〈才能〉です。〈妖精郷〉を持つ者と、持つ者が許可した者だけが入ることができる特別な空間を作り出せるのです」

 何それ凄い。

 俺はスマラを見ると、スマラは、

「〈妖精郷〉なんて持ってる人はほとんどいないわ。ただでさえ〈全贈匣〉を持つ人が少ないのに、その上位である〈妖精郷〉まで持ってる人なんてほんの僅かだもの」

 と言ってきた。俺は頷くとスフィンクスに質問する。

「〈妖精郷〉への出入りはどうやるのでしょう?」

「〈全贈匣〉と同様、入り口を発生させます。ですが、ある程度の空間が必要になるのと、一度開いた『扉』は、持ち主が中から出るまで開いた場所に位置が固定されます。人通りの多い場所や危険な場所で入り口を開くと、トラブルの原因になるので注意が必要ですね」

 『扉』自体も最短で1分ほど出現し続けるそうなので、緊急時には使用できないな。

「移動する乗り物の上で使った場合は?」

「『扉』は固定されて乗り物が移動してしまうので、出てきたときには取り残されている形になります」

 うむ、使い方にかなり制限がある〈才能〉だな。

「確かに使い方は難しいけど、空間内の広さは〈全贈匣〉とは比べ物にならないくらい広いし、色々な設備や施設を設置することもできるから、使い方さえ気を付ければ便利な〈才能〉よ」

 とスマラが言ってきた。スフィンクスも頷き、

「〈妖精郷〉に設置できるものとして〈召喚環(サモニングサークル)〉があります。私がそれに繫がれば、可能な時に〈妖精郷〉に行くことができますよ」

 なんだって!? それは非常に助かる!

「良いのですか?」

「もちろん、条件があります」

 デスヨネー。

 俺はスフィンクスの言葉を待つ。

「私はこの場所で試練を与える役割を持つため、貴方の都合で呼ばれても応えられない場合があります。それを認めること」

 スフィンクスの言葉に俺は頷く。

「次に、助力できる内容は『魔法の品物の作成』に限らせてもらいます。それ以外の助力は受けない。よろしいですか?」

 その言葉にも俺は頷く。本当は魔法を教えてもらいたいんだけど、贅沢は言うまい。

「最後に、私が〈饗宴の食卓掛〉を用意したら、新たな料理を登録すること」

 最後の言葉に俺は思わず目を見開く。スフィンクスはすまし顔をしているが、相当に食事が気に入ったようだ。

「以上のことが守れるのならば、私は手を貸すことに吝かではありません」

 スフィンクスの言葉に俺は大きく頷くと、スマラに確認しながら〈妖精郷〉の〈才能〉を取得した。本来は10レベル時に取得する〈才能〉は〈絶対方角〉を取ろうと思っていたのだが。

 早速取得した〈妖精郷〉を発動する。中空に光が走り、複雑な文様を纏った門を描き出す。光の描画が終わると、門から光が溢れる。俺は意を決して中へと踏み込むと、そこには想像を超えた景色が広がっていた。


 天空に浮かぶ大小の島々

 何処ともなく天から流れ落ちる滝

 爽やかな風を受けて揺れる若緑の草原


 俺たちは一際大きな浮遊島の上に立っていた。背後からはスフィンクスも付いてきている。

「これは…、素晴らしい〈妖精郷〉ですね」

「〈妖精郷〉はそれぞれ違うものなのですか?」

「そう聞いています。少なくとも私が知るものとは全く違いますね」

 スフィンクスはそう言うと、前足を上げて指し示す。

「あそこに建物があります。行きましょう」

 俺は頷くと緑の絨毯の様な草原を横切り、建物へと近づいて行った。

 小さな森の片隅に立つ建物は、巨木の洞に収まるようにして建てられた石造りの小さな家だった。丸く形を整えられた扉のせいか、童話に出てくる妖精の家のように見える。

 扉を開けて中に入ると、印象がガラリと変わった。石造りの建物のはずが、壁や床が全て木でできている。恐らく板を内張りにしたのだろうが、温かみを感じる内装に自然と笑みが零れた。

 煉瓦造りの暖炉には鍋を掛けるための金具が備え付けられ、魔法によるものであろう炎が、火種もない場所で赤々と燃えていた。

 こじんまりとした外見に反して、家の中はかなりの広さだった。外から見たときには気づかなかったが、どうやら巨木の中が広く空洞になっていたようで、地上3階、地下2階の造りになっている。

 家具や生活用品は見当たらなかったが、それは外から持ち込めばいいらしい。スフィンクスは3階が気に入ったようで、そこに〈召喚環〉を配置して欲しいと言ってきた。

「私はここが気に入りました。私の部屋にしても良いですか?」

 キラキラと期待を込めた目で俺を見つめるスフィンクス。これでいいのか試練の守護者。

「良いんじゃないかな。俺が呼ばないと使えないんだろうけど」

 思わず言葉遣いが素に戻る。スフィンクスは気にしていないようなので、このままいかせてもらおう。

「いえ、魔力を繋げてしまえばいつでも使えますけど」

 ザルだな俺の〈妖精郷〉!

 俺の思ったことが伝わったのか、スフィンクスは微笑むと、

「心配しなくても大丈夫ですよ。私だけが来れるだけで、他の者は貴方の許可がないと来れませんから」

 と言った。俺は頬を掻きながら、

「そういえばここで寝泊まりとかできるのか?」

「できますよ。時間に関しても外と同じに設定できますし」

 うん? なんか今変な事言わなかったか?

「時間の設定って?」

「〈妖精郷〉はゆっくりと時間を進めることができます。最も長くすれば、こちらの10日は外での1日くらいにできるはずです」

 うん? どこかで聞いたような…。

 俺ははたと気が付く。これって始まりの街で訓練に使った部屋と似てないか?

 表現の仕方に違いがあるけど、ジュネと訓練した部屋がこんな仕様だったはず。そうか、あの部屋はジュネの〈妖精郷〉だったのかもしれない。

「その設定はどうやるんだ?」

「〈制御板(メニュー)〉の出し方は分かる?」

 スマラの言葉に、俺は頷くと空中に指で複雑な文様を描いた。すると、何もなかった空間に光でできたタブレットのようなものが現れる。なるほど、これで設定を変更するのね。

 俺はスマラを肩に乗せると、横から覗き込んでくるスフィンクスを交えて相談しながら、設定をカスタムしていく。この辺は妙にゲームっぽいな。

 一通り設定を終え、スフィンクス用の〈召喚環〉を設置した所で、俺たちは〈慈悲の剣〉に戻ることにした。

「このまま脱出できれば楽なのにな」

「それでは試練にならないでしょう?」

 俺の呟きにスフィンクスがツッコミを入れてきた。俺は肩を竦めると、

「そもそも望んで来たわけじゃないからな」

「? それはどういう…」

 俺はスフィンクスにここに来た経緯を話した。スフィンクスは頷くと、

「なるほど、最近訪れる者が少なかったのはそういうことでしたか。本来この〈迷宮〉は勇者を目指すものに試練を与えるためのものなのですが…」

 スフィンクスによると、この〈迷宮〉は強大な存在へ挑戦する「勇者」を選定するための試練を与えるために作られたものらしい。そのため、試練は失敗すれば「死」というハイリスクなものばかりだが、乗り越えた者には「勇者」に相応しい助力を得られるようになっているそうだ。

 そのため、本来は勇者を目指す実力(もしくは志)を持つ者が訪れる場所なのだが、最近は帝国が罪人処理場としてしか使っていないせいで、挑戦する者が少なかったようだ。俺は久しぶりの挑戦者ということもあって歓迎してしまったとスフィンクスは笑う。

 〈迷宮〉に戻った俺たちは、スフィンクスにもう一度礼を言って、部屋を後にする。と、その前に、

「そういえば名前を聞いてなかった。俺はヴァイナス。こっちはスマラグトゥス」

「私はテフヌトです。この子たちは男がアンフル、女がメヒトです」

 テフヌトの紹介に獅子女と鷹男が首を垂れる。俺たちは挨拶を交わすと部屋を出た。

「世話になった、ありがとう」

「それではまた。試練を無事乗り越えられるよう祈っています」

 スフィンクス達に見送られ、俺達は通路を戻って行く。いよいよドラゴンへの再挑戦(リトライ)だ。



 北の通路を進み、ドラゴンの部屋の前まで進むと、食事を終えたのか、ドラゴンは眠っていた。

 体に顔を埋め、大きな体躯がゆっくりと収縮を繰り返している。俺は静かに近づいて行く。近づくにつれ、その大きさが分かる。おそらく、体長10m以上はある。体高も5mを超えるだろう。

 スフィンクスの部屋でも確認したが、成長した〈能力〉は「素晴らしい」の一言だ。以前とは比べ物にならないくらい、スムーズに身体を動かすことができる。今回も事前に〈神速〉と〈付与〉の魔法を使って強化している(このドラゴンは魔法を使わなそうだったので、武器はカタールとバスタードソードの二刀流にした)。

 そしてドラゴンに対しては、以前ほどの脅威を感じていないことに驚く。もちろん、動揺が行動に影響しないよう、訓練通りに身体を動かしていく。

 俺はドラゴンの顔の前に立つと、カタールを構えて、眉間を目がけて突き込んだ。

 殺気に反応し、ドラゴンが目を覚ます。その体躯に見合わぬ素早さでカタールを避けようと首を捻る。

 以前の俺ならば躱されていたであろうドラゴンの動き。だが、


 遅い!


 カタールは眉間を逸れたものの、ドラゴンの左目に突き刺さる。

 痛みに叫び声を上げるドラゴン。勢いよく上げられた首に振り回されないよう、カタールを引き抜くと背面へと退いた。

 ドラゴンは残った右目に殺意を漲らせると、すぐさま襲い掛かってきた。

 不意を打ったとはいえ、ドラゴンは強い。

 強靭な体躯から繰り出される牙や鉤爪、尾の一撃は、俺のHPを簡単に奪っていくだろう。事実、掠っただけの攻撃で皮膚は裂け、痛みが走る。

 幸いなのは、このドラゴンが〈地竜(アースドラゴン)〉と呼ばれる種類で、翼を持たず、空を飛ぶことがないことだ。この広間はダンジョンの中だとはいえ、かなりの広さを持つ。空を飛ばれたら、攻撃の機会は著しく減ったに違いない。

 業を煮やしたドラゴンの、口内に翠の光が灯る。


 ブレスだ!


 俺は少しでもブレスの威力を減らそうと、ドラゴンの懐に向かって敢えて飛び込んでいく。

 さっきまで俺がいた場所に向かって、翠光のブレスが吐き出された。熱さとは違う濃密な気配と、独特な臭気を伴ったそれは、【毒属性】を持つ酸性のブレスだ。

 大抵の生物を即死させる猛毒のブレスを、ドラゴンの懐に飛び込んでも全て避けることが出来ず、少なからず浴びてしまう。酸によって身体のあちこちから煙が上がる。

 だが、ブレスは俺の身体に触れると、効果を現すことなく霧散していた。被害を受けたのは身に着けた衣服のみだ。防護の魔法が込められた防具には影響がないし、他のマジックアイテムにも影響はなさそうだった。


 スフィンクスの下で乗り越えた第三の試練。


 辛さに耐えて得た力は、あらゆる『毒』を無効にする身体だった。これによって酒に酔うこともできなくなってしまったが(休憩中に飲んで確かめたのだが、アルコールは毒扱いらしい。何とオーラムハロムでは酩酊状態も再現されている!)、探索者としての活動には、それを補って余りある能力だ。

 ブレスを吐いたことで、ドラゴンの動きが止まる。その隙を逃さず、俺は跳躍し、ブレスを吐くために下げられた頭、その口内に向かってバスタードソードを突き出した。

 強靭な鱗によって護られた外皮とは違い、柔らかな口内にカタールはその刀身を全て刺し込む。俺はそのまま下に向かってカタールを一気に引き下ろした。

 〈付与〉によって威力を数倍された刀身は、舌を割り、そのままドラゴンの下顎を真ん中から左右に切り開く。

 絶叫を上げるドラゴン。必殺のブレスが効かなかったうえ、下顎を切り裂かれたのだ。決して小さいダメージではない。

 痛みにのたうつドラゴンに向かい、ドラゴンの首に飛び乗ると、振り落とされないように角を掴み、首の裏の一点を狙って、カタールを突き刺した。

 オーラムハロムの〈竜種〉には共通する特徴がある。それは身体のどこかに《逆鱗》と呼ばれる弱点を抱えていることだ。

 どれだけ強大な力を持つドラゴンであっても、逆鱗を突かれた場合、即死してしまうのだ。

 もちろん、戦闘中に小さな逆鱗を狙うのは非常に困難だ。そのため、普通は逆鱗を狙うようなことはせず、力をつけ、パーティを組み、準備をしっかりと整えた上で、損害を覚悟で正面から戦うことが大半だ。

 そのため、ドラゴンを倒した者に与えらる称号、〈竜殺し(ドラゴンスレイヤー)〉は名誉であり、人々から称賛と畏怖を受けることになる。

 だが、幸運にも逆鱗を狙い、攻撃を成功させることができれば、たった一人でも倒すことができる。

 逆鱗を突かれ、ドラゴンは一度ビクリと身体を震わせ、大きく音を立てながら倒れ伏した。その後はそのまま動かなくなる。

俺は目を逸らすことなく、角を握りしめたままカタールを構えていたが、しばらく様子を窺い、倒したことを確認すると、ドラゴンから飛び降り、大きく息を吐く。


 ドラゴンを倒した!


 しばらくしてドラゴンを倒した実感が湧き、思わずガッツポーズをしてしまった。スマラも影の中から姿を現し、横たわるドラゴンを見上げていた。

「凄いとは思っていたけど、まさか竜を倒せるなんて…」

「俺も驚いている」

 まぁ、あれだけ強化されていれば、大抵何とかなる気がする。それに、ゲームである以上、クリアできないバランスにはしていないはずだ。東の通路で受けた試練をクリアしていれば、もう少し楽にクリアできたかもしれない。

 まぁ、済んだことは仕方がないので、今は素直に勝利を喜びたい。

 探索を始める前に、装備の確認をする。

 ブレスを浴びた時に、全身から煙が上がっていたが、身体には影響はなかった。俺が新たに手に入れた《毒無効》の能力は、猛毒のブレスにも有効だったようだ。

 俺はスフィンクスに心の中で礼を言い、装備を確認すると、カタールをはじめマジックアイテムは全て無事だった。だが、やはり衣服はボロボロで、もはや原型を留めていない。ベルトも千切れかけている。

 俺はため息をつくと、警戒しつつ、その場で衣服を脱いだ。脱いでいく傍からボロボロと崩れていく。脱ぐと言うより破り捨てる感じに近い。これではもう着ることはできないだろう。さっさと着替えてしまおう。他にもやることが多いのだが…。



 俺は気持ちを切り替えると、広間の探索を開始する。

 ドラゴンと言えば財宝を貯めこんでいるイメージがあったが、残念ながらこのドラゴンはそうではなかった。

 代わりに、珍しいものが見つかった。

 それは一抱えもある大きな卵だ。どうやらこのドラゴンは雌だったらしい。

「竜の卵ね! 竜は生まれた時から育てると、主に忠実な存在になるそうよ」

 それは良い。竜を従えて探索するなんて格好いいじゃないか。俺は卵を手に取ると、そっと抱え上げてみた。

 手袋越しに感じる温かさ。

 そしてゆっくりと打つ鼓動に、どうやらもう少しで生まれそうだということが感じられた。

「どうするの? 生まれたら連れて行くの? それとも卵のまま売ってお金にしちゃう?」

 スマラがそう聞いてくる。なんでも、竜の卵は高額で取引されているらしく、有精卵であれば、どんなに安くても10万ゴルトにはなるそうだ。

 やばい、いきなり大金持ちか!?

 俺は思わず売ってしまおうかと考えたが、すぐにその考えを打ち消す。それだけ貴重な存在なら、簡単に取引されているとは思えない。後で買えなくて後悔するくらいなら、せっかく手に入ったのだ。手懐けたほうが良い。

「とりあえず、育ててみるよ」

 俺の言葉にスマラは頷く。どうやって運ぼうかな?

 幸い、卵はアイテム扱いになっているらしく、〈全贈匣〉に収めることができた。抱えたまま探索をするのは難しかったので、正直有り難かった。

 どれほどで生まれてくるのかは分からなかったが、〈全贈匣〉の中で孵化しないでほしい。

 そういえば、ユニコーンもしばらく出してやれていないな。〈妖精郷〉で開放して待っててもらうのもいいかもしれない。

 そして、ドラゴンの亡骸を解体する。竜の身体からは、素材として有用なものが獲得できるのだ。

 竜の鱗、瞳、牙、爪、骨、血、肉―

 そして心臓からは、ドラゴンの力を封じ込めたと言われる〈竜玉〉が手に入った。竜の御魂とも言われるこの宝石は、マジックアイテムの素材や魔法儀式の触媒として、高額で取引されているらしい。

 このドラゴンはまだ若かったらしく、竜玉の大きさも左程ではなかったのだが、それでも竜玉は竜玉だ。俺は他の素材と共に、〈全贈匣〉に仕舞い込む。

 そういえば、倒した竜の血を飲んで、力を得る勇者のエピソードがあったような…。

「なあ、竜の血って飲むと身体に良かったりする?」

「さぁ? 確かに伝承なんかでは竜の血を飲むことで力を得たりしてるわね。飲んでみれば?」

 スマラはそんなことを言ってきた。まぁ毒だったりした場合でも《毒無効》の能力を得たから大丈夫だろう。

 スッポンの生き血を飲んだりするし、試してみるか…。

 俺は何か器がないかと探してみるが、生憎と丁度いいものが見つからなかった。仕方がないので〈極光の宴〉を取り出すと、心臓から溢れるまだ温かい血をゴブレットに注ぎ、一口飲んでみた。

 竜の血は思っていたよりも生臭さがなく、コクがあって塩気の強いソースのような味がした。俺はしばらく待って影響がないことを確認すると、残りの生き血を一気に飲み干した。

 すると体全体がカッと熱くなり、強い力が全身を駆け巡るのを感じた。身体の中心から力が一気に噴き出したかのように感じる。

「何か力をもらった気がする。スマラも飲むか?」

「そうね。せっかくだから飲んでみようかしら。万が一何かがあってもヴァイナスも死ぬだけだしね」

 スマラの言は事実なんだが、微妙に釈然としない。

 スマラはゴブレットに注がれた生き血を飲んでいく。すると、俺と同様に力を得たらしくフギャ~と叫んでいた。

「何か身体の内側から湧いてくるみたい…!」

 スマラも感じているということは、どうやら効果があったようだ。後で鑑定してもらおう。

  解体・回収作業を進めたが、流石に全ては持てなかったので、上質のものを厳選して鞍鞄と腰鞄に詰め込んでいく。と、そこで気が付いた。〈妖精郷〉に運んじゃえば良くね?

俺は〈妖精郷〉への門を呼び出すと、ピストン輸送でドラゴンの素材を運んでいく。鞄に詰めた素材も取り出して降ろしていく。その後全ての作業を終えた俺は、少々欲張ってしまったと反省しつつ、先へと進む通路へと急いだ。



 通路を進んでいくと、奥から暖かい風が吹いて来た。それと共に変わった匂いが漂ってくる。今まで嗅いだことのない、けれど不快ではない匂いに、俺は首を傾げつつ、先へと進んでいく。

 しばらく進むと、視界が白く霞んできた。肌に湿気を感じる。どうやら、この先に温泉があるようだ。

 コーストの街の温泉を思い出し、俺は密かに期待してしまった。現実世界の自宅にあったのは、小さな風呂だったとはいえ、俺も日本人、風呂に入らない時間が続くとストレスを感じてしまう。

 呪われた島では水浴びで汗を流していたが、風呂がないことには不満を感じていたのだ。

 俺は逸る心を抑えつつ、静かに進んでいく。

 進むにつれ、湯気は濃さを増し、視界は悪くなる。《暗視》を得た俺の目も、霧を見通す力はない。

 やがて石造りの通路が天然の洞窟に変わり、奇妙に蛇行する通路の先には、想像を超えた光景が待っていた。

 広い空洞となっている場所を照らすのは、何かの鉱物なのか、天井部分に煌めく青い光だ。

 光に照らされ浮かび上がるのは、壁面の途中から流れ落ちる滝と、滝壺に漂う暖かそうな湯気。その湯気の向こうで何かが動いた。

 一瞬、山椒魚のいた滝壺を思い出し、警戒する。だが、俺の思惑は意外な形で外れた。

 湯気が晴れ、俺の目に映ったのは、滝壺の湯に浸かりながら、こちらを見て微笑む美女だった。


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