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30 幻夢(VR)での出会いは必然?

「見えるか? あれが例の〈呪われた島〉だ」

 〈海の乙女号〉の船長、ウィリアムの指が指し示す先には、水平線の上に漂う島影が辛うじて見えた。

「悪いが俺が送れるのはここまでだ。迎えはいらないんだな?」

「ええ。お世話になりました」

 船長の確認に笑顔で答えると、船長の差し出した手をしっかりと握る。

「まあその〈瓶詰の船〉なら、よほどの大嵐でない限り沈没することはないさ。海図がしっかり見れて天測がちゃんとやれて羅針盤が壊れてなけりゃあ迷うことはないだろうよ」

 船長はそう言って豪快に笑った。一応学んだし実地で経験もしているが、結局のところやるしかないのだ。

 俺は苦笑を浮かべると頷く。

「それじゃ頑張れや。探索が上手くいくことを願ってるぜ」

「それじゃ」

 最後に挨拶を交わすと、先に乗り込んでいたスマラとヴィオーラが待つ〈瓶詰の船〉(ちなみに船名は『幸運の風』と名付けた)に乗り込んだ。

 渡し板が外され、〈海の乙女号〉がゆっくりと離れていく。手の空いている船員たちが手を振っているのに、俺たちも手を振り返した。

 コーストの街を出発した俺たちは、特にトラブルもなく予定していた場所まで辿り着いていた。

 このまま航路を進んでいく〈海の乙女号〉と別れ、俺たちは〈呪われた島〉へと向かう。

 舵を取りながら島へと近づいていくにつれ、徐々にはっきりと島の様子が見えてきた。

 島の周囲のほとんどは切り立った断崖になっている。大小の波が岸壁に打ち当たり、水飛沫を上げているのが遠目にも分かった。岸壁の手前には岩があり、容易には近づくとこもできなそうだ。

 俺は岩にぶつからないよう、十分に距離を取りながら島の周囲を回り、接舷できる場所を探した。

「思っていたより随分と険しいわね。上陸できる場所があればいいけど」

 俺の横に立つヴィオーラが単眼鏡を除きながら不安そうに呟く。俺はその言葉に頷きながら、慎重に船を進めていく。島の周囲の流れは速く、思ったよりも早く島の周囲を回ることができた。むしろ、流れの速さに船の舵が取られそうになり、何度やヒヤリとする場面もあった。

 結論から言って、接舷できそうな岸は存在しなかった。辛うじて猫の額ほどの砂浜があったが、手前が鋭い岩の突き出る岩礁地帯となっていたため、船で近づくことができなかったのだ。

 だが結局のところその砂浜しか上陸するのに適した場所がなかったので、俺たちは船に積んでいたボートを降ろして乗り移り、船を瓶に仕舞うと櫂を漕いで島へと向かうことにした。

 岩礁地帯の複雑な潮流に四苦八苦しながらも、なんとか無事に岸まで辿り着くことができた。

「何とか辿り着いたけど、どことなく不気味な島ね…」

 スマラの言葉に俺は頷く。長い間訪れる者もなかったのであろう砂浜には、流れ着いた流木や難破船の残骸、死んで打ち上げられたのか大型の水棲生物の白骨などが砂の間から見え隠れしている。

「まずは島の外縁部から探索していこう」

「そうね」「分かったわ」

 俺の言葉にスマラたちも頷き、俺たちは探索を開始した。

 船から見たときには気づかなかったが、かつてはこの島にも人々が暮らしていたのだろう。島を覆う木々の根元に、長い年月を経て風化した石造りの建物の瓦礫が見え隠れしている。

 比較的状態の良い瓦礫に施された彫刻から、この島に住んでいた人々が優れた技術を持っていたことが見受けられる。かつては栄えていたであろう、この島に何があったのだろうか?



 日が暮れるまでに島の外周を三分の一ほど探索し、俺たちは野営することにした。

 暖を取り、それと同時に獣除けにもなる焚火を起こし、毛布と敷き布を用意して寝床を作る。少し離れた場所に穴を掘り、木の棒と布を組み合わせた隠しを使って簡易トイレを作った。

 食事に関しては〈饗宴の食卓掛〉があるので手間が掛からなくていい。こうした野営の時に調理された暖かい食事が取れることが非常に贅沢に感じた。これだけでも手に入れた甲斐があったというものだ。

 本来は用心のために順番で食事を採るべきなのだが、食卓掛のおかげで料理の時間が掛からないので、逆に短時間で食事を済ませたほうが危険は少ないだろうということで、一緒に食事を採ることにしたのだ。

「うーん、こんな場所で美味しい食事ができるとは思わなかったわ」

「そうね。これは本当に掘り出し物だったわね」

 食事を終え、焚火で沸かしたお茶を飲みながら、ヴィオーラとスマラがそんな他愛のない話をしている。

 俺は彼女たちの会話を聞きながら、毛布へと潜り込んだ。ヴィオーラには先に見張りをしてもらい、後で交代するために先に睡眠をとるためだ。

「それじゃ先に寝ておくよ。おやすみ」

「ええ、おやすみなさい」

 スマラはヴィオーラに付き合って起きているようだ。女同士気が合うのだろう。仲良くしてくれるのは何よりなので、俺は邪魔をするのも無粋と思い、早々に眠ることにした。彼女たちのガールズトークに後ろ髪を引かれながら…。



「起きて。交代の時間よ」

 ヴィオーラに揺り起こされ、俺は毛布から身を乗り出すと大きく伸びをした。

「了解だ。特に変わったことは?」

 起こされなかった以上、問題はないはずだが念のために確認する。

「問題なし。あったら起こしてるわよ」

 ヴィオーラはそう言って肩をすくめた。俺は頷くと軽く体をほぐしてから、焚火の前へと座り込んだ。

「何かあったら起こしてね。おやすみなさい」

「おやすみ」

 ヴィオーラは欠伸をしつつ毛布に包まると、すぐに寝息を立てていた。この寝つきの良さはある意味才能なんじゃないだろうか。すでにスマラは眠っており、俺は焚火の火を絶やさないようにしながら、警戒しながら物思いに耽っていた。

 このまま〈陽炎の門〉が見つかったなら、一度現実世界に戻って不具合の原因を調べ、解決したら改めて〈オーラムハロム〉をプレイしよう。

 ヴィオーラやスマラとは一度お別れだが(スマラは向こうに帰れるとは言っていたが、NPCだしフレーバーとしての設定だろう)、この手のゲームのNPCはログアウト時点でデータセーブされるはずだから、多少期間が空いたところで問題はあるまい。

 最も過剰なまでにリアリティを追及している〈オーラムハロム〉なので、ログアウト中も時間が経過している可能性はあるが、まぁその時はその時だ。

 俺はしばらく〈陽炎の門〉があった場合の行動を模索していたが、ふと気配を感じて焚火に向けていた顔を上げる。


 そこには儚げな印象の少女が一人で佇んでいた。


 いきなり姿を現した少女に、俺は思わず立ち上がり剣を構えた。そしてヴィオーラとスマラを背後に庇うように立ち位置を変える。

 少女はそんな俺の動きに警戒する素振りも見せずに静かに佇んでいた。その表情にほとんど変化はなかったが、雰囲気から何かを訴えかけているようだった。

だが、少女の態度とは裏腹に声が発されることもなく、聞こえるのは虫の声や木々のざわめき、遠くに漣の音だけだった。

 よく見ると少女の身体は半透明で、背後の木々が透けて見えている。少女はそれからも何か伝えようと必死になっていたが、やがて何かに気が付いたか、急に背後を振り向いたのかと思うと、唐突に姿を消した。

 俺は剣を構えたまましばらく様子を伺ったが、特に変化がないことを確認して剣を仕舞い、腰を下ろす。


 一体、今の少女は何者だったのだろうか?


 幽霊にしては様子がおかしかったし、何かのイベントだとは思うが、何がきっかけで開始したのか思い当たることがなかった。

 少女の姿に関しても見た記憶がなかったし、服装も(粗末な貫頭衣1枚で足元は素足だった)こんな人里離れた森の中で出会うようなものではなかった。

 気にはなるが、今のところ具体的にどうすればいいのか全く分からないので、俺は意識の隅には留めつつ、見張りを続けることにした。このまま探索を続ければ、また会うことになるのだろうか? 焚火の炎を見つめながら、俺は先ほど出会った少女について考え続けた。



 奇妙な出会いをした夜が明け、起きてきたヴィオーラたちに俺は昨晩の出来事を報告した。

「ちょっと、なんで起こしてくれなかったのよ。魔物だったら危険じゃない」

「そうね、そんな怪しい存在なら即座に警告してくれなきゃ」

 怒る二人に対し、俺は頭を下げつつ、

「すまなかった。場にそぐわなかったとはいえ、少女を怖がらせるのも憚られたんでね。様子を見てみた」

「呆れた…」

 俺の言葉に、ヴィオーラは首を振ってため息をつく。俺としては襲い掛かってくるでもなく、何かを伝えようとしていたように感じたので様子を見たのだが…。

「まあ過ぎたことは仕方がないわ。次からはちゃんと起こしてね」

「了解した」

 特に何も起こらなかったためか、ヴィオーラも釘を刺しつつも納得してくれたようだ。俺にとってはゲームなので、危険なものもそうでないものもイベントとして大歓迎なのだが、現地人であるヴィオーラにとってはそうではないのだろう。プログラムであるとはいえ、彼女は真剣なのだから、俺も真剣に対応しなければ。

「とりあえず食事を済ませたら、今日は奥に進んでみようと思う」

「まだ外縁部を全て回ったわけじゃないけどいいの?」

「直観なんだが、昨日の少女が現れた方向に行けば、何かある気がするんだよな」

 正確には少女が立っていた方向にだ。唐突に現れたので、歩いて来たわけではないのだが、少女は内陸側に立っていた。どういった方法で現れたのかは不明だが、わざわざ来た方向から回り込んで姿を見せるとは考えにくい。それに内陸側に遺跡があることは情報収集で分かっている。俺は昨夜の出来事はフラグだと判断しているので、このまま内陸に踏み込んでいくつもりなのだ。

「まぁ特に反対する理由もないし、貴方がそういうなら構わないわよ」

「私は何でもいいわ。ヴァイナスに任せた」

 二人の了承を得た俺は、食卓掛を使って朝食を用意すると、手早く済ませて準備を整え、探索を再開した。



 島の内陸に進むに従って、木々の代わりに瓦礫が目立ち始めた。かつては島のほとんどが街だったのだろう、樹木に呑まれ、風雨に晒されて風化した建物は、この島が過ごしてきた長い年月を感じさせた。

 先へ進むにつれ、景色は更に変わってきた。背の高い樹木は姿を消し、背の低い草が増えると共に足元がぬかるみ始めた。どうやら湿地帯になっているらしい。崩れかけた壁面を小型の爬虫類が這っていく。

「ジメジメして気持ち悪い」

 スマラが機嫌悪そうに鼻を鳴らす。湿地帯に変わってから、スマラは俺の肩に移動していたのだが、湿気を毛が含むのが不快らしい。

「足元に気を付けて。ぬかるみに足を取られないようにしないと」

 ヴィオーラの言葉に俺は頷く。草に隠れて深みがあることもあるので、注意しながら進んでいく。自然と歩みはゆっくりしたものになる。

 ふと視線を感じた気がして、俺は背後を振り返った。だがそこには何もなく、俺たちが残した足跡があるだけだった。

「どうしたの?」

「いや、気のせいだったみたいだ」

「そう。てっきり女の子が出たのかと思ったわ」

 ヴィオーラの問いに答えると、俺は肩の上のスマラに背後を見張るよう指示を出し、歩き始めた。

 ジュクジュクとした足場は段々と石造りの通路へと変わっていった。湿地の水が流れ込んでいるようで、石畳は大雨が降ったように小さな水溜りを作りながら奥へと続いている。

 それに合わせて付近の建物も形が残っているものが増えてきた。視界の中から緑が消え、灰色が占めるころ、俺たちは目的の遺跡に足を踏み入れていることに気付いた。

 空には今にも雨が降りそうほどに雲が厚く蓋をし、遠くからは雷音が聞こえてくる。昼なお薄暗い空の下に広がる遺跡は、より一層不気味な雰囲気を醸し出していた。

「さて、どこに目的の〈門〉があるのか…」

 俺は誰にとはなしに呟くと、歩を進めていく。ヴィオーラも緊張した面持ちで後に続く。

 足を踏み出すたびに響くパシャパシャという音以外には、遠くの雷音以外には音もなく静かだった。

「なんか一雨きそうだし、探索を進めたいのは山々だけど、早めに野営できる場所を確保したほうが良いかも」

「そうだな。幸いに付近の建物は痛みが少ない。条件の良い建物を探そう」

 俺たちは遺跡の奥へと進みながら、付近の建物を探索し、野営の条件に合ったものかどうか確認していく。

 建物の大半は扉がなく、屋内にも目ぼしいものは見つからなかった。おそらく木製の扉や家具、食器などは長い年月の中で朽ち果ててしまったのだろう。

 俺たちはその中でも比較的高台にあって状態が良かった建物を野営場所に決め、その建物の周囲を探索していく。危険な魔物や野獣が潜んでいることを警戒して調べていくが、足跡は水に流され残っていないので、危険だが遭遇することで確認するしかない。

 幸いこの辺りには魔物や野獣はいなかった。特に目立つものも発見できなかった俺たちは、いよいよ近づいてきた雷音に、野営する予定の建物へと急いだ。


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