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3 これが幻夢(VR)の訓練なのか

 扉が後ろで閉まる音がする。背後を振り向くと、そこは壁になっており、戻ることはできないようだ。覚悟を決めて通路を進む。

 石で組まれた通路を進んで行くと、先の方が明るくなっている。どうやら部屋から明かりが漏れているようだ。

 近づいて、扉の隙間からそっと部屋を覗きこむと、

「お入りなさい。盗賊の修業は中で出来るから」

 と声が掛かった。俺は少々ばつが悪くなりつつも、姿勢を正し、扉をノックする。そして、

「失礼します」

 と言って扉を開けた。

 中に入ると、広い部屋に出た。壁際には弓の的や木でできた像があり、砂利や木の板といった異なる材質の足場を用意した場所や、何種類もの扉だけが立てられている場所などもある。

 俺は茫然と部屋の中を見回していると、

「あら、今日の候補者は一人だけ? 珍しいわね~」

 と声が掛かる。振り向くと、いつの間に近づいたのか、小柄な女性が傍にいた。

「初めまして。この訓練所を任されているジュヌヴィエーヴよ。ジュネって呼んでね」

 そう言って彼女は笑った。俺は頭を下げ、

「よろしくお願いします。ヴァイナスと申します。これからお世話になります」

 と挨拶をする。するとジュネは俺の頭をポンポンと叩き、

「ああ、堅い堅い。もっと気安く接してくれて構わないよ! あまり他人行儀なのは嫌いなの。敬語もいらないわ」

 と言ってきた。俺は頭を上げると、

「分かりまし…分かった。じゃあタメ口で行かせてもらうよ。それで、ここでは何を教えてもらえるのかな?」

「せっかちだね~。せっかく来たんだし、まずはお茶でもどう? ここの時間は外に比べると遥かに早く過ぎるんだ。時間はたっぷりあるから、納得いくまで訓練すればいいよ」

 そう言って彼女は、奥にあるテーブルへと俺を誘う。

 俺は肩を竦めると、彼女の後に続いた。


「なるほどね~。〈門番〉さんと一夜を共にするなんて、普通考えないよ~。エトーさんも質問攻めで大変だったみたいだし」

 彼女が淹れてくれたお茶を飲みながら、俺は今までの経緯を簡単に話した。

 俺の話を興味深そうに聞いていたジュネは、皿からクッキーを取りつつ、頷いていた。

「こりゃ、貴方は一人で良かったかもね。最近来たやつらは、最低限の説明を受けると、とっとと先に進んだからね~。あんたが長々と質問してたら怒りかねないよ。どうせここでも質問だらけなんだろうし」

 と言って笑った。まぁ確かに納得いくまで訓練しようとは思っているけど。てゆうかチュートリアル無視すると、後で絶対痛い目見ると思うんだが。多分、〈オーラムハロム〉はチュートリアルのやり直しとかなさそうだし。

「ちなみに、外の時間に比べて、どれくらい早く進むんだ?」

「おっ、早速質問かい? そうだねぇ、大体10倍くらい早く進むみたい。ここで一月過ごすと、外だと3日くらいしか経ってない」

 ふむ。つまり現実世界の240倍速ということか。ここでの体感で2ヶ月過ごしても、現実世界では6時間程度になる。まだまだ時間はあるな。

 ちなみに今回は実験を兼ねて、俺は24時間の強制ログアウトまでこの世界で過ごすつもりだ。

 24時間連続でログインした場合の身体状況を知りたいということもあるし、睡眠や排泄がどのように処理されるのかも気になる。

 身体はともかく、脳は起きている状態になっているわけだし、こちらで睡眠しているといっても、現実時間では数分しか寝ていないことになる。

 かつて某フランスの皇帝は3時間しか眠らなかったというけど、それに比べても少ない睡眠時間なのだから、何か反動があってもおかしくはない。

「なるほど。了解した。ジュネはずっとここで暮らしているのか?」

「まさか。候補者を訓練するときだけだよ。それにしたって皆大抵最低限の訓練しかしないし、こっちで1日2日過ごして向こうに戻るくらいなら大して変化はないしね。今まで最長でも1週間くらいだよ」

 そうか。今回最長記録を更新することになりそうだな。俺ってあまり物覚えが良い方じゃないし。

「それじゃ、早速訓練することにしましょうか! まずは貴方の身体能力を確認しないとね。貴方も自分の身体がどれくらいできるのか気になるでしょう?」

 ジュネはそう言って奥にあるスペースへと歩いて行く。そこには3メートル四方に区切られた地面があり、所々に雑草が生えている以外は特に目立つものはない。

「これは? 放置された花壇か何かか?」

 俺の言葉にジュネはくすりと笑い、

「違う違う。まずはここで走ってもらうの。この地面は魔法で生成されていて、この場で走るとそれに合わせて地面が動くの。石ころや木の根なんかの障害物もランダムに生成されるから、気を付けないと転ぶわよ」

 どうやら、ルームランナーの魔法版みたいだ。俺は頷くと、地面の上に立つ。靴を通して感じる質感は、普通の大地と変わらない。

「それじゃ走ってみて。まずは軽くジョギング程度で。その後は短距離、中距離、長距離とペースを変えて走ってもらうから。頑張ってね」

 俺は頷き、走り始めた。その場で前に進もうとすると、地面が後ろに進み、その場で走り続けることになる。これは面白い。

「視線はできる限り正面を維持すること! 足元の障害物は体幹とバランスで対応しなさい!」

 ジュネに言われ、障害物を気にして足元に向かう視線を、無理矢理上げる。

 何度か障害物に足を取られるが、バランスを取って転倒だけは回避する。ジョギング程度の速さでこれだと、全力で走ったらどうなるか…。

 しばらく走ってみて気が付いたが、この身体は現実に比べて遥かに性能が良いようだ。おそらく高い数値に設定した〈器用〉の値が影響しているのだろう。

 障害物に対する反応も、徐々に無意識に対応できるようになってきた。

「慣れてきたみたいね。それじゃペースを上げなさい! そうね、今度は長距離を走るイメージで。地面の速度を上げるから、それに置いて行かれないように走るのよ!」

 ジュネがそう言って合図をすると、急に地面の進む速さが早くなった。俺は慌てて対応する。

 早くなったペースと疲労によって、俺は何度も転んで投げ出された。これはきつい。

「転んだらすぐに立ちなさい! もし誰かに追われて逃げているのなら、相手は待ってくれないし、逆に追いかけていても同じよ! これは訓練じゃない、本番だと思って走りなさい!」

 ジュネの叱咤に、俺は急いで走るのを再開する。

 そうだ、これは遊びじゃない。真剣に取り組まなくて、何の訓練なのか。

 その後、俺は走る速さを変えつつ、ひたすら走り続けた。たっぷり2時間は走っていたと思う。

「そろそろ休憩にしましょう。よく飽きずに走ったわね~」

 ジュネが呆れた声を上げる。

 ていうか、走らせたのお前だろ! と思わずツッコミを入れそうになるが、乱れた息を整えるのに精いっぱいで、声が出ない。

「初めてにしては上出来よ。普通はもっと転んだり、途中で音を上げる奴が大半だし。『なんでゲームでこんなに疲れなきゃいけないんだ!』とかって怒鳴る奴もいるのよね~。疲れるのなんて当たり前じゃない。走ってるんだから」

 ジュネはため息をつく。まぁ、気持ちは分かる。今までのVRMMOでは疲労に関しての処理が曖昧なものが多かった。

 疲労をバッドステータスと一種として扱い、疲労状態になると、身体の動き全体にリミッターがかかって動作がゆっくりとなったり、その場から移動できなくなったりした。

 これは、プレイヤーのストレスをゲーム的に処理することを重視した結果なのだろう。誰だって好き好んで疲れたくはない、はずだ。スポーツ選手だって、勝ち負けや達成感があるから頑張るのであって、単に疲労することを目的にしているわけじゃないと思う。

 ようやく息が整ったので、起き上がり、再び地面へと立つ。

「え? ちょっと休憩するわよ?」

「休憩はしたさ。息は整った。さあ始めよう」

「あんたって変わってるわね…」

 ジュネはさっきとは別の呆れた声を上げると、首を振りつつ訓練を再開した。

 結局その日は1日中走ることに費やし、訓練を終えたのだった。


 走る訓練をはじめて3日が経ち、ようやく今の身体で最適の走りができるようになった。今では全力疾走をしながら、足元を見ずに障害物を避けることができるようになっている。

「単に走る訓練をここまでやる奴は初めて見たわ…。納得できた?」

「ああ。今の能力だとこれで十分だ。もっと〈器用〉が上昇したら変わるだろうけど」

「…そこまで考えてるのが驚きね。あんた本当に初心者(ルーキー)? あたしだってそこまでやらないわよ」

 ジュネは心底呆れたという風に肩を竦める。俺としてはAGSの機能を知るために必要なことなのだが、こちらの世界の住人であるジュネには奇妙に映るのだろう。

 それはそうだ。誰だって生きてきた中で、自分の身体の限界なんて無意識に分かっているものだ。俺だって現実世界なら、こんなことをすることはない。

 だが、ここはVRMMOの世界であって、自分のキャラクターができることを確認しておくのは当然である。でないと、本当の意味で楽しむことができないではないか。もしかしたら、現実ではできないこともできるかもしれないのだから。

「さて次は何をすればいい? できれば身体的な性能を全て確認したいんだけど」

「…変態ね」

 失礼な。

「いいわ、次は壁登りと跳躍をやりましょう。その後は水泳かしら」

「了解だ。始めよう」

 ジュネの言葉に頷き、壁登り、跳躍、水泳、ロープを使った上り下り、木登りといった動作を訓練する。特にロープや木、壁を登る技術は勉強になった。身体や服の摩擦を利用した技術や3点確保の技術、ロープを足に絡めて利用する技術など、現実世界ではおよそ経験することのない体験だった。

 これらの訓練にも3日をかけた。後は日課としてこれらの動作を反復するため、毎日1時間ほどを訓練時間に充てることにした。


「次は隠密動作の訓練ね。こっちに来なさい」

 ジュネの案内に従って行くと、砂利や板を敷いた場所に連れて来られた。

「初日に簡単に説明したけど、ここが隠密行動を練習する場所になるわ。足音を立てずに歩けるようになるまで頑張りなさい」

 とりあえず歩いてみる。砂利は足を持ち上げるだけで大きな音を立て、板もギシギシと音を立てた。

「足を持ち上げる時、地面につく時は、平均的に体重を乗せるようにしなさい! 必ず軸足に体重を乗せるようにするの! 軸足を入れ替える時を特に意識しなさい! 足元が滑らかな時は、摺り足も有効なテクニックになるわ!」

 ジュネの指導に従って歩き方を学ぶ。最初は難しかったが、コツを掴んでからは上達が早かった。

 靴を履いた状態で出来るようになると、今度は裸足での歩き方や、金属製の脚絆(グリーブ)を装備して歩く訓練も行う。

 その後、走りながら音を立てない訓練や、障害物を避けながら歩く訓練、最後は走りながら障害物を避ける訓練まで行う。

 この訓練には1週間が掛かった。それで何とか及第点が出たので、次の訓練に入る。



「次は戦闘技術よ。最初は型を教えるから、真似してみて」

 ジュネはそう言って、基本的な型を演武してみせてくれた。俺は横に立ち、動きをなぞっていく。

 ある程度型通りの動きができるようになったら、ジュネとの模擬戦を行う。初めは型通しの打ち合いだが、徐々に実戦的なものに変わっていく。正式な剣術の他に、フェイントや蹴りを使った奇襲、背後から襲い急所を突く技術、果ては素手での闘いまで。

 また、並行して弓や投げナイフといった射撃武器の訓練も行った。

この訓練には2週間が掛かり、ようやく新たな訓練に取り組むことができるようになった。


「今日からは開錠や罠の発見、解除の技術を学んでもらうわ」

 ジュネは懐から錠を一つ取り出すと、左手に持ち、右手に針金を用意すると、鍵穴に差し込む。

 カチャカチャと針金を動かすこと数秒、カチリと音がして錠が外れた。

「慣れればこれくらいは目を瞑っていてもできるようになるわ。まずは両手を使って外す技術を学びなさい」

 ジュネの言葉に俺は頷き、早速訓練を始める。

 まずは錠の構造を聞き、鍵の仕組みを理解する。そしてどの部分を操作すれば鍵が開くのかを教えてもらい、実際にやってみる。

 最初の開錠には15分が掛かった。あまりの結果に落ち込んでいると、

「初めてなら充分よ。何も聞かずに1時間くらい弄繰り回して『分かりません』なんてザラよ?」

 うーむ、流石にそれは馬鹿だろう。正しいやり方を習いもしないでできるなら、世の中には泥棒が跋扈している。とはいえ理屈は分かった。後は練習して速度と正確性を磨かないと。

「次は罠の見分け方と解除の仕方ね」

 ジュネはそう言って奥にある宝箱の前に進む。そして罠の種類や見分け方を説明してくれる。

「後は実践あるのみね。ここにある宝箱の罠を識別してみなさい」

 そう言ってジュネが指す先には、大小様々な宝箱が数十個用意されていた。これ全部か…。


 その日から、ひたすら宝箱と扉に取りつく時間が続いた。今までの訓練を反復する時間も取っているので、新たな訓練に割く時間は減っているが、疎かにするわけにはいかない。

 俺は食事の時間にも錠を解除する訓練を続けた。流石に風呂に錠を持ち込んだ時は、錆びるからやめろと怒られたが。

 この訓練には3週間が掛かった。ここに用意された錠であれば5分以内で全て解除できるまでになったところで合格を言われた。

「ここまでで身体を使った技術は一通り身に付いたわ。ここからは座学がメインになるわよ」

 けど、その前に一度外に行きましょう。ジュネにそう提案されて、俺達は訓練場から出ることになった。


「流石に一月以上は新記録よ! あんなところにあんたと二人きりで1ヵ月も過ごしたなんて驚きだわ!」

 大げさに嫌がるジュネに苦笑を返すと、俺は久しぶりの外の空気を味わう。約6週間ぶりの日の光に、目を細める。

「それにしても、未婚の男女が一つの部屋で1ヵ月過ごすなんて、傍から見れば同棲していると思われてもおかしくはないわね」

 ジュネの台詞に俺は苦笑しながら、

「甲斐性無しで申し訳ない。別にジュネが魅力的な女性じゃないとは思っていないぞ」

「分かってるわよ。あくまで私たちは教官と生徒なんだから。でも、あれだけ何もないと、自信をなくしそう」

「それは受け入れOKってことかい?」

「許して欲しければ、私から打ち合いで1本取ってから言いなさい。考えてあげるわ」

 そんな軽口を交わしつつ、俺達は〈陽炎の門〉の近くにある、小さな町を訪れていた。目的は食材や日用品の補充だ。

「流石に1ヵ月は想定外だったわ~。余裕を持って用意していた備品が全てなくなったもの」

 彼女はそう言いながら、必要なものを次々と選んでいく。その量がかなりのものになると、俺は心配になってきた。これだけの荷物をどうやって運ぶのか?

 俺はジュネに疑問をぶつける。

「え? 心配しなくていいわよ。これくらいの荷物なら簡単に運べるから。あなたは持てるだけ持ってくれればいいわ」

 〈オーラムハロム〉にはVRMMOによくあるアイテムボックスやストレージと言った基本的なキャラクターサポートは存在しない。荷物は荷物として持ち運ぶ必要があるのだ。

 全ての物には〈重量点〉(ウェイトポイント)という値が設定されており(早い話が重さだ)、一人が持てるウェイトポイント(WP)の限界は、〈体力〉の100倍までと決まっている。これをオーバーした場合は、他のあらゆる行動を取れなくなり、歩くことすらできなくなる。俺は〈体力〉が「8」しかない貧弱君なので、持てる量も大したことがないのだが…。

「大丈夫。これがあるからね」

 ジュネはそう言って、腰につけた鞄を指差す。凝った造りの革製の腰鞄は、とてもこれだけの荷物が入るとは思えないのだが…。

「もしかして、〈魔法の品物〉(マジックアイテム)?」

「そう。〈マルラタの腰鞄〉と呼ばれる魔法の鞄よ。5000〈重量点〉(WP)までの荷物なら問題なく入るわ。中身の重さも感じないし、便利よ~」

 流石マジックアイテム。便利なものがあるものだ。あれ、でも…。

「出かけるとき、そんなもの持っていなかったよな?」

「え? ああ言ってなかったかしら。私〈全贈匣〉(パンドラボックス)の〈才能〉(ギフト)持ってるから」

〈才能〉、なるほどそういうことか。ジュネの言葉に俺は納得した。これはガイドにはなかったものだが、PCは後天的なものとして、〈才能〉(ギフト)と呼ばれるものを修得できるらしい。〈全贈匣〉(パンドラボックス)はその一つで、他のゲームにおけるアイテムボックスのような効果を持つ。

 重量を感じずに、開かなければ他人には触れることができない保安も完璧な能力だが、内包できるのは縦×横×高さが60cmまでの物に限られるうえ、WPは〈幸運〉×10点まで、取り出し口の開閉に、それぞれ10秒ほど時間が掛かり、その間はその場から移動できないことから、あまり選ばれることのない〈才能〉だ。

 〈才能〉は、初期で選択できるのは1つ。しかも変更はできない。新たに追加で〈才能〉を取得できるのは、10レベルごとに一つとなるため、相手の種族やレベルが分かる〈観察眼〉(オブザーバー)や、必ず北が分かる〈絶対方角〉(ディレクション)といった便利な〈才能〉を取る者が多い。

 実際、物が仕舞えるだけなら、ジュネが持つ魔法の鞄のほうが便利だし、出し入れも簡単なので、有難味が少ない。道具で賄えてしまう能力なのだ。

 だが、今のジュネの使い方を見て、俺も〈全贈匣〉を取ることに決めた。本人しか取り出せない、見えないバッグは他のアイテムと組み合わせることで、大きなメリットを産むことに気付いたからだ。

 どこかに潜入する際、潜入後に必要な道具を気づかれずに持ち込むには最適の能力だ。目に見えなければ、どうしたって警戒は緩む。

「了解。ちなみにその鞄って幾らぐらいするんだ?」

「これ? これは腰鞄だから5000ゴルトってとこね」

 高い! って利便性を考えたら当然か。ちなみに初期キャラクターに与えられる所持金は、変動があるが、平均すると100ゴルト前後(神の祝福があれば増えることもある)となっており、現状手が出ないものだった。

 やっぱり他の〈才能〉にしようかな…。

 俺が〈才能〉について悩んでいる間に、買い物が終わったらしく、ジュネは荷物を鞄に詰め込んでいた。

「よし、買い物は完了! 帰る前に何か美味しいものを食べて帰りましょう! 大丈夫、お金は私が出すから」

 うう、なんか非常に申し訳がない。ヒモって凄いんだな。などとどうでも良い感想を抱きつつ、申し訳程度に荷物を持った俺は、トボトボとジュネの後について行くのだった。


 訓練所に戻った俺達は、荷物を整理すると、訓練を再開した。これから学ぶのは話術、変装、尾行といった盗賊技術についてだ。また、毒や薬草に関する知識や、身振り手振りで会話する盗賊語の修得など、より細かく多岐に渡る訓練を行っていく。

 それにしても、システムのアシストがあるのだろうが、この身体の学習能力は素晴らしい。始めてやることを、正に砂が水を吸うように習得できるのだ。

本来、こういった技術の修得には何年もかけるのが普通だ。それが教官が優秀だとはいえ、これほどの短期間で修得できるとは…。

ここで覚えたことを、現実世界でも使うことはできるだろうか? 身体能力が違うから、完全に扱うことはできなくても、できる気がする。向こうに戻ったら試してみよう。

俺は日々充実したものを感じながら、訓練に明け暮れた。


 そして訓練を始めてから3ヶ月。俺は訓練場を卒業することになった。



「この3ヶ月、本当に良くやったわね~。お疲れ様」

 ジュネの言葉に俺も笑みを返しつつ、

「長い間お付き合いいただき、本当に有難う御座いました。これでなんとかやっていけそうです。お世話になりました」

 そう言って深々と頭を下げる。その頭をパーンと叩かれた。

「だから、他人行儀は止めなさい! 苦手なのよ」

 そう言ってそっぽを向いたジュネの頬は赤い。どうやら照れているようだ。

「それにしても、俺に3ヶ月つきっきりだったわけだけど、他の候補生はこなかったな。盗賊ってダメ職業なのか?」

「違うわよ。教官は一度訓練を始めたら、最後まで面倒を見るのが決まりなの。途中で交代するわけにはいかないから、途中から追加されることはないわ。まぁ、〈戦士〉や〈魔術師〉に比べると、お世辞にも人気職とはいえないけど」

 ジュネの言葉に納得する。しかし、教官一人を3ヶ月も独り締めしてしまったのか。少々罪悪感が生まれた。

「3ヶ月も拘束したのは、すまなかった」

「気にしないで。私も楽しかったわ。貴方みたいなやる気のある人ならね。私の弟子の中では断トツだったわ。腕を磨くことを怠らないように頑張りなさい。継続は力なり、よ」

 ジュネの言葉に頷き、俺は訓練場を後にする。「またいつか来なさい。待ってるから」と言うジュネの言葉に背を向けたまま手を振り、転移門へと急いだ。


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