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28 幻夢(VR)生活が充実しつつあるのは果たして

 コーストの街に着いた俺達は、まず始めに港へ行き、〈海竜号〉が停泊しているかどうかを確認した。

 残念ながら〈海竜号〉はいなかったので、繁華街に戻り宿を決める。俺は遠慮したかったが、ヴィオーラのたっての願いで〈歌姫亭〉に行くことに。風呂好きのヴィオーラに温泉の話をしたのは失敗だったか…。

 あれだけ迷惑をかけたのだから、正直顔を出したくはなかったのだが、諦めて訪れる。

 宵の口にはまだ早いこともあり、店内に客は疎らだった。俺は意を決してカウンターへと進み、主人に話しかける。

「すいません、部屋を借りたいんですが」

「…二人で一晩100ゴルトだ」

 主人は俺を一瞥すると、特に気にした様子もなく、ヴィオーラを見てそう言ってきた。

「できればベッドは二つあるといいんですが…」

「うちにはそんな部屋はない。普通の宿に行くんだな」

 デスヨネー。

 俺は諦めて部屋を借りた。流石にロゼと過ごした部屋を借りるのは躊躇われたので、別の部屋にしておいた。

 鍵を受け取り、荷物を部屋に置くと、俺は港で孤島に向かってくれる船を探すため、腰鞄を付けて部屋を出ようとした。するとヴィオーラは、

「折角だし、温泉に入らない? 旅の汗を流したいし」

「その前に船を探しておかないと。温泉は夜でも入れるし」

 と言って誘ってきたが、俺としては一刻も早く孤島を訪れたかったので、船を探すことを優先したかった。すると、

「あのね、今から船を探しても無駄よ。出港する時間はとっくに過ぎているし、今停泊している船の船員は皆街に繰り出しているはず。それなら、明日の朝早くにどの船も荷積めの作業をするはずだから、その時を狙って探した方が効率的よ」

 と言われ、なるほどなと納得した。納得はしたんだが、温泉に入りたいが故に完璧な説得をし、それをドヤ顔で言ってくるヴィオーラに対し、イラっとしたのは内緒だ。

 とりあえず結論としては温泉に入ることになったので、準備をして温泉に向かう。宿の形態上、混浴しかないのだが、ヴィオーラは気にしていないようなので、俺も気にせず入ることにした。

 時間的に早いこともあって、温泉は貸切状態だった。俺はさっさとかけ湯をして軽く汗を流すと、スマラ用の桶を用意し、早速湯船へと浸かる。

 天然の温泉から伝わるじんわりとした熱さに、思わず「ふぉぉ~」と声が出てしまう。


 やはり温泉は最高だ。


 俺は顎まで浸かると目を瞑り、じっくりと温泉を堪能する。アル=アシの城の風呂も良かったが、温泉は別格だ。スマラも桶の中で蕩けている。

 何も考えずに温泉を楽しむ俺に近づいて来る気配を感じ、瞑っていた目を開けると、ヴィオーラが俺の横に腰を下ろすところだった。先に洗ってきたのか、濡れた菫色の髪をアップに纏めている。沈みかけた夕日を浴びて茜色に染まる肢体は、流れ落ちる雫を弾いてキラキラと輝いていた。

 俺は意識して視線を逸らすと、もう一度目を瞑り温泉に集中する。戦士として鍛えられているヴィオーラの身体は、無駄な肉が一切なく、それでいて女性としての魅力を失わない、メリハリのある体型をしていた。俺の脳裏にロゼとの記憶が思い出され、否応なしにヴィオーラを「女」として意識してしまう。

「はぁ~、本当に気持ちいいわね」

 ヴィオーラはそんな俺の様子には気づくことなく、浅めの場所で寝転がるように身体を伸ばして湯船に浸かっている。

 湯船から偶に浮き出るヴィオーラの裸身は、正直言って目のやり場に困った。

「他の客が入って来ないうちに上がろう」

「どうして? せっかくの温泉よ。それにしてもコーストにこんな宿があったなんてね。連れ込み宿に温泉があるのは盲点だったわ」

 ヴィオーラは今度はうつ伏せになり、縁の上に組んだ腕を乗せ、その上に顔を乗せながら、両足で交互に水面をパシャパシャと叩いている。俺は努めてヴィオーラを正視しないようにしながら、

「ここは『連れ込み宿』だぞ。他の客はここで男女でアレでナニなことをするんだから、気まずいじゃないか」

「あら、それなら私たちもする?」

 ヴィオーラはそう言ってクスクスと笑った。コイツ、俺が手を出さないと思って揄っているな…。俺はヴィオーラに向き直ると、

「良いのか?」

 と聞いた。真剣な声で聞いたから、ヴィオーラは慌てて冗談だと言って来ると思っていた。だが、

「良いわよ」

 ヴィオーラはそう言って、こちらを見ながら静かに微笑んでいる。くそ、ヴィオーラの方が一枚上手だった。

「悪かった、冗談だよ」

 俺は視線を逸らすと湯船から上がる。そして、

「明日は朝早くから船を探すんだ。早めに休もう」

 と言う。ヴィオーラは

「もう少しだけ入っていくわ」

 と言うので、同じくもう少し入っていくというスマラを残して、先に部屋に戻ることにした。



 旅の疲れがあったのか、俺はスマラ達が返ってくる前に寝入ってしまっていた。顔に差し込む朝日で目を覚ます。

 ふと左腕に痺れを感じ、腕を持ち上げようとするが何かが乗っていてできなかった。

 重みと共に伝わる暖かさに目を向けると、ヴィオーラが俺の腕を枕にして眠っていた。

 シングルベッドなので一緒に寝ているのは良いんだが、何故俺の腕を枕にしている?

 あまりにも気持ちよさそうに寝ているので、起こすのも申し訳なく思い、起こさないように慎重に腕を引き抜こうとした。

 すると、寝返りをうったヴィオーラは、そのまま俺に抱き着いてきた。ヴィオーラの髪から香る石鹸の匂いと、ヴィオーラの女性特有の甘い体臭が鼻腔を擽る。

 俺は思わず、その場でじっとしてしまう。城のベッドは広かったので気づかなかったが、こいつ抱き癖があったのか…。

 ヴィオーラは、そのまま俺の頭を抱え込むようにして抱きしめてくる。これ以上は色んな意味でやばいので、俺はヴィオーラの脇腹をそっと擽る。

 始めは反応が薄かったが、徐々に身体をくねらせ始めた。そして耐え切れなくなったのか、笑いながら目を覚ました。

「止めてお願い、脇腹は弱いのぉ」

「おはよう」

 完全に起きたところで擽るのを止め、俺は挨拶をする。ヴィオーラは恨めしそうに俺を見ていたが、ふにゃりと笑うともう一度抱き着いてきた。

「もう少し寝よう?」

「あのな、船を探すんだろ? また船乗りに会えなかったら大変だろうが」

「また明日探せばいいじゃない」

「そういうわけにもいかないだろうが…」

 俺は愚図るヴィオーラを引き剥がしてさっさと着替え始める。最初は抵抗していたヴィオーラだったが、俺が準備を整えてしまうと、しぶしぶと準備を始めた。それにしても随分様子が変わったな。以前に比べると妙にスキンシップが多いというか、甘えられている気がする。まぁ、慣れてきたのでこの方が素だった可能性も高い。

 俺は気にしないことにして、窓の外を眺めながら、ヴィオーラが準備を終えるのを待った。

「お待たせ」

「よし、それじゃ船を探しに行くか」

 準備を終えたヴィオーラに答え、俺はスマラに声を掛けて起こすと、ヴィオーラと共に部屋を出る。朝食は外で摂ることにし、カウンターを掃除していた従業員に鍵を預けると、宿を出て港へと向かう。

 港へ向かう道すがら、俺達は屋台を覗きながら朝食を摂ることにした。港で働く人のために、食事系の屋台は朝早くから店を出しているので、すでに活気がある。

 美味しそうな匂いに釣られながら、思い思いに買って食べる。以前訪れた時に食べた魚や貝の焼き物の他に、ブイヤベースのような煮込み料理、特製のタレに漬けて焼いた肉串など。

俺達は、お互いに買ったものを交換したりしながら食事を済ませ(当然スマラは両方からもらっていた)ると、港を訪れた。

 港は積み荷の揚げ降ろしや出航する船、入港する船が入り乱れ、戦場もかくやといった雰囲気だった。

俺達は極力邪魔をしないようにしつつ、入港してきた船を尋ね、例の孤島まで乗せてくれる船を探した。

 ほとんどの船が目的地を聞くだけで断ってきたのだが、1隻だけ、近くまでなら乗せてくれるという船が現れた。

「その島に一番近い航路までなら乗せて行けるぜ」

 そこからなら小さなボートでも数時間で辿り着けるということなので、俺達は乗せてもらうことにした。

 この船はそのまま航路に沿って次の目的地に向かうとのことなので、帰りの船はないが良いのか? と聞かれたが、問題ないと答える。実際、この船を降りたら〈瓶詰の船〉で移動する予定だし、まだ不慣れな航海をする期間を、できるだけ少なくするのが目的なので問題はなかった。

 俺達を乗せてくれる船、〈海の乙女(ローレライ)号〉は明日出航するということなので、俺達は明日合流することを伝えて、今日はゆっくり過ごすことにした。

 以前も訪れた市場をヴィオーレたちと共に巡る。前回は所持金が少なくて手の出なかった品物も手に入るかもしれない。今回は〈マルラタの腰鞄〉もあるので、多少嵩張るものでも持ち運ぶのに支障がないのも嬉しい。

 冷やかしながら露店を見ていくと、前回とは違う店が多いことに気がついた。こういった自由市場は旅の商人が中心となって商売をするので、いつも同じ店が出るわけではないそうだ。

 前回は見なかった露店の商人に話を聞くと、商人は笑って教えてくれた。お礼代わりに売っていた香辛料を買い(シナモン、クローブ、ナツメグ、コリアンダー、ターメリック、赤唐辛子、カルダモン…と言ったら料理が得意な人なら何が作りたいか分かるだろう)、更に露店を巡って行く。

「ねぇ、そんなに香辛料を買ってどうするの?」

「俺の故郷の料理が食べたくなってね。材料が全部揃っているわけじゃないけど、香辛料はどこでも売っているわけじゃないみたいだから、買える時に買っておいたのさ」

「ふぅん、って貴方料理できるの?」

「探索者たるもの、自炊くらいできるだろう?」

「自炊って…。探索中の料理なんて温めたお湯に干し肉を入れたスープを作るぐらいじゃない。そもそも料理の時間なんて取らずに保存食で済ますものでしょう?」

「それだと味気なくないか? 折角金が手に入ったんだから、探索中の食事にも潤いを求めたい」

「呆れた…」

 購入した香辛料をせっせと腰鞄に詰める俺を、ヴィオーラは呆れた表情で見ていたが、それ以上は特に何も言わなかった。俺はその後も調味料(塩、砂糖、酢など)や小麦粉といった日持ちのする食材を購入する。

 そうして露店を巡っていると、奇妙な露店を見つけた。これだけ賑やかな市場なのに、その露店だけまるで気づかれていないように人が全くいないのだ。しかも、周囲の人々はそれに違和感を感じていないらしく、奇妙さに拍車を掛けていた。

 俺は興味が湧いて露店に近づいた。ヴィオーラは訝しげについて来るが、俺は気にせずに露店を訪ねる。

「ほほぅ、この店を訪れる者がいるとはな…」

「えっ、ただの路地だと思ってたのに…」

 およそ商人とは思えない挨拶に迎えられ、ヴィオーラは目を白黒させているが、俺は気にせず露店に並ぶ商品を眺めていく。

「凄い、これ全部〈魔法の品物〉?」

 俺の肩からスマラが商人に確認した。

「ほほぅ、良く分かったな。そうだ。儂の扱う品は全て魔力が籠もっている」

 商人の言葉に驚く。武器や防具はなく、一見すると普通の装飾品や雑貨にしか見えないものばかりだが、これらが全てマジックアイテムだと言う。

「この店を見つけることができたのだ。ゆっくりと見ていってくれ」

 商人はそう言うと黙ってしまった。俺達はせっかくなので品物を見て回った。

 大半は「永続」の魔法が付与されたもので、便利なのだが俺やスマラが使える魔法のものばかりで、俺達が使えない魔法が込められた品物は、高価なのでおいそれとは手が出せない。

 しばらく眺めていると、一見商品には見えない布が目に入った。露店の隅に置かれた木箱の中にロール状に巻かれて入れられた布を手に取って広げてみた。

 長方形の布で、華美ではないが精緻な刺繍の施された綺麗な布だった。大きさからすると玄関マットか食卓掛のように見える。

「これは…?」

「それか? それは〈饗宴の食卓掛(テーブルクロス・オブ・フィースト)〉だよ」

「本当!? ヴァイナス私これ欲しい!」

 商人の言葉にスマラが反応した。〈饗宴の食卓掛〉は有名なマジックアイテムで、合言葉を唱えると1日に3回まで、この上に料理(量としては6人前くらいらしい)が並ぶのだと言う。

用意される料理も素晴らしいが、このテーブルクロスは〈極光の宴〉と同じように、料理を登録することができるそうだ。登録された料理をイメージして合言葉を唱えると、その料理が再現されるらしい。

特にイメージしないで合言葉を唱えた場合は、登録されている料理がランダムに用意されるらしいので、旨かった料理を登録していけば、食事に困ることはなさそうだ。

 値段を確認すると、何とか手の届く金額だった。俺は腰鞄から〈長者の蔵〉を取り出し、金額を払うと〈饗宴の食卓掛〉を受け取った。

「後で早速試してみましょう!」

 スマラの言葉に、ヴィオーラも頷いている。今日の昼飯はこれを使ってみるか…。

 その時、俺の脳裏に電撃が走った。ということは、俺が食べたかった料理を作って登録すれば、いつでも食べられるということじゃないか!

 頭の中で残りの食材を検討していると、商人が話しかけてきた。

「せっかく高い買い物をしてくれたんだ。おまけをやろう」

 商人がそう言って取り出したのは、灰緑色の石でできた星形の飾りだった。どこかで見た形だと思ったら、金貨の中心に彫られている飾りとそっくりだった。商人は俺達にそれぞれ飾りを渡す。

「これは?」

「〈古の印〉と呼ばれる御守りだな。身に着けていれば、いざと言う時に助けてくれる」

〈古の印〉は消費型のマジックアイテムで、使用すると一度だけ失敗した行動をやり直すことができるらしい。やり直した結果、より状況が悪化する場合もあるらしいが、基本的に失敗した行動をやり直せるのだからありがたい。

「ありがどうございます。これ、もっと売ってたりします?」

「生憎と出物はそれだけでな。帝都なんかの大きな街にいけば、取り扱っている店もあるだろう」

 残念だ。こんな便利なアイテムなら、予算の許す限りあるだけ買おうと思ったのだが。

 俺は〈古の印〉を胸ポケットに仕舞うと、商人に礼を言って露店を後にする。

 その足で、俺は必要な食材を探して回った。肉、野菜、米(日本のものに比べて粒が細く、粘りが少ないのだが、むしろ俺が作る料理には向いている)が手に入った! コーストの街の物流侮り難し)などなど…。

「ねぇ、そんなに食材を用意してどうするの?」

「せっかくなんで、〈饗宴の食卓掛〉に俺の郷里の料理を登録しようかなと」

「え? これから作るの?」

「いや、とりあえず食事を済ませて宿に戻ろう。宿の厨房を借りる」

 スマラとヴィオーラには道すがら説明をし、材料を揃えたので市場を後にし、少し離れた木陰へと移動する。

 早速〈饗宴の食卓掛〉を広げると、合言葉を唱えて料理を呼び出す。食卓掛が一瞬光を放つと、目の前に料理が並んでいた。

 料理は出来たてのようで、湯気と共に旨そうな匂いが流れてくる。俺は腰鞄から食器を取り出すと、ヴィオーラの分を渡し、スマラに料理を取り分けてやる。そして、

「「「頂きます」」」

 挨拶もそこそこに食べることにした。


 旨い!


 サラダの野菜は新鮮で、掛けられたドレッシングも旨味と酸味が程よくバランスが取れている。

 パンも柔らかく、バターが練り込まれているのか甘みと風味がたまらない。

 湯気の立つスープもコクがあり、中に入った肉や野菜も良く味が浸み込み柔らかく煮込まれている。

 香ばしい香りを放つ肉や魚のローストも、香辛料をふんだんに使っており食欲がそそられた。

 ベースのメニューだけでも充分満足できるが、ここに日本の食事を登録すれば、俺的には更に幸せになれそうだ。

「これって最初に登録されている料理は一緒なのか?」

「そこまでは知らない。それに、この食卓掛を以前誰かが使っていて、その時に登録している可能性もあるわ」

 スマラの言葉に俺は頷く。そりゃそうか。頼んで作ってもらったアイテムではない以上、中古の可能性の方が高い。少なくとも今回用意された料理には文句のつけようがなかったので、問題はないのだが。

「ヴィオ、料理の味はどうだ?」

「満足も満足よ。アル=アシの高級店に勝るとも劣らないわ。あぁ、これからは毎日こんな料理が食べられるのね…」

 たっぷり6人前はあった食事を二人と一匹で完食しつつ、食卓掛を片付けようとして、

「そういえば、これどうやって片付けるんだ?」

「片付け用の合言葉を唱えれば食器なんかは消えるわよ」

 合言葉は料理を呼び出すもの、片付けるもの、登録するものの3種類があるらしい。便利だな。それはそれとして、料理も消えると言うことは、食べた料理はどうなるのだろう?

「別に食べたものは消えたりしないわよ。後、飲物は登録できないみたい」

「スープは飲物じゃないのか?」

「何を基準に登録を決めているのか分からないけど、少なくともお酒や水は登録できないわ」

 なるほど、ドリンクは別扱いか。俺は〈極光の宴〉があるので、これで飲食に関してはほぼ自給自足が可能になったわけだ。

 このことは地味に助かる。極論後は衣住がなんとかなれば何もしなくても生きてはいけるので、例え現実世界に戻れなくとも、なんとかなるわけだ。


 …無論、帰らない選択肢などないのだが。


 俺は食卓掛を片付けながら、ヴィオーラの様子をそれとなく見つめながら、孤島の遺跡が〈陽炎の門〉であった時、彼女はどうするのか考えていた。

 始まりの町(便宜上、チュートリアルを行った街をこう呼ぶ)に繋がるのであれば、そこから別の街に転移することもできるだろうが、単に門だけがあった場合、俺は門を通って現実世界へと戻るつもりだ。当然ヴィオーラは通ることができないだろうから、オーラムハロムに残ることになる。

 危険な遺跡の最深部に門があった場合、そしてヴィオーラが怪我でもしていた場合、俺は彼女を置いて帰ることができるのだろうか(ちなみにスマラは契約があるので一蓮托生のため気にしていない)。

 片づけを終えて宿へと戻る道すがらも、俺は様々なことを考えていた。その様子が気になったのか、ヴィオーラが声をかけてきた。

「ねぇ、さっきから何を考えているの?」

「ああ、もし本当に目的の島に〈陽炎の門〉があったら、どうするかと思ってさ」

「門があったらそこを通って転移するんでしょ?」

「俺はそのつもりだけど、ヴィオやスマラはどうするのかと思ってさ」

 俺の問いに、ヴィオーラは不思議そうな顔をして、

「当然、私も一緒に行くわよ」

 それは無理だ、ヴィオーラの答えに思わずそう言いそうになったが、なんとか口にせずに済んだ。

「その門を通れば、貴方の故郷に行けるんでしょ?」

「ああ」

「それなら、私も貴方の故郷に行ってみたいもの。貴方の故郷がどんなところか見てみたいわ」

 その時はきっと一度別れることになる、そう言う代わりに俺は、

「あまり期待するなよ。大したところじゃないから」

「それは見てから考えるわ」

 と返すと、ヴィオーラは微笑んでそう答えた。一方スマラには、

「私はどっちでもいいわね。門を通っても通らなくても向こうには用事は特にないし。〈契約〉があるから一人じゃ戻れないし、一緒に門を通れば同じ場所に行けるとは思うけど」

 と言われた。まぁ、門があるかどうか分からないし、その時考えることにしよう。その後は雑談をしながら、宿に戻るのだった。

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