27 幻夢(VR)でも旅は道連れ世は情け
闘場での〈死闘〉から2日が過ぎた。幸いヴィオーラは一命を取り留め、今は俺の部屋のベッドで療養中だ。翌日には傷も魔法で完治したのだが、毒によって低下した体力は魔法では治らない。経過も気になったので、環境の整っている俺の部屋で休ませているのだ。
あの試合の後、三連星の遺体は回収され、ジョルナータが毒を使用していたことが確認された。どうやら直前まで探索に出ていたらしく、その時に使っていた毒をそのまま使用したらしい。即効性で強力だが、効果時間が短く効果時間が終わると、全ての毒素が失われるという特徴のため、主に狩人が獲物を狩るときに使うものだと言う。刀身に毒が残っていたから立証できたそうだ。
闘場での禁忌である毒の使用を行った三連星は、闘場の登録を抹消され、戦績なども全て無効とされるらしい。結果としては俺達の不戦勝という扱いだ。あれだけの闘いを無しとされるのは、俺としては少し寂しかった。
三連星の契約主であるナジィルについては、特に御咎めはなしということになった。毒の使用に関しては一切関知しておらず、闘士の独断だったことが分かっている。
だが、お抱え闘士の中でも一、二を争う腕利きを失ったことは誤算だったらしく、しばらくは後進の育成や新たな闘士との契約に追われるだろうということだった。
まぁ、あの性格なら懲りるということもなさそうだし、気にしても仕方がない。問題があるとすれば逆恨みだが、お抱え闘士の自業自得の不祥事を逆恨みするほど愚かであるとは思いたくない。
「とりあえず、俺が聞いたのはこれくらいだ」
「なるほどねぇ。まぁ私としては、勝って命もあるのだから文句はないけどね」
ヴィオーラはそう言って微笑んだ。一番の重傷だったヴィオーラが無事だったので、俺も笑顔で頷いた。
「それにしてもいい加減、ベッドに寝てるのは飽きてきたわ。お風呂にも入りたいし」
そう言って駄々をこねるヴィオーラに、俺は、
「そうか。それは都合が良い。準備してくれ」
「準備?」
と言うと、ヴィオーラは不思議そうに首を傾げた。
この後、イーマンから呼ばれているのだ。今回の報酬を渡したいと言われている。ヴィオーラはそれを聞くと、慌ててメイドを呼び、風呂の用意をさせる。
「どうしてもっと早く言わないのよ!」
レディの準備には時間が掛かるのよ! ヴィオーラはそう言ってその場で夜着を脱ぎ始めた。俺は慌てて視線を背けると、窓の外を見ながらヴィオーラの準備が終わるのを待つことにした。
レディなら男の前で簡単に脱ぐなよ…。
後ろでバタバタと準備する音を聞きながら、この後のことを考えていた。褒賞の席にはナジィルも同席するらしいが、果たしてどうなることやら…。
「よく来てくれた。まずはお疲れ様と言わせてもらう」
俺が部屋を訪れると、イーマンは自ら出迎えてくれた。部屋にはナジィルの他にクロスレィも呼ばれていたらしく、彼としては珍しく、客席の方に座ってお茶を嗜んでいた。俺達と目が合うと優雅にカップを掲げて挨拶をしてくる。
ナジィルは席に座ったまま俯いている。その表情はいつになくしおらしいものだった。俺達とは目を合せようともせずに、テーブルの上を見つめていた。
「まずは座ってくれたまえ。落ち着いて話をしようではないか」
イーマンはそう言って俺に席を促すと、自分はナジィルの横に戻って席に着く。俺達がクロスレィの隣に座ると、すぐさま蜜菓子と温かい茶が運ばれてきた。
俺が一口お茶を口にし、ヴィオーラが蜜菓子を口にすると、カップを置くのを見計らってイーマンが話し始める。
「それにしても今回は大変だったな。ヴィオーラ、調子はどうだ?」
「御陰様で特に後遺症もなく回復していますわ。ヴァイナスの部屋のベッドは私には上等過ぎるくらいです」
「そうか、それは良かった。まさかお抱え闘士が毒を使うとはな…。アル=アシの闘場始まって以来の不祥事だ。彼らほどの実力を持った闘士でさえ、〈死闘〉の重圧とは無縁ではなかったということか」
イーマンはそう言ってナジィルを見た。ナジィルは一層縮こまるが、その場から立ち去ろうとはしなかった。
「今回のことは三連星の独断であることは明らかになっているとはいえ、契約主であるナジィルへの処罰がないのは、君たちとしても不服だろう。ナジィル、お前は1年間、闘場に関わる活動を禁止する。これは君主としての命である」
イーマンの言葉に、ナジィルは顔を上げるが、イーマンから向けられた視線に耐えられず、俯くと力なく頷いた。その瞳からは大粒の涙が流れ落ちる。
「この街において、闘場に関われないことがどれだけ辛いのか、今一度考える良い機会となるだろう。心せよ」
イーマンの言葉に声を殺して泣きながら、再度頷くナジィル。しかし、本当にこの街は闘場を中心に回っているな。妙齢の女性が闘場禁止を言い渡されて泣くなんて…。現実世界でもあまり賭け事に興味がなかった俺としては、正直理解しがたかった。
「さて、君たちには迷惑をかけた。約束の報酬とは別に用意したものがある。受け取ってくれ」
イーマンがそう言って用意させたのは、金貨が入っているであろう袋と、封蝋のされた羊皮紙、それに揃いのお仕着せを来た女性たちだった。
皆失礼に当たらない程度に俺達のことを見ているのだが、その表情には期待と不安が見て取れた。中には熱い視線を向けてくる者もいる。
その中の一人が、さりげない仕草を装いながらも、クロスレィを見つめていた。視線を追うと、クロスレィも今まで見たことがないような表情で女性を見ている。
「この人たちは…?」
「うむ、金貨以外には、まずこの街にある屋敷を用意させてもらった。それは屋敷の権利書になる。小さいが造りは良い。それぞれに用意したので後程確認して欲しい。どの屋敷に住むかは君たちで話し合って決めたまえ。そして、この者達は私が所有する奴隷だ。後で譲渡の契約を行うが、労働奴隷として屋敷の管理を任せても良いし、奉仕奴隷として愛でるのも自由だ。誰を連れて行くのかは君たちで決めたまえ」
何となく予想はできたとはいえ、屋敷に専属の奴隷ときたか…。報酬としては破格なのだろうが、俺としては屋敷をもらっても困ってしまう。
なにせこの後は探索の旅に出るのだ。アル=アシの街は嫌いではなかったが、この街に落ち着くわけじゃない。いつ帰ってこれるとも分からないのに、屋敷をもらうのは気が引けた。
「恐れながら、俺はこの後探索の旅に向かいます。屋敷を頂いても使うことは少ないと思うのですが」
「もちろん承知している。実を言えばこの屋敷は三連星がナジィルから与えられていたものでな。罰を兼ねて没収したものだから気兼ねなく受け取って欲しい」
おいおい…。
そんな事情をぶっちゃけられても、受け取りにくさが増えただけだ。俺はクロスレィを見て、
「なぁ、俺には屋敷は必要ないから、お前に譲ろうか?」
「いや、流石に屋敷を2つもらっても持て余すよ。維持費だって掛かるし」
デスヨネー。
クロスレィは少なくとも屋敷をもらうことには前向きみたいだ。まぁ、彼の立場を考えるとこの街に屋敷を持つのはやぶさかではないのだろう。
「ヴィオーラ」
「私も結構よ」
うーむ、即答ですか。思わず「結構」は承諾の意味だよな、と言う詐欺師みたいな台詞が頭を過ぎったが、間違いなく怒られるので自重する。
「こちらとしても、受け取ってもらわないと君主は褒賞も出さないケチだと言われてしまう。アル=アシを治める者として、それはそれで問題なのだよ」
とは言われてもな…。俺はイーマンに許しを得て、少しの間考えさせてもらう。
正直に言って、不動産のような褒賞は受け取りたくなかった。維持費も掛かるし、メリットが少なすぎる。それならば、街にいる間の特権のようなものがあれば有り難いのだが。
俺はふと思いついて、
「屋敷や奴隷を受け取るわけにはいきませんが、代わりといってはなんですが、闘場の訓練場や模擬戦室を自由に使える権利のようなものは頂けないでしょうか?」
俺の答えに奴隷たちから落胆した気配が伝わってくる。なんでだろう? ここの仕事は辛いのだろうか?
「そんなものは闘士として契約すれば自由に使えるではないか?」
イーマンは不思議そうに尋ねて来た。俺は頷いて答える。
「いえ、闘士として契約していなくても、優先的に使える許可証のようなものが欲しいのです。一度探索に出れば、次にこの街を訪れることができるのはいつになるか分かりません。ですが、探索者にとって、あの施設の有用性は非常に大きい。勝手なことを言いますが、俺が使いたい時にあの施設を使うことができる権利がもらえるならば、それはとても大きな報酬となります。いかがでしょうか?」
俺の提案に、イーマンは考え込んだ。イーマンとしてはこの街に屋敷があれば、これからもこの街を中心として生活するだろうから、半ばお抱え闘士として俺達を扱う算段があったのだろう。
だが、こちらとしては〈陽炎の門〉探索がどのように進むのかは全く予想がつかないのだ。もしかしたら、二度とこの街に来ることはないかもしれない。
それならば、俺の都合で俺にとって有用な施設を自由に使用できる権利でももらったほうが、俺としても気兼ねしないで良いし、イーマンにとっても、元々ある施設を個人の希望で自由に使われたところで、大きな問題になるわけじゃない。
イーマンは答えが決まったのか、閉じていた目を開けると、
「よかろう。それであれば君には〈名誉闘士〉の称号を贈らせてもらおう。この称号を持つ者は、闘場の施設を最優先で使用できる権利を持ち、試合に参加する場合は、誰よりも強い優先権を持って対戦相手を選ぶことができる。城を訪れた際は、賓客として遇するものとし、これは終生まで有効とする」
イーマンはそう言ってニヤリと笑った。なるほど、考えたな。闘士であれば施設を使うことに関しては何も問題がないし、模擬戦室の効果を得るためには、試合に出る必要がある。俺の気まぐれで出場が決まる以上、試合の優先権まで与えておけば、割り込みやごり押しで試合が変更されても文句を言いにくい。
それと同時に賓客として扱うことで、只の闘士とは一線を画した存在であることを内外にアピールするわけだ。実際、今の待遇は賓客と言っても差支えがないし、イーマンとしても俺がこの街にいる時は、闘士として闘場を盛り上げてくれるのだから都合が良い。
「後程〈名誉闘士〉を表す勲章か何かを用意させてもらう。おそらく身に着けやすい腕輪か指輪を用意することになるだろうが」
イーマンの言葉に俺は頷く。すると、その話を聞いていたヴィオーラが、
「それでしたら、私も屋敷や奴隷の代わりに〈名誉闘士〉の称号を頂いても良いですか?」
と言い出した。再び奴隷たちから感じる落胆の雰囲気。俺の時よりも少ない感じがしたが…。イーマンもこれには驚いたのか、
「ヴィオーラ、君もかね?」
「はい。毒を受けていたとはいえ、試合では活躍できなかった身としては、屋敷を頂くのは心苦しくて。それなら称号をもらった方が気兼ねしませんし、賓客として扱ってもらえるなら、お城のお風呂も入り放題ですよね?」
ヴィオーラの言葉に、イーマンは目を丸くすると、大声で笑った。
「いやまさか、荒くれ闘士共にも一目置かれる〈女剣士〉が風呂好きとはな…。屋敷にだって風呂くらいはあるぞ?」
「それでもこの城のものと比べたら、格が落ちるじゃないですか。この街で一番の風呂ならば、この城以外にはありませんもの」
どうやら相当に城の風呂が気に入ったらしい。イーマンはおかしそうに一頻り笑うと、頷きつつ、
「分かった。ヴィオーラにも〈名誉闘士〉の称号を与えよう。契約闘士としての契約は解除するが、今後とも懇意にして欲しい」
イーマンがそう言うと、ヴィオーラはすまなそうに、
「ご厚意には感謝してますが、私もしばらく街を離れることになります」
「なに? 故郷にでも帰るのか?」
と答えた。イーマンは残念そうに眉を顰めるが、イーマンの問いにヴィオーラは首を振り、
「いえ、私もヴァイナスと共に探索に赴くからです」
「へ?」
思ってもみなかったヴィオーラの答えに、俺は思わず間抜けな声を出してしまった。
「そうか…。それならば次にこの街を訪れる時は、ヴァイナスと共にということになるのか」
「探索の最中で倒れることもあります。確約はできませんが」
イーマンは頷くとヴィオーラを見つめ、
「どうやら意志は固そうだな。君たちの探索が成功するように祈っているよ」
「ありがとうございます」
などと言っている。ヴィオーラはにこやかに答えていた。
俺、全然聞いてないんですけど…。
俺はカップを持ったまましばらく思考が停止していた。傍らではクロスレィも、
「そうか、寂しくなるな。そうだ私も手伝おうか?」
などと言っているが、ヴィオーラに、
「貴方がいなくなったら、イーマン様が困るでしょう? それに、あの娘を引き取るなら大事にしてあげなさいよ。それに私たちは断ったんだから、貴方が皆引き取れば?」
と言いながら奴隷の中の一人を指差され、思わぬ反撃に頬を引きつらせている。
ああ、あの娘が前に言っていたナジィル付の侍女か…。頬を染めちゃって可愛いなぁ…。俺はそんな益体のないことを考えながら、ヴィオーラの言った言葉が理解できずにいた。
「さて、それでは改めて報酬を渡すことにしよう。受け取ってくれたまえ」
イーマンが手を叩いて場を収めると、手ずから〈瓶詰の船〉を取り、こちらへと運んでくれた。
俺は無意識のうちに〈瓶詰の船〉を受け取ると、金貨と共に腰鞄へと収めた。ヴィオーラも金貨を受け取ると、背鞄へと収めている。
「クロスレィは屋敷を選んだら教えてくれ。今回は苦労を掛けた。この場は解散とする」
イーマンの言葉に俺達は立ち上がり、部屋を辞した。
「それじゃあまた。街を出る時は教えてくれ。見送るから」
「気を遣わなくても良いのよ。お疲れ様」
俺の部屋の前でクロスレィとは別れ、俺は部屋の中へと入る。当然のように俺の後に付いてヴィオーラも入って来た。
「はぁ、疲れたわ~。とりあえず一休みしたら、探索に向けての準備をしないとね」
ベッドに倒れ込みながら、ヴィオーラはそう言って声を掛けてくる。俺はジト目になりながら、
「いつ、君と共に探索することになったんだ?」
「あら、言ってなかったかしら?」
「初耳だ」
俺の問いかけに、ヴィオーラはキョトンとした顔で答えた。
「この探索は当てのないものだ。現状は手掛かりすらない。そんな探索に君を巻き込むわけにはいかない」
俺の言葉にヴィオーラは肩を竦めると、
「分かってるわ。〈陽炎の門〉なんて私も聞いたことがないもの。でも、探索者なら未知のものに挑戦する気持ちは一緒よ。楽しそうじゃない」
「あのな、依頼じゃないんだから報酬の当てもない。闘士の生活だって安全なものじゃないが、少なくとも収入の当てはあるんだ。それに…」
君は〈現地人〉だ。〈陽炎の門〉を抜けて現実世界に帰ることはできない。俺はその言葉を飲み込んだ。
俺には確固たる目的があって探索を行うが、ヴィオーラにとって〈陽炎の門〉は重要な施設ではないだろう。いくらNPCの協力者とはいえ、当てのない危険な探索に巻き込んで、命を粗末にするのは反対だった。
ゲームであっても、生死を共にした仲間を無下に扱う気にはなれなかった。言ってみれば「情」が移ってしまったのだ。
俺は他のゲームでも、しばしばこういうことがあった。昔から気に入ったNPCが、例え強さ的に同行させるのが辛くなってきても、限界まで連れて行ったし、別れが必然となる場合、そこまでのセーブデータは大事に保管しておくことも珍しくなかった。
セーブロードのないVRMMOであっても、その辺りは変わらない。特にクエストやイベントに関わるユニークキャラクターでない、ゲームの進行に合わせて生成される汎用NPCは、偶然の産物とはいえ一期一会になる。自然と思い入れはユニークキャラより強いものだった。
「俺は君にはわざわざ危険な目にはあって欲しくないんだよ」
「あら、それって愛の告白?」
ヴィオーラはそう言って艶っぽい視線を送ってきた。
「茶化すなよ」
俺はそう言って真剣に見つめ返す。するとヴィオーラも居住まいを正すと、
「ごめんなさい。でも私は本気よ。本気で貴方と探索に行きたいの」
「なぜ…?」
俺の問いにヴィオーラは微笑むと、
「なぜ? 決まっているじゃない。貴方は私の命を救ってくれた。毒に冒された私を助けてくれた」
と言って静かに立ち上がり、滑るような動きで間合いを詰めたかと思うと、ふわりと俺の胸に飛び込んできた。
「命を救ってくれた相手に、命を以て礼を尽くすのは当然のことよ」
ヴィオーラはそう言って俺を見上げてくる。
「私の命は貴方のもの。嫌だといっても付いて行くわ」
言葉と共に向けられる瞳を見て、ヴィオーラの覚悟と意志が伝わってきた。
これは駄目だ。断れない。
俺は大きく息を吐くと、頷く。
「分かった。苦労を掛けると思うけど、よろしく頼む」
「こちらこそよろしくね」
俺の言葉にヴィオーラは嬉しそうに笑い、俺の頬にキスをすると、しっかりと抱き着いてきた。俺は苦笑しながらも、彼女をそっと抱き締め返す。
それにしても、つくづくオーラムハロムのAIは良くできている。下手をすると、現実世界の人間よりも、感情表現が豊かで真っ直ぐだ。だが、それがとても心地よかった。
ともすれば、VRMMOでNPC相手に感じてしまう「演じる」ことに対する気恥ずかしさも、彼らの真摯な態度を見ていると、真面目に対応しないことの方が恥ずかしく感じてしまう。
俺、オーラムハロムで「生きて」いるんだな…。
ログアウトできないこの状況だけど、はっきり言おう。俺はこの世界を楽しんでいる。もちろん、帰りたい気持ちは十二分にあるが、帰るまでは、この世界を存分に楽しもう、そう思った。
「さて、それじゃあ改めて準備をするか」
俺はヴィオーラの背をポンポンと軽く叩くと、荷物を整理するために〈全贈匣〉を開いて中から様々な品物を取り出す。
ヴィオーラも名残惜しそうに(何故だろう?)離れると、背鞄の中身を確認し、整理を始めた。
「それで、どういう予定になっているの?」
「まずはコーストの街に行って、例の島へ行ってくれる船を探す。流石に接舷まではしてくれないだろうから、島影が見える位置まで乗せてもらって、そこからは〈瓶詰の船〉で移動だな。〈海竜号〉って船がいれば問題ないんだが、そう上手くはいかないだろうなぁ」
「〈海竜号〉って?」
「俺がここに来る前に乗っていた海賊船。とはいっても極力殺しはしない主義だったから、そんなに悪い奴等じゃなかったな。ゼファーって言う割と腕の立つ探索者が同乗している」
「なるほどね」
「そういえば、ロゼのやつは上手く合流できているといいんだが」
俺の呟きに、ヴィオーラは首を傾げ、
「ロゼ?」
「ああ、俺が闘奴になるきっかけになった奴隷の娘だよ。同郷の新米探索者でね。騙されて奴隷になっていたのを助けた」
「ふーん、可愛いの?」
「エルフだから可愛いって言うよりは綺麗って感じかな」
「へぇ~そうなんだ」
心なしか、ヴィオーラの声に棘があるような…。良く考えたら、女性に対して、別の女性を褒めるような会話は失礼に当たるか。
俺は話しを逸らそうとして、
「そういや、スマラが静かだな」
「あのね、気を遣っていたんでしょ。失礼しちゃうわ」
スマラは俺の影から飛び出すと、そう言って俺の肩に乗って来た。
「え? スマラって喋るの?」
あれ? そういやスマラがヴィオーラの前で喋ったことはなかったかな?
スマラとしても、ヴィオーラが俺と共に探索するのならば、喋れることを教えておいた方が良いと判断したのだろう。
「ええもちろん。改めて自己紹介するわ。私は〈妖精猫〉のスマラグトゥス。スマラって呼んでね、ってもう呼んでるか。よろしくね」
「よ、よろしく。私はヴィオーラよ。私の事は好きに呼んでくれて構わないわ」
「そう? それじゃあよろしく、ヴィオ」
「こちらこそ」
とりあえず挨拶も交わしたところで、俺達は荷物の確認を行い、足りないものをリストアップしていった。
コーストの街の方が全体的には品揃えが良いのだが、アル=アシでしか手に入らない物もある。特に金属製品は鉱山があることもあって、圧倒的にアル=アシの方が品質が良い。
「そういえば、ヴィオの鞄も所有者固定してあるのか?」
「え? そんなもったいないことしていないわよ。いざという時手放せなくなるじゃない。専用化は裕福な商人や貴族達がやることよ」
俺が愛称で呼んだことに機嫌を良くしたのか、ヴィオーラは笑顔で答える。なるほど、そういうものか。
俺はそれを聞きながら、腰鞄に収めるものと、直接〈全贈匣〉に収めるものとを分け、仕舞っていく。基本的に、緊急性や使用頻度が高い、もしくは雑多なものを腰鞄に。使用頻度は高くない、もしくは高価なものを〈全贈匣〉に直接納めて行った。
現状〈全贈匣〉に直接仕舞うのは、〈極光の宴〉と〈長者の蔵〉、〈月神の護り〉と俺自身の〈刻の刻御手〉くらいだが。
俺は荷物の整理を終えると、最後に腰鞄を〈全贈匣〉に仕舞い込む。
「鞄を〈全贈匣〉に仕舞うの?」
「保安を考えたらこっちのほうが良いだろ?」
「それだと取り出すのが面倒だし、貴方が〈全贈匣〉の能力を持っていることを吹聴するようなものだわ。探索者として、必要以上に自分の力を知られるのは極力避けるべきよ」
なるほど、それも一理あるな。ヴィオーラの言葉に俺は頷き、〈全贈匣〉から鞄を取り出す。確かにジュネも最初は俺に気づかれないように〈全贈匣〉を使っていたしな。用心することにしよう。
そして鞄を身に着けると、街に出ることにした。ヴィオーラも身支度を整えて同行するつもりのようだ。俺はスマラを肩に乗せ、ヴィオーラと共に部屋を後にした。
「まずは預けていた鎧を受け取りに行くか」
俺はそうヴィオーラに伝えると、一路〈バーザイ魔導館〉へと向かう。実は鎧にエンチャントを施してもらうために、イーマンから報酬をもらった後、親父さんに預けていたのだ。相変わらずの雰囲気を醸し出している建物に入ると、親父さんが出迎えてくれた。
「おう〈魔物狩り〉。この間の試合は凄かったな! 最後の場面では思わず身震いしちまった…って、〈女剣士〉まで一緒とはな。倒れた時にはどうなったかと思ったが、どうやら生きてたようだな」
「御陰様で。この人のおかげで何とか生きてるわ」
「そりゃ良かった。俺はあんたの試合も好きだから、無事で本当に良かったよ」
親父さんは嬉しそうに言う。それにしても、この街の住人は本当に闘場が好きだな。
「それで今日はどうした?」
「まずは預けていた鎧を受け取りに来ました。あと、〈グランダの鞍鞄〉入りました?」
「おお、頼まれていたヤツか。鎧の加工は終わってるし、鞍鞄も入荷したぜ。鞍鞄なんて買うってことは、旅にでも出るのかい?」
「ええ。短い間でしたがお世話になりました」
親父さんの寂しそうな表情に、俺は礼と共に思わず頭を下げていた。親父さんは首を振り、
「大したことはしてないよ。寂しくなるが、お前さんは本来探索者だものな。この街に来ることがあったら顔を出せよ」
「その時は必ず」
俺は親父さんと目を合わせると、頷いた。そして差し出された手をしっかりと握る。
「親父さん、私もこの人と探索に行くのよ。今までありがとう」
「お前さんまでか! 『北門』に続いて『南門』の上級闘士も減っちまうとは、しばらく寂しくなるなぁ」
親父さんはそう言って心底残念そうにため息をついた。確かに三連星は俺が倒してしまったし、ヴィオーラが抜けるとなると、見ごたえのある試合は少なくなるだろう。
「といっても、今までだってこういう時期はあったさ。また新たな闘士が名を上げてくれればいいんだからな。そっちに期待するさ。お前さんらは気にせず頑張ってくれ」
幸運を祈っているよ。そう言って笑う親父さんに再度礼を言い、俺とヴィオーラは他にもいくつかの品物を購入すると、店を後にするのだった。
準備を終えた俺達は、その足で『南門』御用達の酒場へと向かった。この後、バルガンから祝勝会をやるという誘いを受けているからだ。ヴィオーラの体調が戻ったことを伝えたら、それなら宴会だと言われたのだ。
俺達は指定された時間に合わせて酒場を訪れた。夕暮れ時になり、これからが掻き入れ時であろう酒場中は、すでに大盛況となっていた。
『何これ、凄くない?』
『ああ、なんか凄い事になってるな…』
スマラの心話に答えながら、俺は店内を見回した。普段は闘士と一般人が別れて使うテーブルは、中央に寄せられその上に樽が何個も積まれていた。
さらにその上で大声を上げているのがバルガンだ。俺達が入口で呆気にとられていると、こちらに気づいたのか杯を掲げ、
「おおー! ようやく残りの主役のご登場だ! 我らが英雄、〈魔物狩り〉と〈女剣士〉の入場だ!」
バルガンの声に酒場中から歓声と乾杯の音頭が押し寄せた。そしてあれよあれよという間に、テーブルタワーの前まで連れて来られた。そこにはすでに出来上がったクロスレィが美女の肩を抱きながら杯を傾けていた。
「よう、御同輩。お先に楽しませてもらっているよ」
すっかり酔いが回っているクロスレィは、肩を抱かれながらも甲斐甲斐しく世話をする美女の頬にキスをすると、幸せそうに微笑む美女のために、瓶からワインを注いでいる。
「それにしても、凄いことになっているな」
俺は呆れながらも、場の雰囲気に笑みを浮かべる。周囲の人々は闘士も一般人も関係なく、お互いに杯を交わし、口々に俺達の勝利を讃えていた。
「これだけ喜んでもらえたなら、頑張った甲斐があったってもんだ」
「そうね、皆とても楽しそう」
俺とヴィオーラは顔を見合わせて微笑んだ。そこにバルガンが文字通り飛び込んできた。
「お前達、よくぞ勝ってくれた! 〈女剣士〉も卑劣な毒に打ち勝ったし、我が身を呈して守った〈伊達男〉の男気にも感動した! そして何よりも、あの三連星を一瞬にして倒した〈魔物狩り〉! あの時は全身に震えが走ったわい! さぁ、今日はお前達の勝利を祝う宴だ、好きなだけ飲み食いしてくれ!」
そう言って用意された杯を受け取ると、並々とエールを注ぎこみ、
「『南門』に栄光あれ!」
と言いながら杯をぶつけ合った。乱暴ながらも親愛の籠もった乾杯に、俺もヴィオーラも笑いながら一気に飲み干した。
その呑みっぷりに、周囲も湧くと共に杯を干し、次々と酒を注いでいく。俺はスマラの酒をそっと用意してやり、テーブルの上に山と積まれた料理に手を伸ばす。慌てて取り分けようと立ち上がる美女に、
「クロスレィ夫人は旦那の相手をしていればいいの。こっちは任せなさい」
と言ってヴィオーラが料理を取り分けてくれた。当然自分の分やスマラの分も忘れずに取り分ける。
その間にも様々な人々が俺達を訪れ、その度に乾杯が交わされていた。俺やクロスレィは次々に注がれる酒を飲み干していった。
訪れる人々がひと段落するころには、俺達はすっかり酔っぱらっていた。俺達はカウンターに座って、まだまだ終わりそうにない宴の様子をのんびりと眺める。
「そういえば、どうやって三連星を倒したんだ? 私達は倒れていたから見ていなかったんだが」
どこから運んできたのか長椅子に寝転がり、美女の膝枕で寛ぐクロスレィが尋ねてくる。ヴィオーラも気になるようで、バルガン謹製の火酒を果実水で割ったものを飲みながらこちらを見ている。
「あの時は必死だったからなぁ。あいつらの卑怯な手口に怒っていたんで、こちらも手段を選ばないぞと思って」
俺はそこまで言うと声を潜めて、
「スマラに手を貸してもらって、両手の剣に【付与】を掛けてもらった。俺自身は【神速】の魔法を使った」
と告白した。クロスレィは膝から頭がずり落ち、ヴィオーラは目を丸くしていた。
「つまり、貴方もズルをしていたってこと?」
「そういうことになる。もっとも、あの時点で勝つにはそれくらいやらないと不可能だったのは確かだ」
俺の言葉に二人は頷いた。先に毒を使ったのはあいつらだし、そこで玉砕するほど馬鹿でもなければ、ズルをすることに抵抗があるわけじゃない。
俺だけだったら蘇生がある。だけど二人の命が掛かっていたんだ。そのためにはなんだってやるつもりだった。
「まあなんだ、先に違反したのはあいつらだし、自業自得ってことでいいんじゃないか? あんなことがあったのに、〈死闘〉を組む馬鹿はいないと思うしな」
ずり落ちた頭を膝の上に戻しつつ、クロスレィが言う。俺自身は探索に向かうわけだし、暫らく闘場で闘うこともないだろうから、ここだけの話にしてしまおう。
「ないとは思うけど、私と闘う時には正々堂々でお願いするわね」
ヴィオーラはそう言って微笑むが、目が笑っていなかった。俺は口元が引きつるのを誤魔化しつつ、頷く。
「〈名誉闘士〉同士を闘わせるとかあるのかね? 一応俺達は同じ『南門』所属な上にイーマン様付の闘士なわけだし」
「イーマン様が戦ってるとこが見たいって言ったら終わりでしょ?」
なるほど、確かにそうだ。やらないと信じたいけど、あの人の闘場好きは筋金入りだからなぁ。その時が来たら真面目に一人で闘おう。
「おう、お前ら飲んどるか?」
試合の話も終わり、適当に雑談をしているところに、バルガンがジョッキを片手にやってきた。とりあえず乾杯をして、飲み干したバルガンに酒を注いでやる。
「それにしても〈魔物狩り〉は凄かったな。3対1をものともせずに瞬殺したあの動きは、見ていて鳥肌が立ったぞ」
どうやったんだ? と言う質問には、魔法を使ったと答える。
「なるほどな。俺はてっきり《入神》の〈戦闘特技〉を使ったのかと思ったぜ」
バルガンは注いだ酒を一息に飲み干すと、そんなことを言った。《入神》は〈戦士〉や〈魔戦士〉が使用できる〈戦闘特技〉で、自己暗示によって集中力を高め、トランス状態となって戦闘能力を大幅に上昇させることができるものだ。これによって時には数倍の戦闘力を持つことができるのだが欠点があり、一度《入神》状態になると、敵を倒した後、周囲にいる者に見境なく襲い掛かってしまうのだ。
《入神》状態の者を止めるには、〈慰撫〉してトランス状態を解除する必要があるのだが、〈慰撫〉を行う者は無防備な状態で《入神》状態の者の前に立つ必要がある。
そのため〈慰撫〉に失敗した場合、《入神》状態の者の攻撃を受けることになるので、覚悟を持って行う必要があるのだ。
このように癖のある〈戦闘特技〉だが、状況に合わせて使用すれば一人の戦士が数人分の働きをすることができるので、切り札として使用する者は多い。
残念ながら、〈盗賊〉の俺は《入神》を使用することができない。周囲に動くものは三連星だけだったので、《入神》できるなら理想の状況だったが、使えないものは仕方がないので、少しズルをした魔法強化があの時俺達にできる最大の強化方法だった。
マジックアイテムの中には、〈盗賊〉や〈魔術師〉でも《入神》できるようになるものもあるらしいが、今のところ見たことはなかった。いつか手に入れたいものだ。
「私は毒で意識がなかったけど、そんなに凄かったの?」
ヴィオーラの問いにバルガンは、
「おう、凄かったぞ。ジョルナータの双撃をカウンターで両腕を落として、そのまま螺旋の動きでマッティーノの首とジョルナータの首を飛ばし、動けなくしていたセーラの首を刎ね飛ばしたんだからな。おかげで〈魔物狩り〉改め〈首狩り(ヘッドハンター)〉って新たな異名もできてるぞ」
〈首狩り〉って…。〈魔物狩り〉も大概だったが、今回もあまりいいイメージが湧かない名前だな。
〈女剣士〉とか〈伊達男〉みたいに、格好いい異名が良かった…。
「いいじゃねぇか、異名なんざ恐れられるくらいの方が。闘士としても箔がつくってもんだ」
俺は臨時で闘士をやっていたんであって、専属で闘士をやっていたわけじゃないんだが…。
「なんにせよ、〈闘場〉じゃあ異名がある闘士は、それだけ人気があるってこった。観客から認められている証なんだから、ありがたく頂戴するんだな」
俺には見える。子供から指差され、
『ママ、〈首狩り〉が歩いてる!』
『しっ、近寄るんじゃありません』
と言ってそそくさと俺の前から去る姿が。
俺が素敵な未来予想図に打ちのめされていると、バルガンが俺の杯に酒を注ぎつつ、
「そういや、お前ら次の試合はいつやるんだ? 〈女剣士〉は体調が戻るまで休むのは分かるが、〈首狩り〉は特に大きな怪我もないだろう? 明日か?」
「そういや言ってなかったかな。俺、探索者なんだけど、元々予定していた探索に挑むから、この街を離れるんだ」
俺の答えにバルガンは目を丸くする。そして、
「お前、探索者だったのか! そうか、探索にな…。寂しくなるな…」
と言って杯を一気に干すと、俺の背中をバシバシと叩き、
「そう言うことなら、今日はとことん呑むぞ! お前さんの祝勝会兼送別会だ! 今日は帰さないぞ!」
おい手前ら、実はなぁ、バルガンはそう言って俺の事を皆に大声で伝えて行った。決して広くはない酒場中に話はすぐに伝わると、周囲の者が次々に新たな酒樽を開け、杯に注ぎ始めた。
「結局最後まで勝ち逃げしやがった〈首狩り〉の探索の成功を祈って乾杯!」
「「「乾杯!」」」
バルガンの音頭に、皆が杯を打ち合わせ、酒を飲み干していく。俺は次々に注がれる酒を飲みながら、ヴィオーラに聞いた。
「ヴィオ、お前のことは言わなくていいのか?」
「止めとくわ。これ以上呑まされたら、折角助かった命が無くなりそうだもの」
私の分まで頑張ってね♪
ヴィオーラは笑顔でそう言うと、そそくさと隅の方の席に逃げて行った。
裏切り者~!
俺は思わず叫びそうになったが、流石にヴィオーラにしこたま呑ませるわけにもいかず、覚悟を決めると、ヤケクソ気味に注がれる酒を飲み続けた。
結局、飲み会は夜を徹して続けられ、俺はいつの間にか酔いつぶれ、意識を失っていた。
こいつら、絶対に俺に関係なく呑みたかっただけだろう。
混沌の飲み会から一昼夜が過ぎた朝、俺とスマラ、ヴィオーラは準備を終え、アル=アシの街を出発した。見送りにはイーマンを始めクロスレィや闘士の面々、親父さんや世話になった街の人々も集まってくれていた。
「お前達ならいつでも歓迎する。〈名誉闘士〉に幸運あれ」
「次に会う時には子供が見れるかな?」
「それは貴方でしょう? お幸せに」
「次に来るときは旨い酒を土産に頼む」
「頑張れよ」
「では、またいつか」
俺達は別れの挨拶を終えると、一路コーストの街へと向かう。呪いの島にある遺跡とは本当に〈陽炎の門〉なのか? 期待と不安が入り混じった不思議な気持ちを抱えつつ、歩を進めるのだった。
 




