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26 幻夢(VR)の闘場で団体戦なのだが

「結局、制限時間一杯訓練するんだもの。おかげで予定が狂っちゃったわ」

 訓練を終えた俺達は、予定があるというクロスレィと別れ、一度着替えてから合流していた。

 俺は肩の上にスマラを乗せ、ヴィオーラと共に歩いている。

「それにしても、ヴィオーラは知っていたのか? 俺と団体戦に参加することを」

「知ってるわけないでしょ。今朝急に言われたのよ? ナジィル様の気まぐれには困ったものだわ」

 おかげで試合の予定が変わっちゃったわ。ヴィオーラはそう言って肩を竦めた。

「それで、俺は何を運べばいいんだ?」

「ああ、今日はもう良いわ。この時間からだと終わらないから。急ぎではないから大丈夫」

 俺の確認に、ヴィオーラは手をひらひらとさせながら答えた。なんでも闘場で使う武具の補充を行う予定だったらしく、俺に運んでほしかったのだそうだ。

「それよりも、明日の試合に向けて英気を養わなくちゃ!」

 ヴィオーラはそう言って俺の手を取ると、軽い足取りで通りを進んでいく。

『それにしても、貴方を捕まえた男と、受付嬢の3人が一緒に戦うことになるとはね』

 スマラが肩の上から心話で話しかけてきた。

『そうだな。これも奇妙な縁というやつかもな』

 ヴィオーラに手を引かれながら、俺はスマラに心話を返す。いくらイベントの流れに身を任せたとはいえ、この状況は奇妙と言うしかなかった。

 もう少し王道な感じのイベントはないのだろうか。とりあえず奴隷から始まるイベントはそろそろ勘弁願いたい。

「何をボーっとしてるの? 女性の前で失礼よ」

 俺が考え事をしているのを見抜いたのか、ヴィオーラから窘められた。俺は慌てて意識をヴィオーラに向ける。

「ほら、ここがお勧めの店よ」

 ヴィオーラに案内されて着いたのは、一見すると普通の酒場に思えた。中からは何かを焼く香ばしい匂いと共に、賑やかな喧騒が聞こえてくる。

 ヴィオーラは俺の手を引くと、そのまま店に入って行く。スイング式のドアを開け、中に入ると喧騒は更に大きくなった。

「おお、〈女剣士〉の登場だ! 明日の試合、楽しみにしているぜ!」

「我らが〈女剣士〉に乾杯!」

 所狭しと並べられたテーブルのそこかしこから、ヴィオーラを讃える声と共に、乾杯の音頭が広がって行く。ヴィオーラは周囲に手を振りながら、奥の席まで進んで行った。

 俺達がテーブルの一つに辿り着くと、そこには先客がいた。訓練所で顔くらいは見たことのある面子だ。

「いよう、男連れとは珍しいな…って〈魔物狩り〉じゃねぇか! お前らいつの間にデキてたんだよ!」

 豪快に声を掛けてきたのは、熟練闘士の一人、〈猛牛(ワイルドブル)〉のバルガン。ドワーフの強靭な体躯を活かした怒涛の攻めを得意とする斧使いで、安定した勝率を誇る人気闘士の一人だ。

 他の面子も闘士として活躍する者達ばかりなのを見ると、ここは闘士御用達の店のようだ。

「別にまだ付き合ってはいないんだけどね。明日の試合に向けて英気を養いに来たのよ。私はここで英気を養うのが願懸けになっているし」

 ヴィオーラは冷やかしの声をスルーして、店員を捕まえると酒と料理を注文する。そして別の闘士が用意した椅子に座ると、俺を横に招いて座らせる。俺が座ると、スマラは俺の膝に移り、料理は今かと待ちわびていた。

「流石〈魔物狩り〉、凶悪そうな魔物を連れているじゃねぇか! 油断すると食い殺されそうだ!」

『失礼ね!』

 バルガンのスマラを見ながら台詞に、スマラがネコ語で不満の声を上げた。俺は宥めるようにスマラの顎を撫でてやると、テーブルに並べられていた料理を取り分けた皿が、俺とヴィオーラの前に置かれる。

「とりあえず、食え食え! 酒は待つしかねぇが、料理はじゃんじゃん頼むから気にせず食いな!」

 バルガンの言葉に、ヴィオーラは気にすることなく料理に手を伸ばしている。俺も微笑んで、スマラに小ぶりな肉を取ってやり、自分でも骨付き肉に手を伸ばす。

「私達『南門(サウスゲート)』側の闘士は、ここで英気を養って試合に挑むのが通例となっているの。現役の闘士達からの祝福は、試合に勝利し、生き残ることができると言われているのよ」

 届いた酒杯を受け取りながら、ヴィオーラが説明してくれた。俺も酒杯を受け取ると、バルガンが代表して音頭を取る。

「それじゃ、明日の二人の勝利を祈って乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 乾杯と共に酒杯が打ち合わされ、一気に飲み干される。スマラはすでにテーブルに移って、来たばかりの料理を食べ始めていた。

「そういや、クロスレィのやつはどうしたんだ?」

「用事があるといって別れたから、今頃恋人の所じゃないの?」

「かぁっ、〈伊達男(ドンファン)〉の野郎スカしてやがるぜ。あれで負ければ可愛げがあるんだが、飄々と勝ちを拾いやがる」

 もっとも、最近は外での仕事ばかりで、めっきり闘場では戦わなくなっちまったがな。バルガンはそう言って杯を干した。流石ドワーフ、一息する度に、酒が1杯消えていく。

「それにしても、急な話だったな〈女剣士〉。お前の試合は明後日だったろう?」

「いつものお姫様の気まぐれよ。仕方ないわ」

 バルガンの言葉に、ヴィオーラは肩を竦めて答えた。明日の試合を意識しているのか、最初の1杯以降は余り酒を飲まず、料理も少しずつ、バランスよく取っているようだ。

「そりゃあ災難だったな。まぁ契約闘士なんて言っても、契約者の意向には逆らえねぇ。そこは闘奴と大して違いはねぇしな」

 対戦にはある程度考慮してもらえるんだがな。とバルガンは言うが、逆に契約者同士のしがらみや確執によって対戦が組まれることも少なくないので、特に「お抱え」と呼ばれる看板闘士になると、理不尽な試合を組まれることも多いらしい。

 まぁ、理不尽な戦いばかり経験している俺としては、ゲームのイベントとはいえ、もう少し手加減してくれてもいいのでは? と思ってしまう。

「まぁ、〈女剣士〉〈伊達男〉に〈魔物狩り〉が組むんだ。相当な相手でなければ負けねぇだろうよ」

「油断はできないわ。対戦相手は確実に彼らが出てくるもの」

「『北門(ノースゲート)』屈指の闘士、三連星か」

「ええ」

 三連星とは、ナジィルお抱えの闘士の中でも、屈指の強さを誇る三兄弟を指す異名だ。個々人の強さは当然として、兄弟の息の合ったコンビネーションは、アル=アシの闘場一と言われている。


 〈紅星〉セーラ。3兄弟の長姉にして最強の魔戦士。

 〈蒼星〉マッティーノ。三兄弟の次兄にして槍使いの戦士。

 〈黄星〉ジョルナータ。三兄弟の末弟にして双剣士。


 最近まで〈蒼星〉が怪我をしていたため、闘場での試合を控えていたのだが、ようやく復帰となるらしく、その試合を俺達にぶつけたいということなのだろう。

 彼らの試合を見たことのない俺としては、どういう動きをするかが全く分からないのが非常に厳しい。特に連携に関しては、こちらが俄仕込みなのに対し、相手は万全の態勢で挑んでくるのだ。

「ここまで来たらやるしかないしね。明日は勝つわよ!」

 ヴィオーラはそう言って杯を掲げた。それに合わせてもう一度乾杯の嵐が起きた。深酒するわけにはいかないが、もう一杯だけ、付き合うことにする。

 盛大に盛り上がった酒宴は、俺達が帰ってからも続き、そのせいで試合に負けた奴が続出したらしい。まぁ、死んではいないらしいので、次からは頑張って欲しいものだ。



「ちょっと飲み過ぎたかしら」

 ヴィオーラは上機嫌で俺の前を歩いている。明日は試合だと言うのに、大丈夫だろうか…。

 まぁ、酒には強い方みたいなので、大丈夫だとは思うが。試合の時間に遅れないようにしてくれれば良い。

「おい、こっちは道が違くないか?」

 踊るように歩いているヴィオーラを引き留めつつ、俺は声を掛けた。ヴィオーラの家はここからだと闘場に向かう方向にある。今歩いている道は、俺の帰る城に向かう道だった。

「え? 間違ってないわよ」

「こっちは城に向かう道だ。お前の家は向こうだろう?」

「何言ってるの? 今日は貴方の部屋に泊まるんじゃない」

 そうか、それなら確かに間違っていない。

「…っていつ俺の部屋に泊めると言った!?」

「いつって、こないだ貴方言ってたじゃない。ベッドは広いから泊まりに来いって」

 いや、あれは冗談だろうに…。流石に恋人でもない女性をベッドに連れ込むのは問題がある(娼婦は別だが、流石に城に娼婦は止められるだろう)。

「あんなの冗談に決まっているだろう? 送ってくから行くぞ」

「い・や・よ! 私だって一度お城に泊まってみたかったんだから。これから先、こんな機会はなさそうだし、絶対に泊まるわ」

 荷物は持って来てるし大丈夫! ヴィオーラはそう言ってくるりとその場で回る。確かに剣は佩いているが、鎧や盾はどうするんだよ…。と、そこで彼女の背に背負われた背鞄に気づく。

 あれはもしかして…。

「その鞄、〈ルーテの背鞄〉かい?」

「そーよぉ。高かったんだからぁ」

 ヴィオーラはそう言ってクスクス笑っている。

「最初から泊まるつもりだったんだな?」

「だって、誘われたのよ? お断りしちゃ悪いじゃない」

 こりゃ本気で泊まるつもりだな。俺はため息をつくと、もう一度説得を試みる。

「別に俺じゃなくても、クロスレィに泊めてもらえばいいじゃないか。あいつも城住まいだろ?」

「あいつは駄目よ。部屋はあるけど、お姫様付の侍女を口説いて目を付けられているから、自分からは絶対に近づかないわよ」

 クロスレィのやつ、そんなことをしていたのか…。避難先が雨宿りすらできないことを知らされ、俺は大きくため息をつく。

「仕方がない。今日だけだぞ」

「仕方がないって失礼ね。こんな美女を連れ込めるんだから光栄に思いなさい」

 ヴィオーラはそう言って嬉しそうに腕を絡めてくる。俺はもう一度ため息をつくと、重い足取りで帰路についた。



「あぁ、やっぱりお風呂があるのって素敵だわぁ。これだけでもここに来た甲斐がある」

 ヴィオーラは石鹸で泡立てた湯船に浸かりながら、ご機嫌な様子で鼻歌を歌っている。俺は部屋着に着替えると、毛布を用意してソファーに寝転がっていた。

 俺の部屋に来たヴィオーラは、奥にある風呂を見るなり、嬌声を上げながら抱き着いて来た。そして、使っていいかと尋ねて来たので、構わないと言うと、止める間もなく侍女を呼び、湯船に張るお湯を用意してもらっていた。

 俺の部屋付の侍女はヴィオーラの姿を見ても慌てる素振りすら見せず、浴槽にお湯を入れてくれた。そして風呂の準備ができるや否や、ヴィオーラは風呂へと突進し、そのまま入浴タイムとなったのだ。

 まぁ、風呂もベッドも使ってもらって構わないし、俺はほろ酔い加減が気持ちいいし、訓練の疲れもあったので、風呂は明日の朝入ることにして今日はとっとと寝ることにした。スマラは部屋に戻るなり専用のクッション入り籠で丸くなっている。俺は、ヴィオーラの鼻歌を聞きながら、いつしか眠りに就いていた。



「ちょっと、どこで寝てるのよ。起きなさい」

 せっかく気持ち良く寝ていたというのに、俺はヴィオーラに起こされた。

「なんだよ、せっかく寝てたのに」

「なんで貴方がソファーで寝てるわけ? ベッドを使いなさいよ」

「ベッドはヴィオーラが使えばいいじゃないか。俺はここで…」

 寝ぼけ眼を擦りつつ、俺が顔を上げると、そこには薄手の夜着を纏って仁王立ちするヴィオーラがいた。

 逆光で透けて見えるボディラインに、思わず黙ってしまう。

 ヴィオーラって着痩せするんだな。

 俺が黙ってしまったのを不審に思ったのか、ヴィオーラは首を傾げつつも、

「ベッドは広いんだから二人で使えば良いじゃない」

 と言ってきた。俺は首を振りつつ、

「いや、流石に恋人でもないのに未婚の女性と同衾するのは」

 と言うと、ヴィオーラはこれ見よがしにため息をつき、

「あのね、そこを気にするなら最初からここに来てないわよ。いいからこっちに来なさい」

 といって近づいて来た。そして俺の手を取るとベッドに行こうとして、スンスンと鼻を鳴らす。そして、

「汗臭くて、酒臭い」

 と言ってジト目で睨んできた。思わず身構えると、

「流石に無視できないわ。さっさと風呂に入って来なさい」

「面倒だから明日で…はい、入らせていただきます」

 ヴィオーラの目に宿った殺気に、俺は即座に回れ右をし、風呂へと向かった。

 ヴィオーラが使った後なので、かなりぬるくなっていたが、気にせず湯船に浸かり、少なくなった泡を掻き寄せて、頭や身体を洗った。じんわりと伝わってくる温かさに、意外と訓練で疲れていたことが分かった。明日に風呂を回していたら、疲れが取れなかったかもしれない。

 思いのほか風呂を堪能し、用意されていた着替え(この部屋を使うようになって有り難いのが、着替えを洗濯しておいてもらえることだ。メイドさんありがとう)を身に着けて部屋に戻ると、ヴィオーラは窓際で夜風に当たりながら物憂げに佇んでいた。

「風邪ひくぞ」

「ひかないわよ。それにとても気持ちが良いわ」

 窓際に腕を組みながら凭れ掛かり、外を見たままヴィオーラが答える。俺は彼女に近づくと、彼女が見ている景色を見ようと覗きこんだ。

 二つの月が満天の星空に浮かび、とても美しかった。

「今夜は月が綺麗だな」

「そうね。女神月が真円を描いている…。明日も晴れそうね」

 俺は〈全贈匣〉から〈月光の護り〉と〈極光の宴〉を取り出すと、〈月光の護り〉を首から掛けつつ、〈極光の宴〉から蜂蜜酒を注ぎ、ゆっくりと味わった。口の中に甘さが広がる。


 ロゼは元気にしているだろうか。


 俺は初めてこの酒を飲んだ時のことを思い出し、ロゼが無事に〈海竜号〉に辿り着いていることを祈った。

「一人でズルいわよ。私にもちょうだい」

「どうぞ」

 俺はゴブレットを渡し、蜂蜜酒を注いでやる。ヴィオーラはゴブレットの水晶の部分から満月を透かし見つつ、蜂蜜酒をくゆらせると、味わうようにゆっくりと口に運ぶ。

 そして目を丸くした。

「これ、すごく良いお酒じゃない? 甘みと風味が強いのに、すっきりとした後味で、風味だけが残るなんて」

「『満月宴』で手に入れた逸品だからな。滅多に飲めないらしいぜ」

「うわ、一息に飲んじゃったの失敗だったか…。もったいないことをしたわ」

 まぁ、飲もうと思えばいくらでも注げるんだが、ありがたみが薄れるから秘密にしておこう。

 俺は空になったゴブレットを受け取り、〈全贈匣〉に〈極光の宴〉を仕舞うと、ヴィオーラがこちらをじっと見つめていた。

「明日の試合、勝てるかしら…」

「俺は対戦相手の試合を見たことがないからなぁ。聞いた話だけで立てた作戦だけど、何とかなるさ」

 心なしか不安げに尋ねてきたヴィオーラに、俺はそう答えた。

「なに、いざとなったら降参できるんだし、死ななければどうとでもなるさ。負けても闘奴にされるわけじゃないだろ?」

「そうだけど、相手はこの街の闘場屈指の強さよ。自信がないわ」

「ヴィオーラだってクロスレィだって屈指の強さなんだろ? 条件は五分だ、と俺の分だけ分が悪いか…」

 俺の自嘲にヴィオーラは微笑み、

「貴方の分だけこちらが有利なのよ。闘場で5戦連続で猛獣や魔物に勝った闘士は一人もいなかった。1対1なら最も勝利に近いのがヴァイナス、貴方なのよ」

 でも、とヴィオーラの表情が再び曇る。


 分かっている。


 明日の試、チーム戦である以上、仲間同士の連携は大きな要因だ。だからこそ、俺は作戦を考え、それに対する訓練を行ったのだ。

「ここまで来たらやるしかないんだ。自分を信じようぜ」

「無理よ。自分は信じられないわ」

 でも、とヴィオーラはもう一度微笑むと、

「貴方なら信じることができる。勝ちましょう」

 と言った。その視線に耐え切れずに、俺は目を逸らしながら、

「ああ、勝とう」

 と頷く。俺達の決意を、星空から二つの月が静かに見つめていた。



 ヴィオーラの言葉通り晴天となった今日は、休日である闇の日ということもあり、闘場には観客が溢れていた。

 アル=アシの闘場屈指の闘士同士の団体戦。それも普段からライバルとして鎬を削る『北門』と『南門』の闘いとあって、試合の前から観客たちは異常な盛り上がりを見せている。

 当然賭けも行われているが、下馬評では人気も伯仲しており、拮抗しているということだった。

「さて、試合が始まったら打ち合わせ通りに動くとして、上手くいかなかったらどうする?」

「そこは臨機応変に対応するしかないだろう。ていうか、作戦通りにことが運んだらいいけど、そうでない場合に対応するために、訓練するんじゃないか」

「確かにその通りだけど、決めておきたいのも人情じゃない」

 俺達はゲートの前で準備をしつつ、会話していた。

「正直言って、連携されたら勝ち目は薄い。その場合は、揃って降参で良いんじゃないか?」

「それが今回、お姫様の鶴の一声で〈死闘(デスマッチ)〉になったらしい」

「それって、降参なしってこと?」

 ヴィオーラは目を開き、俺も思わず身構えてしまった。


 ナジィルのやつ、一体何を考えているんだ?


 アル=アシの闘場では、実力のある闘士は大抵「お抱え」となっており、いたずらな闘士の損失を防ぐため、対人戦に関しては降参が認められている。意識を失ったりして降参できない場合も、その時点で試合終了となり、最低限の命の保証がされている(もちろん、殺し合いである以上、致命傷を負って死ぬこともあるし、猛獣や魔物との戦いでは、降参しても攻撃が止まらず死ぬこともある)のだが、例外として〈死闘(デスマッチ)〉というものがある。

 〈死闘〉では降参が認められていない。つまり、どちらかが死ぬことで決着がつく試合形式だ。

 この形式は主に闘奴、中でも敗残兵や罪人同士の闘いの際に組まれることが多い。こうすれば試合自体が刑罰の代わりと見做されるからだ。勝者には恩赦が与えられ、刑期などが短くなることになるのだが、敗残兵はともかく犯罪者の場合、そのまま放免されることはなく、(罪状にもよるが)大抵闘奴としてそのまま戦わされることになるそうだ。

 そのため、お抱え闘士同士の闘いで〈死闘〉を行うことは異例であり、それが行われるということは、雇い主同士の仲が険悪であることの証といえる。

「イーマンとナジィルってそんなに仲が悪いのか?」

「そんなことないわ。むしろ普段は恋人同士みたいに仲睦まじいって評判よ。ナジィル様の対抗意識も、優秀な兄に対して対等に勝負事ができるのが闘場での闘士戦だからこそって言うし」

「つまり、お姫様をそこまで追い込んだやつがいるってことか? お抱え闘士を〈死闘〉に参加させるくらいに」

 俺が発した言葉に、ヴィオーラとクロスレィの視線が集中する。

 俺に向かって。

「…まさか、俺が原因ってことか?」

「それ以外には考えられないな」

「そうね。それしか考えられない」


 なぜ断言できる?


 二人は確信を込めた視線を俺に向けてくる。俺が二人に疑問の視線を向けると、

「だって貴方、ナジィル様が用意した魔物全部倒したじゃない」

「一度くらい負けてれば少しは溜飲が下がったんだろうけど」

「負けた場合、俺は殺されていると思うんだが…」

 俺の反論に二人は目を逸らす。

 まぁなんだ。とりあえず今回の事態は避けられなかったということか。むしろ巻き込まれた二人にはご愁傷様といったところか。

「そこは気にしてないわ。契約者の意向で闘うことはいつものことだし」

「そうだな。決まった以上、やるしかないんだ。頑張ろう」

 二人の言葉に俺も頷く。とにかくやるしかない。



 ゲートが開いた。いよいよだ。

 俺達はゲートを抜け、アリーナへと足を踏み入れた。反対側のゲートも開き、対戦相手が姿を現した。

真紅の〈鋼鱗の重鎧(スケイルアーマー)〉で身を包み、〈戦鎚(ウォーハンマー)〉と〈方形の大盾(タワーシールド)〉を携えた〈紅星〉セーラ。

 蒼く染めた〈鎖帷子(チェインアーマー)〉を身に着け、〈両手斧槍(ハルバード)〉を構えた〈蒼星〉マッティーノ。

 黄色の〈硬革鎧(リジットアーマー)〉を纏い、〈騎乗刀(サーベル)〉を二振り腰に差す〈黄星〉ジョルナータ。

 奇妙なのは、ジョルナータが背鞄を背負い、腰には水袋や管灯などを下げていることだ。まるで探索から帰ってきたばかりという格好だった。

 両陣営の登場で、観客から大きな声援が上がる。俺達は一頻り観客たちに挨拶をすると、所定の位置に立ち、開始の合図を待つ。

 三連星も同様に所定の位置に立つと、緊張が高まってきた。そして観客の声援も落ち着いて来たところで、


 開始を告げる鐘が大きく打ち鳴らされた。


 俺は挨拶代わりの【火球】の魔法を三連星に向かって放つ。それと同時にヴィオーラとクロスレィは左右に別れて回り込むように近づいて行く。

 三連星を【火球】の魔法が包み込む。無効化されるようなことはなかったが、これで倒せるほど簡単な相手じゃないことは重々承知している。俺は魔法を放つと同時に、真正面から飛び込んでいく。

 【火球】の魔法で巻き起こる土煙の中から、三連星が飛び出してきた。そこを狙ってクロスレィは矢を放つ。目標はマッティーノ。

 放たれた矢はマッティーノの肩口に突き刺さり、マッティーノは怒りの声を上げてクロスレィへと向かって行く。クロスレィは後退しながら矢を放ち、近づかせないように牽制していた。

 一方で俺に向かって来たジョルナータの動きを止めたのは、盾を構えたヴィオーラだ。ジョルナータは舌打ちすると、左右の手に構えたサーベルでヴィオーラに斬りかかった。

 ヴィオーラは落ち着いて盾を使って受け流すと、俺から離れる方向にジョルナータを弾き飛ばした。

 俺はバスタードソードを構えたまま、残ったセーラに向かって行った。そして剣を振り下ろそうとするが、寒気を感じて全力で斜め前へと飛び込む。

 紙一重で俺がいた場所を通り過ぎたのは、セーラの持つウォーハンマーだった。その速度は信じられないほどに速い。まるで小さなナイフを振るような速さで繰り出される攻撃を必死に躱しながら、セーラが使った魔法に思い至る。


 【神速(スウィフトフット)】の魔法。


 対象に2倍の速度を与えるこの魔法は、攻撃時には2倍の速さで攻撃を繰り出し、攻撃を躱すことができるようになる。俺が攻撃に魔法を使った時、セーラは自身を強化する魔法を唱えていたのだ。

 幸い、仲間への魔法は間に合わなかったようで、動きが違うのはセーラのみだ。これならば勝機がある。

 俺はセーラがウォーハンマーを振り切った隙を狙って腰から引き抜いたミゼリコルドを投擲した。通常なら決して間に合わないタイミングの攻撃に、【神速】の掛かったセーラは反応する。

 高速で引き寄せた盾によって、ミゼリコルドが弾かれる。そこに向かって俺はバスタードソードを振り下ろした。

 セーラはそれにさえも反応する。強引に突き上げられた盾に叩きつけられたバスタードソードは、そのまま高々と宙を舞う。


 今だ!


 俺は腰につけた〈無限の鞘〉から〈聖者の聖印〉を引き抜くと、その勢いのままに斬りつける。セーラは大きく飛び退くと、俺に向かってウォーハンマーを突き付け、魔法を唱えた。

「私たちを分散させて、連携を封じたのは褒めてあげるわ。でも、もうお終い。これでも喰らいなさい!!」

 掛け声と共にセーラのウォーハンマーから飛び出した魔法は、一直線に俺に向かってくる。


呪弾(ガンド・マジック)】の魔法。


 術者の魔力を純粋な「攻撃」として使用するこの魔法は、抵抗に失敗した対象の生命力を直接削り取るものだ。そのため、壁や盾を使って防御するといった行動ができず、直接魔法に抵抗するしかない。生物に対してしか効果がないが、その分非常に強力な魔法だ。

 魔力の輝きから、追加でSPを消費して、威力を上昇させているのが分かる。最低でも2段階は強化されているだろう。

 俺は精神を集中して、魔法に耐えようとする。【呪弾】の魔法が俺に触れる直前、何かにぶつかったかのように消滅した。

「なに!?」

 セーラの瞳が驚きに見開かれた。その隙を逃さず、俺はセーラへと迫ると素早く攻撃を繰り返す。

 【神速】の効果はまだ継続しているらしく、魔法を使った直後の無防備なタイミングでさえ、俺の攻撃がセーラを完全に捕えることはなかった。だが、浅いとはいえ確実に攻撃は当たっている。セーラの動きに慣れてきたのは確かだ。あと少し、手数が増えれば…!


 俺は心の中で念じた。『我が手に来たれ』


 俺の右手に光を放つレイピアが召喚される。俺は召喚したままの勢いでレイピアを突き入れる。それと同時に〈聖者の聖印〉を下段から斬り上げた。

「くっ!」

 セーラの表情から余裕が消えた。俺は二刀に構えたそれぞれの剣を振るい、セーラを壁際へと追い詰めていく。セーラは俺の攻撃を捌くので精一杯になり、魔法はおろか反撃すらもままならない状況だ。

 必死に攻撃を捌くセーラの表情に焦りが見える。このまま時間が過ぎれば【神速】の魔法が効果を失い、ぎりぎりで防いでいる攻撃を止めることができなくなる。

 俺は油断せず攻撃を続ける。そして遂にその時が訪れた。

 セーラの動きが急に緩慢になる。【神速】の効果時間が終了したのだ。俺の一撃をかろうじて盾で逸らしたセーラだが、対処しきれずに体勢を崩す。俺はその隙を逃さずに一気に畳み掛けた。

 苦し紛れに振るわれたウォーハンマーを避けると、一息にセーラの懐へ飛び込み、ウォーハンマーを振るって伸びきった右腕を内側から斬る。

 手首の比較的防護が薄い部分を〈聖者の聖印〉の鋭い刃が切り裂いた。腱を断つ一閃を受け、セーラはウォーハンマーを取り落した。俺はそのままレイピアを逆手に持ち替えると、セーラの膝当ての隙間から刃を刺し入れた。

 鋭いレイピアの刀身が、セーラの膝裏まで突き抜ける。ガクリと膝を崩すセーラから素早くレイピアを引き抜くと、止めを刺すべく振りかぶった。そして、


「そこまでだ! こいつがどうなっても良いのかよ?」


 唐突に掛けられた声に俺は動きを止め、振り返る。そこにはサーベルを構えたままこちらを見るジョルナータと、その足元に倒れたヴィオーラの姿があった。


 一体何が起きた?


 見ればマッティーノとクロスレィも動きを止めている。マッティーノの左腕には矢が数本刺さったまま残っており、ダラリと垂れ下がっている。ハルバードは投げ出され、腰から引き抜いたグラディウスを構えていた。

 一方でクロスレィも弓ではなく、予備の武器であるダークを両手に構えている。額から血を流していたが、大したことはないようだ。

「どういうつもりだ?」

 俺が尋ねると、ジョルナータはニヤリと笑い、

「こいつの命が惜しかったら降参しなよ。命だけは助けてやるからさ」

「この試合は〈死闘〉だ。降参はないはずだが?」

「確かに〈死闘〉だけど、勝者が認めれば降参したっていいんだよ? 僕としては勝てば良いんだから、降参してくれるなら楽なんだけど」

 ジョルナータの言葉に、俺とクロスレィは視線を交わす。ジョルナータの台詞が意外だったのか、観客もざわめいている。

 クロスレィは頷いた。どうやら俺が決めろということらしい。

「降参したら命は助けてくれるんだな?」

「言ったじゃん。僕は勝てれば良いんだよ」

 仕方がない。俺は〈幸運〉で蘇生できるが、現地人であるヴィオーラはそうはいかない。〈瓶詰の船〉は惜しいが、命には代えられないだろう。俺は大きく息を吐くと、

「分かった、こうさ…」

「駄目!」

 俺の言葉を遮ったのは、倒れていたヴィオーラだった。

「降参はだめ、こいつは毒を…」

「ちっ!」

 ヴィオーラの言葉にジョルナータは舌打ちをすると、ヴィオーラに襲い掛かろうとした。そこに、

「させるかよ!」

 クロスレィが手にしたダークを投げつけた。ジョルナータはサーベルでダークを弾くが、そこに俺が駆け寄ると距離を取った。

 クロスレィはニヤリと笑うが、次の瞬間、その場に頽れる。そこにはマッティーノが血に染まる剣を持って立っていた。クロスレィがダークを投げた瞬間、背後から切り掛かったのだ。

 脇腹を大きく切り裂かれ、クロスレィは倒れたまま立ち上がることができない。傷口から溢れる血が、徐々に血溜まりを作っていく。


 こいつら…!


 手段を選ばない三連星に、俺はかつてないほどの怒りを覚えていた。闘場での闘いに毒はご法度だ。毒の使用は単に闘士の死亡率を引き上げるだけで、試合も盛り上がりに欠けるからだ。

 本当に毒を使ったのならば、例え勝利しても観客からは非難され、今後試合に出たとしても、誰も見てくれなくなる。

 恐らく試合に勝った後で、ナジィルは毒の使用を認めずもみ消すだろう。〈死闘〉である以上、止めを刺してしまえば、死人に口なしだからだ。

 ヴィオーラの告発がなければ、俺は降参してしまい、結局殺されていただろう。


 お前らがそういうつもりなら、俺もやらせてもらう。


 俺は〈聖者の聖印〉を〈無限の鞘〉に仕舞うと、代わりに予備のバスタードソードを取り出した。そして心話でスマラに話しかける。

『影の中から魔法で援護はできるか?』

『できなくはないけど、通常の数倍の魂力を使うわ。せいぜい使えて2回くらいよ』

『それなら、俺の剣に【付与(ウェポン・エンハンス)】を掛けてくれ。2本共だ』

『分かったわ』

 俺は自身に対して【神速】の魔法を使う。俺の身体を魔力が包んだ瞬間、両手の剣に魔力が宿るのを感じた。

 ジョルナータがサーベルを構えて突進してきた。マッティーノもグラディウスを構えて飛び込んでくる。

「お前ひとりで何ができる! 大人しく死ねよ!」

 挟撃され、その場に立ち尽くす俺に対し、ジョルナータが叫ぶ。その声には勝ちを意識したのか愉悦が感じられた。

 毒の塗られたサーベルが、滑りを帯びた輝きを放ちながら左右から襲い掛かる。

 ジョルナータが笑みを浮かべ、その表情は即座に驚きに変わった。

 俺は両手に構えた剣を振り上げる。【神速】の魔法によって倍加した剣は、【付与】による魔力の煌めきを残しながら、円を描く様に天頂へと向けられた。

 振り上げた剣の軌道、その最中にあったジョルナータの腕を音もなく切り飛ばす。

 両腕とも肘から先を失い、呆然とするジョルナータは、噴き出した血と共に絶叫を上げる。

 俺は振り上げた剣を今度は振り下ろしつつ、そのまま水平になるように振り抜きながら、その場で旋回した。

 ジョルナータと挟み込むように飛び込んできたマッティーノは、慌てて停まろうとするが、勢いを殺しきれずに蹈鞴を踏んだ。そこに振り抜かれる俺のバスタードソードは、防ごうと構えたグラディウスごと、マッティーノの首を切り裂いた。グラディウスの切り飛ばされた刀身と共に、マッティーノの首が宙を舞う。

 そしてレイピアは絶叫を上げたジョルナータの首を切り裂く。絶叫を上げたまま、ジョルナータの首はゴロゴロと、膝を着いたまま立ち上がることもできないセーラの前へと転がっていった。

 俺は剣を構えたままセーラへと突進する。

「ま、待って! 降参するわ! だから命だけはたす」

 慌てて盾を捨てた手を振り、降参のポーズを取るセーラ。その言葉が終わらないうちに、俺の剣はセーラの首を刎ね飛ばしていた。

 首のないセーラの身体が膝を着いたまま血の噴水を噴き上げる。俺はそれには目もくれず、ヴィオーラの元へと駆け寄った。

 ヴィオーラは倒れたまま大量の汗を流し、意識を失っていた。サーベルで斬られたであろう二の腕は、毒によって紫色に変色している。俺は急いで【解毒(キュア・ポイズン)】の魔法を掛けた。俺の唯一使える4レベル魔法だ。

 【解毒】の魔法が効果を発揮したのか、ヴィオーラの腕の変色は消え去り、呼吸も落ち着いたものに変わった。

 俺は小さく息を吐くと、今度はクロスレィの元に行き、

「おい、生きてるか?」

 と問いかける。クロスレィは呻き声を上げると、

「なんとかな…。けどこのままじゃ長くはない」

 と答えた。よし、生きているなら何とかなる。

 俺は〈全贈匣〉から〈月神の護り〉を取り出すと、クロスレィの首に掛ける。そして傷が治るように念じろと伝えた。

 クロスレィは目を閉じると、言われるままに念じる。すると、脇腹の傷が見る見る塞がり、クロスレィが驚いているうちに完全に塞がってしまった。

「これは凄いな…。随分良い物を持っているじゃないか」

 血が足りないのかふらつくクロスレィに肩を貸しつつ、俺はヴィオーラの傍に戻ると、意識を失ったままのヴィオーラに【回復】の魔法を掛けた。

 二の腕の傷が塞がるのを確認すると、SPの使い過ぎで立ちくらみがした。行動不能にはならないまでも、これ以上使ったらまずいというギリギリのところまでSPを使ったのだ。危うく支えたクロスレィと共に倒れ込みそうになり、必死で体勢を整える。

 そこで、観客からの声援がようやく耳に入って来た。割れんばかりの歓声に、俺は思わず観客席を見回す。

 観客達は、その場で立ち上がって俺達を讃えている。クロスレィは観客達に手を振って応えていた。

 まずはヴィオーラの容体が心配だ。俺は武器を仕舞うのももどかしく、ヴィオーラを横抱きに抱えると、慎重にゲートへと戻って行く。いつまでも続く歓声に包まれながら、俺はヴィオーラの無事だけを祈っていた。


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