25 幻夢(VR)でも理不尽は変わらない
「結局、また試合に出るのね。呆れちゃうわ」
「言わないでくれ。自分でも何でだろうとは思っているから。まぁ、依頼を受けたんだ。仕方がない」
結局戦うことになった俺は、〈バーザイ魔導館〉を訪ねて革鎧のエンチャントをお願いしてから、闘場を訪れていた。
闘場を去ったはずの俺が受付の前に立つと、ヴィオーラは何とも言えない視線を向けてきた。俺は肩を竦めつつ答えを返す。
今回の試合は対人戦となる。俺は〈模擬戦室〉で対人を想定した訓練を行うため、申請に来たところでヴィオーラと会ったというわけだ。
「装備はどうするの?」
「今回は自前で行くよ。前回の装備もあるし、新しい装備も手に入れたし」
俺の答えにヴィオーラは頷き、〈模擬戦室〉の使用申請を受理する。
「試合は1週間後ね…。模擬戦室は今から使えるわ」
「了解した。ありがとう、それと明日に試合は組めるか?」
「気にしないで。仕事だから…って、明日? 試合は1週間後でしょう?」
俺の要望にヴィオーラは意味が分からないのか尋ねてきた。俺は真面目に、
「闘場での対人戦をぶっつけ本番でやるなんて真似、できるわけないだろ。できるなら前日まで毎日戦いたい」
と答える。するとヴィオーラはわざとらしくため息をつきながら、
「…はぁ、ここまでくるともはや病気ね…。分かったわ。組んであげるわよ。勝手に負けて死ねばいいわ」
「ありがとう。死なないように頑張るさ。あ、後模擬戦室の予約も頼む。試合後に使いたい」
俺の答えに、もはや処置なしと言った様子で、試合を組んでもらい、模擬戦室の予約を取り付けた。お、本当に毎日試合が入っている。でも前日は組まれていないな…。まぁ、流石に大事な試合の前日はゆっくり休むことにするか。
俺はヴィオーラの気遣いに感謝しつつ、疑問に思ったことを口にする。
「これ、1日に2試合とかできないのか?」
「はぁ? バカ言ってんじゃないわよ! 当日連戦なんて許されるわけないじゃない! 自殺なら別のところでしなさい!」
俺の質問はヴィオーラの地雷を踏んでしまったらしい。鬼の形相で俺を睨むヴィオーラに、思わず土下座しそうになった。
「馬鹿な質問をした、申し訳ない」
その場で深々と頭を下げ、そのまま許されるまで下げ続けた。
たっぷり1分以上頭を下げていると、ヴィオーラの呆れ混じりのため息が聞こえ、
「もういいわ。狂戦士は死んでも治らないって言うのは本当みたいね…。それで、今日からはどこに住むの? また宿舎かしら?」
一応俺は〈盗賊〉なんだが…。今それを言ったら本当に許してもらえそうにないので、言葉を飲み込む代わりに答える。
「今回は闘奴じゃなくて、契約闘士だからな。契約主であるイーマン様から直々に部屋が用意されている」
俺の答えに、ヴィオーラは驚きつつも微笑み、
「そう、随分と待遇が変わったわね。期間限定とはいえ、お城に住むんでしょう? 羨ましいわ」
と言ってくる。俺も笑みを返し、
「良かったら泊まりに来るか? ベッドは広いから寝るのには苦労しないぜ」
と冗談を言う。すると、ヴィオーラはどう受け取ったのか、
「そうね、考えておくわ」
と、真面目な顔で返してきた。俺は冗談が通じなかったのかと不安になり、訂正しようとするが、受付の仕事が入ったため、機を逸してしまう。そのまま受付の仕事が忙しくなってしまったため、結局訂正することもできずに、その場を後にすることになった。
まぁ、ヴィオーラのことだ。冗談と分かっているだろう。俺は気に掛けるのを止めて、新しく手に入れた装備の具合を確かめるため、共用の訓練場へと向かう。
この時の会話が、あんな形で影響を及ぼすことになるとは、この時の俺には知る由もなかった。
「貴方がヴァイナスね」
城に戻り、用意された部屋で寛いでいた俺は、突然の訪問者に戸惑いながらも、かろうじて失礼のないように対応することはできた。
突然訪れた訪問者は、美しい顔に微笑みを浮かべながら、その実まったく笑っていない目を俺に向けつつ、見上げるようにこちらを見返していた。
すぐ後ろには、制服に身を包んだ侍女が静かに控えている。あまり友好的ではない視線に俺が戸惑っていると、
「お兄様のお気に入りとして、ある程度の強さは持っているようだけれど、たかだか魔物を倒したくらいで、良い気にならないことね。あの程度、わたくしの闘士なら、目を瞑ったまま倒せるのですから」
美しい訪問者は、一方的に言いたことを言うと、クルリと踵を返して去って行く。控えていた侍女は一礼すると、その後を追う。
『ちょっと、あれは一体なんだったの?』
スマラが扉の影から顔を出し、去って行く訪問者を見ながら心話で聞いてくる。
『あの方が、ナジィル様だよ』
俺が心話で答えると、スマラは目を見開いて、
『あれが…。聞いてはいたけど、随分と嫌われているわね』
『恨まれるようなことはしていないんだけどな』
俺は肩を竦めながら答える。まぁ、あれだけ勝気ならイーマンに対して、対抗意識を燃やすのも分からなくはない。
さっきの会話も今度の試合も、単純に闘場で思い通りにいかなかったのが悔しいんだろう。今度の試合では、必勝の構えで闘士を送り込んでくるに違いない。試合までの期間、可能な限り模擬戦で鍛えておかないと…。
俺は今度の試合が予想よりも困難であることを予感しつつ、予想外の出来事で疲れたので、ふかふかのベッドに倒れ込むと、そのまま眠りについた。
「…本当に連日試合するなんて。一度くらい負ければ良いんだわ」
試合を終え、模擬戦室での訓練も終えた俺を見て、ヴィオーラはため息交じりに呟いた。
ヴィオーラに組んでもらった試合は全て順調に消化した。流石に〈魔物狩り〉の名声は伊達ではなく、対人戦ということもあって、オッズは俺有利の試合が3試合中2試合だった。余り儲けはなかったが、今回も掛札を買ってそこそこのリターンを得ている。
「それで、明日は訓練だけでしょう? 何か予定はあるの?」
「いや、これと言って考えてはいなかったけど」
「それなら明日は私の用事に付き合ってよ。重い物を運ぶのに、男手が欲しかったのよね」
いきなり人足要請ですか。まぁ、別にやることもないし構わないんだが。
「模擬戦室の訓練が終わった後なら付き合うよ」
「ありがとう。それじゃ訓練の後で闘場の前で待ち合わせね」
俺はヴィオーラに手を振ると、城へと戻る。明日は何を運ばされるのやら…。俺は苦笑しながら、ゆっくりと帰路に着いた。
「失礼、起きているかい?」
翌朝、ドアをノックする音と共に掛けられた声に、
『私は影に入っておくわね』
スマラがそう言って影に潜んだ。俺は頷いて、
「起きてますよ。どうぞ」
と答えた。今日は模擬戦室を使って訓練を行う予定だったので、訓練用の準備を整え、軽めの朝食を終えたところだった。
「失礼するよ」
と言って入ってきたのはアーチャーだった。
「おはよう、良く眠れたかい?」
「御陰様で。イーマン様には感謝しているよ。闘奴の時とは全く違う待遇だからな」
俺の答えにアーチャーは微笑むと、
「あの方に気に入られたのなら当然の待遇だよ。お抱えの闘士だからといって、ここが使えるわけじゃない。この城に部屋を与えられているのは闘士では君だけだ」
と言う。俺はそんなにイーマンに気に入られていたわけか。まぁ、闘場での戦いに負けていたら、きっと違った状況になっていたんだろうな。
俺は頷くと聞き返す。
「闘士では、ということは俺以外の『お気に入り』は何人いるんだ?」
するとアーチャーは頷き、
「闘士以外には今のところ、3人だな。守護者として身辺警護に当たっている者と、吟遊詩人兼道化師として仕えている者」
と、そこまで言って肩を竦める。そして、
「もう一人は厄介事請負人として様々な任務に当たる者、私だ」
と答えた。こいつも『お気に入り』だったのか。けれど、何故アーチャーが俺を訪ねて来たのだろう?
「それで、何の用だ?」
「イーマン様から伝言を預かってきた。明日の試合、ナジィル様の『気まぐれ』で、3対3の団体戦になったそうだ」
なんだって?
俺は思わず声を上げた。対人戦は1対1だと思っていたので、団体戦に対しての準備はしていなかった。そもそも、誰と組んで戦うというのか?
「団体戦は分かったが、誰と組んで戦うんだ?」
「それもあって君を訪ねて来たのさ。まず一人目は私だ。よろしく頼むよ」
アーチャーはそう言って右手を差し出してきた。俺は手を取り握手をする。
「お互い探索者だ、遺恨はなしに願いたいね」
「受けた依頼の上でのことだ。そこは割り切っているよ。そう言えば自己紹介がまだたったな。私はクロスレィだ」
「ヴァイナスだ」
クロスレィはそう言って微笑んだ。それにしても、こいつはイケメンだな。顔も良いが、動作の一つ一つが優雅で洗練されていて、様になる。
「それじゃあ、訓練所で連携の確認をしようじゃないか」
クロスレィはそう言って部屋を出る。俺は後に続きつつ、
「もう一人は?」
と尋ねた。クロスレィは歩きながら、
「訓練所で合流する予定だ。模擬戦室は予約してあるんだろう?」
と言ってきたので、
「ああ」
と頷く。クロスレィも頷き、
「流石、抜かりはないな。できる限りの準備はできそうだな」
「それなんだが、俺は今日予定を入れてしまっているんだが、どれくらい訓練する予定なんだ?」
俺の問いに、クロスレィは足を止め、俺を振り返ると、
「訓練の内容次第だな。団体戦は3人で戦うわけだから、連携に不安が残らないようにしたい」
「なるほどな。それなら予定はキャンセルするしかないか…」
「なんだ、大事な用事か?」
「いや、人と会うことになっているんだよ。まぁ荷物持ちらしいから、そんなに重要な用事と言うわけじゃないけど」
「荷物持ち? もしかして女性と会うのかい?」
「ああ」
「それはいけない。女性との約束は破ってはいけないよ」
「明日の試合に負ければ、会うことだってできなくなるかもしれないんだ。訓練の方が大事だろう」
クロスレィは呆れている。俺は肩を竦めると、歩みを再開する。クロスレィもそれに続いた。
「それで、もう一人はどういう人なんだ?」
「ここで説明するより、実際に会って確認したほうがいい」
クロスレィの言葉に俺は頷く。まぁ、下手に先入観を持っても良い事はないからな。その後は適当に雑談をしつつ、俺達は闘場に向かった。
闘場の模擬戦室の前で俺達を待っていたのは、〈曲板金の鎧〉に身を包み、〈菱形の盾〉と〈片手半剣〉を携えた〈戦士〉だった。体型からして女性のようだが…。
「お待たせした」
クロスレィがそう声を掛けると、戦士は首を振る。緑の飾り房が付いた〈面頬付の兜〉に包まれた表情を見ることはできない。
「こちらがもう一人の戦友だ。闘場での経験も豊富な〈女剣士〉の異名を持つ、イーマン様お抱えの戦士だよ」
「よろしく。ヴァイナスと言います」
俺が右手を差し出すと、戦士は手を取ろうとはせずに、頷いた。どうやら利き手を預ける習慣はないようだ。映画なんかでは見たことあるが、歴戦の戦士のようでむしろ安心する。
「それじゃ、ヴァイナスが模擬戦室を借りているから、早速訓練を始めようか」
クロスレィの言葉に俺と戦士は頷いた。
俺達は模擬戦室に入ると、入口近くにある水晶に触れる。触れた人数に合わせて、ランダムに決定された対戦相手の幻影が、中央にあるアリーナに姿を現した。俺達がアリーナの所定の位置に立つと戦闘が開始される仕組みだ。
「さて、どうやって戦う?」
「私は弓が主体の攻撃になるから、私が戦況を把握して指示を出そう。二人はそれに従ってくれ」
「分かった。魔法はどうする?」
「今回の試合では、観客席を巻き込むような大規模な魔法は禁止されている。味方への支援に関しては問題なく使えるから、状況に合わせて掛けてもらえると助かるな」
「了解した」
俺は頷く。そもそもそんな大規模魔法が使えるほどのレベルには達してない。横で戦士も頷いているので問題はなさそうだ。それにしても無口な人だ。まぁ、闘いにおいて雄弁である必要はないし、実力さえあるなら問題はない。お手並み拝見といこう。
「それじゃあ、まずは慣らしも兼ねて一当てしてみよう」
クロスレィはそう言ってアリーナに立つ。俺と戦士も所定の位置に立つ。
俺達が所定の位置に立った瞬間、幻影が動き出した。今回の構成は重戦士、軽戦士、弓手の3体。どうやら、こちらの編成に合わせてきたらしい。
まずはクロスレィと相手の弓手の弓の応酬から始まった。クロスレィは弓手を、弓手は俺を狙って弓を放った。
俺は迫る幻影の矢を紙一重で躱す。そして、その動きを止めないまま、軽戦士に向かって切り込んだ。
クロスレィの矢が吸い込まれるように弓手を撃つ。弓手はのけぞるようによろめくと、そのまま消えてしまった。どうやら一撃で倒したらしい。クロスレィの腕前は知っていたが、やはり強い。
俺は軽戦士の側面に回り込むように動く。丁度重戦士と軽戦士に挟まれるような位置だ。当然、相手は挟み込むように動いて来る。
そこで、俺は突然向きを変えると、重戦士に向かって斬りつけた。俺の突然の方向転換に戸惑ったのか、重戦士の動きが止まる。俺は重戦士の盾に、敢えて叩きつけるようにバスタードソードを打ち込んだ。
中途半端な構えで俺の攻撃を受けた重戦士は、蹈鞴を踏んだ。その時、背後から鋭い斬撃の音が聞こえてきた。一瞬だけ、背後に視線を飛ばす。
俺の意図を組んだ戦士は、俺の動きに気を取られていた軽戦士を背後から斬りつけたのだ。無防備な背面からの一撃で、軽戦士は消滅する。やはりこの戦士もかなりの強さだ。
後は連携して重戦士を倒し、最初の戦闘は終了した。
「最初にしては上手くいったね。示し合わせもなくあそこまで動けるなら、問題なさそうだ」
クロスレィの笑顔の言葉に、俺と戦士は頷いた。俺の力量も、二人には充分であると評価されたようだ。
「それにしても、君たちの連携は見事だったね。初めて組んだとは思えなかったよ」
「俺もここまで上手くいくとは思ってなかった。こちらの戦士殿はかなりの使い手なのだろう。まるで俺の動きを知っているかのように合わせてくれた」
クロスレィの言葉に、俺は戦士の動きを褒めた。すると、初めて戦士が声を発した。
「貴方の試合は全て見ていたもの。訓練の様子も見ているし、動きのクセは分かってるわ」
あれ? この声は…。兜のせいでくぐもっているが、聞き覚えのある声に首を傾げていると、戦士は兜を外した。
兜の下から現れたのは、見慣れた受付嬢の顔だった。
「ヴィオーラ!?」
「何変な声を出しているのよ。私がヴィオーラじゃなかったら、誰がヴィオーラなわけ?」
「いや、だって、何で戦士…?」
「知らなかったの? ああ、貴方連日試合か訓練しかしてなかったものね。私もイーマン様付の闘士なのよ。受付は兼業してるの」
週に一度は試合に出てるのに気付かなかったのね…。呆れた表情でこちらを見るヴィオーラに、俺は何も言い返すことができなかった。
「さて、もう少し訓練する?」
「そうだな。君たちには訓練の必要がなさそうだが、私との連携はもう少し慣れておきたいだろう?」
「そうね」
ヴィオーラは頷くと、水晶に触れるために歩いて行く。俺はクロスレィに向かって、
「彼女は強いのか?」
「君も見て分かっていると思うけど、実力は折り紙つきだ。〈女剣士〉と言えば有名だし、紹介しても落ち着いていたから、知ってると思っていたよ」
〈女剣士〉の異名を持つ女性の闘士がいることは知っていたのだが、試合を見る機会がなくて、本人を知らなかったのだ。まさかヴィオーラが〈女剣士〉だったなんて…。
「ちょっと、この後の予定もあるんだから、さっさと訓練を終わらせるわよ!」
ヴィオーラの声に、俺は慌てて水晶へと向かう。クロスレィは苦笑しながらも、小走りに水晶へと近づき、掌を乗せる。
「さて、次はどう戦う?」
「私としては、ヴァイナスの仕切りで戦ってみたいわ。さっきのフェイントもそうだけど、色々考えてるみたいだから」
ヴィオーラはそう言って微笑みながらこちらを見ている。俺は苦笑しながら頷く。
「了解だ。突飛な指示も出すかもしれないから、覚悟しておいてくれ」
「心得た」「良いわよ」
二人の返事を待ち、俺も水晶に手を乗せた。今度の相手は全て重戦士の様だ。俺は大まかな作戦を立てると、二人と共にアリーナに向かう。
さて、上手くいくだろうか?
俺は剣を構えると、真っ先に飛び出していく。俺達はこの後も、時間の許す限り訓練を続けるのだった。




