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21 幻夢(VR)で早くも二度目の体験

「いたぞ、捕まえろ!」

 路地を抜けた先で、俺は追手に見つかり、逃走を続けていた。ロゼから注意を逸らすために、わざと目立つように逃げていたのだ。ロゼが船に辿り着けば、ゼファーなら何とかしてくれるだろう。『美女に悪人はいない』って言ってたしな。

 俺は適当に路地を走り回りながら、追手の様子を窺った。

 今追ってきているのは2人のようだ。俺は周囲を確認し、追手に向き合った。この狭い路地なら1対1で相手ができる。

 俺が足を止めたのを見て諦めたと思ったのか、向かってくる男は腰から剣を抜くと、斬りかかってきた。走ってきた勢いをそのまま乗せた上段からの斬り降ろし。まともに喰らえばただでは済まない。

 おいおい、いきなり殺す気かよ。さっき捕まえろって言ってなかったか?

 俺はレイピアを抜くと、振り下ろされる剣を逸らすように力の方向を変え、受け流す。男は剣を止めることが出来ずに蹈鞴を踏んだ。

 その背後から来た二人目の男にレイピアを繰り出した。前の男が躱されると思っていなかったのか、慌てて武器を構えようとする。

 その隙を逃さず突き出されたレイピアは、狙い違わず男の喉へと吸い込まれた。

 レイピアの刀身が、首の側面を切り裂いた。盛大に血が吹き出し、男の動きが止まる。俺はレイピアを振り抜くと、そのまま前へと走り出した。

 首を襲う痛みに、男はその場で転げ回る。後ろ目に確認すると、蹈鞴を踏んだ男は介抱するためか、持っていた長剣を放り出し、腰のあたりから取り出した布で、首の傷を押さえているのが見えた。

 このまま路地を抜けて、他の追手がいなければ【隠蔽】の魔法を使ってやり過ごそう。そう思って路地を抜けた瞬間、悪寒を感じた俺は、無理矢理足を止めると、今来た路地に向かって強引に飛び込んだ。


 鋭い痛みが左腿を襲う。


 着地の際、力が思うように入らず転倒してしまう。痛みに耐え、俺は左足を確認した。そこには1本の矢が深々と刺さっていた。見る見るうちに、刺さった個所が血に染まって行く。

 立ち上がろうとするが、痛みで思うようにいかなかった。刺さった矢が足を動かす度、強烈な痛みを与えてくる。

 俺は痛む足を引きずり、大通りから死角になるように身体を隠すと、刺さったままの矢身を持ち、息を止めて一気に引き抜いた。

 刺さった時以上の強烈な痛みに、意識が飛びそうになった。俺は必死に意識を繋ぎ留めつつ、ポケットから出した布で、傷口をきつく縛る。

 早く【回復】の魔法で治療したかったが、ぐずぐずしていると、他の追手に追いつかれてしまう。

 俺は路地からそっと様子を窺った。そこに狙い澄ました矢が撃ち込まれる。慌てて隠した頭があった場所を矢が通り過ぎていった。

 このまま大通りを抜けることは難しそうだ。俺は路地に向かって戻ろうとした。だがそこには、先ほどの男が長剣を構えて走ってきているのが見えた。

 俺は足の痛みを堪えてレイピアを構えた。振り下ろされる長剣を受け流そうとして、足に走る痛みを堪え切れず、上手くいかずに弾かれそうになる。俺は歯を食いしばり、レイピアを二の腕に押し付けると、身体ごとぶつかっていった。

 全身を使ったチャージに、男は体勢を崩す。俺はそのまま身体を密着させると、路地の壁に押し付け、男の動きを止める。

 そして腰からミゼリコルドを抜き、男の首へと突き立てた。男は俺の手首を掴んで引き抜こうとする。俺は手首に男の爪が食い込むのを無視して、ミゼリコルドを突き立て続けた。

 男の手が痙攣し、それが身体全体へと広がっていく。やがてがくりと首が項垂れ、脱力したかのように頽れる。

 俺はレイピアを鞘に戻し、食い込んだ男の指を外すと、左足を引き摺りながら路地の奥へと進んでいく。

『ちょっと、大丈夫なの!?』

『大丈夫じゃないが、出て来るなよ。腕のいい射手がいる。追手の中にPCがいなければ、最悪死んだとしても蘇生で切り抜けるさ』

 スマラが心配そうに心話を飛ばしてきたが、俺は痛みを堪えながら答える。とにかく、安全な場所を確保しないと傷の手当てもできない。

 俺は路地の物陰に隠れると、【隠蔽】の魔法を使った。そして、そっと物陰から顔を出すと、大通りの方を確認した。

 路地の入口に、二人の男が現れていた。どちらも半分だけ顔を覗かせ、警戒しながらこちらを窺っている。

 やがて右側の男がゆっくりと路地に入って来た。左側の男は弓を引き、援護していた。

 どうやら、こいつが俺の足を射抜いた射手のようだ。その構えた姿に隙はない。かなりの腕利きなのだろう。

 俺はゆっくりと立ち上がり、できる限り音を立てないように注意しつつ、男たちから離れるように歩いて行く。

 路地を戻って行くと、誰かが倒れている。どうやら、最初に倒した男のようだ。結局助からなかったらしい。

 近づいた時に確認したが、痛みに耐えようと歪ませた顔のまま事切れていた。その姿にNPCであることを忘れ、一瞬だけ冥福を祈る。そして、その男を跨いで奥へと進んで行った。

 追手の二人は着実に俺を追って来ていた。何故だ? どうやって俺を追っている?

 男の視線が時々、地面を追っているのを見て、俺は舌打ちした。男達は、俺の足から流れる血の跡を追っていたのだ。

 血を止めないと、追手を撒くことはできない。俺は路地の中でも障害物の多い方へと進み、一際雑多な物が積み上げられている場所の物陰に潜むと、【隠蔽】の魔法を解除し、【回復】の魔法を掛けた。

『私も手伝う』

 スマラが影から飛び出し、【回復】の魔法を使う。

 二人掛かりの治療で、なんとか血が止まるまで回復した。スマラは影に戻り、俺は再び【隠蔽】の魔法を使う。

 体中を倦怠感が襲う。どうやら魔法を使いすぎたらしい。この世界の魔法は体内にある〈エーテル〉と呼ばれるエネルギーのようなものを使い、〈世界〉(オーラムハロム)に干渉するものだ。

 PCの体内にある〈エーテル〉はSPの事を表す。SPは魔術師や盗賊が使う魔法や、戦士や魔戦士が使う〈戦闘特技〉(バトルアーツ)を使用する際に消費される。

 SPは時間が経てば回復するのだが、自然回復では少しずつしか回復しない。

 しかも、激しい運動を行っていたり、精神を集中するような行動を行っている時には回復しない。

 魔法薬などで回復することもできるが、高価なのでそうそう使うわけにもいかなかった。当然、俺は持っていない。

 回復を終えた俺は、左足に力を込めて踏ん張ってみた。鈍い痛みがあるが、我慢できないほどではない。

 俺は物陰から顔を出し、追手を確認した。

 男たちは、すぐ傍まで来ていた。俺は慌てて逃げようとする気持ちを必死に抑えて、ゆっくりとその場を離れていく。

 通路は狭く、やり過ごすにはスペースが足りなかった。俺は更に奥へと進んでいく。

 男たちは血の跡が無くなったことに気付いたらしく、少しの間、立ち止まって話をしていた。


 頼む、そのまま路地を戻ってくれ…。


 俺は歩みを進めつつ、背後を振り返り祈っていた。

 だが、現実は非常だった。

 男の一人が何かを呟いたと思ったら、俺の方を真っ直ぐに見ると、指を指して隣の男に指示を出した。言われた男は弓を構え、矢筒から引き抜いた矢を番え、引き絞る。

 俺は思わず悪態をつきながら、地面へと伏せた。俺の頭上を鋭い音を立てて放たれた矢が通り過ぎていく。


 何故俺の位置がばれた?


 俺は立ち上がると、物陰に隠れようとする。間一髪身を隠した木箱に、鈍い音を立てて矢が突き刺さった。

 間違いない、追手は俺の姿を認識している。俺は焦る気持ちを抑え、必死に考えた。そこで、脳裏に閃きが走る。

 追手は【探知】(ディテクト・マジック)の魔法を使っているんだ!

 【探知】は1レベルの魔法で、使用者の周囲にある魔力を感じ取り、魔法やマジックアイテムなどの存在を感知するものだ。追手の一人が唱えた【探知】の魔法で、俺の【隠蔽】の魔力を感じ、それを伝えていたのだろう。

 俺は次の瞬間、物陰から一気に飛び出すと、全力で走り出した。【隠蔽】の魔法が解けるが、構わずに走り続ける。

 時折物陰に隠れるように、不規則に動きながら路地を駆け抜ける。

 背後から何本か矢が放たれていたが、幸運にも全て外れていた。そして、背後からは追手の足音が聞こえてくる。

 俺は出鱈目に走り、追手を撒こうとする。だが、やはり相手には土地勘があるのだろう、徐々に差は詰まって来ていた。

 そして、恐れていたことが起きた。

 俺の進む先が袋小路になっていた。とうとう行き止まりに当たってしまったのだ。俺は近くにあった樽の影に身を隠しつつ、路地を振り返る。

 追手の男たちが、余裕の足取りで近づいて来るのが見えた。ここが袋小路であることを分かっている態度だ。

「おい、ここは行き止まりだ。観念して出てこい」

 弓を構えた男が、そう言って声を掛けてきた。男たちの場所まで約20メートル。路地の狭さでは、避けることもできずに撃たれるだろう。


 どうする?


 俺は考えを巡らせる。

 この距離は、魔法を使うしかない。だが、残りのSPで上手く発動するだろうか?

 覚えたばかりの魔法は、どれだけSPを使うのか分かっていないのだ。ただでさえ魔法を連打したので、SPの残量も分かっていない。

 俺が迷っている間に、更に追手の数が増えた。弓を構える男が、声を上げる。

「これが最後通牒だ! 出てこい!」

 このままでは、なぶり殺しにされるだけだ。

 俺は覚悟を決め、〈全贈匣〉を開くと、刻御手や金貨などの貴重品を放り込んだ。そしてレイピアをその場に置くと、両手を上げゆっくりと立ち上がる。

「よし、武器を捨てろ!」

 男の言葉に、俺は腰につけたミゼリコルドを鞘ごと外し、男たちの方に向かって放り投げる。

 俺の態度に諦めたと思ったのだろう、弓を構えた男が言う。

「そのままゆっくりとこちらに来い」

 俺は男の言葉に従って近づいて行く。弓を構えた男の周囲では、他の男たちが武器を構えてニヤニヤと笑っていた。

 そして男たちとの距離が10メートルほどになった時、俺は準備していた魔法を唱える。

 覚えたばかりの【火球】の魔法。弓を構えた男が慌てて矢を放つが間に合わない。いち早く俺の放った火球が男たちを襲う。

 男たちが炎に包まれると同時に、俺の顳顬の脇を音を立てて矢が通り抜ける。

 俺は思わず笑みを浮かべたつもりだった。だが、上手くいかずにその場に倒れ込む。どうやらSPが尽きたようだ。【行動不能】状態になってしまったらしい。

 意識はあるのに、身体が全く動かなかった。所謂「金縛り」の状態に近いかもしれない。このままSPが回復するまで待つしかない、そう思ったところに、

「やってくれたな…」

 と言う声が聞こえてきた。

 かろうじて動く目を向けると、体中から煙を上げながら、弓を構えていた男がゆっくりと立ち上がるのが見えた。

 【火球】の魔法で倒しきれなかったらしい。男が近づいて来るのを、俺はただ見ていること下できなかった。

 男は俺の横に立つと、怒りの籠もった視線で見下ろしてきた。そして、俺の鳩尾に向かって振り上げた踵で蹴りつけてくる。

 痛みと衝撃に、俺は咳き込んだ。身を捩って痛みを紛らわせたいが、身体は動いてくれなかった。

「この場で殺してやりたいが、ボスには生け捕りにしろと言われている。感謝するんだな」

 男はそう言って、今度は俺の顔を、サッカーボールの様に蹴り飛ばした。さっきとは違う痛みと衝撃に、俺の意識は吹き飛び、暗闇へと落ちて行った。



 気が付くと、俺は石造りの小さな部屋の中に転がされていた。部屋の一面には頑丈そうな鉄格子が填められている。俺は牢の中に閉じ込められていた。

 身体に走る痛みに、死んだわけではないのが分かった。【蘇生】したのなら、傷は全て癒えているはずだ。おそらく気絶しているところを連れて来られたのだろう。

 俺は身体を起こし、身体の状態を確認する。どうやら拷問などはされていないようで、顎と鳩尾に痛みは残るが、骨が折れたりなどはしていない。

『スマラ、いるか?』

『いるわよ。また捕まっちゃったわね』

 俺の問いに、スマラが心話で答えた。やはり、俺は捕まってしまったようだ。

 いっそのこと殺してくれれば【復活】して逃げられたのに…。

 俺は命があったことに安堵しつつも、そのことで逃げられなかった不幸をぼやいた。気絶している間にSPは回復していたようで、俺は【回復】の魔法を使い、傷を癒す。

『どれくらい、気を失っていた?』

『はっきりとは分からないけど、多分半日くらい』

 ふむ、なるほど。

 とりあえず傷を癒した俺は、これからどうするか考える。身体を探ると、服に隠していた開錠道具は取り上げられていない。鉄格子を確認すると、頑丈そうな南京錠が付いていたが、おそらく外すことはできるだろう。

 後はここが何処なのかということだ。壁や床に耳を当てて音を聞くが、場所が特定できそうな音は聞こえなかった。格子越しに外を覗いてみても、窓もなく、見張りのためにあるのか、簡素なテーブルと椅子、置き型のランタンがあるだけだ。この部屋への入口であろう扉には、小さな覗き窓があるが、特に光が差し込んだりということもなかった。

『ここがどこだか分かるか?』

『どこかの地下だってことは分かる。移動は馬車だったし、海じゃなくて陸地だとは思うわ』

 なるほど、となるとコーストの街からはそれなりに離れた場所というわけか。



 俺がこれからどうしようか思案していると、誰かがドアを開けて入って来る。

 ドアを開けて現れたのは、俺に弓を射てきた男(便宜上アーチャー呼ぶ)と、右目の上から頬にかけて、大きな刀傷のある男(こっちはスカーフェイスと呼ぶ)だった。

「お目覚めだったか。気分はどうかね?」

 スカーフェイスがそう尋ねて来た。俺は肩を竦め、

「御陰様で良く休めましたよ。お招き頂きありがとうございます」

 と言って、慇懃に頭を下げた。

「そうか、気に入ってくれて何よりだ」

 俺の皮肉をものともせずに、刀傷の男は笑顔を浮かべた。

「なにしろ、私が買った奴隷を逃がしたあげく、捕まえるために追いかけた私の配下をローストにしてくれたのだからな」

 スカーフェイスはそう言って笑う。だが、その目は一切笑っていなかった。スカーフェイスは鉄格子に近づきながら、

「おかげで奴隷にはまんまと逃げられた。まさか別れて逃げていたとはな。この落とし前はきっちりとつけさせてもらう」

 と言ってきた。良かった。どうやらロゼは無事に逃げられたらしい。

「本来なら、このまま労働奴隷として鉱山で死ぬまで奉仕させるところだが、それでは面白くない。貴様には別の趣向を用意してある」

 スカーフェイスはそう言って獣のような笑みを浮かべた。

「アル=アシの街は知っているか?」

 スカーフェイスの言葉に俺は頷いた。嘘をついても仕方がない。

 アル=アシの街は、コーストの街の北にある鉱山を中心とした城塞都市だ。様々な鉱物が採掘されているが、主に金が産出することで知られている。

 鉱山は専門の炭坑夫が採掘しているところもあるが、殆どがコーストの街で買われた労働奴隷が採掘しているらしい。

 中には犯罪者が苦役として働かされているものもあるそうだが、俺はそこに送られるわけではないようだ。

「ならば街には〈闘場〉(コロシアム)があることも知っているはず。貴様は腕が立つようだからな。そこで戦ってもらう」

 私の闘士としてな。スカーフェイスはそう言って豪快に笑う。

 後ろに控えていたアーチャーも皮肉気に笑っていた。おそらく、こいつが俺との戦闘の様子を報告したのだろう。

 アル=アシ、闘士、刀傷…。それらの情報から、俺はスカーフェイスの正体を察した。

「あんた、イーマン・アル=アシか?」

 俺の問いに男の傷がピクリと動き、

「ほう、私のことも知っていたか。有名になったものだ」

 と言った。やはりそうか。

 イーマン・アル=アシは、その名の通り、アル=アシの街を支配する〈君主(ロード)〉だ。元は〈帝国〉の剣闘士だったが、チャンピオンとなり、その後は軍隊に入って功績を上げ、アル=アシの街を任されるまでになった。ロゼは結構な大物に買われていたようだ。

 そして、アル=アシの街に来たイーマンは、帝都ズォン=カにある〈闘技場(コロッセオ)〉を模した〈闘場(コロシアム)〉を作り、闘士達を戦わせて観戦するのを楽しみにしているという。

 特に気に入った者はお抱え闘士にしているとも聞いている。どうやら、俺はイーマンのお眼鏡に叶ったらしい。

「私はね、強い者が大好きだ。それが貴様みたいな『犯罪者』だったとしてもだ」

 イーマンはそう言って再び笑みを浮かべた。

「貴様が勝てば、恩赦をやろう」

「負ければ?」

「決まっている。闘技場の床に新たな血の記録が刻まれるだけだ」

 どうやら選択肢はないようだな。

「分かった。勝てばいいんだな」

「そうだ、それでいい。闘場で組まれる試合に5回勝てば、恩赦として解放する」

「選択肢はないんだろう? やってやるさ」

 俺の答えに、イーマンは満足そうに頷き、アーチャーは牢屋の鍵を外すと、俺に外に出るように促した。

 俺は大人しく牢の外へと出る。するとアーチャーが、

「左手を出せ」

 と言ってきた。俺は大人しく左手を出す。アーチャーは腰の袋から何かを取り出し、俺の手首に着ける。

 それは何かの腕輪のようだった。ガチリと言う音がして、俺の手首に填められた。

「これは闘奴の証の腕輪だ。外すには特殊な鍵が必要だ。闘場で勝利する度、1本ずつ渡される。5本全てを手に入れれば、解放されるというわけだ」

「鍵を使わずに外すとどうなる?」

「腕輪に仕込まれている毒針が刺さり、数分であの世行きだ」

 俺は念のために確認すると、アーチャーはそう答えた。

「ちなみに逃げ出したとしても、1週間以上、鍵を刺し込まなければ自動的に毒針が飛び出すから、死にたければ好きにしたまえ」

 とイーマンは言った。どうやら逃走の選択肢はなさそうだ。

 俺は腕輪を観察する。確かに鍵は特殊なもので、俺の開錠技術では外すことができなそうだ。魔法で外すにしても、対抗手段があると思った方が良い。

 まぁ、勝てば解放されるのだから、頑張って5回勝つことにしよう。最悪、手首を切り落として「蘇生」すればいい。やりたくはないが…。

「試合は日に一度、対戦相手は直前に発表される。試合のない時は自由に行動して構わないが、街からは出るなよ。毒針が発動する」

 どうやら、魔法が掛かっているみたいだな。腕輪を着けられた時点で、選択肢はなかったわけだ。まぁ、拷問の末に殺されるとかでないなら、強制クエストと割り切って頑張るしかない。

「ついて来い。闘士の宿舎へ案内する」

 アーチャーはそう言うと、扉に向かって歩き出す。俺はアーチャーの後に付いて行く。

「私を楽しませてくれよ。私が奴隷のためにゲイズに払った金額は決して安くはない。せめて金額分くらいは頑張りたまえ」

 扉を潜る俺に向かい、イーマンは笑いながら言う。

 俺は振り向くこともなく、牢屋を後にした。

 やれやれ、オーラムハロムでまた奴隷になるとはな。このゲームは奴隷がデフォルトの仕様なのだろうか?

 そんなことはないはずだ。そう自分に言い聞かせると、俺はため息をつきつつ、アーチャーの後に従って歩いて行った。



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