2 これが現身(キャラクター)の力か
しばらくして復活した受付嬢の案内で、俺は次の部屋へと進んだ。
そこは複数の扉がある部屋で、部屋の中央には大きな机と黒板が置かれており、机に備え付けられた椅子に座った人物が、俺に気がつくと立ち上がる。
仕立ての良い服に身を包んだ30代くらいの黒人の男性に見える。
「ようこそ、新たな探索者よ! …と、今回は一人だけかね? 昨日はあれほど沢山来たというのに」
「初めまして。僕も他の人と共に来たのですが、ム・ルゥに色々と話を聞いていたので、遅れてしまったんですよ」
男は俺の言葉に頷くと、
「なるほど。〈門番〉殿に教えを受けていたのか。あの方は気難しいので、中々できることではないぞ。幸運だったな」
と言って、右手を差し出してくる。俺がその手を握り返すと、
「私はここの担当官を務めるエトー・サラフだ。よろしく」
と言って笑顔を見せる。俺も笑顔を返し、
「ヴァイナスと言います。よろしくお願いします」
と挨拶をする。
「私の事はエトーと呼んでほしい。それではさっそく君の〈能力〉(アビリティ)査定と〈職業〉(クラス)の選択を行うとしよう」
エトーはそう言って俺に椅子に座るよう勧めると、自分は机の反対側に座り、
「まずは、〈能力〉について説明しよう。〈門番〉殿に聞いているかもしれないが、一応規則なのでね」
そう言ってウィンクをする。妙にフランクな人だな。
「〈能力〉とは君の身体的・精神的な性能を数値化したものだと思って欲しい。この世界での行動の成否は、〈能力〉によって左右されることがほとんどだ」
と言って説明が始まる。エトーは背後の黒板に要所要所を板書しながら、話をしていく。俺は手帳を開き、メモを取る。
ちなみにガイドに載っていた解説は以下の通り。
〈体力〉(ストレングス)
主に力をふるうときの能力です。物を持ち上げたり、突いたり、押したりするのにつかいます。キャラクターがどれだけ物を持てるかも表します。SPの基準になります。
〈耐久〉(バイタリティ)
キャラクターの健康さと頑丈さの大まかな目安です。様々な抵抗の基準になります。HPの基準になります。
〈器用〉(デクスタリティ)
手先の器用さと全体的な俊敏さを表します。手と目の協調と、肉体の運動神経も表します。
〈知性〉(インテリジェンス)
キャラクターが物事を考え、問題を解決し、記憶しておく能力です。魔法を学んで使用するのにも必要な能力です。
〈幸運〉(ラック)
いわゆる運気を表します。運よく物事が運ぶ基準になります。また【死亡】状態からの復活にも関係します。
〈魅力〉(カリスマ)
キャラクターの性格の力や、指導力の尺度などを表します。
この辺りはム・ルゥにも聞いた。ゲーム的に言えば、行動の成否を決定する「行動判定」を〈能力〉を基準に行うらしい。
例えば、重い荷物を運ぶなら〈体力〉基準の判定、針金で鍵を開けるなら〈器用〉基準の判定といった感じだ。
「〈能力〉は6つの値で表現される。〈体力〉(ストレングス)〈器用〉(デクスタリティ)〈幸運〉(ラック)〈知性〉(インテリジェンス)〈魅力〉(カリスマ)〈耐久〉(バイタリティ)だ。初期の〈能力〉は、種族によって大きく変化するが、探索を続け、心身を鍛えることで上昇させることができる。〈能力〉の上昇は探索を終え、〈鑑定士〉(アプライザー)に確認を取るか、〈陽炎の門〉を抜けて向こうの世界に戻った時に行うことができる」
つまり、こちらの世界で能力を成長させるには〈鑑定士〉の力が必要で、そうでない場合はゲームをログアウトしてからメニュー画面で行うということのようだ。
「〈能力〉を上昇する場合、どの能力をどれだけ上昇するかは君の自由だが、限界値は決まっている。そこに関係するのが〈職業〉と〈レベル〉だ。〈職業〉によって必要な能力が定められており、特定の能力の数値が〈レベル〉に適用される」
「レベル1の探索者の能力の限界値は19だ。レベル2で29、レベル3で39…となっていく。つまりレベルが上がれば限界値もそれに応じて伸びていくということだ」
「それは能力に上限はない、ということですか?」
説明の途中だったが、思わず質問してしまった。
「どうだろうな。私も上限があるという明確な数値は知らないんだ。今のところレベル30の〈魔術師〉(メイガス)がいるのは確認されている。私が知っている中で高いレベルの一人だ」
レベル30か。魔術師だから知性が300を超えているとかかな? すげーなおい。
「了解です。話の腰を折ってすいません」
俺の謝罪に、エトーはひらひらと手を振る。
「結構結構。質問があるときは遠慮なくしてくれたまえ。それでは説明を続けるぞ。〈能力〉には更に2つのものがある。〈魄力〉(ヘルスポイント=HP)と、〈魂力〉(スピリットポイント=SP)だ。HPは探索者の生命力を表し、これが全て失われれば探索者は【気絶】となり、更にダメージを受ければ【死亡】する。SPは精神力を表し、〈魔法〉(ルーン)や〈戦闘特技〉(アーツ)を使用することで消費される。これが全て失われれば【行動不能】となり、一切の行動がとれなくなる。そうそう、補足だが、〈能力〉はいずれかがゼロ以下になると【消滅】することになるから注意が必要だ」
なるほど、能力はゼロにならないように注意が必要ということか。うん?
「【死亡】と【消滅】は別なのですか?」
俺の質問に、エトーは目を細め、
「良い質問だ。【死亡】状態は〈魔法〉(ルーン)や〈奇跡〉(ブレッシング)、〈魔法の品物〉(マジックアイテム)や幸運の減少によって復活することができるが、【消滅】は復活する方法はない。君たちにとっての『死』とはこちらを指すとも言えるな」
危ない。確認しといて良かった。逆を返せば、〈能力〉は上昇だけではなく、減少することもあるってことだ。
吸血鬼とか不死王とかって「エナジードレイン」なんかの特殊能力で能力を奪ってきそうで怖い。
「次に〈職業〉(クラス)だ。これは一般的な職業を表すものではなく、探索者の特性による分類だと思って欲しい。一般的な職業であるならば、君たちは『探索者』(クエスター)が職業になるね」
履歴書には「探索者」と書けばいいのか。履歴書なんてないと思うけど。
「基本的な〈職業〉は3つ。〈戦士〉(ゼルトナー)、〈盗賊〉(ロイバー)、〈魔術師〉(メイガス)だ。これに特殊な職業として〈魔戦士〉(エアレーザー)と〈聖職者〉(ケッツァー)がある。順に説明しよう」
俺はエトーの言葉を手帳に記しながら、どの職業を選択するか検討する。
ふむ。魔戦士は勇者だな。いわゆるエリート職ってやつだ。剣も魔法も使える主人公クラスだ。必ずなれるわけでもないようだし、まぁ運よくなれたら考えよう。
普通に選べる〈職業〉から検討すると、まず魔術師は候補から外す。魔法は強力だけど、常にリソースを消費する行動が活きるのは、フォローしてくれる仲間がいてこそだ。もちろん、転移した先で仲間を見つければいいのだが、すぐに仲間が見つかるとは限らない。まぁ、その辺は運営も考えているとは思う。…だといいな。
そうなると戦士か盗賊ということになるんだが、生存率を考えるなら戦士だろう。単純に戦闘に強い。
だが、探索中隠密行動を取ることや、罠や扉の解除も必要になるかもしれない。戦闘以外の状況に対しては、圧倒的に盗賊のほうが有利だろう。
しばらく検討した結果、盗賊を選ぶことにする。ちなみにガイドに載っていた説明は以下のような感じ。
〈盗賊〉(ロイバー)
盗賊は鍵や罠を解除する技術や尾行、詐欺といったある種「闇」の技術に習熟したクラスです。盗人や暗殺者、山賊、海賊、怪盗、義賊といった者はここに含まれることが多いようです。盗賊はその特殊な技術を表すため多くの特技を持ちます。また、簡単な魔法を使う能力も持っています。
【必要能力】
器用が12以上、幸運が8以上
【基準能力】
〈器用〉〈知性〉〈幸運〉
〈職業能力〉(クラスアーツ)
【盗賊技術】
盗賊は初期の特技として、「話術」「手練」「軽業」の〈特技〉(スキル)を持ちます。
【魔法の素質】
盗賊は才能として、〈魔法〉(ルーン)を10レベルまで修得(〈奇跡〉(ブレッシング)を除く)し、使用することができます。その際、護符・レベルによるSP消費量の軽減はできません。
と、そういえば、
「質問です。まだ能力が決まっていないと思うのですが、職業は希望するものに就けるのでしょうか?」
俺の質問に対し、エトーは、
「うむ。能力はこれから確認される。探索者は初期状態として3~18ポイントの能力を持つ。能力の決定には2つの方法があり、一つは先に職業を選択し、決定した6つの数値を割り当てるというものだ。この方法の場合、能力の再決定はできない。二つ目は先に能力を決定し、その後職業を選ぶという方法だ。こちらの場合は能力に左右される分、どの職業にも就くことができないこともある。そのため、3回まで再決定することができるが、それでも決まらなかった場合、職業に関係する能力が一つだけ12となり、他の能力値は9で固定となる」
なるほど。職業を決めかねているなら後者のやり方でもいいな。あれ、でも、
「種族による能力への修正は、職業決定よりも前に適用されるのですか?」
「君は良く勉強しているようだね。種族の能力修正は、職業決定後に適用される。種族については、これから種族別に分かれて説明する予定だったのだが、君たちはすでに種族は決まっている。そのため、ほとんどの探索者が割り振り方式を選ぶことになるだろうな。そうしないと不利な状況で探索を始めることになるしね。まぁ、修正が極端な種族以外はなんとでもなるがね。ヒューマンの君みたいに」
エトーはそう言って笑顔を見せる。なるほど、種族に関する説明は、自身の種族に合わせて説明されるわけだ。けど、
「すいません。時間が許すのであれば、全ての種族に対する説明をお願いできますか?」
「種族は変更できないよ。それでも説明が必要かい?」
「はい。仲間となる人の種族に関して何も知らないのは、仲間にする判断の基準がないのと一緒なので。お願いします」
俺がそう提案すると、エトーはニヤリと笑い、
「なるほど、ム・ルゥが気に入るわけだ…。いいでしょう。長くなりますが説明しよう」
と言って説明を始めた。俺は聞き逃しのないよう、必死にメモを取る。種族に関しては例として、ヒューマンとエルフを挙げる(文章はガイドのものを参照)。
〈ヒューマン〉
いわゆる人間です。現実世界の人間と特に違いはありません。違いとすれば「魔法」を使えることがあります。
【能力修正】
能力どれか一つを選び、×1.5します。
【身長/体重】
身長×1、体重×1
【種族能力】(タレント)
〈宿命〉1日に1回、行動判定をやり直すことができます。やり直した結果の方が悪くても後者を適用します。
〈エルフ〉
エルフは西洋の古典小説に登場する種族がモデルです。人間に比べてやや小柄で華奢な体格、尖った耳が特徴的です。
【能力修正】
〈耐久〉×0.67、〈知性〉×2、〈器用〉〈魅力〉×1.5
【身長/体重】
身長×0.9、体重×0.77
【種族能力】
〈聡明〉思慮深く、知性を基準とした行動判定を行う際、1段階低い目標値で判定できます。
種族によって、かなり能力が変動することが分かるだろう。ヒューマン以外の種族は割り振り方式を選ばないと厳しいのは分かってもらえると思う。なぜなら、
「質問です。種族による能力修正を加えた結果、レベルによる能力上限を超えた場合、どうなりますか?」
「君は本当に良く考えているね。先行経験者かな? その場合、上限を超えた数値は切り捨てられる」
ということになるからだ。せっかく高い能力を獲得しても、これでは意味がない。まぁ、探索を行って能力値を上昇させればいいので、職業=探索者(廃人プレイヤー)にとってはあまり関係ないだろうけど。
「では、改めて君はどちらの方式を取るんだい?」
エトーの質問に対し、俺ははっきりと答えた。
「先に職業を決めます。〈盗賊〉でお願いします」
「ほう、ヒューマン種なのに〈魔戦士〉を狙わないのか…。ますます興味深い」
俺の選択は意外だったようだ。
いやね、俺だって〈魔戦士〉になって勇者プレイとか憧れるよ? でもね、万が一悲惨な能力値になって魔術師とかになったら、生き残れない自信がある。
さっきの条件を考えるなら、ほとんどの能力が平均値以下にされる強制決定されるよりはマシだが。
〈オーラムハロム〉はキャラクターのアカウントが少なく、AGS1台につき1つしかない。しかも、一度決定したキャラクターは、死亡して復活ができない状態(【消滅】状態)になるまで造り直すことができないのだ。
つまり、サブキャラで遊びたい場合には、AGSをもう一つ手に入れる必要がある。しかもパーソナルデータは重複して使用できないので、他人のAGSを借りて遊ぶことになるのだ。AGSを他人に貸すことなんて、家族ですらやらないだろうから、基本的にキャラクターは作り直しが利かないのだ。
そこまで考慮した結果、俺は種族をヒューマンにした。異種族でのプレイも捨てがたかったが、俺が注目したのは〈種族能力〉(タレント)の部分だ。
異種族の場合、能力へのメリット・デメリットがあるが、ヒューマンにはない。しかも行動判定をやり直せる〈宿命〉は、この手のゲームでは非常に強力なものなのだ。
考えてみてほしい。命綱なしのロッククライミングの最中に、誤って転落したらどうなるか。それが偶然の事故であったとしても、その事故になる行動を「やり直せる」のである。
失敗=即死の状況なぞ、いくらでも考えられる。そこに対して「保険」が掛けられるこの能力は、数値や装備では得られないアドバンテージとなるはずだ。
「よろしい。それでは能力を確認しようか」
「はい、お願いします」
エトーは俺の前に、小さな板状のものを用意した。そして、
「この板の上に、君の利き手を乗せなさい」
「僕、両手利きなんですが」
ちなみに本当だ。文字を書いたり、箸を使うのは右手だが、ボールは左右どちらでも投げられるし、力は左手の方が強かったりする。
「…では右手を乗せなさい」
さすがにこの返しは想定外だったのか、僅かに躊躇した後、エトーは指示を出した。俺は言われた通り右手を板の上に乗せる。
すると、板が発光し、表面に文字が浮かび始めた。
8、9、9、13、16、30
6つの数字が現れたが、これが能力の数値なのだろうか?
現れた数字を見て、エトーが驚く。
「おお、18超えの数値が出た! 君は幸運だね!」
「これは能力の数値なのですか?」
「そうだ、この後数値を割り振ることになるのだが、稀に能力の数値が18を超えることがあるのだ。我々は『神の祝福』なんて呼び方をしているけどね。それにしても30は凄い。めったにあることじゃないよ」
どうやら珍しいことらしい。もしかしたら、ム・ルゥの祝福があったからなのかな? 俺は心の中でム・ルゥに礼を言う。
「それでは、数値を割り振りたまえ。一度決定してしまうと変更はできないから気をつけたまえ」
エトーに促され、能力に数値を割り振る。
俺の〈職業〉は〈盗賊〉だ。盗賊の基準能力は〈器用〉〈知性〉〈幸運〉。この3つのいずれかに高い数値を割り振ると、レベルが高くなり、探索も有利に進むだろう。
というか、基準能力以外に30を割り振ると、19で切り捨てられてしまうことになる。それはあまりにもったいない。
それではどれに割り振るか…。実は悩むことはないんだが。
俺が割り振った能力は以下のようになる。
〈体力〉8 〈器用〉16 〈幸運〉30
〈知性〉13 〈魅力〉9 〈耐久〉9
これで最低3レベルからスタートできる。ヒューマンの能力修正を幸運に割り振れば、なんと45で4レベルスタートだ。
なぜ幸運なのか? それは【死亡】状態からの蘇生に幸運が減少するためである。
どんなに慎重に探索しても、死の危険はついて回る。どれだけ危険があるか分からない以上、残機は多い方が安心だ。
まぁ、無謀な行動を取る気はないし、『石橋を叩いて渡る』ようなものだが、俺は油断しない。
「なるほど、能力は確定したようだね。ヒューマンの種族修正はどの能力に?」
「〈幸運〉でお願いします」
「…随分と思い切るね。了解した。それではここで決定するべきことはこれで終了だ。次は職業に必要な技術・知識を学ぶための訓練を行う。ついてきたまえ」
そう言って先を行くエトーの後に俺も続く。
案内されたのは、さっきの部屋にあった扉の一つで、エトーが扉を開けると、中に入るように促された。
「後は〈盗賊〉の担当官に任されているから、詳しい話はそちらで聞くと言い。頑張りたまえ!」
「はい。ありがとうございました」
エトーと握手を交わし、俺は扉を潜る。