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18 幻夢(VR)でも温泉は最高だ

 アルテミシアとの戦いから一夜明け、俺とゼファーは詳細をファルコに報告していた。アルテミシアの死体は消えてしまったため、信じてもらうのには苦労したが、アルテミシアの部屋で見つけたボロボロのシャツと、血の付いた布(付着した血の量から経血でないのは明らかだった)から、なんとか信じてもらうことができた。

「それにしても、アルテミシアが魔物だったとはなぁ」

「ああ。百年の恋も醒める姿だったぜ。俺は二度と会いたくない」

 ファルコは心底残念だと言う風にため息をつき、ゼファーは思い出したくないと首を振る。俺は苦笑するしかなかった。

「まぁ、なんにせよ事件は解決したんだ。荷物の処分も含めて、このままコーストの街に行くぞ」

「了解だ。久しぶりに旨い飯と酒にありつけるな」

 ファルコの決定に、ゼファーは嬉しそうに賛同する。

 コーストの街か…。

 俺は未だ訪れたことのないコーストの街に関して、聞いたことを思い出す。

 コーストの街は正式な名前ではなく、大陸北部の中央部にある半島、その南端に位置する港町、クリン=ナイルの通称である。

 かつては漁業を中心に生計を立てていたが、いつからか近海で活動する海賊達の拠点となり、今では軍隊ですら手を出せない不可侵のエリアとして扱われていた。

 クリン=ナイルの街を含めた沿岸地域は〈海賊海岸〉(パイレーツコースト)と呼ばれ、その中心である街、クリン=ナイルはパイレーツコーストの街、略してコーストの街と呼ばれるようになったのだそうだ。

 コーストの街では海賊同士の抗争は厳禁とされている(船員同士の喧嘩くらいは問題ないが、刃傷沙汰を起こすと厳罰が下される)ので、普段は柄も悪く、血の気の多い海賊たちも、コーストの街では大人しくしているそうだ。

 そして、海賊たちが集めた「戦利品」は、この街に集められ、出所を気にしない商人達の手によって、商品として売られていくのだ。

 人や物が集まれば、自然と情報も集まってくる。そこで次の獲物の情報を確認し、海賊たちは「仕事」に向かうのである。


 どんな街なのか楽しみだな。


 俺は街に着いた後の話で盛り上がる二人を見ながら、まだ見ぬコーストの街について想像を膨らませていた。



「ようやく着いたな。やれやれ、久しぶりの大地だぜ」

 船員たちが荷卸しをする横で、ゼファーは大きく伸びをし、コキコキと肩を鳴らしていた。俺は初めて訪れたコーストの街を、スマラと共にじっくりと眺めていた。

 コーストの街の港は、出港のための準備をする者や、俺達のように荷卸しをする者など、多くの人々で賑わっていた。

 ファルコたちは戦利品を取引するため、馴染みの商人を訪ねるらしい。俺とゼファーはその間、自由に過ごしていいと言われていた。とはいえ、俺には先立つものが少ない。分け前が手に入るまでは、大人しくしているしかない。

「せっかく街に来たのに、寂しいわね」

「そうだな。せめて〈探索者〉の登録でもできれば良かったんだけど、この街の〈探索者組合〉は小さいらしいしな」

 海賊の拠点であるせいか、この町の〈探索者組合〉は、ほとんど名前だけの存在らしい。俺達みたいな町を訪れた探索者に仕事の斡旋をするだけで、それも組合公式のものではなく、必要に応じた有志がやっているものなんだそうだ。

 確かに、海賊たちの街では探索者の出番は多くなさそうだ。素人の俺が荷卸しを手伝うと足を引っ張るので、手持無沙汰になった俺は、港を散策することにした。

 スマラを肩に乗せ、港に沿って歩き出す。

 コーストの街はこの地域で最も栄えている街だけあって、港に停泊している船の数も多い。

 帆船、ガレー船が入り乱れ、大きさや形も様々だ。半分以上は交易船や輸送船のようだが、海賊船や軍船らしき船もちらほらある。

『なんだか、見ているだけでも面白いわ』

 スマラが俺の肩から楽しそうに心話で話しかけてきた。いくらファンタジー世界とはいえ、猫と会話していると奇異に見られることが多いので、人前ではもっぱら心話で話すことにしている。

『そうだなぁ。報酬をもらったら街の中心にも行こう』

 コーストの街の中心は、交易商人や地元の漁師、農民、職人達が屋台を出す市場になっている。およそ商品と言えるものは何でも売っているそうなので、是非行ってみたいと思っていたのだ。

 しばらく港を散策していたが、小腹が空いてきた。何かないかと周囲を見回していると、港の外れに幾つか屋台が軒を連ねている。そこから漂う匂いに、胃が刺激される。

『ねぇねぇ、あそこから良い匂いがする!』

 スマラも空腹なようで、尻尾で俺の肩を叩き、屋台を前足で指し示していた。

 屋台に近づくと、何かのタレが焦げる香ばしい匂いが強くなっていく。何かを焼いたものを売っているようだ。

「いらっしゃい。焼き立てだよ!」

 日に焼けた肌から大粒の汗を流しながら、いかにも海の男といった風体の男性が、魚や烏賊、蛸、貝類などを網焼きにしていた。焼きながら塗られるタレが焦げる匂いが、嫌が応にも食欲をそそられる。俺は思わずゴクリと喉を鳴らした。

『美味しそう! 私はあの魚がいい!』

 スマラが興奮した様子で俺の頭を尻尾でバシバシと叩き、丁度良く焼けた魚を指し示す。

 俺は烏賊が気になったので、

「それじゃあ、その魚と烏賊をください」

「あいよ、毎度あり!」

 男性は返事をすると、木製のトングのような道具で魚を掴むと、大きな木の葉を使った皿に乗せ、渡してくる。

 俺は魚を受け取ると、今度は串に刺して焼いていた烏賊を受け取り、代金を払った。そして、少し離れた場所にある桟橋に座り込むと、魚を脇に置いた。スマラが俺の肩から飛び降りて、湯気の上がる魚に齧り付いた。

『美味しい! うぅん、焼き立ての料理なんて久しぶり!』

 スマラは猫舌ではないのだろうか? 心配する俺の気も知らず、スマラはガツガツと魚を平らげていく。

 俺も香ばしい香りを放つ烏賊に齧り付いた。

 焦げたタレの香ばしさと、獲れたての烏賊から溢れる肉汁に、思わず笑みが零れる。

 やっぱり、温かい料理は良い。船の上では火を使うのが難しいから、温かい料理はご無沙汰だったので、一際美味しく感じてしまう。

 俺とスマラは、海から吹く風を受けながら、無言で食べ続けた。

「旨かった…。御馳走様」

 俺は手を合わせ、食後の挨拶をする。スマラも食べ終わったようだ。

『美味しかったわ、御馳走様。ねぇ、これからどうするの?』

 骨まで綺麗に食べ終わり、皿を舐めていたスマラが、今後の予定を尋ねてきた。俺は加えていた串を木の葉の皿で包むと、

『とりあえず、船に戻って報酬をもらおう。その後は街に繰り出して情報収集と買い物だな。せっかくだから街の宿屋に泊りたい。風呂があればいいんだけど』

 と答えた。スマラは頷き、

『そうね。水浴びでも良いんだけど、とにかくさっぱりしたいわ』

 と言って、俺の肩に飛び乗る。

 俺は立ち上がり、〈海竜号〉に向かって歩き始めた。取引が終わっていると良いんだが。


「おかえり。コーストの街はどうだった?」

 〈海竜号〉に戻ると、ゼファーが声を掛けてきた。

「港を見て来たんだが、色んな船があって面白かったよ」

「この辺りじゃ一番大きい港町だからな。活気があっていい所だよ」

 俺が答えると、ゼファーはニヤリと笑って、

「取引が終わったから、報酬を渡すとファルコが言ってたぜ。俺はこれから街に行くが、お前はどうする?」

「俺も報酬を受け取ったら、市場を回ろうと思ってる。何か掘り出し物があると良いんだけど」

 俺がそう答えると、ゼファーは頷き、

「そうか。俺は早速酒と飯だな! 2、3日は停泊する予定だから、たっぷり英気を養っといたほうが良いぜ。歓楽街に行くなら、良い店紹介するぞ」

 と言ってくれたが、俺は笑顔を返し、

「気が向いたら行ってみるよ。何事も経験だしな。何かイベントがあるかもしれないし」

「イベントて…。あれだけしんどい目に会ったのに、懲りないやつだなぁ」

「別に闘いや冒険だけがイベントってわけじゃないだろ? 娯楽や癒し系だってイベントだ」

「そりゃまぁ確かに。ま、なんにせよ楽しんだほうが良い! じゃあまたな!」

 ゼファーはそう言って街へと繰り出していった。それを見送り、俺は船へと戻ると、ファルコから報酬を受け取る。

「よう、お疲れさん。これが今回の報酬だ。お前さんは全部金貨が良かったんだよな? 珍しいな。探索者は嵩張るのを嫌って宝石なんかで受け取りたがるのに」

「奴隷船に捕まった時、装備品をあらかた無くしているからな。買い揃えることを考えると、今回は金貨の方が都合がいい」

 俺の答えに、ファルコはなるほどなと頷く。実際、宝石だと換金する際に手数料を取られるだろうし、俺には「貯金箱」があるからな。金貨はいくらでも持てる。

 ファルコが用意した金貨袋を受け取り、俺は一度部屋に戻ると、〈全贈匣〉から「貯金箱」を出し、金貨袋から移し入れた。

 じゃらじゃらと音を立てて流れ込む金貨の音に思わず笑みが浮かぶ。なんかこういうのって良いな。

 貯金箱に金貨を仕舞い、当座の分の金貨を財布代わりの小袋に移すと、〈全贈匣〉に貯金箱を戻し、僅かな私物(着替えが入った背負い袋)を肩に背負うと、スマラを伴って街へと繰り出すことにした。



『何を買うの?』

『まずは探索に必要な装備かな。絹のロープとか薬箱とか』

 最低限の着替えや燐寸、カンテラ用の油なんかは船の備品を分けてもらったのだが、ロープや薬箱、銀製の水筒(スキットル)やシャッター付の管灯なんかの探索用品は買い直す必要がある。

 それに、今は予備の道具でなんとかやっているが、できれば開錠道具なんかも手に入れたい。〈探索者組合〉で手に入るだろうか?

『それにしても凄い人ねぇ。迷子になりそう』

 スマラが俺の肩から周囲を見回して感想をもらす。

 コーストの街の市場は、今が日中ということもあってか、非常に盛況だった。200メートル四方ほどのエリアに、大勢の人が行き交っている。

 多い時で数千人の人が訪れる市場では、様々な品物が取引されていた。武器や防具などの装備品、服やアクセサリーといった装飾品、肉や野菜などの食料品から、酒や調味料、香辛料といったもの、果ては生きた動物や奴隷まで。

 特に奴隷市場が賑わっていた。街の北部の山岳地帯には鉱山が多いらしく、労働奴隷の需要が高いらしい。また、ガレー船の漕ぎ手は常に需要があり、農村では農奴として働き手が必要となる。そのためか、体力もあり丈夫な男奴隷が「売れ筋」のようだ。

 一方で、女性の奴隷は給仕や裁縫といった家内制手工業に従事させるほか、若く見た目の良い者は娼婦や愛玩奴隷どして買われていく。

 いずれにせよ、現代日本で生まれ育った俺としては、ゲームの中とはいえ、人身売買が公然と行われている現状は、見ていて気持ちのいいものではなかった。

 今も取引が成立したのか、数人の女性がロープで繋がれ、連れて行かれている。種族がバラバラで、見た目も良く、若い女性ばかりを集めているところを見ると、娼館か何かで働かされるのかもしれない。

 俺の目の前を通り過ぎようとした時、繋がれていた女性の一人が、バランスを崩して転んでしまった。ロープで繋がれているため、前後の女性も転んでしまう。

 俺は思わず近づき、立ち上がるのを助けようとした。すると、

「おい、余計なことをするんじゃねぇ! そいつらは俺が買ったんだ! 持ち主の許可なしに触るんじゃねぇよ!」

 横を歩いていた男が大声で制止してきた。俺は構わずに女性に手を貸し、立ち上がらせる。

「ありがとう…」

 手を貸した女性は、俺の胸元に視線を送り、僅かに動きを止めるが、俯きながら小さな声で礼を言う。俺は何も言わずに手を離し、女性の傍から身を引いた。

「てめぇ、俺の言ったことが聞こえなかったのか?」

 そんな俺の肩を、男が掴んできた。俺は振り返り、

「別に、立ち上がるのを助けただけだろう?」

「人様の所有物に勝手に触れるのは、盗みと変わらねぇんだよ」

 男は俺を睨みつけると、威圧するように顔を寄せてきた。

「いいか? あれはみんな俺が買ったんだ。俺の所有物なんだよ。赤の他人が粋がって勝手な真似をするんじゃねぇ。そんなに欲しけりゃ向こうで金出して買うんだな」

 これ以上勝手な真似をするなら、ただじゃおかねぇぞ。男はそう捨て台詞を吐くと、女性たちを急かして市場から出て行った。女性たちは感謝の視線をこちらに向けていたが、男が命令すると、顔を俯かせて歩いて行った。

 心の中にやるせなさが残る。だが、俺に金があっても全ての奴隷を買えるわけじゃないし、買ったところで面倒を見れるわけじゃない。俺は自分の無力さを噛み締めながら、買い物をする気が無くなり、市場を後にした。



『あまり気にしない方がいいわよ』

 スマラがそう言って慰めてくれた。俺は感謝をこめてスマラの喉をゴロゴロすると、気を取り直して歓楽街へと向かう。

 別に娼館を探すわけじゃない。歓楽街は娼館や賭博場以外にも、露店や酒場、宿屋などが軒を連ねている。今夜の宿を探すのが目的だった。

 市場の北にある歓楽街は、まだ昼間ということもあって、やや落ち着いた雰囲気を漂わせている。人通りもそれほど多くなかった。

『どこかいい宿屋が見つかると良いな』

 俺はゆっくりと道を歩きながら、今夜の宿を探す。多少割高になっても良いので、風呂付の宿屋を探した。

 だが、意外と風呂付の宿屋がなかった。この辺りは比較的温暖な気候をしているせいか、大半は水浴びで済ませてしまうらしく、風呂の需要が高くないらしい。

 水浴びで済ませても良いのだが、折角陸地の宿屋に泊るのだ。日本人としては、旅の疲れを癒すには、熱い風呂に入りたいというのが、譲れないところだ。

「風呂ですか。それなら少々特殊だけどあの宿屋かな」

 いい加減、風呂付の宿屋を探すのが面倒になってきたころ、ある宿屋の従業員から聞いたのは、意外な方法だった。

 それは、娼婦を抱く時などに利用する、所謂「連れ込み宿」に宿泊するというアイデアだった。

 連れ込み宿は、その目的のため、風呂が併設されているものが多い。それはこの街でも同じで、何軒かの連れ込み宿が風呂付なのだと教えてくれた。

 別に、娼婦を買わなくとも泊まることはできるわけで、目から鱗の提案に、俺は謝礼のチップを弾んでしまった。

 チップに気をよくしたのか、その従業員はお勧めの連れ込み宿を教えてくれた。

「本来は商売敵になるので、俺が教えたことは内緒にしておいてください」

 そう言いながら教えてくれた宿屋へと、俺は向かうことにした。



 教えられた宿屋は〈歌姫亭〉という、1階が酒場兼食堂、2階が宿泊部屋になっている宿屋だった。中に入ると、まだ早い時間のためか客の姿は疎らで、宿屋の主人だろうか、顎鬚を蓄え、がっしりとした体格の男が、カウンターの中で食器を磨いていた。

「すまない、泊まりたいんだが風呂付の部屋は空いてるかな?」

 俺はカウンターに近づき、男に声を掛けた。男は食器を磨く手を止め、

「一人で泊まるのか?」

「相棒は一緒だがね。大丈夫、躾はちゃんとしているから」

『失礼ね。迷惑かけたりしないわよ』

 スマラは文句を言うが、ペット同伴お断りかもしれないだろ。俺はスマラを撫でて宥める。男はスマラにちらりと視線を送るが、

「一泊50ゴルトだ。食事は朝夕の2回。外から女を連れ込む時は一言言ってくれ。必要なら紹介してやる」

 風呂は自由に使ってくれ。俺が代金を払うと、男はそう言いながら鍵を渡してきた。風呂は共同だが天然の温泉らしく、いつでも入れるらしい。俺は礼を言って鍵を受け取り、部屋に入ると荷物を置いて、早速風呂に向かった。



「あぁ、極楽極楽…」

 俺は肩まで湯船に浸かりながら、至福の時を過ごしていた。転移して以来、溜まりに溜まった垢を落とし(水浴びじゃさっぱりする以上のことはなかった)、じっくりと味わうオーラムハロムの温泉は、現実世界同様、いやそれ以上に気持ち良かった。

「やっぱり温泉は良いわねぇ。心が休まるわぁ」

 俺の横では、木桶に汲んだお湯に浸かりながら(抜け毛の処理が面倒なため)、スマラが蕩けた声を上げる。

 早い時間のためか、俺達以外誰もいない温泉を心行くまで堪能する。俺は〈全贈匣〉から〈極光の宴〉を取り出し、ゼファーからもらった葡萄酒を注ぐ。最初に注がれた時と変わらない、程よく冷えた葡萄酒をゆっくりと味わう。もう一度注ぎ、今度はスマラにも飲ませてやりながら、

「とりあえず、この街にいる間はこの宿に泊まるか」

「そうね。温泉が気持ちいいし」

「今日は疲れたし、買い物は明日かな」

「どっちでも良いわよ。そういえば〈魔術師組合〉ってあるのかしら?」

「どうだろう? 何でだ?」

「〈魔力の実〉を換金しないと。魔法を覚えても良いけどね」

 そういえば、〈全贈匣〉に入れっぱなしだったな。せっかくだし、魔法を覚えるかな。使えるんだから使ってみたい。

「風呂から出たら、聞いてみるか」

「そうね」

「それで思い出した。スマラ、お前に預けてある宝石も換金しよう」

「え? あれはいざって時のために持っておいた方が良いと思うわ! 今はお金あるでしょ?」

「宝石は換金できる時にしておいた方が良いだろう? どうせ『貯金箱』があるんだ。金貨ならそこにしまっておけるしな」

「もし『貯金箱』が失われたらどうするのよ? 資産は分配して管理した方が良いと思うの」

 俺の提案に、必死に反対意見を述べるスマラ。こいつ、本当に宝石好きだよな…。まぁ、猫とはいえ女の子。綺麗な物が好きなのは仕方がないか…。

「確かに今は懐に余裕があるがね。WPは余裕あるのか?」

「私だって成長しているのよ? 遺跡を探索した時よりも余裕ができているわ」

 それなら良いか。俺は湯船から上がるとスマラを促し、木桶を片付けて風呂から出る。宝石は見逃してやる代わりに、食事の後に蜂蜜酒の封を開けてもらうか。

 そんなことを考えながら身支度を整えると、〈魔術師組合〉の場所を宿屋の主人に聞いてみることにしたのだった。



「あら、組合員以外が来るなんて珍しい。どんな御用?」

 〈歌姫亭〉の主人に教えてもらった場所を訪れると、そこは一見すると占い小屋のような小さな建物だった。中に入るとすぐにカウンターになっており、顔をヴェールで隠した女性が、咥えていた細身の煙管(シガレットパイプ)を離すと、優雅に足を組み替える。

 えらく妖艶な女性だが、受付嬢なのだろうか。

「すいません。こちらで〈魔力の実〉を取り扱ってくれると聞いたので」

「〈魔力の実〉? 珍しいわね。一応、取り扱ってるけど」

 俺は〈全贈匣〉から〈魔力の実〉が入った袋を取り出した。そして、袋の中身をカウンターの上に並べる。

「あら、本当に〈魔力の実〉だわ。見るのは久しぶりね」

「いくらぐらいになりますか?」

「そうねぇ。相場なら一つ500ゴルトってところだけど、生憎うちの組合には予算があまりないのよね。見れば分かると思うけど、小さな組合だから」

 彼女はそう言って肩を竦めた。別に小さい組合だからといって、金がないとは限らないんだが…。

 俺は思ったことを口にする代わりに、

「それなら、魔法を教えてもらえますか? 代金は〈魔力の実〉で払います」

「ええ、良いわよ。こっちとしても有り難いわ。それで、どの魔法を教えれば良いの?」

 俺は彼女が用意したリストを見ながら、

「第一階梯と第二階梯の魔法全てと、第三階梯の【火球】(ファイアー・ボール)【吹雪】(ブリザード)【治療】(キュア・ディジーズ)【飛行】(フライト)【睡魔】(スリープ)【破呪】(ディスペル・マジック)【解呪】(リムーブ・カース)をお願いしたいんですが」

「ち、ちょっと待って。いっぺんに言われても覚えきれないわ…。それに教えるにしてもそれだけの数になると時間が掛かるし。今日は第一階梯の魔法を全て教えるわ。残りは明日で良い?」

「良いですよ。お願いします。あと、こいつも魔法を覚えたいって言うんですけど、大丈夫ですか?」

「代金はこの人が払うわ」

 俺の足元からカウンターに飛び乗ると、スマラはそう言って女性を見つめる。俺が払うのかよ…。

 女性は突然現れたスマラの二股の尻尾を見ながら、

「あら、〈妖精猫〉なんて珍しい。今日は珍しいことばかりね」

 と言った。そして、〈契約〉は結んでいるの? という女性からの質問に、もちろん。とスマラは答える。女性は頷くと、

「それなら、サービスで第一階梯の魔法は無料で教えるわ。貴方はどこまで使えるの?」

「第二階梯までは使えると思う。自分の力は〈鑑定眼〉じゃ見れないから…」

 スマラがそう言うと、女性はスマラをじっと見つめて、

「…確かに第二階梯までは使えるみたいね。どれを覚えたいの?」

 とスマラに確認する。この人も〈鑑識眼〉か〈鑑定眼〉持ちか。

えーとねぇ… スマラはそう言いながらリストを見、覚えたい魔法を選んでいく。

「ねぇねぇ、いくつまで教わっていい?」

「残りの〈魔力の実〉で教われるだけ良いぞ」

 俺の言葉にスマラは不思議そうに、

「良いの? 貴方なら第四階梯まで使えるでしょ?」

 と聞いて来た。俺は笑顔を浮かべ、

「俺は〈盗賊〉だから、SPの消費が激しい魔法はほとんど使えないからな。使える資質があっても、使えないと意味がない…あ、一つだけ、【解毒】(キュア・ポイズン)の魔法は覚えたいな」

「それなら、残りの〈魔力の実〉の分で、4つまで教えるわ」

 うーん、とスマラは唸り、

「それじゃあ、【神速】(ヘイスト)【付与】(ウェポン・エンハンス)【隠蔽】(インビジビリティ)【回復】(キュア・ワンズ)をお願い」

 と答えた。彼女は頷き、

「あら、意外と堅実なのね。【幻影】(ファンタズマル・フォース)とか好きそうなのに」

 と言った。スマラは鼻を鳴らすと、

「この人と一緒にいると、すぐに危険な目に会うから、しっかり援護してあげないといけないのよ…」

 スマラの言葉に、俺は苦笑するしかなかった。感謝の意味を込めて、背中を撫でてやる。

「探索者は大変ねぇ。それで良いわね? じゃあ契約成立よ」

 俺は前払いで〈魔力の実〉を払い、スマラと共に彼女から魔法を教わった。

 結構な数の魔法を教わったので、全てが終わるころには、日はとっくに沈み、夜空には星が瞬き、満月が顔を覗かせていた。

「すっかり遅くなっちまったな。今日は満月か…」

「そうね。そう言えば〈月光の護り〉の魔力、補充しなくていいの?」

 あ、忘れてた。

 俺は慌てて〈全贈匣〉からムーン・ベネディクタを取り出し、身に着けた。満月の光を浴びて、月長石が神秘的な光を放っている。

 このまま一晩中身に着けていれば、使用回数は回復するはずだ。

「明日は魔法を習って、装備品の買い出しだな」

「良い物が揃うと良いわね」

 スマラの言葉に頷き、俺達は〈歌姫亭〉へと帰路を急いだ。戻ったら、もう一度温泉に入ろう。

組合を訪ねる前に、主人に頼んで冷やしておいてもらった蜂蜜酒が待っている。

 満月の下で温泉に浸かりながら飲む蜂蜜酒を想像し、俺の足取りは嫌が応にも早まるのだった。


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