17 幻夢(VR)でも現実(リアル)でも美人は苦手
「ようこそ〈海竜号〉へ! 話は聞きました。大変でしたね」
そう言って優雅にお辞儀をするのは船長のファルコだ。ボートに戻った俺達は、残っていた見張りに経過を伝え、〈海竜号〉をこちらに呼んできてもらった。
〈海竜号〉は現在、難破船に接舷し、船倉に残っていた物資の中から使えそうな物を回収している。
「それにしても良かったんですか? 積み荷を全て頂いてしまって」
「ええ。このまま残していても意味がありませんし、いずれ海に沈んでしまうんですもの。みなさんに役立ててもらったほうが積み荷も嬉しいと思います」
そう言ってニコリと笑うアルテミシアに、ファルコの鼻の下が伸びて凄いことになっている。ホント、男って美人に弱いよな…。
「それじゃあ、ありがたく頂戴します。で、アルテミシアさんはどこの街にお連れしましょう?」
「そうですね。まずはこのようなことになってしまったことを家の方に連絡しなければなりません。お手数ですが、どこか大きな街まで乗せていただけますでしょうか?」
「分かりました。この辺りで大きな街となると、コーストの街になります。少々柄が悪いのですが、物流や情報の出入りは活発な街です。連絡をされるのでしたら都合が良いでしょう」
「構いません。よろしくお願いします」
アルテミシアはそう言って、頭を下げた。
ファルコ、胸元の隙間から胸を覗くのは止めろ。
アルテミシアに会ってから、鼻の下が伸びっ放しのファルコだったが、アルテミシアは気にしている様子も見せずに、終始笑顔を浮かべていた。
「それにしても、貴方を襲った魔物っていうのは、どんなやつだったです?」
「私は早いうちに船倉へと避難してしまったので、ほとんど姿を見ていないのですが、直立した魚のような姿の亜人だったようです。それに私は見ていないのですが、海の中から伸びる触手のようなものもいたみたいで」
そこまで言って、アルテミシアは表情を曇らせる。ファルコは慌てて、
「ああ、申し訳ない。辛い記憶を思い出させるようなことを聞いて。大した部屋じゃありませんが、寝室を用意しました。今はゆっくり休んでください。コーストまでは3、4日かかりますから」
そう言ってファルコは、アルテミシアを部屋まで案内していった。
残された俺とゼファーは顔を見合わせると、肩を竦める。
「アルテミシアの言っていた魔物に心当たりはあるか?」
「触手の方は分からないが、魚の亜人の方は〈半魚人〉(ギルマン)か〈海魚鬼〉(サヒュアグン)あたりじゃないかと思うが…」
俺の質問に、ゼファーは自信なさそうに答えた。
ギルマンもサヒュアグンも魚型の亜人で、現実世界の伝承からすれば、ギルマンは淡水、サヒュアグンは海水に住む。なので、今回はサヒュアグンの可能性が高い。
「海だし〈海魚鬼〉じゃないのか?」
「どっちもこの船に乗ってから戦ったことあるぜ」
あ、そうなんだ。どうやらこの世界ではどちらも海で遭遇するらしい。ゼファーによると、どちらも単体では大したことがないらしい。
「もっとも、数で攻められると厳しいがな。俺はともかく他の奴らは1対1だと互角やや上くらいだったし。まぁ、お前もいるから大丈夫だとは思うぜ」
数で押されると苦戦しそうだが、ヤバそうな時は逃げるしかない。この船は帆船だから、風さえあれば逃げるのは簡単だろう。
だが、話を聞いていて一つ気になることがあった。
「なぁ、難破船に魔物の足跡ってあったか?」
「いや、なかった気がする」
何かが争った形跡はあったのだが、その中に魔物の足跡はなかった気がするのだ。ただ、何かが這いずった様な跡はあったので、触手を持つ魔物(巨大な烏賊や蛸の可能性を考えている)がいたのは間違いなさそうだったが。
「何にせよ、ちとキナ臭いな…」
「まぁ、何かが襲ってきても俺が撃退してやるよ。それになヴァイナス、お前に一つ格言を教えてやる」
「格言?」
「『美人に悪人はいない』。忘れるなよ」
真面目な顔でゼファーの言った一言に、俺はかろうじて引きつった笑顔を返すことしかできなかった。何もないといいのだが。
だが事件は起こる。
荷物を積み込み、コーストの街に向かって船を進めた次の日の朝、
船員の一人が船から姿を消した。
「大方、酔っぱらって船から落ちたんだろう。酒好きだったからな」
消えた船員を手分けして探したが、船の中にはおらず、争った形跡も見当たらなかった。そのため、ファルコは海に落ちたと判断し、街に着くまでは全員禁酒を言い渡された。
アルテミシアを迎え、引き上げてきた荷物の中に食料や酒が比較的多く含まれていたこともあり、昨晩は簡単な宴が催された。皆大いに飲み食いしていたので、可能性としてはありえなくはなかった。
特に、消えた船員が当直の時間だったことも、理由の一つとして挙がっていた。
何かに襲われたのならば、声を上げて知らせているはずだ。特にマストで見張りをしている船員は、すぐに気が付いたはずだ。だが、見張りも何かに気が付いたことはなく、悲鳴なども聞いていないことから、泥酔し、海に落ちたと判断したのだ。
一応、念のために船を止め、ボートで周囲を捜索したが、消えた船員は見つからなかった。
「いくら美人の酌で呑んだとはいえ、浮かれ過ぎだ」
ファルコはそう言って怒っていたが、俺に妙な違和感を感じていた。本当に海に落ちたのだろうか? 何かに襲われたのではないだろうか?
だが、はっきりと言える理由もなく、なんとなくモヤモヤしたものを感じながらも、今は街に急ぐべきだと気持ちを切り替え、いつ襲われても良いように、警戒を続けていた。
だが、俺の警戒をあざ笑うかのように、次の日にはまた一人、船員が船から消えたのだ。
「お前ら、いい加減たるみ過ぎだぞ! あと2、3日くらい我慢できねぇのか!」
二人目の船員が消えたことで、ファルコは全員を甲板に集めると、大声で怒鳴り散らした。
「いや、キャプテン、俺達誓って酒なんか飲んでないすよ」
「じゃあ何で消えてんだよ! 夜中に寝ぼけて海に落ちたってのか? それだって海に落ちりゃあ助けぐらい呼ぶだろうが! そんな声を聞いていないんだから、酔っぱらって落ちたに決まってる!」
怒りで顔を真っ赤にしているファルコの言葉に、船員たちは顔を見合わせるが、反論できずに俯いたり、視線を逸らしたりしている。
俺はその様子を見ながら、ゼファーに話しかけた。
「なぁ、回収した荷物の中に、妙な薬とかなかったよな?」
「妙な薬? あぁ、ドラッグの類いか? なかったと思うぜ。もっとも、俺も煙草は吸わないし、この世界独自のドラッグとかだと見分けがつかないが」
「消えた二人の船員は煙草好きだったのか?」
「いや、嗜み程度だと思うぜ。そもそも昨日いなくなったやつは蟒蛇だった。樽一つ飲み干しても潰れない奴だった」
ふむ、そんな男が泥酔して海に落ちるだろうか? 海に不慣れな俺なら可能性があるが、何年も船に乗っている船員が、そんなミスをするとは思えない。
俺は周囲に気づかれないように、そっとアルテミシアを見た。
アルテミシアは、船員が消えたことに不安を覚えているようだ。その表情は冴えない。
そういえば、月の物が来ているので、清潔な布が欲しいと船長に恥ずかしそうに相談しているのを見た。そのせいもあるのかもしれない。
だが、彼女がこの船に来てから、立て続けに船員が姿を消している。何か事件が起きている気がするのだ。
少し、調べてみるか。
俺は怒り心頭のファルコを宥めるゼファー達をその場に残し、こっそりと離れた。積み込まれた荷物を確認するためだ。
積み込みの際、俺は特に荷物を検分しなかった。日常品であればわざわざ俺が行うことではないし、危険な宝箱とかであれば、気が付かないはずがない。
俺は階段を降り、最下層にある船倉へと向かった。そして、通路の途中にある船室の前を通った時、ふと感じた香りに足を止める。
それは、アルテミシアの部屋の前だった。感じた香りは彼女が着けている香水の香りだった。
中世ヨーロッパの女性は、現代ほど清潔にしていたわけではなく、体臭をごまかすためにきつい香りの香水を多用したらしい。文化的には中世ヨーロッパ的雰囲気を持つファンタジー世界。オーラムハロムもその傾向があったので、気に留めていなかったのだが、部屋に移り香がするほどとは思わなかった。
別段不快な臭いではないので、そのまま通り過ぎる。
『それにしても、なんで人の女性はこんなに強い香りを身に纏うのかしら。鼻が曲がりそう』
猫であるスマラにとっては、この香りは強すぎるらしい。心話で不満を伝えてくるが、アルテミシアに香水を使うなと言えるほど、親しい仲でもない。海の上では満足に風呂にも入れないのだから、女性に臭いままでいろとは口が裂けても言えなかった。
『あと2、3日の辛抱だよ。街に着けば依頼終了だ』
文句を言うスマラに心話で返しつつ、俺は船倉へと辿り着く。
難破船から移した荷物が、所狭しと並べられている。そのほとんどが食料や雑多な品物だが、上等な衣類や調度品といったものも少なくはなかった。
『スマラ、【感知】してもらえるか?』
『分かったわ』
影から姿を現したスマラに頼んで【感知】の魔法を使ってもらい、魔力の有無を確認する。
しばらく周囲を確認していたが、
『特に魔力は感じないわね』
と言ってきた。ふむ、マジックアイテムが関わっているわけじゃないと。
とすると、麻薬などの魔力を持たない薬の可能性となるが、これだけの荷物の中から、それらしいものを探すのは、とてもじゃないけど不可能に近い。
そういえば、アルテミシアの荷物も運びこんでいたよな。女性の持ち物だし、特に確認はしていなかったけど、俺はゼファーと違って、美人にだって悪人はいると思っている。
別にアルテミシアが悪人だと言っているわけじゃないんだが、可能性として無視していいわけじゃない。
素直に聞けば確認させてもらえそうだが、それだと証拠を隠される可能性もある。俺は彼女が戻って来る前に、アルテミシアの部屋を調べることにした。
部屋の前まで戻り、ノックをする。返事がないのを確認すると、手早く鍵を開け、中に入る。万が一を考え、エルブン・マントを身に着けた。
部屋の中に入ると、香水の香りが一層強くなった。これは移り香というレベルじゃない。おそらく室内に香水を振り掛け、匂いを消しているのだ。
強い香りにクラクラしながらも、俺は部屋を探索する。妙齢の女性の部屋を漁ることに罪悪感を感じつつ、ジュネに教わった知識を活かし、要所を調べて行く。流石に裕福な女性であるのか、衣装や化粧道具などが豊富にあったが、特に妖しい物はなかった。念のためスマラに【感知】を使ってもらったが、マジックアイテムの類いも見つからない。
部屋の隅に目立たないように置かれた木箱が気になったが、被せてあった布を外して覗きこむと、赤茶けた染みのある布が見えた。どうやら月の物を処理した布だったようだ。大きめの布だったので、もしかしたら、ベッドのシーツかもしれない。
男があまり見ちゃいけないものな気がして、慌てて布を被せて元に戻そうとしたが、香水の香りに耐え切れなくなったのか、くしゃみが出そうになる。
声を立てるのはまずいと思い、堪えようとしたが、我慢できずにくしゃみをしてしまう。
それでも音を抑えようと口を閉じてくしゃみをしたが、反動で足元の木箱を蹴倒してしまった。
ヤバい!
俺は慌てて木箱を戻し、ぶちまけてしまった布を元に戻そうとした。その時、
『ヴァイナス、見て!』
急にスマラから来た心話に、思わず動きを止める。
『どうした?』
『その布の影、違う! その大きな布の下!』
スマラが指摘した布を持ち上げてみる。
大きめの布は丸めて入れられていたのだが、その中に何かが包まれているようだ。端から何かがはみ出ている。
俺は慎重に外側の布を外していく。すると中から出てきたのは、
血に塗れた、男物のシャツだった。
なぜ、こんなところに男物のシャツが?
月の物を処理するための布として使った?
だが、ファルコが渡していた布は、麻布だったがこんな使い古されたシャツではなかったはずだ。
麻布じゃ足りなくなって使った?
その割には、血の付き方がおかしい。まるで着たまま切り裂かれているような感じだ。
俺の頭の中に、様々な可能性が浮かんでは消える。
とにかく、これは回収しておくべきだ。
俺は血に塗れたシャツを回収すると、布を丸めて元の場所に戻し、部屋を出ると鍵をかけ直し、自分の部屋に戻った。
部屋に戻った俺は、持ち帰ったシャツを改めて確認する。シャツはどこにでもあるもので、何か特徴があるわけではなかった。大きく引き裂かれ、一見するとただのボロ布に見える。
そして付着する血は、引き裂かれる前に付いたものだと分かった。裂けた布を合わせてみると、血の染みが繋がったのだ。
もしかすると、シャツの持ち主は、これを着たまま引き裂かれ、殺されたのではないか?
だとすると、殺したのはあの部屋を使っているアルテミシアということになるのだが、あの部屋には死体も血痕もなかった。だとしたらどこで殺したというのだろうか?
そこで、俺は一つの可能性を思いついた。シャツを持ったまま部屋を出ると、船室の奥、船尾へと向かう。
俺が向かったのは、この船のトイレだ。トイレと言っても、船の壁面に開いた半円状の穴を木枠で補強し、簡易な蓋をつけただけのものだ。蓋を外し、そのまま外に向かって用を足すのである。小の場合、男は蓋を外すだけで済むのだが、女性や大の場合は、穴を跨いで用を足す必要があるので、慣れないと少々怖い。
なにしろ、下は海なのだ。万が一落ちたら、状況によってはそのまま流され、溺れることになる。
そこは人が落ちない程度の幅にすればいいのだが、用途の関係上、ある程度の穴の大きさがないと、簡単に汚れてしまう。それに、海面からある程度の高さがないと、海水が流れ込んで転覆してしまうため、穴から下を見下ろすと、結構な高さに最初は竦んで出なくなる者も多いらしい。
そんなトイレに来た俺は、便座(という名の穴)を中心として、トイレの中を調べて行く。
あった!
上手く洗い流してあったが、床板の一部や蓋の端に、僅かだが血痕が残っていた。そして、床板の隙間に挟まっていた布の切れ端が、シャツのものと同じであることも確認した。
間違いない、シャツの持ち主はここで殺されたんだ。
何故このシャツを海に捨てなかったのかが疑問なのだが、犯人は間違いない、アルテミシアだ。
だが、見た目も華奢なエルフの女性であるアルテミシアが、屈強な海の男をどうやって殺したのだろうか? 部屋を探索した時にも、凶器らしいものは見つからなかった。普段着ているドレスに隠せるとしたら、せいぜい短剣くらいだ。
もちろん、魔法という可能性もある。〈知性〉に秀でるエルフであれば、強力な魔法を使えてもおかしくはない。人を隷属化する【傀儡】(スレイヴ・パクト)の魔法であれば、抵抗させることなく殺すことも可能かもしれない。
問題は、どうやってアルテミシアが殺人犯であるということを証明するかだ。
はっきり言って、ゼファーやファルコはアルテミシアを疑わないだろう。ここ数日ですっかり惚れてしまっている。他の船員たちだって同様だ。下手をすれば俺が殺されかねない。
仕方がない。俺一人でやるしかない。
『夜になるのを待って、アルテミシアを誘い出そう』
『誘い出してどうするの?』
『抵抗するなら倒すしかないかもな』
『ってもしかして一人でやる気? 無茶よ!』
そうは言ってもなぁ、ゼファー達が協力してくれるとも思えないんだが…。
『馬鹿ね。協力させるのなんて簡単よ』
スマラの自信ありげな雰囲気が心話を通して伝わってきた。
『どうするんだ?』
『誘い出す役目をやってもらえばいいじゃない。好きなんでしょ? 喜んで誘ってくれるわよ』
ナルホドナー。
それなら、誘い出す役目はゼファーにやってもらうか。あいつなら死んでも復活できるし。
『貴方は何でも自分でやり過ぎよ』
『この世界に来てからこっち、他人を頼れる状況になったことなんてなかったからなぁ』
それにゲームのイベントは自分で参加してナンボだし。
心に浮かんだ感想を口に出すことをぐっとこらえ(口にしたらスマラに突っ込まれる)、俺は頷くと、スマラとでファーを使った囮作戦を計画することにしたのだった。
「俺、アルテミシアに愛を告げてくる」
「応援しておいてなんだが、〈現地人〉に対して恋愛って有りなのか?」
煽ったこっちが引くほどのやる気を見せているゼファーに、俺は思わず聞いてしまった。ゼファーは不思議そうに、
「ヴァイナス、何言ってるんだ? ゲームだったら、好みの女の子がいれば口説くだろう?」
そういうものなのか? 生憎と俺は口説いたことがないんだが。
「VRになってから造り込みが細かくなっているが、恋愛シミュレーションみたいなもんだぜ。お前日本人だろ? 美少女ゲームとかやってるだろうに?」
美少女ゲームか。
最近のものは、フラグによる選択肢性のものも健在だが、VR対応のものはキャラクターの臨場感、存在感が凄いらしい。
また、リアリティを追及するためか、ヒロインがAIになっているものも多い。AIも進化しているらしく、リアルの女性に接するように、本気でやらないと簡単にフラれるそうだ。
そのため、娯楽として楽しむだけでなく、本気でヒロインに恋をする者も出て来た。
なにしろ、可愛い女の子といつでもデートできるのだ。成人対応のサービスなら性行為も可能なので(とはいえ従来のVRは嗅覚と味覚がないためリアリティはどうしても薄れるが)、結構人気があるらしい。
それに、VR専門で営業している風俗もあったりする。こちらは相手の女性(男性)とVR上で性行為を行うもので、性病や妊娠などの心配もないため、最近では通常の風俗よりも人気があるそうだ。
そういえば、オーラムハロムはそのあたり、どういう仕様になっているんだろう?
「うん? この世界か? その辺の倫理規定は完全フリーだよ」
マジか!? VRMMOで性関係の倫理なしは見たことないぞ。
「性関係だけじゃない。殺傷関係の規定だって完全フリーじゃないか。あれだけリアルに血も吹き出るし、痛みだってある。死体の解体だって可能だし、拷問だってできる。俺個人の見解になるけど、この世界は現実と同じ刺激がある。五感全てに関してな」
ゼファーはそう言うと、じっと俺を見つめてきた。
そうかもしれない。この世界は、現実世界と「変わらない」ことを目指しているのだと。
「それに〈現地人〉はとてもじゃないが、プログラムで動くAIには見えない。喜怒哀楽があり、殺意も好意も持つプログラムなんて信じられるか?」
信じられるわけがなかった。まだしもNPC全てにエキストラの役者を用意していると言われたほうが納得できる。
「だから、俺はこの世界に対して本気で向き合うことに決めた。恋も闘いも全力投球だ。よし、行ってくる!」
話しが終わり、空は月が天頂に掛かるころ、ゼファーはそう言って部屋を出て行った。
悪いな、ゼファー。
俺は心の中でゼファーに謝ると、ゼファーを見送った後、エルブン・マントを身に着け、こっそりと後をつけた。
俺の口車に乗り、今夜想いを遂げるとやる気を漲らせるゼファーを見ながら、こんなに単純で大丈夫なのだろうかと不安になる。
食後、俺はゼファーの部屋を訪れ、言葉巧みにゼファーをアルテミシアの部屋に向かわせるように誘導したのだ。
もし、アルテミシアが殺人犯でなくても、ゼファーが想いを遂げられるのならば、問題はない。
振られたとしても、それはゼファーとアルテミシアの問題なので、俺の良心が痛むことはない。
強いて言えば、ファルコと三角関係になると面倒だが、それも街に着くまでだろうし、その時はその時だ。
トラブルが面倒なら船を降りて、街から別の場所に行けばいい。
ゼファーは足取りも軽く船内を進んでいく。俺は足音を立てないように注意しながら、少し離れて付いて行く。
そして、アルテミシアの部屋の前に立つと、手櫛で髪型を整え、気合を入れると、扉をノックする。
僅かな間を開けて、部屋の中から声がする。
「どなた?」
「夜分遅くにすまない。ゼファーだが」
「ゼファーさん? こんな時間にどうしたの?」
「話したいことがあるんだ。入ってもいいかな?」
「ちょっと待って」
準備をしていたのか、少しの間待たされると、ドアが開いた。
「こんな時間に女性の部屋を訪れるなんて、誰かに知られたら問題ですよ」
「それでもドアを開けてくれるってことは、期待しても良いってことかな?」
ドアの隙間から覗いたのは、夜着の上から薄手のショールを肩にかけたアルテミシアだった。
その表情は、困ったように、けれど決して嫌がってはいない、そんな感じに見えた。
「どうぞ」
「失礼する」
アルテミシアに促され、ゼファーは部屋へと入って行く。後ろ手にドアが閉められたところで、俺はドアに近づき、聞き耳を立てる。
予想では、アルテミシアはゼファーを誘ってトイレに行くはずだ。このまま部屋で逢瀬が始まるなら、俺はゼファーにおめでとうと心の中で告げ、黙って部屋に戻るだけだ。
部屋の中では、ゼファーが言葉を尽くして想いを伝えていた。こういう時の、欧米人の語彙の豊富さは尊敬できる。
『すごいわね。よくあれだけ言葉が出てくるものだわ』
いつの間に影から出たのか、足元でスマラも聞き耳を立てていた。
『俺の欧米人のイメージって、あんな感じなんだが』
『私は駄目ね。あそこまで言われると逆に引いちゃう』
スマラはそう感想をもらすが、そもそも猫って愛を囁いたりするのだろうか?
俺が疑問を感じている間にも、ゼファーの言葉は留まることを知らない。聞いてるこっちが赤面しそうだ。
アルテミシアも満更ではない様子で、このままだと、ゼファーの勝利で終わる気配が濃厚である。
これは予想が外れたかな? そう思い始めた時、アルテミシアが恥ずかしそうに、
「ごめんなさい。貴方の想いに答える前に、支度をしないと。外の風に当たってきます。待っていてもらえますか?」
その言葉で察したのか、ゼファーは
「ええ、もちろん。ですが、こんな時間に一人で出歩くのは危険です。エスコートさせてください」
と言った。アルテミシアは
「困ります」
と言っているのだが、ゼファーも譲らない。アルテミシアは諦めたのか、
「お花摘みなのですが…」
と消えそうな声で言うが、ゼファーは、
「存じております。デリカシーのない男とお思いでしょうが、それでも、です」
と言い切った。スゲーなアメリカン。
アルテミシアは覚悟を決めたのか、
「恥じらいのない女と思わないでくださいね」
と言って、トイレについて来るのを了承したようだ。
これが演技じゃなかったら、俺、どんな顔でアルテミシアを見ればいいか分からないな…。
部屋から出てくる気配を感じ、俺はドアの前から下がる。スマラも影に潜り込んだ。
静かにドアが開き、アルテミシアが姿を現した。夜着の上からショールを羽織った格好のままだ。続いてゼファーが出てくる。そして二人は静かに船尾へと向かって行く。
トイレに着くと、アルテミシアは中へと入って行く。ゼファーは扉の前に立った。俺も通路の壁際でじっと待つ。
しばらくして、扉が僅かに開き、中からアルテミシアが何か話しかけているようだ。ゼファーはそれを受けて、トイレの中に入って行く。
いよいよだ。
俺は扉の前まで進むと、聞き耳を立て、中の様子を窺う。
二人は話しをしていたが、アルテミシアの「目を閉じて」と言う言葉にゼファーが従ったのか、会話が止む。
そしてアルテミシアの口から紡がれるのは、何かの呪文だった。
おそらく【傀儡】の魔法だろう。ゼファーは抵抗できなかったのか、
「良い子ね。そのまま静かに大人しくしていなさい」
というアルテミシアの言葉だけが聞こえてくる。俺はそっと扉を開けると、隙間から中を覗きこんだ。
壁に吊るされたランタンの光に照らされて、ゼファーがこちらに背を向けて立っていた。その奥では、アルテミシアがショールを外し、着ていた夜着を脱いでいるところだった。そして全てを脱ぎ去り、一糸まとわぬ姿となる。
ランタンの光に照らされたアルテミシアの裸身が、妙に艶めかしく感じた。
アルテミシアは妖艶に微笑むと、ゼファーの首に手を回し、唇を重ねた。そして、ゼファーの服をゆっくりと脱がせていく。
上着、シャツ、ズボン、下着…。
そして全てを脱がすと、ゆっくりと壁際に移動した。そして、ゼファーに壁に寄り掛かるように指示する。言われるがままに壁に寄り掛かるゼファー。その様子にアルテミシアは頷くと、髪を大きく掻き上げた。
すると、アルテミシアが光りを放った。これは魔力の光だ。
光が収まると、アルテミシアの姿は一変していた。
上半身は美しいエルフのアルテミシアのままだ。
だが、下半身はエルフのそれではなく、のたうつ蛇のような身体と、そこから枝分かれするように生えた6つの犬の頭を持つ触手状の何かだった。
ゼファーは驚きの表情を浮かべているが、魔法の影響なのか、声も出さずに立ち尽くしている。
アルテミシアはそんなゼファーを誘い、便座を跨ぐように立たせた。用を足す時と逆向きにだ。
なるほど、あの状態なら引き裂いても流れる血の大半は、海に流れ落ちる。前の二人もそうやって殺したのか…。
そして、アルテミシアを観察し、一つの名前が脳裏に浮かぶ。
〈蛇狼姫〉(カリュブディス)
古代ギリシャの神話に登場する魔物だ。スキュレーとも同一視されるこの女怪は、水辺でその魅力的は上半身を使って男を誘い、水の中に引きずり込んで連れ去るとも言われている。
アルテミシアは、蛇のような下半身をゼファーの腰に巻きつけ自由を奪う。そして上半身はゼファーを抱きしめ、濃厚なキスを交わしている。残った6つの犬頭は、鎌首をもたげ、ゼファーの手足を食い千切ろうと襲い掛かった。
その瞬間、俺はドアを蹴り開け、用意していたミゼリコルドをアルテミシアに向かって投擲する。
アルテミシアは、俺の不意打ちに対処できず、ミゼリコルドは肩口へと突き刺さった。
痛みに絶叫を上げるアルテミシア。犬頭の一つが、ミゼリコルドの柄を咥え、一気に引き抜いた。
再び走る痛みに、アルテミシアは悲鳴を上げた。そして、ミゼリコルドを吐き捨てると、犬頭は一斉に唸りを上げる。
アルテミシアも殺意の籠もった視線をこちらに向けてきた。ゼファーを投げ捨てると、こちらに向かって正対する。
「束の間の逢瀬を邪魔して申し訳ない。だが、愛を語り合うには、この場は少々似つかわしくないようだ」
俺はゼファーの部屋から失敬してきたシャムシールを抜き、油断なく構えた。そして、唯一の出入口である扉に後ろ手に鍵をかけ、立ち塞がる。
アルテミシアの巨体では、窓や便座から脱出するのは不可能だ。壁を壊さない限り、背後の扉だけが唯一の出入り口となる。
この船のトイレは、日本のものに比べ、随分と広く作られている。
それでも精々十畳間程度だが、闘いをするには、少々手狭だ。
だが、この狭さが俺へと有利に働いていた。
アルテミシアは、6つの犬頭で攻撃しようとすれば、正面から来るしかない。しかも6つ同時に襲い掛かるには、この部屋は狭すぎる。せいぜい2つ同時が良いところだ。
それに長い蛇の胴体では、動ける範囲が限られる。エルフの姿に戻れば便座から海に飛び込むことも可能だが、変身にどれだけ時間が掛かるのか分からないが、少なくともその間は無防備になる。
後は魔法だが、こればかりはやってみないと分からなかった。アルテミシアは、おそらく【傀儡】の魔法を使ってくる。他に有効な魔法もあるが、決まれば俺とゼファー二人を纏めて殺すことができるからだ。今の状況ではベストの魔法だろう。
俺が抵抗できれば勝ち。
俺が抵抗できなければ負け。
俺としてはこういう一か八かの状況は好みではなかったが、仕方がない。
『スマラ、出て来てくれ』
『ちょっと!? 私じゃ勝てないわよ』
『頼むよ。リスクは承知の上だ』
俺の心話に、スマラは仕方がないという感じで影から飛び出した。新たに現れたスマラを見て、アルテミシアの表情に僅かだが、動揺が浮かぶ。
その隙をついて、俺はアルテミシアに向かって飛び出した。
アルテミシアは、意を決して魔法を唱える。レイピアが届くよりも早く、魔法は完成し【傀儡】の魔法が俺とスマラ、ゼファーを襲った。
俺は必死で魔法に抵抗する。目の前のアルテミシアに対しての敵意が削がれていく。俺は歯を食いしばって抵抗を続けた。
「止まりなさい!」
アルテミシアの命令に、スマラがビクリとして動きを止める。僅かに遅れて俺も足を止めた。
「良い子たちね。その危ない物を捨てなさい」
俺は言われた通りに構えていたシャムシールを投げ捨てる。シャムシールは床を滑り、奥の壁に当たって止まった。
「フフッ。せっかく来てもらったんだから、貴方も仲間に入れてあげるわ。まずはゼファーからね。貴方はそこで見ていなさい。動いちゃダメよ」
アルテミシアは、そう言ってゼファーの元に行こうとした。
「ああ、邪魔はしない。まずはゼファーからだ」
振り向こうとしたところに話掛けられ、アルテミシアの微笑みが消えた。
「そういえば、喋っちゃダメって言わなかったかしら。ゴメンなさい、私おしゃべりな男は嫌いなの。静かにしていてね」
「お喋りな男は嫌いだとよ。残念だったな、ゼファー」
俺の軽口に、アルテミシアは何かに気づき、背後を振り向いた。
「ショックだよな。俺、本気で惚れてたんだぜ」
振り返ったアルテミシアが見たのは、全裸のまま、愛用のシャムシールを振りかぶるゼファーの姿だった。
【傀儡】の魔法は、対象となった者に対する絶対的な命令権を得る魔法だ。効果を受けた対象は、それが自身の命に直接関わる危険なこと(手首を切れ、崖から飛び降りろ、など)でなければ、可能な限り命令に従おうとする。
もちろん、抵抗すれば効果は発揮されないのだが、決まればほぼ無力化されてしまう。上手く命令すれば、同士討ちをさせることだってできる。しかも、この魔法は範囲内であれば、対象の数を自由に決定することができるのだ。
もっとも、デメリットもある。対象を増やした場合、抵抗に必要な難易度が下がってしまう。
高レベルの魔術師であれば、より高いレベルで【傀儡】を使い、何十人という対象を同時に隷属化することも可能だが、アルテミシアの実力では、俺達3人を対象に取った時、スマラだけが抵抗できない程度の【傀儡】しか行使できなかったのだ。
スマラが抵抗できずに立ち止まった時、俺はわざと魔法に掛かった振りをして、ゼファーの近くにシャムシールを滑らせた。アルテミシアの背後で、ゼファーが動き出すのが見えたからだ。
俺はいざとなればレイピアを呼び出すことができるし、俺が時間を稼げば、ゼファーが背後から攻撃できるチャンスが生まれる。
俺の演技を見抜けなかったアルテミシアは、見事に引っかかったというわけだ。
「ぎゃあぁぁー」
ゼファーの一撃を肩口に受けたアルテミシアは、血の吹き出した傷口を抑えつつ、よろよろと後退する。
「お、おのれ、よくも私に傷を…! 許さない!」
「油断し過ぎだな。背後がお留守だぜ」
俺は背後からそう声を掛けると、呼び出したレイピアを一閃し、犬頭の触手を2本、同時に斬り飛ばした。
「ぎゃうっ」
触手を切り飛ばされた痛みに、アルテミシアが呻く。よろめきながらも、横に動き、俺とゼファーを同時に視界に収めるように動く。
俺とゼファーは、ゆっくりと距離を詰めた。
「さて、もう逃げられないぜ」
ゼファーがそう声を掛けた。アルテミシアは構えていた触手を下げると、
「お願い、命だけは助けて。もう貴方達を襲わないと約束するわ。だからこのまま見逃して」
と懇願してきた。俺はレイピアを構えたまま、
「どうする? お前に任せるぜ」
とゼファーに確認する。ゼファーもシャムシールを構えたまま、
「俺の純情を踏みにじったことに関してはこの際置いておくとして、本当に襲わないか?」
「ええ、約束するわ。逃がしてくれるなら、このまま海に飛び込んで行かせてもらうわ」
それを聞いたゼファーは、シャムシールを降ろすと、ゆっくりと下がった。
「分かった。俺だって、一度とはいえ惚れた女を殺したくはない。いいぜ、見逃してやる。ただし、甲板に行けば見張りをごまかすのが面倒だ。悪いがエルフに戻ってもらって、そこの便座から出てくれ。海に出てから元に戻ってくれ」
ゼファーの提案にアルテミシアは頷く。
その前に傷を治したいのだけど、とアルテミシアは言った。「【回復】(キュア・ワンズ)の魔法を使ってもいいかしら。せめて血を止めないと、泳ぐこともできないわ」
「良いだろう。血を止めるだけだぞ」
ゼファーが頷くと、アルテミシアは呪文を唱え始めた。その呪文を聞いた瞬間、俺はレイピアを構えると、アルテミシアの喉へと突き入れる。
俺の攻撃を予想していたのか、残りの犬頭の触手が噛みついてきたが、無視してレイピアを繰り出した。
犬頭の牙が鎧に当たり、火花を散らす。俺の動きを止めるためか、太腿へも噛みついてくるが、その攻撃はあえて無視し、優先した刺突は、アルテミシアの首に半ば以上の刀身を呑み込ませた。
口から血の泡を吹き出し、レイピアを握る俺の手首を、両手で掴んで引き抜こうとするアルテミシア。その目から光が失われると、俺に噛みついていた犬頭も力を失い、足元へと転がる。太腿に噛みついた犬頭は牙が深く食い込んでいるためか、噛みついたまま力を失った。
俺はアルテミシアの手を振り払い、レイピアを引き抜く。アルテミシアはそのまま床へと倒れ、動くことはなかった。
俺は痛みに耐えながら、太腿に噛みついたままの犬頭の顎を抉じ開けると、盛大に血が噴き出した。思ったよりも傷が深かったようだ。
俺は月神に祈りを捧げ、〈月光の護り〉を起動する。噴き出していた血が止まり、傷が回復していった。
「ヴァイナス、何故攻撃した?」
ゼファーが憤りを込めて尋ねてくる。怒りによって殺意すら感じる視線に臆することなく答える。
「アルテミシアが唱えていたのは【回復】じゃない。【傀儡】だ」
俺の言葉に、ゼファーが眉を上げた。
「本当か?」
「間違いない。お前が【傀儡】に掛かる時の呪文と同じだった。おそらく、お前を隷属化して、俺と戦わせるつもりだったのだろう」
一度掛かった相手なら、もう一度掛かると思ったのだろう。掛かったら「私を護りなさい」とでも命令するつもりだったのではないだろうか。そして俺を殺した後、ゼファーを殺すつもりだったに違いない。
「ええ、あいつが唱えていたのは【傀儡】の魔法よ。間違いない」
スマラがそう言って俺の言葉を裏付けてくれた。
「そうか、助かった」
ゼファーはそう言って、頭を下げる。
「気にするな。それより、早く服を着ろ。視線に困る」
俺の指摘で全裸であることを思い出したのか、ゼファーは慌てて服を着ようと、脱ぎ捨てられた服を集めに行く。
「くそっ、アルテミシアのやつ、服を海に捨てやがった! とっておきの上等な服だったのに!」
どうやら最後に脱がせた下着しか残っていなかったようだ。俺は苦笑すると、シャムシールの鞘をゼファーに渡そうと剣帯から外す。すると、
「ヴァイナス、アルテミシアが!」
スマラの上げた叫びに、慌ててアルテミシアへと注意を向ける。
すると、不思議なことが起こっていた。
アルテミシアの姿が変わり、エルフへと戻って行った。そして、そのまま淡い光を放つと光の粒子となって消えていく。これは…。
「似てるわ、貴方が死んだ時に」
その様子を見たスマラがぽつりと言う。
アルテミシアは〈探索者〉だったのか?
それならば、復活してくる? 俺はレイピアを構え、身構えた。だが、しばらく様子を窺うが、復活する様子はない。難破船に戻ったのだろうか?
「消えちまったな…」
「ああ。もしかしたら難破船に戻っているかもしれない」
「何故そう思う?」
「スマラが言うには、俺が死んで復活した時の状態にそっくりなんだと。アルテミシアは〈探索者〉、しかもPCかもしれない」
「PCにあんな種族があったか?」
「イベントで姿が変化してしまったのかもしれない。この世界なら、そんなことがあってもおかしくはない」
ゼファーの質問に、俺はスマラの話も交えつつ答えていく。伝説でも、スキュレーは水浴びの時、流された毒液で下半身が変化したというし、伝説を元にした罠なんかがあってもおかしくはない。
「いずれにせよ、もう二度と会いたくはないな」
ゼファーの言葉に、俺は頷いた。
もしかしたら、この刻御手の持ち主だったのかもな。
俺は右手をそっと胸に当てる。
隠し棚から見つけた〈刻の刻御手〉を俺は今、身に着けていた。
やはりこの刻御手からも、ログアウトはできなかったのだ。これでほぼ間違いなく、刻御手のログアウト機能は作動していないということだ。
やはり〈陽炎の門〉か…。
全裸のままで腕を組み、アルテミシアの消えた場所を見ているゼファーを視界から外しつつ、俺はこれからのことを考え、大きくため息をついた。
ゼファー、いいから早く服を着てくれ。どんな台詞も真面目な態度も、フル○ンじゃあ恰好がつかん。




