16 幻夢(VR)で海賊稼業ときたもんだ
ログアウトができなくなり、俺は〈海竜号〉と行動を共にしていた。現実世界の身体は心配だったが、心配していても、事態は好転しない。
救助を待っていても、こちらで生活している以上、腹は減る。
流石に餓死で【消滅】は想定していないとは思うが、わざわざ試す気にもならない。
それなら生きて行くしかないのだが、そのためには金が要る。
ならば割り切って、この世界の探索を楽しもうと決めたのだ。「ゲームコイン還元システム」のあるこの世界で金を稼ぐことは、無駄にはならないはずだ。
俺は半ば無理矢理に自分を納得させつつ、ゼファー達と共に海賊稼業を行いつつ、〈陽炎の門〉の情報を集めていた。
最近、この辺りの海域には、〈帝国〉の私掠船が姿を現すようになり、航路が荒れているらしい。そのため、正規の航路を通らずに航海をする船が増えているらしく、襲撃が不規則になっていた。
この船はゼファーと俺がいたため、帝国の私掠船とやりあってもいい勝負ができるのだが、こちらの被害も相当になる。
迂闊に藪をつついても良いことはないので、帝国の私掠船が正規の航路を巡回しているのに対し、俺達は航路を外れて行動していた。
「最近、あまり実入りが良くねえぇな」
食事の際、偶々同席になった船長、ファルコが愚痴る。
「仕方ないだろ。正規の航路を使わない分、襲える船がいつ、どこを通るか分からないんだ。見入りも減るさ」
ファルコのぼやきに、これも同席していたゼファーが答える。俺は食事を取りながら、二人のやりとりを聞いていた。
「だがよ、今のままだと食いっ逸れちまう。何とかしねぇとよ」
「いっそのこと帝国の私掠船を襲えればいいんだが」
「流石にリスクが高過ぎらぁ」
そう言って二人は同時にため息をつく。
この船に世話になって一ヶ月近くになる。それまでの稼ぎを知らないので何とも言えないが、俺が来てからの「仕事」は三回。そのうち交易船は一隻だけで、残りは奴隷船だった。
奴隷船は、文字通り奴隷が商品だ。だが、〈海竜号〉は金品は奪うが、奴隷を商品として扱うことはないので、必然的に実入りが少なくなるのだ。
奴隷を扱えばいいのだが、奴隷は金品と違い「生きて」いるので、売り払うまでに維持費が必要になる。それに輸送にも手間がかかるので、面倒が多い。
それに、俺やゼファーとしては、人身売買には抵抗がある。おそらく〈海竜号〉が奴隷を扱い始めたら、船を降りるだろう。
「仕方ねぇ、気は進まねぇが定期航路の方に行ってみるか」
「私掠船と出会ったらどうする?」
「決まってらぁ、トンズラする」
ファルコの答えに、ゼファーは頷いた。そして俺の方を見たので頷いておく。
最近の「仕事」では、俺も手を貸していた。そこでの活躍に、俺もゼファー同様、一目置かれる存在になっていた。
特に開錠技術の面での貢献が評価されている。今までは鍵や罠が外せずに、泣く泣く諦めていたものが多かったらしい。
罠はともかく鍵は何とかなりそうだと思ったが、定期航路を使って交易をする船は、拠点となる港のほうで鍵を管理するのが一般的なのだそうだ。これは、俺達のような海賊に襲われた時に奪われないようにするのもあるが、船員たちに持ち逃げされないための予防策でもあるらしい。
世知辛い。
だが、警察(に類する警備兵や衛士)や軍隊といった国家権力の影響力の殆どが都市部に限定され、緊急時も含めた連絡手段などが人力(早馬や伝書鳩、極稀に魔法)に頼るこの世界では、当然のやり方なのだろう。
「そうと決まれば、行き先を変えねぇとな」
ファルコはそう言って素早く食事を済ませると、甲板へと向かう。
鬼が出るか蛇が出るか。
俺はゼファーと顔を見合わせると、どちらともなく肩を竦めた。
「キャプテン、船が見えますぜ!」
見張りからの声に、ファルコが答える。
「どんな船だ!」
「霧で良く見えませんが、軍船じゃあねぇです」
見張りの答えに、ファルコは唸る。
「さて、どうするべきか…」
考え込むファルコを横目に見ながら、俺は船がいるという方向を見つめた。
朝から続く霧のせいで、視界は相当に悪い。俺達が定期航路に入った途端、このような状況に陥るとは…。
今は縮帆し、海流に乗って動いている。今進んでいる定期航路は海流に沿っているので、霧が晴れるまで、迂闊に動かないようにしているのだ。
そんな時に現れた船影。万が一同業者や私掠船だった場合、戦闘は避けられない。逃げようにも視界の悪さから、後手に回る可能性が大きかった。
ファルコが慎重になるのも頷ける。
俺は目を凝らすと、近づいて来る船影を観察した。
近づくにつれ、船の全身が確認できるようになった。
それはまるで幽霊船のようだった。
帆綱は緩み、ぼろぼろになった帆がゆらゆらとはためいている。かつては立派だったであろう船体は薄汚れ、不気味さを増していた。
「気に入らねぇな」
ファルコがぽつりと呟く。俺も同感だった。
「どうやら難破船のようだが、随分とくたびれていやがる…。近寄りたくはねぇが、生き残りがいるかどうか調べるのが海の掟だ。仕方がねぇ。おい、ボートを降ろせ!」
普段なら船を近づけ、鉤綱で固定してから渡し板で乗り込むのだが、今回はボートで近づくようだ。
「お前さんはどうする?」
ファルコは俺を見て尋ねて来た。
「気は進まないけど、行った方が良いだろうな。こういった状況なら探索者の出番だろう」
俺はそう言って肩を竦めると、ボートへと向かう。その横にゼファーも並んだ。
「ゼファーも来るのか?」
「お前が言ったんだぜ。『探索者の出番』てな」
ゼファーはそう言ってニヤリと笑う。なんだかんだ言って、こいつも探索者なんだな。
危険と分かっていても、飛びこまずにはいられない。
スリルと刺激を求めて探索に挑む、根っからの〈探索者〉(ゲーマー)なのだ。
俺はゼファーに頷きを返すと、梯子を伝いボートに乗り込んだ。
難破船にボートで近づいた俺達は、その船が意外にしっかりしていることに気が付いた。
帆や見た目はボロボロなのだが、船体は特に壊れているわけではなく、造りもしっかりしている。だが、俺達が近づいても何も反応がないので、誰も乗っていないように思えた。
俺は鉤綱を取り出すと、勢いをつけて放り投げる。鉤爪が船の縁に引っかかったのを確認すると、慎重に登って行った。
甲板に降り立つと、素早く周囲を見渡す。
周囲に動くものの気配はなかった。念のためスマラにも確認を取る。
『何か感じるか?』
『ううん。特に何も感じないわね』
俺はもう一度周囲を確認すると、持ってきた縄梯子を固定し、下へと降ろす。そして合図を送った。
ボートからゼファー達が昇ってくる間も、俺は周囲を警戒する。
「どうやら、客船みたいだな」
甲板に上がったゼファーが、誰とはなしに呟いた。
船上には、何かが争った跡が残っていた。おそらく、同業者か何かに襲われたのだろう。俺達は手分けして、まずは甲板上を探索した。
探索した結果、特に気になるものは見つからなかった。俺達は合流すると、船内へと入って行った。
船内にも、争った形跡がある。俺達は警戒しながら、順番に船内を探索していった。俺達が床板を踏む音と波の音が混じり、嫌な音を立てている。
「まずは船長室を目指そう」
ゼファーの言葉に頷き、このタイプの船は船長室が船尾にあると言うので、そちらへと向かう。
船長室には鍵が掛かっていた。俺は周囲の警戒を皆に任せると、罠の有無を調べ、鍵を開ける。
メインで使っていた開錠道具は奴隷になった際に無くしていたが、服の隠しに入れてあった予備の道具が無事だったのは幸いだった。
仕掛けられていた罠を解除し、鍵を開ける。カチリを音がして鍵が開いた。ノブを回すと扉が開く。どうやら魔法の鍵はなかったようだ。
扉の隙間から手鏡を使ってそっと中を覗いた。中は薄暗くて良く見えないが、扉が開いたことに反応して動く気配はない。
俺はゼファー達に合図を送ると、一気に扉を押し開く。
ゼファー達は何が飛び出してきても良いように、武器を構えて待ち構える。
部屋の中から飛び出してくるものはなかった。俺は再び合図を送り、カンテラを構えて中に入った。
カンテラの明かりに照らされた船長室は、使われていた時のままなのだろう、地図や生活品などがそのまま置かれていた。
部屋を見渡して動くものがないことを確認した俺は、入口に向かって合図を送り、室内の探索を始める。
頑丈な造りの棚には、高そうな酒瓶が並んでいた。
『ちょっとヴァイナス、その棚のお酒、確保よ!』
スマラが心話でうるさいので、封を切っていない瓶を確認して、回収していく。
部屋の奥には宝箱が置かれていた。罠や鍵を解除すると、中には金貨や宝石が入っていた。それを見たゼファーが口笛を吹く。結構な量だ。これは後で分けることになるので、回収しておく。
それ以外にも、ゼファー達が服や装飾品などを回収している間、俺は室内を探索する。すると、壁に掛けられていた絵画が気になった。古典的だが、絵画の後ろに何かがある気がしたのだ。
俺はゼファー達に声を掛け、絵画の正面に立たないように注意すると、自分も絵画の前に立たないように気を付けながら、絵画を壁から外した。
予想通り、絵画の後ろには隠し棚があった。一緒に罠も。
絵画の後ろに設置されていたクロスボウから、太矢が発射される。それは部屋を横切り、鈍い音と共に反対側の壁に突き刺さる。
半ばまで壁に突き刺さった矢を見て、肝を冷やす。まともに喰らっていたら即死していただろう。
俺は息をつくと、もう一度絵画をクロスボウの前に翳す。今度は矢が発射されないことを確認し、隠し棚の中を調べた。
隠し棚の中には、幾つかの宝石の他に、首飾りが一つ入っていた。魚眼レンズを組み合わせた本体の中に、凝った造りの時計が埋め込まれている。そこに刻まれた文字を見て、俺は確信した。
〈刻の刻御手〉だ。
なぜ、こんなところにあるのかは分からないが、とりあえず回収しておく。船員の皆には悪いが、試すこともある。これだけは人目に触れないようこっそりと回収した。
宝石は先ほどの宝箱の中身同様、回収してまとめておいた。
この部屋の探索は十分だと判断し、船員の一人に回収した戦利品をボートに運ぶよう伝えると、改めて他の部屋も確認していく。
船長室から入口へと戻る方向に向かって、順番に部屋を探索していく。
「何かあったか?」
「いんや、何にも。生活品が適当にあるくらいだな。回収するようなものはなかったな」
客室の大半は鍵も掛かっておらず、ゼファーの言う通り目ぼしいものは見つからなかった。ここまでの探索では、人の気配が一切感じられなかった。やはり難破して時間が経っているのだろう、そう思っていた矢先、下の階層を調べていた船員が、慌てて戻って来る。
「どうした?」
「下の階層に開かない扉があるんですよ。位置的に船倉に繋がっていると思うんですが」
「鍵は?」
「掛かってまさぁ」
俺はゼファーと頷くと、船員の案内に従って、下層にある「開かずの扉」の前まで移動する。
扉の前では、他の場所を探索していた船員たちが、集まって待っていた。俺の姿を見ると、船員達が左右に割れ、扉の前まで道ができた。
船員たちが作った道を通り、扉の前に立つ。念のため、罠を確認する。船員たちが鍵の有無は調べていたが、鍵を開けた途端に作動する罠もある。警戒をして損はない。
丹念に調べたが、特に罠はなさそうだった。続いて開錠に移る。鍵の作りは簡単なもので、さほど時間をかけることなく解除できた。静かに扉を開け、手鏡で様子を窺う。
扉の先は下りの階段になっていた。明かりのない階段は、この場所からは先を見ることはできなかった。
俺は合図を送ると扉を開け、階段を降りて行った。ゼファー達が後に続く。
階段は最下層へと繋がっていた。船員の言う通り、ここは倉庫として使われていたようだ。大小様々な木箱が積み上げられ、樽やロープといった道具類も置いてある。
積み上げられた荷物によって視界が悪い中、俺を先頭に周囲を探索していく。
不意に、奥の方で微かにだが床板の軋む音がした。振り返り、ゼファーと視線を合わせる。どうやら、ゼファーにも聞こえたらしい。
波による軋みではなかった。明らかに何かが床板を踏んだ音だ。
俺は無言で背後に合図を送り、足音を立てないように、ゆっくりと歩いて行く。カンテラは皆の元に残し、フードを被った。
俺の姿は皆には消えたように見えただろう。後ろの気配がやや乱れているが、足音の存在がそちらに気を取られてくれれば、それに越したことはない。
俺は荷物の隙間を縫って、足音の方向に忍び寄って行く。そして、足音が聞こえた場所にあと少しというところで、進む先に変化が訪れた。
微かな衣擦れの音と共に現れたのは、暗闇の中に浮かび上がる、
一人の女性だった。
暗闇の中でも分かる、白く透き通った肌。
腰のあたりまで伸びた緩やかにウェーブした金髪。
そして、髪の間から伸びる長く尖った耳。
上等そうな造りのドレスに身を包んだその女性は、荷物の木箱の影から、ゼファー達が待つ方をこっそりと窺っている。俺は近くまで進むと、その女性を観察した。
どうやらエルフの女性らしい。
エメラルドグリーンの瞳は、何者が来たのかと不安に揺れていた。だが、ゼファー達を確認すると、微笑みを浮かべて近づいて行った。
俺は女性が目の前を通り過ぎるのを待ち、静かに後ろから付いて行く。俺に気づかず、女性はゼファー達の所まで行くと、
「ああ、我が神よ、感謝します!」
と言って、笑顔を浮かべる。いきなり現れたエルフの女性に、ゼファー達が身構えるが、女性は気にも留めずにその場に跪くと、両手を胸のあたりで握り、静かに目を閉じた。その目からは涙が一筋頬を伝った。
明かりの下で見た彼女は、とても美しかった。
女性の行動に、ゼファー達は何もできずに固まっている。どうしたらいいか迷っているようだ。
「お願いです。どうか私を助けて下さい」
その場で一頻り祈りを捧げていた女性は、顔を上げるとゼファー達を見回してそう言った。そして、事情を話し始めた。
「私はアルテミシアと申します。先日、この船を魔物が襲いました。海から現れたその魔物は、私たちに襲い掛かると、次々と命を奪っていったのです。船員達も必死で応戦していましたが、防ぐのがやっとで、一人、また一人と倒れて行きました。私は同行していた護衛の者に、この船倉へと匿われました。その後、上階層では様々な音が響いていましたが、しばらくすると静かになりました。私は恐怖のあまり、この船倉でただひたすらに祈りを捧げていました。そこへ貴方達が現れたのです。これは神が与えてくれた救いなのだと確信しました。私には船を動かすこともできません。どうかお願いです。私も一緒に連れて行って下さい。お礼はいくらでも致します」
彼女はそう言うなり、再びその場に跪く。
『スマラ、どう思う?』
『特に妖しいところは感じないわね。話としては別におかしいところはないし』
スマラに尋ねると、そんな答えが返ってきた。
まぁ、確かに俺の目にも特に妖しいところは見つからない。
ただ、何か分からないんだが、ほんの少し違和感のようなものがあるのが引っかかった。
確証がないので、気の精だとは思うんだが…。
そんなことを考えながら観察していると、ゼファー達はアルテミシアを船に連れて行くことに決めたようだ。それを聞いて、アルテミシアは笑顔を浮かべた。
花の咲くような笑顔に、ゼファー達の表情は緩み切っていた。俺が近づいても全く気付いていない。
油断し過ぎだろう。俺はため息をつくと、
「おい、とりあえず生存者がいたんだ。船に戻ろう」
と声を掛ける。すると、ゼファーはぎょっとした顔をして俺の方を向いた。
「おい、驚かすなよ! いきなり姿を現すなんて趣味が悪いぞ」
ゼファーはそう言ってシャムシールに伸びた手を離した。
あ、そういえば姿を消したままだった。
声を掛けたことによって姿は現れているが、そりゃ気づかれないよな。自分のミスをこっそりと棚に上げつつ、俺達は難破船を後にした。
 




