14 幻夢(VR)であったはずなのに
「ふむ、事情は分かった。残念だがユニコーンを引き取ることはできない」
イデアーレは済まなそうに頭を下げた。
俺は仕方がないと肩を落とす。
扉には案の定、見張りが就いていたようで、俺が扉越しに要件を伝えると、イデアーレに取り次いでもらえることになった。
イデアーレは俺が戻ったことを喜んでくれたが、今までの経過を報告すると、黙って聞いていてくれたのだが、
「そのユニコーンは〈幻想種〉。本来は人が従える存在ではないのだ。隣国のザン=クァでは、隷属したり、闘技場で戦わせたりしているようだが、わが国ではユニコーンは一個の人格として扱う、つまり動物ではなく人として扱うということだ。ユニコーンにどうするかを聞いたら、貴公と共に行くと言っていた。私にそれを止める権限はないのだ」
そう言って肩を竦めた。
俺は傍らに座って大人しくしていたユニコーンを見た。ユニコーンは俺が見ているのに気が付くと、尻尾を振って見上げてきた。
うーむ、何故か妙に懐かれている気がする。
「聞けば、ユニコーンを家族に会わせると約束したそうじゃないか。ユニコーンにとっての〈契約〉は、非常に重要なことだから、うかつに破棄すると危険だぞ」
え?
〈契約〉って?
初耳なんだけど。
「知らなかったのか? ユニコーンと契約を結んだ者は、契約の内容が成就されるまで、共にいることが最低限の条件となる。大変だが、事が成就すれば、素晴らしい報酬を得ることができると言うぞ」
そうなの? と俺は思わずユニコーンを見ると、ユニコーンはその通りとばかりに頷いている。
「この子は幼子だが、契約の意味を充分に理解しているようだ。人としてしっかりと対応することを期待する」
イデアーレからは、そう言って念を押されてしまった。てゆうかこの人古代語話せたのね。俺も覚えよう。
その後は水や食料、傷薬などの消耗品を補充させてもらい(傷に関しては、宴の効果か全快していたのだが、この後を考えれば絶対に必要だ)、ここまで調べた分の地図の写しを渡した。
「ふむ、良く書けているな。それにしても神魔を問わず、祭壇が多いとは知らなかった。こちらでも調べておこう。このまま調査を続けてくれ」
イデアーレは俺の仕事に満足しているのか、地図を見ながら何度も頷き、俺に向かって微笑んだ。
俺は準備を終えると、ユニコーンと共に扉を抜け、遺跡へと戻ってきた。背後で扉が閉まると、スマラが影から出て来た。
「結局、この子は付いてきちゃったわねぇ。どうするの?」
「どうもこうも、止むを得ない。もう一度〈小さな魔法筒〉に入ってもらって、探索が終わったら家族を探すことにするさ」
俺はそう言うと、スマラに頼んでユニコーンにもう一度マジック・シリンダーに入ってもらえるよう伝えてもらう。
すっかりユニコーンの信頼を得たのか、ユニコーンは頷いてその場に立ち、俺がシリンダーを用意するのを待っていた。
俺は〈全贈匣〉からシリンダーを取り出すと、コマンドを唱えてユニコーンを封じ込める。
そして、準備が整ったのを確認し、探索を再開した。まずは森があった場所まで戻って、森の先を調べないと。
途中〈玄室〉で戦闘を行いつつ、鍾乳洞へと辿り着いた俺達は、備え付けの笛を吹き、シェルタを呼ぶ。スマラは影に入った。
しばらくすると、シェルタがゴンドラで近づいて来た。
「おや、またご利用ですか?」
「ああ。この前と同じ場所まで頼むよ」
「畏まりました」
シェルタは俺が乗り込むのを確認すると、ゆっくりとゴンドラを漕ぎだす。
静かに進むゴンドラにしばらく揺られていると、シェルタが飲物を勧めてくる。俺は前回同様ミルクティーを頼もうとしたが、
「すいません。同じ飲み物は出せないんですよ」
と断られた。酒は散々宴で呑んだから、それならばとストレートの紅茶をお願いする。
出された紅茶を手に、ふと思いついて〈全贈匣〉から〈極光の宴〉を取り出し、ゴブレットに注いでから飲んでみる。
不思議なことに、金属製のゴブレットに注いでも、一向に冷める気配がない。例によって飲ませろとせがむスマラにこっそりと飲ませつつ、俺も船上の束の間の休息を楽しんだ。
『今回も魔法薬が入っていたわ』
『もしかして、ここで出る飲物は必ず薬が入っているのかな?』
『そんなことはないと思うわよ。よっぽど気に入られたのね』
ゴブレットに注いだ紅茶にも、魔法薬の効果は宿っているのだろうか? もし宿っているなら能力上げ放題になるのか? 流石にチート過ぎるだろう。
…後で試そう。
前回と同じように体が熱くなるのを感じつつ、ゴンドラに揺られていると、暗闇の空間を抜け、岸へと到着した。
「ありがとう。助かったよ」
「いえいえ、これからもご贔屓に」
シェルタに礼を言って金貨を渡し、俺は岸へと降り立つと、通路を進んで森があった場所を目指した。
そして森があった場所に辿り着いたのだが、おかしなことに森はなく、ただの行き止まりになっていた。
『なぁ、確かにここから森に入ったよな?』
『ええ、ここから森に入ったはず。どういうこと?』
スマラに確認したが、間違ってはいないようだ。俺は慎重に壁を調べてみる。
自然の岩肌である壁には、隠し扉の類いは一切発見できなかった。もちろん罠や扉、通路もない。完全に行き止まりだ。
念のためにもう一度丁寧に調べてみたが、やはり何もない。
『どうやら、ここからはもう進めないようだな』
『不思議ね。でも進めないんじゃ仕方がないわ。あの崖の上を進むの?』
正直、山椒魚の大群を倒して先へ進むのは無謀過ぎる。他に通路もなかったし、仕方がない。
『岸まで戻って、シェルタにもう少し先まで乗せてもらおう』
『気は進まないけど、それしかないか』
スマラからも仕方がないという感じで心話が伝わってくる。俺も徒労に終わったことに落胆しつつ、通路を戻ることにした。
岸まで戻ると、祠を探し、備え付けられていた狗笛を吹く。すると、ゴンドラが近づいて来た。しかし、シェルタではない。
「おや、お客様ですね。乗って行かれますか?」
「はい、お願いします」
そりゃそうか。さっき別れたシェルタは下流に向かって行ったのだから、戻ってくるにしても、時間が掛かるのだろう。
俺はゴンドラに乗り込むと、雑多に積まれた荷物を踏まないように動かすと、腰を落ち着ける。
「しばらく乗られますか?」
「そうですね。次の岸までお願いします」
俺の言葉にコボルドは頷き、何か飲まれますか? と尋ねてきた。
「何があるんですか?」
「生憎と今はブランデーしかないんですけどね」
酒か…。そんなに喉は乾いていないんだけど、折角だからもらうかな。
「それじゃあ頂きます」
「畏まりました。少々お待ちを」
コボルドはそう言って奥へ行き、陶器のカップに注いだブランデーを持って来てくれた。
「それじゃ、ごゆっくり」
コボルドはそう言って舳先に向かい、ゴンドラを漕ぎ出す。
俺はブランデーに口をつける。あまり質の良いものではないようで、独特の風味が強かった。
スマラに飲むかと確認すると、
『お酒はいいわ』
と言うので、出されたものを残すのも申し訳ないので、ちびちびと飲んでいく。
ゴンドラは静かに進んでいく。
しばらくすると、疲れが出たのか、睡魔が襲ってきた。酒を飲んだこともあり、抗うこともできずに、俺はいつしか眠ってしまっていた。まぁ、スマラもいるし、大丈夫だろう。
俺は岸に着いたら起こしてくれるだろうと考え、訪れる睡魔に身を委ねると、目を閉じて眠りについた。
「おい、起きろ!」
俺の眠りを覚ましたのは、聞いたことのない男の声と共に、腹に打ち込まれた蹴りの痛みだった。
俺はズキズキと傷む腹と、無理矢理起こされた頭痛に顔をしかめつつ起き上がろうとする。
そして、持ち上げた腕が自由に動かないことに気が付いた。
目を開けると、俺の腕には鉄の腕輪が填められ、腕輪は鉄の鎖で繋がれていた。足に違和感を感じると、裸足の足首にも同様に鉄の輪が填められ、鎖で繋がれている。
事情が飲み込めず茫然としていた俺の背に、男が蹴りを入れてくる。
バランスを崩して床に叩きつけられた俺は、痛みに呻き声を上げた。ささくれ立った木の板の床からは、饐えた匂いと共に、潮の香りがした。
潮? なぜ潮の香りがするんだ?
「おら、とっとと立ちやがれ!」
男はそう言って、俺の背を乱暴に蹴ってくる。俺は自由にならない手足に苦戦しながら、なんとか立ち上がる。
そして周囲を見回すと、そこは木でできた部屋だった。窓はなく、壁に掛けられたランタンの光が、ゆっくりと揺れる足場に合わせてゆらゆらと揺れている。
「よし、立ったらこっちへ来い。妙な真似はするなよ」
男はそう言って部屋を出て行く。思わず背後から襲い掛かろうかと考えたが、現状が分からないのに、迂闊なことはしない方がいいだろう。俺は大人しく付いて行くことにした。
鎖に繋がれた両足は、大股で歩くには支障が出る程度の歩幅しかとれない。足を踏み出す度にガチャガチャと音を立てた。
歩きながら、通路がゆっくりと揺れているのが感じられる。どうやら、ここは船の中のようだ。通路が傾くたびに、ギシギシと耳障りな音を立てている。
先ほど感じた潮の香りから、どうやら海の上らしい。陸地からどれだけ離れているのか分からないが、できれば近くであって欲しい。
男は通路を進み、途中にある扉の前に立つと、ノックをし、扉を開ける。
「入れ」
男の言葉に従って、俺は中に入る。
部屋の中にはがっしりとした造りの机があり、奥の壁には海図らしき地図が飾られている。そして、机に脚を掛けた状態で、こちらを見ながら座る男がいた。
「よう、よく来たな。俺はこの船の船長、ゼーフントだ」
男はそう言うと、机から脚を降し、立ち上がると俺の前に近づいて来た。
「探索者のようだが、残念だったな。お前は今から奴隷として働いてもらう。拒否権はねぇ。あるなら死んでもらうだけだ。だからと言って妙な真似はするなよ? ここは海のど真ん中だ。俺を殺したところで逃げ場はないし、船をまともに動かすこともできなければ、遭難して死ぬだけだ」
ゼーフントはそう言ってニヤリと笑う。なるほど、ここは奴隷船か…。
俺が大人しくしているのを見て、ゼーフントは満足そうに頷くと、
「ほう、聞き分けは良いようだな。安心しな、殺す気はねぇ。貴重な労働力だ。死なない程度にこき使ってやるよ」
「なぜ、俺は捕まっているんだ?」
俺は唐突に質問した。
ゼーフントは突然質問されたことに驚きつつも、
「そりゃ気になるよな。そうだな、教えてやろう。簡単だ。お前は売られたんだよ。コボルドにな」
なるほど、あいつか…。
俺は捕まる前の最後の記憶を探り、ゴンドラを漕ぐコボルドを思い出していた。どうやら、出されたブランデーに睡眠薬でも入っていたらしい。
油断があったとはいえ、また〈オーラムハロム〉のシステムで油断できないことを実感してしまった。
【死亡】状態からの復活が可能であるPCだが、死亡状態以外にも、行動が取れなくなる状況は存在する。
今回の【睡眠】状態での拉致や拘束、他にも【麻痺】【石化】【気絶】といった状態で行動できなくなる場合もある。
そういった状態で、脱出不可能な状況になることも当然考慮すべきなのだ。そういった意味でも、探索中にお互いをフォローできる〈仲間〉(パーティメンバー)を作ることは非常に重要な要素といえる。
もっとも、俺に関して言えば、仲間を作る状況に出会える間もなく、イベントに巻き込まれているのだが…。
「ま、理由はどうあれ、運がなかったと諦めて、大人しく働くことだな。真面目に働いていりゃ、少なくとも痛い目にはあわなくて済むぜ。どっちが良いかは考えんでも分かるだろ?」
ゼーフントはもう一度ニヤリと笑うと、
「連れて行け」
と言って顎をしゃくる。言葉に従い、俺を連れてきた男が、
「おい、大人しくついて来い」
と言って肩を押した。俺はそれに従い、部屋を出る。
この場は大人しくしておこう。もう少し現状が分からないと、行動しようがない。海の上なのは本当だろうし、沖に出ているのならば、海に飛び込んでも、陸まで泳ぎ着けないかもしれない。
何より、手足を拘束している鎖を何とかしないと泳ぐこともできないしな。
俺は男の後に付いて行きながら、両手を繋ぐ鎖を見た。腕に巻かれているのは簡単な造りの鉄の輪で、鍵の部分は鉄の棒を折り曲げて、ハンマーで叩いただけの簡単なものだ。
簡単故に、開錠ツールで解除することもできない。外すとなれば万力で棒の部分をこじ開けるか、手首を切り落とした方が早いだろう。もちろん、手首を切り落とすようなことはしないが。
足のほうも手と同様、簡単ではあるが頑丈な「鍵」で固定されている。すぐに外すのは無理だ。
次に装備を確認する。
背負い袋はなく、武器も取り上げられている。鎧に関しては脱がすのが面倒だったのか、着たままだ。何とかして武器を手に入れたいところだが…。
ふと気が付いて、俺は心話で話しかける。
『スマラ、いるか?』
『ようやく起きたわね! まったく油断しすぎよ!』
スマラからは、俺を責める中に、俺の実を案じる雰囲気の混じった心話が返ってくる。俺はスマラがいたことに安堵しつつ、
『今どこだ?』
『貴方の影の中よ。それにしても酷い目にあったわね』
まったくだ。俺は内心でため息をつく。
『それで、ここが何処か分かるか?』
『全然。そもそもばれないように、貴方の影から出ることをほとんどしないでいたから、外がどうなっているのかも分からないわ』
ある程度予測はしていたが、スマラの答えに落胆する。
『悪いとは思ったけど、契約を結んでいる以上、貴方と離れるわけにはいかないから、仕方なく影の中に潜んだのよ』
すまなそうに心話を返してくるスマラに、
『いや、油断した俺が悪い。考えもせずに酒を呑み干したんだし』
そう、スマラは悪くなかった。むしろ巻き込んでしまって申し訳がなかった。
『あの状況なら仕方がないわよ。シェルタは良い人だったっぽいし、同じ案内人なら大丈夫と思うわよ。私だって飲んでいたと思うわ』
まあ、今更悔やんでも現実が変わるわけではない。それに、スマラには俺が眠った後のことを聞かないと。
『とりあえず、ある程度落ち着いたら、分かる範囲で俺が寝た後のことを教えてくれ』
『分かったわ』
俺はスマラにそう言って心話を止め、前を歩く男の後に付いて歩いて行く。
男は突き当りにある階段を降りて行く。俺も後に続いて降りて行った。
床同様、階段もギシギシと足音を立てる。
階段を降りた先は、俺と同じように手足を繋がれた奴隷が、必死に櫂を動かしていた。どうやらこの船はガレー船のようだ。そして奴隷を漕ぎ手として使っているらしい。
「おい、お前はあそこで櫂を漕げ」
男は空いている場所を指差す。俺は言葉に従い、櫂の前に座ると、櫂を取って漕ぎ始めた。
通路を挟んで左右に座る奴隷たちが、通路の先に立つ男の音頭に合わせて櫂を漕ぐ。その作業は思ったよりも重労働で、俺は慣れないことも手伝って、休憩時間が来るころにはぐったりと櫂にもたれかかってしまった。
休憩時間とはいっても、単に食事を与えられて食べるだけだ。奴隷たちはその場に座ったまま、配給係の男が配る何の肉だか分からない堅い干し肉と、やはりカチカチのパンを黙々と口に運ぶ。それをコップ1杯の水で流し込んだ。
そして食事が終わると、また櫂を漕ぐ。
ちなみに用を足す時間は決まっており、その時間中に出せない場合は垂れ流しとなる。もちろん、そんな粗相をした奴隷には、鞭打ちという罰が与えられ、夜の睡眠時間を削って掃除をする羽目になるのだが。
そんな環境であるため、奴隷たちは無理にでも出そうと努力するし、人間、慣れとは恐ろしいもので、用を足す時間はある程度コントロールすることができるようになるのだ。
朝、日が昇ると共に起きて櫂を漕ぎ、
夜、日が沈むと共に眠る。
ひたすらに櫂を漕ぐ手は豆が潰れ、それでも止めることできないまま必死に動かす掌は、その上から分厚い皮膚が覆っていく。ゲームのイベントはいえ、なぜこんなに苦しむ必要があるのだろうか。
俺はログアウトしたい気持ちを抑えつつ、奴隷生活に耐えていた。今のままログアウトしても、船から脱出できなければ、状況が好転するわけじゃない。それなら、このイベントが終わるまで、根性で続けてやろうと決めた。我ながら良くやるとは思っていたが。
そんな生活が一週間ほど続いた時、それは起こった。
 




