13 幻夢(VR)でも酔っぱらうんだ
暗い通路を進んでいくと、奥から光が漏れてきた。俺は明かりを消し、フードを被って慎重に進む。
通路を抜けると、そこには意外な光景が待っていた。
突然、森の中に出たのだ。周囲には大小様々な木々が立ち並び、足元には様々な草花や茸などが生えている。
やっと出口に辿り着いたのか。
俺は思わず安堵のため息をついた。
まずはここが砦から見てどこになるのかを確認しようと、周囲を探索するために森の中へと足を踏み入れた。
その途端、俺は不思議な感覚に包まれた。その感覚は一瞬で消えたのだが、慌てて周囲を見回すが、あるのは森の風景だけだ。
気のせいかと思い、先へ進もうとすると、
『ちょっと、おかしいわよ! 通路が消えてる!』
スマラの心話に、俺は背後を振り返る。
入って来た通路が消えている!
正確には、通路の出口がなくなり、周囲と同じ木々が見えるだけなのだ。見える範囲は全て森の中であり、他には何も見当たらない。
「おかしいわね。ここは外じゃないみたい」
影から姿を現し、スマラが見て、と上を見上げる。
木々の間から差し込む光のおかげで、視界が悪いと言うことはないのだが、俺はその景色に違和感を覚える。
光が一定過ぎる?
太陽の光ならば、その位置によって差し込む角度が変わるはずだ。それは太陽が二つあるオーラムハロムでも変わらない。
だが、この森に差し込む光にはそれがない。まるで空全てが光っているような差し込みかたなのだ。
俺はふと思いついて、
「スマラ、【感知】を使ってくれないか?」
「分かったわ」
スマラは頷くと、魔法を使う。すると、
「間違いないわ、この森、魔法が掛かってる」
と言って頷いた。やはりそうか。
この森は遺跡の外ではなく、遺跡の中にあるのだろう。そして魔法によって、足を踏み入れた者を迷わすことが目的なのではないか?
森に入った時に感じた違和感は、魔法が作り出す範囲に踏み込んだことを感じたに違いない。
さて、どうしたものか。
この場所から真っ直ぐ来た方へ戻ったとしても、おそらく出ることはできないだろう。コンパスを取り出してみたが、常にフラフラと針が動き、不規則に回転までしているのを確認したところで、諦めて仕舞い込む。
「とりあえず、進んでみるか。ここに立ち止まっていても出ることはできないんだし」
俺はスマラに声を掛けると、俺はそのまま歩き始める。
森の中は景色の変化がほとんどないため、どれだけ進んだかが分かりづらい。俺はミゼリコルドを取り出すと、近くの樹の幹に印をつけた。万が一同じ場所に戻って来たときのための目印だ。
定期的に樹の幹に印をつけていく。
1時間ほど歩いたが、特に変化はない。こんなことなら〈絶対方角〉(ディレクション)の〈才能〉を取っておけば良かった…。
そして進む先の樹に、見覚えのある印を見つけ、俺はため息と共に足を止める。
「こりゃ、完全に迷っているな。やみくもに進んでも意味がなさそうだ」
『そうねぇ。何か手がかりがあればいいけど』
ちなみに、途中からスマラは影に入って楽をしている。まったく、良い性格してるぜ。
このまま歩いていても疲れるだけだと考え、俺は何か方法はないかと考えてみる。
スマラの魔法や、俺の持ち物では何とかできるわけではなさそうだ。後は森の中にヒントがあればいいのだが。
そう思って周囲を見ていた時、ふと頭に浮かんだことを実行することにした。
俺は〈全贈匣〉を開き、中から〈小さな魔法筒〉(マジック・シリンダー)を取り出すと、コマンドを唱えた。魔法筒はコマンドに反応し、中からユニコーンが現れた。
外に出られたことに喜びの嘶きを上げるユニコーンに、スマラから事情を説明してもらった。そして、森を出ることはできないか相談してみる。
ユニコーンは頷くと、森の中を歩き始めた。その歩みはゆっくりとしたものだが、足取りには全く迷いがない。
ユニコーンは、右へ左へと気ままに歩き続ける。時には来た道を戻っていくことすらあった。本当に森から出る気があるのか不安になったが、
「この子を信じるしかないわよ。騙されたと思って付いて行きましょう」
俺の表情から心を読んだのか、そう言ってスマラはユニコーンの背の上で欠伸をする。ちゃっかりしているよ、本当に。
そのままユニコーンの後を歩いていた時、不意にスマラが顔を上げ、鼻をヒクつかせ始めた。
「どうした?」
「この香り…。間違いない、私の探していたものだわ!」
スマラはそう言うとユニコーンの背から飛び降り、森の中を駆けて行く。俺は止めようとしたが、ユニコーンを置いて行くわけにもいかない。仕方なくユニコーンと共にスマラの後を追った。
スマラが進んだ方向に進むにつれ、俺にも何かの匂いが感じ取れるようになってきた。明らかに今まで感じていた森の香りとは異なる匂い。それも様々な匂いが混じったものだ。
それは決して不快な臭いではない。甘く香ばしい香りやツンとした柑橘系のようなもの、強い酒精のものまで感じられる。
俺は香りに誘われるように、自然と足が早まる。ユニコーンもそれに合わせるように歩みを早くする。どうやら危険ではないようだ。
進むにつれ、香りの他にも喧噪や楽器の音なども聞こえてきた。どうやらこの先には何かがあるようだ。それも人が集まるような何かが。
どうやらゴールは近いようだ。俺は進む先の森が途切れ、開けていることを確認すると、慎重に近づいて行く。
直前にある樹の影に身を隠し、開けた先を確認する。
それを見て俺は目を丸くする。
俺の目に飛び込んできたのは、楽しそうに宴をする様々な者達の姿だった。
手に持つ木杯を打ち合わせ、笑いながら飲み干すドワーフ。
そのドワーフと酌み交わしているのは〈髭小人〉(ノーム)だろうか?
抱えた四弦琴を演奏するのは〈翼人〉(アーラエ)の少年。
その周りで宙を舞いながら踊る〈羽妖精〉(ピクシー)や〈小妖精〉(スプライト)達。
中央で赤々と燃える焚火を囲むのは、料理好きのホビットとコボルドのようだ。
彼らの作る料理を上手そうに頬張るセントール。
そのお零れをちゃっかり腹に収めるゴブリン。
奥ではエルフの女性が、ダークエルフの男性と静かに酒を酌み交わしていた。
そしてそんな宴の中にスマラの姿を発見し、俺は思わず足を踏み出してしまった。
途端に集まる視線。
俺は思わず動きを止め、視線を受け止める。
俺に集まる視線が、後から現れたユニコーンに向けられ、もう一度俺に向けられる。
その間、俺は動きを止めたままじっとしていた。
やがて、宴の参加者たちは、何事もなかったかのように宴を再開した。そして、近くにいたドワーフとノームが、俺達を手招きして呼んでいる。
俺はそれに従いユニコーンと共に近づいて行く。そして、目の前まで来た俺に差し出されたのは、並々と注がれたジョッキだった。
「いよう、兄弟! さぁ、まずは駆けつけ1杯からだ!」
勧めてくるドワーフの笑顔に、俺は一瞬戸惑うが、すぐに笑顔を浮かべると、ジョッキを受け取り、喉を鳴らして一気に呑み干した。
「おお、兄ちゃんイケる口だな! ほれもう1杯!」
俺の飲みっぷりが気に入ったのか、ドワーフは破顔すると、空になったジョッキに酒樽から豪快に注ぎ入れる。
自分のジョッキにも酒を注いだドワーフとジョッキを打ち鳴らし、
「「乾杯!」」
と叫んで飲み干した。
樽から注がれたビールは適度に冷やされていて、非常に旨い。疲れた身体に沁み込んでいくようだ。
2敗目を呑み干し、新たに注がれた3杯目は、じっくりと味わって呑んだ。コクもキレもあるいい味だ。横ではユニコーンも皿に盛られた果実を美味しそうに食べている。
「それにしても、こんな森の中でなぜ宴会を?」
勧められた料理もつまみつつ、俺はドワーフに質問する。
「なんだ、知らないで参加してたのかい? これは月に一度、満月の日に行われる『満月宴』だよ。参加できるのは〈月光の精霊〉(ルナ・シー)に選ばれた幸運なやつだけだ。良かったな」
なるほど、『満月宴』ね。
ドワーフによると、この宴に参加した者は、例え争う間柄でも、宴の間だけは仲良く楽しむのが礼儀らしい。
もっとも、本気で憎しみ合うような者達は同時には呼ばれないそうだが。
この宴で供される料理や酒は、ルナ・シーの祝福を受けた鍋や酒瓶、酒樽によって生み出されるものが持ち寄られているそうで、祝福を受けたそれらの道具は、無限に料理や酒などを生み出すらしい。
「それは便利だね。どうやったら手に入るんだい?」
「そりゃもちろん、〈月光の精霊〉に気に入られればもらえるのさ。どうすれば気に入られるのかって? 宴を楽しみ、楽しませることができれば、自然と気に入られるだろうよ!」
宴を楽しみ、楽しませるか…。
俺はジョッキの中身を一気に呑み干すと、酔いが回る前に何かを披露することにした。
俺は焚火の前まで進むと、盛り付けられた果物をいくつか手に取ると、左右の手を使って空中に放り投げる。空中に果物があるうちに、次の果物を投げ、その数を増やしていった。
そう、俺はお手玉を披露したのだ。
突然始まったお手玉に、周囲から歓声が上がる。
俺は投げる物の中に、ミゼリコルドや果物ナイフなどを混ぜ込んでいく。ついには火のついた松明、そして身体を丸めたスマラをまるでボールのようにお手玉していく。
最後に投げていたものを順番に回収し、スマラが俺の肩に着地したところで、スマラと共にお辞儀をする。
周囲から上がる歓声と拍手に、俺はもう一度頭を下げた。
「良いぞ! 他にもなんかやってくれ!」
周囲からあがる声に答え、俺は簡単な奇術を見せることにする。
荷物から取り出した布を使ったトリックや、金貨を使ったトリック、用意してもらったカードを使ったトリックなどだ。
これらのマジックは、訓練所でジュネに教わったものだ。盗賊としての技術だけではなく、潜入や情報収集を行う際に役に立つ、様々な技術を教えてもらったのだ。
俺のマジックは好評だったようで、周囲からは惜しみない拍手が送られた。
ジュネ、ありがとう。早速役にたったよ。
その後、宴は佳境に入り、アーラエの少年やエルフ達の奏でる楽器の演奏に乗って、歌や踊りが始まった。俺の知らない曲や踊りだったが、簡単なフレーズと動きの繰り返しなので、しばらく見ているうちに、大体覚えることができた。
そこで、俺も踊りの輪に参加することにした。
お互いの手を取り、テンポよくステップを踏む。
クルリと回ったら次の人と手を繋ぎ、またステップを踏む。
踊りに参加しない者は、手拍子を打ち、足を踏み鳴らして音頭を取る。
ユニコーンもスマラも、歌に合わせて足を踏み鳴らし、飛び跳ねていた。
こうして宴は続き、俺達は満足するまで呑み謳い、踊るのだった。
いつの間にか眠ってしまったらしく、俺ははっと目を覚ました。
ユニコーンの身体を枕にしていたようで、頭の下には温もりが、横にはまだ眠っているユニコーンの寝顔がある。
俺は身体を起こすと伸びをする。そして周囲を見てぎょっとする。
俺の目に映るのは、宴の後の森の広場ではなく、石造りの部屋だったのだ。
一体いつの間に移動したのか? 必死に思い出すが、まったく記憶がない。
俺は慌てて身の回りを確認する。武器や装備品は身に着けたままだ。荷物も手元にある。
ひとまず安心し、俺は周囲の様子を窺った。部屋には俺達以外の気配はなく、ひとまず危険はなさそうだ。
松明に照らされた部屋には、2つの扉が見える。そしてテーブルが一つあった。
あれ、この景色には見覚えがあるような…。
とりあえず、俺はスマラを起こす。スマラは綺麗な造りの酒瓶を抱えて眠り込んでいたが、俺が揺すると、
「何よ~。気持ちいいんだからもう少し寝かせなさい」
と文句を言った。俺は髭を引っ張って無理矢理起こす。
「ふぎゃっ! ちょっと何するのよ!」
スマラは飛び起きると、フーッと威嚇する。
「いいから、起きろ! ここがどこだか分かるか?」
「え? どこって森の中…」
スマラはそう言って辺りを見回す。
「じゃない? …っていうかここって、貴方と初めて会った部屋じゃないの」
スマラの言葉に、俺も思い出す。
そうだ、ここは探索を始める時、スマラと会った部屋だ!
理由は分からないけれど、どうやら俺達は振り出しに戻されたらしい。何か狐に抓まれたような気分だったが、気を取り直してもう一度しっかりと持ち物の確認をした。
「スマラ、何か荷物に変化はないか? 無くなっているものとか」
「ちょっと待って…。あ、あれ? 宝石がなくなってる…」
その言葉に、俺も荷物を調べてみると、俺の方も、手に入れた宝石が全て無くなっていた。金貨は残っていたが。
その代わりに、見慣れない物が増えていた。
それは虹色に光る不思議な瓶と金属の酒杯、それを固定する飾り鎖だった。ゴブレットは瓶を蓋するように被せて固定するもので、瓶を収めると、丁度円筒形の入れ物のようになる。それを網目状に編まれた鎖で固定するのだ。鎖の留め具には精緻な装飾の施されており、表面には何かのシンボルが刻まれていた。
「なあ、これって何だか分かるか?」
俺が見慣れない瓶と杯をスマラに見せると、スマラは目を大きく見開いて、
「それ、〈極光の宴〉(プラリヒト・バンケット)!? やったじゃない! うわー良いなぁ」
スマラは驚きの声を上げた。一体何なんだ?
「私たちが参加した『満月宴』で、〈月光の精霊〉からの祝福を得た者が手に入れることができる道具の中でも、三本の指に入る人気の物よ。どの道具も無限に料理や酒、飲物が出てくるのは共通しているんだけど、貴方が手に入れたそれは、一度ゴブレットに注いだ飲物を、自由に注ぐことができるようになるの。つまり一度飲んだことのある飲物なら、いつでも好きなだけ飲めるようになるのよ」
なにそれ凄い。
「伝説では、〈神酒〉(ネクタル)や〈霊酒〉(ソーマ)、〈聖酒〉(アンブロシア)なんかの魔法のお酒ですら、注ぐことができるらしいわよ。もっとも、一度はそのゴブレットに注がないとだけど」
ちなみに酒だけではなく、清水や果実水なんかもいけるらしい。どこかで天然の炭酸水を注ぎたいところだ。
俺、炭酸水好きなんだよね。特に柑橘系のフレーバーついたやつ。
ちなみに温度は注いだ時のもので決まるそうなので、ビールならキンキンに冷えたやつを注いだ方が美味しく飲めそうだ。
「ちなみにスマラも酒瓶もらってるよな? それは?」
「私のやつ? これは私が一番欲しかった〈黄金の蜂蜜酒〉(ゴールデン・ミード)よ! しかも、北の大陸にある秘境、〈レンの高原〉にしか咲かない上、1年に僅か1日だけしか咲かない〈紫水晶の野薔薇〉(アメシスト・ワイルドローズ)から採った黄金蜜で作った〈稀少品〉(レア)よ。ああ、これが手に入るとは思わなかったわ…」
スマラはそう言って瓶を抱えて身悶える。猫なのに器用なやつだ。
「それも無限に出て来るのか?」
「そんなわけないじゃない。これはあの宴で交渉して手に入れたの! まさかこれがあの場所にあるなんて」
これだってかなりの幸運なのよ? そう言ってスマラはいそいそと酒瓶を〈全贈匣〉に仕舞い込む。
「なぁその酒、後で1杯御馳走してくれよ」
そんなに旨いなら呑んでみたいじゃないか。
「嫌よ! 貴重なお酒なんだから! 一人で少しずつゆっくり飲むの!」
スマラは速攻で断って来た。だが、俺はニヤリと笑い、
「良いのか? このゴブレットに注げば、無限に飲めるようになるんだろ?」
と言う俺の言葉に、スマラはその発想はなかった! と驚愕の表情を浮かべていた。
「まぁ、もらえないなら仕方がないな~」
「う、嘘よ、ごめんなさい! 飲ませてあげるから、私にもゴブレットを使わせて~」
「飲ませて『あげる』~?」
「ごめんなさい! ぜひ飲んで下さい! お願いします~」
慌てて瓶を取り出し、額を床に擦りつけて懇願するスマラを一頻りからかうと、満足した俺は、
「それで、今すぐ注いだ方が良いのか? 最も美味しくなる呑み方とかあるのか?」
「今は常温だけど、少し冷やした方が美味しいから、落ち着いたら冷やして飲みましょう」
ふむ、そうだな。宴で散々呑んだし、しばらく酒は遠慮したい。
俺達が騒いでいるうちに目を覚ましたらしく、ユニコーンも起き上がると、俺の腹に顔を擦りつけてきた。
「とりあえず、これからどうするかだな」
「そうね。森を抜けた先に出口がありそうだし、もう一度戻って調べたほうが良いんじゃない?」
スマラの言葉に俺は頷く。だが、その前に一つ考えていたことがある。
「探索を再開する前に、この子を地上に帰してやりたいんだ」
「どうするの?」
「この扉を開けて、上に戻れば、依頼人である砦の守備隊長がいる。その人にお願いしようかと考えている。それにここまでの報告をした方が良い気がするしな」
俺は考えていたことを提案する。スマラは何か考えていたようだが、仕方がないと言う風に首を振り、
「そうね、この子がそれを望むなら、そのほうが良いかもね」
とりあえず、あまり人前に出る気はないから、私はしばらく影の中にいるわね。
スマラはそう言って影に潜む。俺は取り次いでもらえるだろうかと考えながら、木製の扉をノックした。




