12 幻夢(VR)なのに痛み激しすぎ
俺は岸から伸びる横穴へと進む。横穴はそのまま洞窟になっていて、しばらく進むと左右に分かれていた。
スマラは分岐点に立ち、ピクピクと髭を動かすと、
「こっちから風が流れている気がする」
と言って、右側の通路を示した。もしかしたら出口が近いのかもしれない。
俺は頷くと、スマラの示した方向に進んでいく。
やがて、進む方向から光が漏れてきた。薄緑色の光は、先へ進むにつれ強くなってくる。俺はカンテラを消し、フードを被って慎重に進んでいく。スマラも影に潜った。
そのまま進んでいくと、切り立った崖の麓に出た。光は崖の上から降り注いでいる。
『何の光だと思う?』
『分からないわ。光源を直接見てみないと』
俺の疑問にスマラはこう答えた。仕方がない。ちょっと大変だけど、頑張って登りますか。
俺は崖に取りつくと、そのままスルスルと登り始めた。幸い、崖の壁面は僅かなりとも手がかりがあり、登ることはそれほど大変ではない。それに、さっきのミルクティーのおかげか、筋力も上昇している気がする。後でスマラに数値を教えてもらおう。
危なげなく崖を登りきると、そこには幻想的な光景が待っていた。
そこは洞窟というよりも大空洞といった広さがあった。一面が緑色の光で包まれているが、広すぎて奥がどこまであるのか見ることができなかった。
その光に照らされているのが、地下水脈が作り出す大小様々な大きさの泉だった。光を反射して輝く水面は、空洞内を流れるそよ風に吹かれ、さらに幻想的な景色を作り出していた。奥から水の流れる音も聞こえてくるので、おそらく地下水脈に繋がっているのだろう。
『すごい…。ここって〈魔力の花〉(マナ・ブルーメ)の群生地だったのね』
『〈魔力の花〉(マナ・ブルーメ)?』
『あの緑色の光を発してる花があるでしょう? あれが〈魔力の花〉よ。あの花から採れる〈魔力の実〉(マナ・ケルン)は、色々な魔術の触媒になるから、〈魔術師組合〉(メイガスギルド)に持って行けば、高値で引き取ってくれるわよ。品薄の時期なら魔法を教えてもらうこともできるらしいわ』
普通、こんなに群生することはないんだけど…。そう言いながら、スマラは陶然と景色に見入っていた。
俺もしばし見蕩れていたが、気を取り直してスマラに聞く。
『〈魔力の実〉はどうやって採集するんだ?』
『簡単よ。花を調べて実がなっていたらそれを取るだけ』
なるほど、簡単そうだ。俺達は手近なところから、実の採集を始めて行った。
広い空洞のそこかしこに生えるマナ・ブルーメだったが、実を付けている花はそう多くなかった。とはいえ、あきれるほどに沢山生えているので、時間はかかるがかなりの量を採取できそうだ。
マナ・ケルン自体の重さは大したことがないので、用意していた布袋に詰めていく。
『ちょっと、あんまり実がないわよ』
『こっちは結構見つけてるけど』
どうやら〈幸運〉の値が発見率に関わっているようだ。俺といても見つけることができないと思ったのか、スマラは一人で奥へと進んでいく。
スマラの奴、もう反省したことを忘れてないか?
仕方なく、俺は心話でスマラを呼び戻そうとした。すると。
『ちょっと、こっちに来て! すごいわよ!』
とスマラが興奮した様子で心話を送ってきた。
その言葉に従い、俺も奥へと進んでいく。
奥に進むにつれ、水の流れる音が大きくなってきた。どうやら水脈があるようだ。俺はスマラの姿を探して大きく張り出した岩を回り込んだ時、その光景が目に飛び込んできた。
轟々と流れ落ちる大きな滝。
マナ・ブルーメの光を浴びて煌めく巨大な滝は、空洞の中でも最も大きい泉(小さな湖といったほうが正しいか)に流れ落ち、そこから大小の水脈に向かって流れていく。
この空洞の中で最も美しいであろう光景に見入っていたが、スマラが滝壺にじっと視線を向けているのに気が付いた。
『どうした?』
『うん、流れが激しくて良く分からないんだけど、滝壺の中に何かあるような気がするの』
スマラにそう言われて、俺も滝壺をじっくりと観察する。
激しく流れ落ちる滝の影響で、中々上手く見えないが、確かに何かがあるように見えた。
『確かに何かあるように見えるな』
『でしょ? 調べてみる?』
見た感じそれほど深くもないようだし、調べてみるか。
俺は集めたマナ・ケルンを背負い袋に仕舞うと、スマラに番を任せて滝壺に近づいた。そして、大きく息を吸うと滝壺へと飛び込んだ。
滝壺の中は緑色の光に照らされ、流れ落ちる滝によって作られた水の流れによって、外とは違った美しさだった。
そして、丁度滝が流れ落ちている場所に、水底の岩に埋もれるように、何かが光っていた。
俺は近づいて、慎重に確認してみる。どうやら何かの金属のようで、滝の流れによって磨かれたのか、滑らかに丸くなった表面が、光を反射して輝いていた。
大きさは直径20センチほど。持ってみると、大きさの割に軽い印象を受ける。アルミニウムかな?
息も苦しくなってきたので、俺は金属を持ったまま、水面へと泳いでいった。
水面から顔を出し、大きく息を吸う。何度か深呼吸をして息を整えると、待っているスマラに拾ってきた金属を掲げ、戻ろうとした。
スマラは、俺の方を見ているが、その視線は奇妙なことに俺の背後を見ているように感じる。
『どうした?』
『ヴァイナス、うしろ、うしろ…』
スマラに言われて、俺は後ろを見た。
俺の目に映ったのは、滝を割るように首をもたげた、大きな蜥蜴のような生物だった。そいつは俺の方をじっと見ている。
そいつはゆっくりと動いて滝から出て来た。
大きい。
尻尾までを含めれば体長4メートルはあるか。滝から抜け出したそいつはするりと水に入ると、ゆっくりとこちらに泳いでくる。
『何やってるの! 早く逃げて!』
スマラの叫びに、俺は慌てて岸に向かって持っていた金属を放り投げ、岸へと泳ぎだす。
俺が動いたのを見たのか、蜥蜴は泳ぐスピードを上げて近寄ってくる。その動きはさっきまでとは違い、獲物を狙う危険な魔物そのものだった。
俺は岸に手を掛けると、腕の力で身体を引き上げると、その勢いのまま岸に転がり出る。
間一髪で蜥蜴の噛みつきを躱すことができた。
俺は腰から武器を抜き放つ。今回はレイピアではなく、シミターを使ってみる。
やはり〈体力〉が成長しているようだ。シミターは軽々と振り回すことができた。シミターは【鋭刃】の魔法によってうっすらと光を放っていた。
蜥蜴が滝壺から這い出してくる。改めて観察する。
どうやら蜥蜴ではなく山椒魚のようだ。体表は滑りを帯びた体液で包まれテラテラと輝いている。瞳孔のない瞳は、じっとこちらを見つめ、何を考えているのかを窺い知ることはできない。
唐突に、山椒魚は伸び上がるように飛びかかって来た。俺は直前まで引きつけてから、身を躱しつつ側面へと回り、シミターで斬りかかった。
魔法によって切れ味の増したシミターは、易々と山椒魚の表皮を切り裂く。だが、体液で覆われた身体には、致命傷を与えられなかった。反対に、飛び散った体液が触れた肌に、痛みが走った。
山椒魚の体液には、毒か酸かは分からないが、触れた者にダメージを与える効果があるようだ。これはきつい。倒すまでにある程度のダメージは覚悟しないと。
ややトリッキーな動きではあるが、攻撃自体の速度は大したことがない。体液でダメージを受ける以上、通常の攻撃は受けないようにしないと。
俺は攻撃を回避しながら、カウンターで山椒魚を切り裂いていく。体液を浴びる度に走る痛みに耐えつつ、攻撃を続けた。
やがて、山椒魚の動きも鈍くなり、俺は止めを刺すべく、もはや見慣れた噛みつき攻撃を回避しようと身構えた。
それは決して油断ではなかった。
山椒魚は大きく口を開けると、そこから何かを吐き出したのだ。
今までにない攻撃に、俺の回避は一歩遅れる。
躱し損ねた左腕に吐き出されたものが掠る。その部分は煙を上げながら爛れていく。
「ぐぁぁぁっ!」
俺は思わず苦痛の叫びを上げる。山椒魚は、強力な酸を吐き出したのだ。
俺は痛みを懸命に耐えながら、酸を吐き出したことで動きを止めた山椒魚にシミターを突き込む。
シミターは山椒魚の眉間へと吸い込まれ、柄までが山椒魚の身体へと消えた。
山椒魚は激しく身を捩ると、その場で暴れ始めた。その滅茶苦茶な動きに巻き込まれないよう、俺はシミターから手を離し、後方へと下がった。
しばらく暴れていたが、徐々に動きは鈍くなり、山椒魚は僅かに痙攣すると、そのまま動きを止める。
俺はその場に跪き、傷みに耐えた。酸によってダメージを受けた左腕は痛みのせいで動かすことができない。
「大丈夫!?」
「あんまり大丈夫じゃないな」
俺はスマラにそう答えると、水辺に近づき、爛れた左腕を洗う。
激痛に意識が飛びそうになるが、我慢して洗い流し、傷薬を使って傷を癒す。
思わぬ強敵に苦戦したが、なんとか倒すことができた。左腕はしばらく動かしたくはないが、まずは荷物を回収して、他に敵はいないか確認しないと。
山椒魚は滝の奥から現れた。おそらく滝の裏側に洞窟があってそこから現れたのだろう。
もしかしたら出口かもしれない。
俺はシミターを回収し、スマラと共に荷物をまとめると、滝の裏側に向かおうと滝へと目を向けた。
そこには見たくない光景が待っていた。
滝の裏から顔を出しているのは、先ほど戦った山椒魚だ。
苦労して倒した山椒魚が5匹。
そいつらは首を巡らして、俺達に気が付くと、ゆっくりと向かってきた。
うん、無理だ。あの先には「死」しかない。
「「逃げよう」」
俺はくるりと滝に背を向けると、一目散に駆け出した。スマラは影に飛び込む。
ちらりと背後を確認すると、仲間である山椒魚の死体に群がり、貪る山椒魚が見えた。
良いぞ、そのまま共食いしてろ!
俺は心の中でそう叫ぶと、走る足に力を込める。
だが、現実はそう甘くはなかった。
背後から音がする。
見ると、共食いからあぶれた山椒魚が1匹、こちらを追いかけてくるのが見えた。
その動きはさっき倒した山椒魚に比べて早い。
追いつかれるわけではないが、振り払うこともできずに、俺は登って来た崖まで来てしまった。
目の前には崖。背後には山椒魚。
俺は山椒魚へと向き直り、どうするか考えた。
こいつを何とか倒したとしても、食事を終えた山椒魚が追い付いてくれば、恐らく勝ち目がない。
目の前の山椒魚も、仲間を倒されたことは理解しているのか、俺の力を探るようにじっと身構えている。
このまま時間をかければ、不利になるのは俺の方だ。
頭の中ではそう理解しているが、目の前の山椒魚から目を逸らすことができない。
目を逸らせば、途端に襲い掛かってくるだろう。
打開策を思いつくこともなく、時間だけが過ぎていく。
やがて、岩場の影から別の山椒魚が顔を出した。どうやら食事は終わったらしい。
いよいよ後がなくなった。
前門の虎、後門の狼。
追い込まれたこの状況で、どうする?
答えは分かっている。ただ踏ん切りがつかないだけだ。
躊躇している俺の視界に、3匹目の山椒魚が現れた時、覚悟を決めた。
「南無三!」
俺は背後を振り返ると、崖へと身を躍らせた。
丁度俺の動きに反応し、山椒魚の1匹が飛び掛かってきていた。崖に飛び込む俺の動きに対処しきれず、そのまま崖に飛び込む形となる。
崖の高さは約10メートル。あっという間に地面が迫る。
俺は地面にぶつかる直前、少しでも衝撃を逃がそうと、全身を使って落下に抵抗した。
崖の壁面を蹴り、下への勢いを斜め前へと変えた。そして腕を使って角度を調整し、柔道で言う「前周り受け身」を取る。
肩に走る衝撃。
隣で山椒魚が地面に叩きつけられる鈍い音。
当然、勢いを殺しきれるわけもなく、何度も回転し転がり続けた。俺は転がりながら頭を抱え、丸くなるように姿勢を変えた。もはや上下左右がどうなっているのか分からない。
やがて、背中が堅い物にぶつかって回転が止まった。
衝撃で息が止まる。
俺は大きく咳き込むと、ゆっくりと手足を伸ばし、目を開けて周囲を確認した。
俺の身体は、崖のある広間の壁に当たって止まったようだ。少し左に入って来た通路への入口が見えた。
山椒魚は落下した衝撃で死んだのか、ピクリともしない。
俺は周囲を警戒しつつ、ゆっくりと身体を動かし、異常がないかを確認した。
至る所に擦り傷があるが、骨に異常はないようだ。落下の瞬間打ち付ける形になった肩も、内出血はあるが折れてはいない。
訓練場での経験が役に立った。俺は心の中でジュネに感謝した。
俺は大きく息を吐くと、その場に座り込む。スマラは影から姿を現すと、俺の傍らに座り、
「大丈夫!? 怪我はない!?」
と心配そうに声を掛けてきた。俺は笑顔を浮かべると、
「とりあえず大きな怪我はないよ。身体中痛いけどね」
と答えた。
それを聞いてスマラは安堵の息を吐く。
それにしても良く助かったものだ。
もう一度崖の上の様子を窺い、山椒魚が来ないことを確認すると、俺は傷薬を取り出し治療を始めた。
薬を塗るため傷口に触れる度、傷みに声が出そうになる。
それにしても、この世界における「痛み」はきつい。
他のVRゲームでは、痛みはほとんど感じることはない。攻撃を受けた時に衝撃は感じても、痛みを与えるようなことはほとんどないのだ。
これは、痛みによって引き起こされるショック死を防ぐための措置であり、安全面を考慮するのであれば、必要なシステムなのだろう。
しかし、オーラムハロムは敢えて痛みを組み込んで、よりリアルな世界を感じて欲しいのかもしれない。痛みを感じるということは、裏を返せば、肉体的な快楽を感じることもできるということだから。
暑い中、水浴びをした時の気持ち良さ、寒い冬に温泉に入る気持ち良さなども、より鮮明に感じることができるはずだ。
もちろん、「痛み」によって現実的な「死」などは起きないように設定されているとは思うが、大人になり、仕事はデスクワーク、インドア派の趣味どっぷりという環境の俺は、ちょっとした怪我すらほとんどする機会がなくなっている。
正直言って、怪我がこれほどの痛みだったかどうかが分からないのだ。
VR機器は人体(精神)に対する過剰なストレスを感知した場合、強制的に接続を中断するシステムが例外なく組み込まれている。
それが作動していないということは、俺にとってはこの程度の痛みは許容範囲だということだ。
俺、割と我慢強いかもしれない。
そんなことを考えつつ、傷薬を塗る。こんなことになるなら、〈月光の護り〉(ムーン・ベネディクタ)は使わなければ良かった…。
手持ちの薬を使い切り、治せるだけの傷を癒したところで、先ほど手に入れたアイテムを確認する。
魔力の実はいいとして、謎の金属のほうだ。
「なあ、これが何か分かるか?」
スマラは俺が差し出した金属を見つめ、
「あら、これって〈流白銀〉(ミスリル)じゃない! 珍しいわね」
ミスリル?
ファンタジー世界では有名なあの?
スマラの声を聞いて、俺も手の中の金属をまじまじと見つめた。見た目よりも軽く、不思議な光を発するそれは、俺の手の中で静かに輝いている。
「これは一体どういうものなんだ?」
「ミスリルは魔法金属の一種で、武器や防具を造る素材となるものよ。もちろん宝飾品の材料としても優秀だけど。もっとも、加工が難しいから、扱える鍛冶師を探さないとだけどね」
貴方の着ている〈森妖精の鎖帷子〉もミスリルよ。
スマラにそう言われて思い出す。そういえばこれもミスリル製か。
まあそうだよな。どこでも簡単に加工できるのかと期待したのだが、そういうわけにはいかないらしい。
「魔法金属って他にもあるのか?」
「あるわよ。〈神金剛〉(アダマンタイト)に〈緋々色金〉(ヒヒイロカネ)、〈水晶鉱〉(クリスタイト)に〈精霊鉱〉(グラムタイト)、〈虹銅鉱〉(オリハルコン)でしょ? 合金なら〈流銀鈦〉(イシルナウア)に〈大馬士革鋼〉(ダマスカス)もあるし、それから…」
「ああ、今は良いよ。詳しい話は見つけた時に頼む」
説明を続けようとするスマラを止めて、俺はとりあえず魔力の実とミスリルを〈全贈匣〉に仕舞う。そろそろ容量が厳しくなってきた。
そういえば、能力が減少して〈全贈匣〉の容量が減った場合、中にあるアイテムはどうなるんだろう?
スマラに聞いてみると、
「確か、入れたままならそのままだけど、一度でも出すと容量を超えていた分は入らなくなるらしいわよ」
私は容量が変わるような経験をしていないから、試したことはないけどね。そういって首を竦めた。
なるほど。無くなったりしないなら問題ない。
俺は荷物を纏め、探索を再開した。
辿ってきた通路を折り返し、分岐点まで戻ると、そのまま直進する。しばらく進むと通路はL字型に曲がり、その先には扉があった。
俺は扉や周辺を調べて罠や鍵がないことを確認すると、静かに扉を開け、鏡で中を確認する。
そこはまたもや聖堂のようだった。松明の明かりでゆらゆらと照らされた室内には、中央に異形の存在を象った像があり、周囲の壁にも悪魔のような彫刻が飾られている。
像の前には祭壇があり、そこでは何かがごそごそと作業をしている。俺は鏡の角度を変えてスマラに見えるようにする。
『あれは〈鬣犬鬼〉(ノール)…。それにあっちの大きいのは〈半巨人〉(ハーフジャイアント)!あいつら、何やってるのかしら?』
ノールは祭壇の前にしゃがみ込んで、何か作業をしているようだ。ハーフジャイアントはその後ろで暇そうに欠伸をしている。
『どうする?』
『はっきり言って、話は通じないと思うわよ。ハーフジャイアントはともかく、ノールはコボルドとも仲が悪いしね』
結局戦うことになるのか…。まぁ、こんな場所にいるんだから、真っ当な奴等だとは思えないが。
俺は明かりを消し、フードを被ると、スマラを影に潜ませ、ゆっくりと扉を開けた。
ノールは作業に夢中で、こちらには気が付いていないようだ。ハーフジャイアントも同様に気づいていない。
俺は足を忍ばせてノールの背後に近づき、ゆっくりとシミターを引き抜いた。そして、あと一息というところまで迫り、一気に斬りかかった。
突然姿を現した俺に驚いたのか、ハーフジャイアントが叫び声を上げた。その隙をつき、ノールを背後から袈裟切りにする。
不意を打たれたノールは、何もできずにその場に倒れる。どう見ても致命傷だ。起き上がることはできないだろう。
俺はシミターを構え、ハーフジャイアントに向き直る。
仲間を倒されたことに、怒りの雄叫びを上げて襲い掛かってくるハーフジャイアント。
その体格に見合った攻撃は脅威だが、当たらなければどうということはない。大振りな攻撃を直前で見切り、躱す。
轟音を立てて床に叩きつけられる〈大型棘鎚〉(モール)を飛び越え、無防備な喉へとシミターを突き立てた。【鋭刃】によって強化された刀身、その半ばまでを喉へと飲み込みながら、ハーフジャイアントは前のめりに倒れる。その瞳からは、すでに光が失われていた。
ハーフジャイアントの喉からシミターを引き抜き、鞘に納めると、彼らが何かをしていた祭壇を調べてみることにした。
どうやら彼らは遺跡荒らしだったようで、祭壇に嵌めこまれている宝石を外していたようだ。全部で6つあったであろう宝石は、ノールの手によって既に二つ外されていた。
『特に魔力とかは感じないわね』
宝石や祭壇を見ながらスマラが言う。それならせっかくだし、宝石はもらっていくか。
俺は作業用の道具をベルトポーチから取り出すと、宝石を外しにかかった。
それほど強く固定されていないのか、宝石は簡単に外すことができた。俺はそれを革袋に仕舞うと、今度は石像に向き合った。
石像の額には、大きなルビーが嵌めこまれている。
『せっかくだから、あれももらっちゃえば?』
俺が石像を見ながら思案していると、スマラがそう言ってルビーを外すように促してくる。
確かに祭壇の宝石も外せたのだし、あれだって外しても問題ないだろう。
俺は軽い気持ちで祭壇に乗り、額にあるルビーに手を掛けた。
その途端、周囲で何かの音がする。
俺は慌てて周囲を見回す。
すると、視界の隅で何かが動くのを捕えた。
そちらに視線を向けると、壁に取り付けられていた彫刻、それが動き出しているのが見えた。
『〈悪魔石〉(ガーゴイル)よ! 気を付けて!』
動き出した石像の正体を看破したのか、スマラが心話で注意を飛ばしてきた。
石像に触れたことがトリガーになったのか、壁に彫られた彫刻だと思っていたものが動き出した。
ガーゴイルとは、中世欧州で館の外装に使われた、悪魔を象った石像だが、この世界でのガーゴイルも同じような存在らしい。
もっとも、現実世界のガーゴイルは動いたり、人を襲ったりはしないのだが。
動き始めたガーゴイルは6体。だが、動き出しに斑がある。俺は最初に動き出した個体を目標とし、攻撃する。
シミターが翻り、床を蹴って飛び掛かろうとしていたガーゴイルにカウンターが入る。お互いの勢いも加わり、ガーゴイルは一撃で砕け散った。
俺は次の目標に向かって進んでいく。今度は2体同時に相手をすることになるようだ。
俺の影からスマラが飛び出し、1体を牽制する。その間に俺はもう1体を相手にするいつものコンビネーションだ。ここまでの戦闘でかなりスムーズに連携をこなせるようになってきた。
繰り出されるガーゴイルの攻撃を躱し、攻撃を重ねていく。堅い石の身体に閉口しつつも、数合の打ち合いで破壊した。
スマラが牽制しているガーゴイルに側面から斬りかかる。ガーゴイルは大して知性もないようで、スマラに気を取られていたガーゴイルは、俺の攻撃をまともに喰らい、動きを止める。
その間に残った3体のガーゴイルが、床に降り立ち俺達を囲んでいた。
そこからは乱戦となった。流石に俺もスマラも無傷と言うわけにはいかず、結構なダメージを受けたが、1体ずつ丁寧に破壊していくことで、何とか勝利することができた。
最後の1体を倒し、大きく息を吐く。
「痛たた…。でもなんとかなったわね」
受けた傷の痛みに顔を顰めつつ、スマラが声を掛けてくる。
俺は頷くと、息を整え、改めて石像の額からルビーを取り出した。祭壇に嵌めこまれた宝石に比べて二回りほど大きいルビーは、松明の光を浴びてキラリと光った。
「ねぇねぇ、それは私が持っていてあげる!」
スマラが俺の足元で、ブーツを叩きながら提案してくる。俺がルビーを渡すと、早速〈全贈匣〉を開いて中に仕舞っていた。
「それにしても、この遺跡って祭壇みたいなものが多いわねぇ」
スマラが周囲を見ながらそんなことを言う。確かに、それは気になっていた。イデアーレの話では、悪魔崇拝者の拠点だったということだが、他にも何か秘密があるのかもしれない。
「今はそれを気にしても仕方がないな。特に他にはないようだし、先へ進もう」
俺はスマラを促すと、石像の裏に隠されるように開いた通路へと進んで行った。
 




