表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/118

11 幻夢(VR)だからって殺意高すぎ

 散々な目にあった場所から折り返し、俺達は通路を反対方向に進んでいた。スマラはまだ照れているのか、静かなままだ。

 松明に照らされた通路は特に危険な罠もなく、突き当りまで進むと、木製の扉が姿を現した。今度はシンボルではなく魔法文字が刻まれている。扉に触れる前に、スマラに確認してもらう。

『大丈夫、扉に魔力は感じないわ』

 スマラの言葉に頷き、俺は扉を調べ、罠がないことを確認すると、静かに扉を開け、手鏡で中を確認、中へと入って行く。

 そこは悪魔崇拝者が儀式を行っていた聖堂のような場所だった。違いがあるのは、祭られている像が破壊され、無残な姿になっていることと、中央にある祭壇らしき台座を挟むように、二体の像が立っているところだろうか。

 二体の像は何かを掲げているような姿をしているが、その手には何も持っていない。

 そして祭壇の上には、金属製の見事な細工の壺のようなものが置かれていた。杯のような形をした台座の上では、思い思いのポーズを取った七匹の猫の彫刻が据えられている。

 台座の左右から持ち手のように、宝石を咥えた蛇の彫刻が嵌め込まれ、芸術品としても非常に価値がありそうに思えた。

 俺は祭壇には近づかずに石像や周囲を観察する。

 祭壇に向かって左側の像は、ゆったりとしたローブを纏い、月桂樹らしき冠を被っている。印象としてはギリシャ風だろうか?

 一方右側の像は、中世風のローブを纏い、蔦で出来た冠を被っていた。

 正面の像は大部分が破壊され、足元しか残っていない。かろうじて裸足であることが分かるくらいだ。

 俺は、壁際に沿って室内を調べてみたが、特に罠や仕掛けは見つからなかった。

 そして壊れた石像の奥には、溶岩溜まりから上る熱気と硫黄の香りが漂っていた。

 近づいて覗いてみると、どうやら下はマグマの河になっているようで、空間的には聖堂の部屋とも繋がっているみたいだ。

 河の対岸に目を凝らすと、こちら側と同じような穴があり、左右の岩場を伝って行けば、河の反対側に行くことができそうだ。人一人がかろうじて歩ける程度の足場しかないようだが。

 落ちたら死ぬね。うん。

 俺は部屋へと戻り、改めて部屋の中を探索した。

 石像の瓦礫に埋もれるように、儀式の道具と思われる品が見つかった。


 杖、槍、剣、杯、鏡


 これらが部屋の中に散らばって落ちていたのだが、さて、どうしたものか…。

「なあ、どう思う?」

 俺はスマラに声を掛ける。

「どう思うって、この祭壇のこと? はっきり言って良く分からないわよ。せめて正面の石像が誰だったか分かれば手がかりになるとは思うけどね」

 ふむ。祭壇のように見える以上、何かしらの神、もしくはそれに類する偉人をモデルにしているのだろうが、この世界の伝説とかに当てはまりそうな人物はいるのだろうか?

 俺はム・ルゥに教わったオーラムハロムの歴史や伝承の中に、このような存在がいなかったかどうかを確認しようと、〈全贈匣〉から手帳を取り出し、調べ始める。

 ム・ルゥに聞いた話は系統立てて教わったものではないため、まずはどこに何があるかを思い出す必要があった。

 本当は清書するつもりだったからなぁ…。

 俺はぼやきつつも、丁寧に確認していく。

 俺が手帳を調べている間、スマラは退屈だったのか、砕かれた石像や祭壇の周りを回って何かを調べているようだった。

「うーん、ここまで壊れていると何がなんだか分からないわね~。それにしても、この置物は見事ね~。造りは大分古いけど、今でも十分価値があるわね」

 流石に迂闊なことはしないと約束したばかりなので、安易に祭壇には近づかないが、スマラなりの暇つぶしをしているようだ。

「それにしても、この置物、どこかで見たことがあるような…? どこだったかしら?」

 スマラはそんなことを言いながら、盛んに首を傾げている。俺は手帳を調べる手を止めると、

「何でもいい。何か思い出したら教えてくれ。僅かでも手がかりが欲しいんだ」

 と声を掛ける。スマラは思い出そうと必死に頭を捻る。

 すると、ハッとした表情で顔を上げた。

「分かった! あれはカルブンクルスの屋敷を訪ねた時に見たんだ! 確かカルブンクルスは骨董品としての価値よりも、細工が大事とか言ってたっけ…」

 今は失われたサルナスの影響がどうとか何とか…。スマラはブツブツと独り言を言いながら置物を見ていたが、俺はその呟きの中に気になる単語を見つけた。

 サルナス…。今は亡き都市国家、失われし冥神――

 俺は慌てて手帳を調べる。確かあれは神々の性質の話から派生して、個々の神々の話を聞いた時に…。

 あった!

 俺は小さく拳を握る。今は亡き都市国家で信仰されていた冥神に連なる三柱の存在。

 そこにはそれぞれの神の特徴と、シンボルとなる品が書かれている。

「見つけたぞ!」

「えっ、何々? 何が見つかったの?」

 スマラは俺の声に驚いたのか、慌ててこちらに近づいて来る。

 俺はそんなスマラを抱き上げ、頬擦りした。

「ありがとうスマラ! おかげで謎が解けた!」

「ちょ、ちょっといきなり何よ、や、止めて、くすぐったい~」

 俺の感謝の頬擦りにスマラは目を白黒させる。

一頻り頬擦りをして満足した俺は、前足でしきりに顔を洗っているスマラに説明をする。

「おそらく、砕かれた石像はサルナスで信仰されていた冥神で、左右の像はその兄弟神だと思う。左の月桂樹を被った像は杖を、右の蔦を被った像は槍を持っていたはずだ」

 俺は手帳を見ながら、もう一度像を確認する。左右の像の特徴は、ム・ルゥから聞いたものと一致する。

 俺は手帳を仕舞うと、左の像には杖を、右の像には槍を持たせてみた。

 その瞬間、カチリという音が聞こえる。祭壇からだ。俺は慎重に祭壇へと近づくと、そっと置物を手に取った。

 一見すると、ただの置物に見えるが、一体何に使うのだろう? 単なるオブジェなのかな…?

 向きを変えたりして、矯めつ眇めつしていた時、不意に背筋がゾワリとした。反射的にその場にしゃがみ込む。

 その俺の頭上を、何かが通り過ぎて行った。聞こえる音から、かなりの質量を持ったものが通ったらしい。

 さっと目で追う。

 通り過ぎたのは、金属製の杖だ。見ると、左の石像が杖を振り切った状態で動きを止めていた。

 どうやら石像はゴーレムだったようだ。不意打ちによる初撃を躱された石像は、再度俺を攻撃しようと向きを変えている。

 体勢を整える前に倒してしまおうと、俺は石像に近づき、レイピアを構える。その時、背後からの気配に慌てて祭壇の方へと飛び退いた。

 さっきまで俺がいた場所を、空気を切り裂きながら繰り出されるのは金属製の槍だ。右の石像もゴーレムだった。油断した。

 俺は祭壇の上へと飛び乗り、2体のゴーレムに向き合う。

 移動する動き自体は遅いのだが、繰り出す攻撃の速さはそれに反して非常に速い。幸い魔法などは使わなそうなので、時間は掛かりそうだが、なんとかなりそうだ。

 ふと思いついて、俺は足元の祭壇に置物を戻してみた。元に戻せば動きが止まるかと思ったのだ。

 残念ながら、石像は動きを止めることなくこちらへと向かってくる。仕方がないので、挟み込まれないように注意しながら、壊れた石像の奥、崖の部分へと石像を誘導する。

 流石にレイピアでこいつらを相手にするのは遠慮したい。上手くいけば時間を掛けずにこいつらを倒すことができるはず。

 俺は距離的に近かった左の石像に近づき、攻撃を誘う。

 予想通り石像は、手に持った杖を振りかぶり、殴りかかって来た。俺はギリギリのところでそれを躱し、背後に回り込むと、思い切り体当たりをかます。

 勢いのついた体当たりに耐え切れず、石像はバランスを崩す。その先には溶岩の河が流れる崖が。

 崩れたバランスを取り戻すことなく、石像は溶岩の河へと落ちて行った。こうすれば戻ってこれまい。

 もう一体の石像も、同じようにして河へと叩き落とした。

 石像を処理した俺は、改めて置物を手に取り、

「なぁ、これがなんだが分かるか?」

「うーん、カルブンクルスの所にあったものと同じなら、古代の金庫というか貯金箱みたいなものらしいわよ。金貨だったらほぼ無限に入るらしいわ。重さも感じないみたい」

 マジで? それって凄くない?

 この世界では当然、貨幣にも重量は存在する。具体的には金貨1枚=1WPになるわけだが、金貨が1000枚もあると、俺には全てを持ち運ぶこともできない。

 けれどこの置物に入れておけば、簡単に金貨を持ち運ぶことができるということになる。

「これって、入れることはできるけど、出すことはできないなんてオチはないよな? あと入れた金貨が消えちゃうとか」

「それじゃ貯金箱の意味がないじゃない。少ない枚数なら蓋についてるスリットから入れればいいし、多いなら蓋を外して直接入れればいいらしいわよ。取り出すときも蓋を外して出せばいいわ」

 言われて置物を調べてみる。なるほど、上手く細工で隠されているけど、上の部分が蓋になっており、外すと中を見ることができた。外側と同じ金属の内側は、何故が底を見ることができなかった。暗くなっていて見えないのだ。試しに手を突っ込んでみたが、肩まで入れても底に手が着かない。

「これって少ない枚数が入っているだけの場合、取り出すとき大変じゃないか?」

「逆さにして振れば?」

 オゥ、気が付かなかったネ。

 ちなみに金貨以外のものは入らないかと試してみたが、流石マジックアイテム、入れようとしたら見えない壁があるみたいに入れることができなかった。

 金貨は出し入れできることも確認したので、とりあえず〈全贈匣〉に仕舞っておく。今は金貨の持ち合わせがほとんどないし。これに溢れんばかりの金貨を入れられる日が来るといいなぁ。

「ちなみに、これの名前は分かる?」

「知らない」

 まぁいいや。このクエストが終わったら調べるか。


 俺は他に何かないか調べ終えると、いよいよ先へ進むことにした。そのためには、この溶岩の河を超えて行かなければならない。俺は壁面に僅かにある足場を見、溶岩の河を覗きこんで、ゴクリと唾を飲み込む。

 左右の足場はどちらも大して変わらないくらい細い。細いままで緩やかに下りながら、反対側の穴へと繋がっている。

渡りたくはないが、渡らないと先へは進めないので、覚悟を決めて渡り始める。

右の足場に向かう。特に理由はない。

 足元から昇る熱気と硫黄の匂いに、頭がくらくらしてくる。汗が噴き出す傍から蒸発していくのが感じられた。ちなみにスマラはちゃっかり影の中に入っている。

 半ばまで来たところだったろうか。突然、足元が崩れた。とっさに手を伸ばし壁に張り付いた。

 訓練しておいてよかった。その甲斐あってかろうじて転落を免れたが、僅かだった足場がなくなり、これ以上進むのは無理そうだ。仕方がないので反対側の足場を伝って行くことする。

 それにしても殺意が高い。万が一転落したら「I‘ll be buck!」って言いながら死んでやる。復活するけど。

 気を取り直して慎重に足場を進んでいく。反対側の足場は特に崩れることもなく、なんとか反対側まで辿り着くことができた。

 到着したことで油断があったかもしれない。

 不意に、地面が揺れた。

 思わずその場に膝を着くと、揺れが収まるまでじっとする。こんなところで地震とは…。

 直後、俺はこれが地震ではないことに気づかされた。溶岩の流れが急に激しくなり、河から溢れそうになっている!

 このまま溶岩が溢れれば、為すすべもなく焼け死ぬだろう。俺は慌てて立ち上がり、溶岩の河に背を向けると、奥へと走り出す。

 幸い、奥に向かっては上り坂になっており、登りきればひとまず安心だろう。ちらりと後ろを振り返ると、溶岩は先ほどの足元まで流れてきている。頼むからそこで止まってくれ。

『危ない!』

 俺が背後の溶岩に気を取られていたところに、スマラが鋭い心話を飛ばしながら、俺の足元に絡みつく。

 俺は足を取られて転倒した。さっきまで俺の顔があった場所に、壁の隙間から噴き出した高温のガスが通り過ぎていく。

 危なかった。あれを浴びたら火傷じゃ済まない。下手をすれば即死するだろう。

『サンキュ、助かった』

 俺はスマラに礼を言い、スマラを抱え上げ、ガスを避けるように立ち上がると、通路を駆け上がる。

 溶岩は下のエリアで止まったらしく、ここまで溢れてくる気配はない。俺は周囲を見回して危険がないことを確かめると、大きく息を吐く。

 本当に殺意が高いダンジョンだ。これで再挑戦なしなのだから始末が悪い。

 〈幸運〉に特化しておいて良かった。あと何回死ぬかは分からないが、残機の多さを利用して絶対クリアしてやる。


 上り坂の先は通路になっていた。俺はカンテラに火を灯すと、通路を進んでいく。しばらく進むと通路はL字型に曲がっていた。その先から何かが姿を現した。

 錆びついた剣を引きずりながら、近づいて来るのは〈動死体〉(ゾンビ)だった。ボロボロの革鎧を着ており、腐敗した顔からは目玉が零れ落ちそうになっていた。ここを探索した、兵士か探索者のなれの果てだろうか。それが2体。

 俺はカンテラを足元に置き、レイピアを抜いて斬りつけた。

 ゾンビは動きも鈍く、攻撃は稚拙で読みやすかった。特に苦戦することもなく2体とも倒す。

 倒した亡骸を調べても、特に役に立つものはなかったので、先へ進む。戦闘のほうが安心できることに思わず苦笑する。

 通路の先が少し明るくなっている。俺はカンテラの火を落とすと、フードを被りゆっくりと近づいて行く。

 通路を抜けた先は、天然の洞窟になっていた。明かりの原因は周囲に自生するヒカリゴケのようだ。

 鍾乳石が作り出す石筍から垂れる雫は光を反射してキラキラと輝き、千枚皿から流れる水は、空洞を横切るように洞窟内を流れる地下水脈に合流し、大小様々な側洞へと流れ込んでいる。

 水脈が直接流れ込んでいる穴は避け、歩いて通れそうな通路を探してみるが、どれも奥行きがないか、狭すぎて通ることができないものばかりだった。

泳いで進むしかないのか。

 諦めて泳ぐ準備をしようとしていると、スマラが、

「ねぇ、これは何かしら?」

 と言って前足で指し示すのは、水脈の近くに隠すように祭られた小さな像と、その首に掛けられた笛のようなものだった。

 像は犬のような頭を持つ人型のもので、笛はホイッスルのような単純な造りの石でできたものだ。

 何のためのアイテムなんだろう?

 笛である以上は吹けばいいのだろうが、吹くことで何が起きるのか分からない。吹くのは最後だな。

 俺は笛を元のところに戻すと、もう一度空洞内を探索した。

 結局見つかったのはこの石像と笛だけで、俺は覚悟を決めると笛を加え、思い切り吹く。

 音がしない。

 もう一度吹いてみるが、やはり音がしない。壊れているのだろうか?

 すると、水脈の上流から何かが近づいてくる。俺はフードを被り石筍の影になる位置で警戒する。

 流れに乗って近づいて来るのは、奇妙なデザインのゴンドラだった。そのゴンドラを操るのは、犬の頭を持った小柄な人型種族だ。

『〈犬頭族〉(コボルド)よ』

 スマラが心話で教えてくれる。なるほど、コボルドか。

 ゴンドラは石像のある辺りまで来ると停まり、コボルドはゴンドラを降りるとキョロキョロと周囲を見回した。そして誰もいないことに疑問を抱いたのか首を傾げている。

 俺は話しかけることにした。フードを取って姿を現し、石筍の影からコボルドの前に進み出る。

 コボルドは俺に気が付くと、頷いてお辞儀をした。

「探索者の方ですか? 初めまして。僕はこの洞窟で〈案内人〉(ガイド)をしているシェルタと言います。どうぞよろしく」

「俺はヴァイナスと言います。よろしく」

 俺は影に視線をやるが、スマラは姿を現さない。

『私、コボルドって苦手なの。隠れているから内緒にしておいて』

 そう心話で言われたので、小さく肩を竦めると改めてシェルタに向き合う。

「ここから先に行きたいんだけど、乗せてもらえるのかい?」

「もちろん。それが僕の仕事ですから。さぁ、どうぞ」

 シェルタの勧めに従って、俺はゴンドラへと乗り込む。ゴンドラには様々な荷物が乗せられていた。聞けばこの水脈で案内人として働く傍らで、遺跡の中の住人相手に交易のようなことを行っているらしい。

「適当に荷物を寄せて座ってください。そうだ、何か飲みますか?」

 そういえば、暑い場所を通って来たので喉が渇いているな。逆に鍾乳洞を探索しているうちに身体は冷えてしまったが。俺は、

「それじゃあ何かお願いしようかな」

 と言って、飲物を用意してもらうことにした。

「分かりました。えーと、お茶ばかりになるんですが、ミルクティーとストレート、ブランデー入りのどれが良いですか?」

『私、ミルクティーが良い』

 スマラが心話で話しかけてくる。影の中でどうやって飲むんだろう? 俺が心話で疑問を口にすると、

『こっそり飲むから、上手く飲ませて!』

 と、割と難易度の高いことを要求してきた。

『そんなに飲みたきゃ姿を現して、客として乗ればいいじゃないか』

『駄目よ。そんなことしたって、あいつらは私にお茶なんか出すわけないじゃない。水でも飲まされるのがオチだわ』

 どうやら、お互いに良く思っていないらしい。まぁ、無理に姿を現してトラブルになるのも面倒だ。

「それじゃ、ミルクティーを」

「分かりました。少々お待ちを」

 シェルタはそう言うと、山積みされた荷物の間を器用に抜けていき、湯気の立つカップを持って来てくれた。

「さぁ、どうぞ。熱いうちに」

「これはありがたい。頂きます」

 俺は礼を言って、火傷しないようにゆっくりと口をつける。

 旨い。

 鍾乳洞を巡るうちに冷えてしまった身体に沁みるようだ。

『ちょっと、私にもちょうだい!』

 スマラがうるさいので、シェルタがゴンドラを進めるために舳先へと向かったのを確認し、荷物の影へと座り込む。

 スマラは影から現れると、胡坐をかいた俺の膝の上に乗り、両手で器用にカップを持つと、ミルクティーを飲み始めた。

『あったかくて美味しいわね。御馳走様』

 スマラは満足したのか俺にカップを返すと、また影に潜り込む。

 半分ほどに減ったミルクティーを、俺はゆっくりと飲み干す。

『良かったわね。貴方あいつに気に入られたみたい』

 俺がゴンドラの揺れを感じながらのんびりしていると、唐突にスマラがそんなことを言い出した。

『どういうことだ?』

『さっきのミルクティー、魔法薬が入っていたわよ。〈能力〉が成長しているわ。私もね!』

 なんと、それは嬉しい。そういえば何か身体が熱くなっている気がするな。温かい飲み物を飲んだせいだと思っていたが。

 俺は礼を言おうと腰を上げる。すると、

「すいません、ちょっと危険な場所を通り抜けるので、明かりを消してもらえますか?」

 とシェルタが声を掛けてきた。見ると、シェルタはゴンドラの舳先に取り付けていた角灯(ランタン)の燈を落としている。俺もシェルタの言葉に従い、カンテラの火を消す。

 辺りは暗闇に包まれ、シェルタがゴンドラを操る音だけが聞こえる。彼らコボルドは暗視能力があるのだろう、櫂を操る音に迷いは感じられない。

 しばらくして、シェルタがランタンに明かりを灯した。周囲は鍾乳洞から、岩肌の洞窟に変わっていた。シェルタは砂溜まりとなっている岸にゴンドラを近づけると、ゴンドラを停めた。

「私が送れるのはここまでです。お気をつけて」

 そう言って笑うシェルタに、お礼として金貨を10枚ほど渡す。

「お世話になりました」

「いえいえ、これが仕事ですから。また機会があればご贔屓に」

 シェルタはそう言葉を残すと、櫂を操りゴンドラを岸から離し、去って行った。このまま下流へ向かうようだ。

「やれやれ、ようやく行ったわね」

 スマラが影から姿を現すと、フーッと伸びをしている。

「なんでそんなに毛嫌いしているんだ?」

「なんていうかコボルドとは反りが合わないのよ。向こうも私達は生理的に合わないみたいだから、お互い様ね」

 ふむ、犬猿の仲とは聞くけど、犬猫の仲とは聞いたことがない。まぁ、ゲームの世界だし、そういう設定なのだろう。俺はあまり深く考えずに先を急ぐことにした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ