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舞姫の追憶

作者: 東条 合歓

森鴎外「舞姫」のその後。


雅文体頑張りました。

舞姫・追憶




エリスを残し、相沢と共に日本へと帰国して幾年ぞ。


一度捨て去りし立身出世の道は、我が意志に反していとも容易く我を受け入れぬ。


天方伯からの信頼も日毎に厚くなり、魯西亜や独逸のみならず、多くの公務に我を伴い、我もまたそれに従う以外の返答も口にはせざりき。


幾度も決意せしかど、我が本質は変わらじ。


他に流され己の意見を口に出すことは、たとひ強く決意し確固たる自信はあれども我が口に出ることなく、答えを求めらるるも反射的に口をついて出るは必ず賛同の意の言葉なり。


我が心は晴れぬ。


富を得、名声を得、信頼を寄せらるるともそこにあの日々の如き明るさはなし。


貧しきなかにも楽しく、あの狭き家で過ごしたる日々は我にとりて最も楽しき時期にして最も苦しき時期なりとも思ほゆ。


如何に清潔で恵まれた環境にて舌人たる通訳の仕事をすれども、あの雑多なる家でランプの灯の下にて翻訳を行う以上に恵まれたる環境はなきようにも思え、その日々を手離す原因たる我が行ひに塞ぎ込む夜もありけり。



相沢は良き友人なり。


我の持たぬあらゆる物を持ち、決しておごることもなく、常に我が事に気にかけ助言を与えてくれぬ。


それに助けらるる事は幾度もあり。


しかし過日のみ、その友情なるものが我を苦しめたり。


エリスの精神を殺せしは我が友人なりし相沢なれど、冷静に思考を巡らせ再考するに、そは我が置きし強き火力の地雷をば相沢が起爆したるのみのことなりき。


かく頭で理解し得たりたるとも、かの哀れなる狂人の涙せし姿を思い出す度にその原因として相沢を悪とし、一抹の憎悪を抱きし居りし我もまた事実なりき。


哀れなる狂へるかの女。


愛しく、我のみを愛したるエリスなり。


生まれくる赤子を思ひ、手ずから縫ひ作りしあの襁褓を目にする度に心中に浮かびし様々な感情を如何に言葉にすべきか。


かの時病に倒れし我が口にすることの叶わざりし真の言葉こそ彼の心を救う可能性を秘めし言葉なりしや否や。


思考のみにては決して答えの出でざる今現在で我がその正答を知る術は失われたり。


エリスの夢に見たる赤子の目の我と同じ黒なるかということにつきても然るなり。


日本より遠く離れしかの地の話題をエリスが母の文にて知る程度ゆえに、その真実を知るにはかの地を再び訪れるのみ。


されど仕事の多忙さを言い訳に渡航の話題より目を逸らさんとする逃避の感情を抱くのも事実である。


我が本質は今も変わらず、初めてかの舞姫と出会いしかの日より。



ただ我が心を安らかにせしは学問のみなりけり。


純粋無垢な文字の羅列を目で追い、その新たなる知識を記憶する時のみ我が心は平穏を感じ、かの独逸での貧しきなかにも楽しき日々の、病床に伏す彼の変わり果てた表情の、その記憶を一片とも心象に浮かばざりけり。


我が荒みし学問は荒みし我が人生の暗い世界の中にて以前と同様に輝き、その中でのみ我の愛した舞姫は舞台の上にあるが如く笑ひぬ。


かの日々と変わらぬ笑みで。


そが苦しくもあり嬉しくも愛しくもあり。


我が守りし学問の道で、我は無愛想な世界を今日も歩く。


舞姫とは遠くかけ離れた異国の土瀝青の上を。


二作目でした。

とにかく雅文体頑張りました。


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