第七話
今回は前回ほど間を開けずに公開することが出来ました。
最近は執筆が捗っているので次も前回ほどはお待たせすることはないと思いたい。
ではどうぞ。
異世界の姫君
~亡国の姫君、そして異世界~
第7話
飛んでるような落ちてるような足元が無くなったかのような、エレベーターに乗った時に似た妙な浮遊感に襲われて。
暫くしたらその感覚もなくなり足の裏でしっかり地面を感じるとすぐさま他の感覚も周囲の状況を感じ始めた。
少し湿った風を肌に感じ、濃い緑の匂いが鼻孔を突く。そしてすぐ傍から鈴のような声が聞こえた。
「ここは、森の祭壇……?」
そのような声を聞き誠二は閉じていた目を開けると目の前は緑一色だった。
足元は石造りの円形の舞台に見えた。エリフィアの話と今の呟きを鑑みるに今二人が立っているところが禁忌の祭壇とやらなのだろう。
「誠二さん!ここは私の世界です!私、帰ってこれました!!誠二さんのおかげです!」
若干涙ぐみながら自らの知る世界に戻ったことに嬉しさのあまり興奮して誠二に詰め寄るエリフィア。そして当の誠二はと言うと。
「本当に異世界に来たのか……」
周りの景色が全く変わってる事とエリフィアの反応からして正にここは誠二の居た地球ではなく、もしかしたら太陽系の存在していた宇宙ですらなく。
本当の異世界なのだと実感せざるを得ない、『現実』なのだと。
誠二はそれを感じていた。
「はい、ここが私が誠二さんの家の庭に現れる前に居た場所です。グランディア公国の首都グランシスの裏手にある森です。そして今私達が立っている場所が禁忌の祭壇です」
「なるほど。ここで術を使ったらあっちの世界に飛んだわけか。……ところでこの森は首都の裏手だって言ったよね?」
そう問いながら誠二は周囲を探るように視線を走らせる。
「はい、そうですけど」
「だったらなんでここに敵が居ないんだろう?」
「!?」
誠二の言葉を聞いて自分の国がどうなっていたのかを思い出したエリフィアは首を振るように辺りを探る。
「た、確かに。そういえば私が術を発動する直前に敵兵がここまで来てラハールがその足止めをして……。それに戦いの音が聞こえない……?」
「ならここにもまだ敵兵が居てもいいはずだよね?戦いが終わってたら別なんだろうけど」
エリフィアは呟くように自分の記憶を確認してそれを聞いた誠二はその記憶と現状の違和感を口にするが、その言葉の意味を理解したエリフィアは蒼褪めた顔で走り出した。
「エリフィア?!」
エリフィアの行動に驚きつつも当たり前かと誠二は心の中で自らを罵倒する。
今までは見知らぬ土地にいきなり放り出されて帰ることばかりを考えていたが、元々エリフィアが禁術を使ったのは敵国の襲撃から自分の国を守るためであって、決して異世界の平凡な男を連れてくるためではない。
それをしっかり理解もせず他人事よろしく『戦いが終わってたら』などと簡単に口にするなどエリフィアを助けると決めた者が聞いて呆れる。
だがそんなことは後回しで今はエリフィアの力になることが大事だと頭を切り替えて、誠二もエリフィアを追って森の中へ駆け出した。が、走りだしの感覚に違和感を覚え一度立ち止まり二・三度その場で飛んでみると、明らかにジャンプ力が可怪しい。
どうやら重力が地球とは違うようで身体が軽く感じられる。それを理解した誠二は文字通り地を蹴るように再びエリフィアを追って走りだした。
二人が去った祭壇は再び静寂に包まれた。
何かが割れる音を最後に……。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
先に駆け出したのはエリフィアだが重力の違いによりいつもより軽く早く足を運べる上に男の誠二の足ならばすぐに追いつくことが出来た。
エリフィアの横に並走しながら誠二は尋ねる。
「さっきの話だとラハールって人が敵兵の足止めをしてたんだよね?」
「はい。その隙に私が術を発動したんです」
走りだした時の動揺と焦りを無理やり抑えつけ誠二の問いに答えるが、感情は抑えつけられても身体は正直なようで時々足を縺れさせながら走るエリフィア。
「じゃぁそのラハールって人が森に敵を入れさせないように踏ん張ってる事も考えられるか?」
「いえ、その可能性は低いと思います。」
「何故だい?」
足を縺れさせながら走るエリフィアを派手に転ばないか注意しながら誠二は疑問を投げ掛ける。
「あの時は非常時でしたので森の立ち入りを禁ずる法も結界も無意味でした。ならば森の外という広範囲を守るより祭壇を直接守った方が楽だからです」
「確かに、言われてみれば当り前だな」
「それにやはり、戦いの音が聞こえないのも不自然です……」
目尻を歪め今にも涙が滲んできそうな悲愴な表情で話すエリフィアは、しかし折れず倒れず足を縺れさせながらもしっかりと前へ。
どんな現実があろうとも自分の国を助ける為に。たとえ何も出来ずとも。
そう感じさせるほどの意思の下只管に前へ。
それを見て聞いた誠二は、拳を握りしめまだまだ彼女を助けるには至っておらず、寧ろ不安と焦燥を掻き立てるだけの自らの浅慮さに果て無き罵倒を浴びせたい気分だった。
そうしてる間に森の外が見えてきていた。
エリフィアもわかったのかこれまでより一層足を早めて森の外までの100m程を我武者らに駆ける。
そうして、短い森の中の疾走の終着点へと。森の外へと。
二人並んで飛び出した先にあった光景は。
エリフィアからすれば正に絶望。
誠二にしても現実離れした、しかし現実とわかる五感から理解する唖然。
「あぁ、ぁぁ、ぁあ……」
「……」
エリフィアの喉からは掠れた絶望の声が。
誠二は何も言えず。
公都グランシスの象徴グランディア城は原型を留めていなかった。
正確には城の中央だったであろう部分が半分以上崩れて左右の尖塔も半壊。
街を囲む外壁も虫食いのように崩れており城を守ってたであろう城壁も無いに等しく。
さらに先程まで争いがあったかのような煙が至る所から立ち上っていた。そして今いる場所から見て左手側、太陽の位置が地球と同じようならば南側には。
「なんだ、あれ……」
誠二は最初なんなのか分からなかったが、よく見ればそれは人だった。
いや正確には人だったものだろう。つまりは。
死体、だ。
「これっ、血の匂いか……!」
そう今までは走ったり現れた光景に呆然としていて気付かなかったが風に乗って漂ってくる鉄臭い匂いは戦いの跡から溢れる血の匂いだった。あまり意識すると吐き気を催しそうなので誠二は視線を再び前に戻し匂いを無視することにした。そしてエリフィアに意識を戻すと少し震えてるのがわかった。
「大丈夫、かい……?」
大丈夫じゃないのは一目瞭然だが誠二にはそれ以外掛ける言葉が見つからなかった。本当の絶望や失意というものに慰めや励ましなどは時に逆効果になるのだ。
「大丈夫、とは嘘でも言える状態ではありませんね……」
「そりゃそうだよな……。ごめん、やっぱ聞くべきじゃなかったな」
理解しつつも聞いたことを謝る誠二に、しかしエリフィアは首を横に振ってそれを拒否する。
「いえ、誠二さんのその気持ちだけで嬉しいです。心配してくださる方がいるだけで心は楽になるものですから」
「そうか……」
「はい……」
それきり会話は途絶えてしまった。
当り前だろう。エリフィアは自分の国が故郷が滅んだところを目の当たりにしたのだ。話せる状況ではない。誠二にしても彼はそこまで話上手なわけでもないのだ。しかし現実は落ち込む時間を与えてはくれないらしく。
最初に気がついたのは誠二だった。
崩壊した街に目を戻すと瓦礫の中から何かが浮かんでいくのを見つけて。
「なんだ? 鳥、か?」
最初は大きな鳥が羽ばたいてるように見えた誠二だが次第に違和感を覚え始める。
まずは鳥にしては縦にも大きい。デカイと言っても翼の全長が広いくらいで横に大きくとも縦に大きいのは些か不自然だろう。そして何より飛び方が可怪しい。鳥の場合は胴体は水平に保って翼を上下に羽ばたく動きだが、瓦礫から浮かんできた物体は胴体も上下に動いてるように見えるのだ。
翼が下に羽撃くと胴体は上に翼が上に持ち上がると胴体は下にという風に翼で飛ぶというよりも文字通り翼で身体を『浮かせてる』ように見えた。
そして高度が残っていた城の尖塔より高くなった頃。
その飛行物体はこちらに向きを変えて向かってきた。
「こっちにくる?」
その呟きにエリフィアが反応して誠二が見てるものを認識して。息を飲んだ。
「そんな、魔族!?」
誠二はなにやら良からぬ単語を耳にした気分になった。
魔族といえばフィクションでは定番の敵だ。黒くて蝙蝠のような翼があって刺々しいシルエットのまさに悪魔を体現した敵だ。
そして近づいてくる物体も似たり寄ったりのシルエットだった。
「大体予想は付くけど一応聞くよ。魔族ってなんだい?」
近づいてくるエリフィアが魔族と呼んだ生物に注意を向けながら問う。
「異相源魔と呼ばれる異界の生物です。こちらの世界の生物には見境なく襲い掛かる危険な存在です」
予想通りの答えだった。それを考えるとこちらに向かってくるのは移動してるのではなく自分達を狙って来てるのだろう。誠二はそう考えたが、だが逃げようにも空を飛んでるのが相手では逃げきれるものではないだろう。ではどうするか。
誠二は再びエリフィアに問いかける。
「じゃぁあれ今の俺達で倒せるか?」
「わかりません……。魔族にはいくつか階級があってその階級毎に強さが分かれてると聞いたことがありますが、あの魔族がどの階級に属してるかは……」
「そっか。でもどの道飛んでる相手じゃ逃げ切れる保証はないよな」
「まさか誠二さん、戦うのですか?!」
信じられないといった風に振り向くエリフィアに誠二は頷いて答えた。
「無茶です!相手がどのような者かも分からないのに、装備も整えず魔族と戦うなんて!」
エリフィアの言うことは至極尤もでこちらは革鎧どころかただの普段着で防御性など皆無。武器はサバイバルナイフと日本刀が一本づつだが、誠二は日本刀など扱ったことがなくテレビやゲームの見よう見まねでしか振るえないだろう。しかし誠二はそんなことと二の次くらいにしか考えてなかった。
何故なら自分がどうなろうとエリフィアをどこか安全なところに届けなければと、頼まれもしてないのに決めていたからである。自分でも勝手なことだと思ってはいたがそれが九場誠二という人間なのだ。
「無茶なのは分かってるけど俺にはそれしか君を守る方法は思いつかない。それにどちらにしろこのままじゃ俺もあいつに殺されそうだしね」
そう言う誠二の目にはもう大分近づいてきている魔族の姿がはっきりと見えてきていた。
「ですが誠二さんがそこまでする理由などないはずです!これ以上は本当に危険です!」
エリフィアは心の底から誠二を魔族と戦わせたくはないのだろう。涙を目の端に滲ませ必死に懇願する。
「そこまでする理由か。……君を安全なところに送る。俺にはそれだけで十分だ」
近づいてくる魔族を見ながら、ほんの少しだけ口角を上げて誠二は答えた。魔族はもう100mもしないところまで近づいてきている。あと少しすれば誠二達の目の前に降り立つだろう。しかしエリフィアは誠二の答えに納得などしていないようで。
「なぜ、会ったばかりの他人にそこまで出来るのですか……。なぜ私なんかの為に」
俯いて呟き気味の問いに誠二ははっきりと答える。
「俺がそうしたいと決めたからだよ」
それを聞いたエリフィアは諦めたのか溜め息混じりに魔族の方へ向き直る。相手はもうすぐそこまで来ている。もう20秒もしないで目の前に降りてくるだろう。
「分かりました。もう何も言いません。ですが貴方だけに戦わせるつもりもここから逃げるつもりもありませんから」
そう言うエリフィアの瞳は迷いのない真っ直ぐな色をしていた。その色を見た誠二は口元を綻ばせ再び前を。
魔族をその目に捉え見据えた。
ついに主人公が異世界に渡りました。
7話目でやっとかよとお思いの方もいるかと思いますが自分もそう思ってます。
どうしてこうなった……。
次回は初めての戦闘です。
戦闘シーンなんて書いたことないのでどう書こうかまだ定まっていなかったり。
とりあえず次回でお会いしましょう。