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第3章・境界の襲撃者と魔術との邂逅 the tutorial nightmere


・・・朝。と言うには遅く、まだ昼とも言い難い、朝と昼が微睡む午前10時。

森に囲まれ、広い庭には小鳥が囀り、豪奢で金がかかったであろう家、その一階にある居間に俺達はいた。

その間には、また沈黙が流れている。

静寂の中で、振り子時計が音を刻み、テレビは雑音と共に速報を流す。

監視カメラの映像に、狐にヤマアラシの針をつけ、猛獣の牙と爪を持つ黒狼のような怪物が映っていた。

思わず息をのみ、聞こえてくる悲鳴に視線が釘付けになる。

その怪物は、そこで買い物をしていた、ただ運が悪かっただけの主婦に向かって牙を剥き、襲いかかる。幸いその人は立ちすくむ事無く避けることができた(おばちゃん凄ぇ)が、

スーパーの商品棚に突撃し、それはあっけなくドミノ倒しに崩れていった。

悲鳴が一層強くなり、画面が衝撃で揺れ、ブラックアウトしてそのビデオは終わった。

このテレビにそんな機能は無いはずなのに、鮮血の臭いが鼻についた気がした。

ニュースの司会は犠牲者への追悼と目撃情報の報告を求め、次のニュースへと移る。

「流石に・・・これは酷いな・・・」

俺はその程度の言葉しか出せずにいた。

優姫の方を見ると、信じたくないといった風だ。

「・・・ねぇお兄ちゃん、物凄い精度の高いドッキリですね~、これ」

・・・まぁ、そうなるよな。

「おい妹よ、これは一応1chだが?」

少し震える声で答える。

「・・・そ、それは・・・あ、きっとこれ政府主導のドッキリなんだよ、うん。」

「流石にいかに庶民には分からない事してる政府も、ここまで飛び抜けた政策はしないと思うが・・・てか、そもそも1chて政府運営なのか?」

「じゃ、じゃあこれはきっと宇宙人が飼っていた合成獣(キメラ)が逃げ出したんだ!

きっとそうに違いないですよ!」

「・・・どこのB級SF映画だ。そんなことは有り得ないぞ。」

「そんな姿で言っても説得力無いですよ!?」

・・・・・・はっ!そうだった!下がった視界にも、身長とか声の質とかにもすっかり慣れてしまっている!

・・・いかん、これはよくない兆候だ。でもこれなら元に戻らなくてもなんとかなりそうだな。・・・ん?それは良い事なのか?違うのか?いや違うだろこれは誰の名を冠する思考実験だ?

訳が分からないよとどっかの白いモフモフ悪魔が囁いてくる。・・・幻覚か?今奴の勧誘文句的な言葉を聞いたら俺の中で何かが壊っれそうだったので直ぐに頭の中からモヤモヤしたものを振り払ってみる。 でももう既にどこかのネジが抜けていそうだ。

最初に戻っているのではとの考えすら浮かぶが、無視する。

――否、せざるを得なくなる。

遠くで何かの羽ばたきと、同時にガラスが割れる音。

「・・・なんだ?」

少し遠くはあったが、それは確かに自分の家の敷地からだった。


=========================================


その異音に胸騒ぎを覚え、窓の外を仰ぎ見る。

そこにあったのは、青空を忘れ、血のように紅く染まった空と、天を覆う無数の黒い影。

森の影からは獲物を狙う狩人の視線。

ゆらりゆらりと、少しづつ、だが確実に迫り来る悪夢。

「ひっ・・・」

優姫がか細い声にもならない息を吐く。

脳裏をよぎるのは、数分前に有り得ないと笑い合っていた時のテレビの映像。

目の前に迫る死を認識した瞬間、俺の中で何かが替わった。

「おい、早く逃げるぞ!」

足が震え、椅子から立つことの出来ない優姫に手を伸ばす。

相変わらず戻らない声のトーンだが、そんな事を気にしている場合ではない。

「あ、ありがと・・・です」

「礼はいい、早く掴まれ!」

手のひらに感じる温かさとイスから降りた音を確認し、行くべき先も判らずに走り出す。

屋敷の中を右へ左へ。俺たちは跋扈する魔物群を見て、早々に遠くて障害物のない正門方向への脱出を諦め、建物と直結している裏門へと向かっている。

悪魔達は屋敷の中へは入ってこれないらしく、何体かが窓を引っ掻いたり体当たりしていたが、直ぐに諦め、今は裏門への道のりにある本館と別館を繋ぐ渡り廊下に陣取っている。

それを2階の窓から確認し、現在位置がバレないように姿を隠し、移動する。

「ど、どうするの?別館にはいけないし、正面突破なんてムリだし・・・」

「ああそうだな、クソッ、地下へと通じる隠し扉とかあってそこから脱出、とか無理だよなぁ? ・・・チッ、絶体絶命か・・・」

腹を括り、正面突破も覚悟したその時、

「そうでもないかもよ?兄さん。」

天使が舞い降り、信託を告げる。

「昔、修理の人たちが言ってた。使われてなくて鍵がかかってて、専門の人でも開けられなかった変な扉があるって。」

「そうだな・・・あの両親は何やっててもおかしくないしな・・・」

何しろ素手で銃弾を弾いたり、霊媒師やってるような人だからなぁ・・・

それに、俺のことを“兄さん”と呼ぶ時のこいつは、何か入ってるとしか思えないほど

大抵のことは何でもこなすし。

「じゃ、決定だね♪」

空気が軽くなったのは、こいつのお陰かな。

そんな事を考えながら俺たちは地下道への扉を探し始めた。


=====================================


結論から言うと、あっさりとその扉は開いた。

むしろ探し出すのに手間取った位だ。

古びたそれは鍵の所が腐っていたらしく、優姫がポケットから取り出した針金で鍵穴を少しつついたらすぐにそれは意味をなさなくなった。

地下道はカビ臭くはあったが、どこかに換気口でもあるのだろう、空気の流れは澱んでおらず比較的快適であった。

明かりは優姫が持っていた小型のヘッドライトのみ。

その姿を見ていると、俺よりあの両親の娘っぽい。

「なにしてるのー?もたもたしてると置いてくよー?」

狭い通路の中で反響した彼女の声が届く。

いつの間にか辺りは暗くなり、彼女が手に持つ光源が遠くにあった。

頭の上で跳ねるアホ毛に少しうざったさを覚えながらも走る。

「ふふ、君に見蕩れていたのだよ」

彼女の横に辿り着き、キラリとポーズを決め、照れ隠しの台詞を放つ。

「もう、兄さん・・・あんまり変なこと言ってると置いてくよ?」

「う、わかったよ・・・」

(あれ、おかしいな・・・普段ならこんな台詞言ったら大はしゃぎするんだが・・・)

そう考えるが、それは今異常な状況に置かれているからだ、と理由を着け、

前方の足元から差し込む光に顔を上げる。

「しっかし、迷路みたいに入り組んでるな・・・我を惑わそうとは100年以上早いが、なぜこのような面倒な造りに・・・」

「追跡者を撒くための地下道なんだから、そう造るのは当然でしょ?」

そうなのか?よく分からんな。

用途の判らない部屋も幾つかあったが・・・


そして、強烈な光が迷宮を切り裂き視界を焼いた。


=====================================


解放される、と云う安堵感が緊張を取り払う。

だがなぜだろう、何か悪い予感がする。

―――そしてそれは的中した。

「な、なにコレ・・・い、嫌・・・来るなです・・・っ!」

優姫のただならぬ声に目を見開く。

徐如に回復する視界に飛び込んできたのは、

中庭に開いてしまった地下からの扉と、自分たちを取り囲む幾万の悪夢。

その内の一体が、音も無く地下への退路を断つ。

(あぁ・・・これは死んだなぁ・・・)

絶対的な物量と力を前に、漠然と思う。

だが、それには本来あるべき恐怖は無かった。

目の端に、抗い得ない絶望に蹲り立ち上がれないでいる優姫の姿を捉え、

(でも・・・コイツだけは生き延びて欲しいな・・・)

漫画やアニメの主人公の様な事を考える。だが、俺は運命に愛された騎士でもなく、また祝福されるべき物語の主人公でも無い。

だから、救えるのはせめて2つだけだ。

(コイツの命と、自分と云う世界の終着点)

勝つことなど不可能であり、その2つすら守れないかもしれない賭け(ルーレット)に、俺は自分の命を対価として盤上に載せる。

そして、地下への扉を守るように立っていた鎧を纏う有翼人に渾身の体当たりをかます。だが、ただの人間に神に仕える者達を、闇を守護する者共を傷つけるなど到底不可能な事であり、それは当然のように動く事すらなく、よろけて背中を向けた俺を手に携えた長大な槍で以て、無慈悲に心臓を貫いた。


==================================


俺は心臓を的確に刺され、地に倒れ伏す。だが、不思議と痛みは感じない。息をしようとするが、敵の槍は肺をも傷付けていたようで、ヒューヒューと乾いた風音がするだけだ。

優姫が立ち上がりこちらへ来ていた。どんな表情も似合う可愛らしい顔は、いまは涙に崩れている。

「―――、―――!」

何か言っているようだか俺の耳はもうそれを捉えることは出来なくなっていた。

瞼が重くなり、視界が閉ざされる。

ああ、死ぬ刻ってこんな感じなんだな、と曖昧になってゆく地面と自分との境界に思う。

そして、俺の意識はゆっくりと消えて逝く―――

消えて逝く・・・・・・・・・・・・・・・・・。

消えて・・・・・・・・・。

て・・・・・・。

・・・。

行くことはなかった。

急に鮮明になってくる意識と、急速に正常な活動を取り戻していく体の全器官が、視覚と聴覚を回復させ、そして、

「痛でえええええええええええええええええええええ!!!」

身を焼く程の激痛が全身に駆け巡った。

頭を抱え地面でゴロゴロ転がって悶え苦しみ、やがて痛みが引いてくると、優姫の声が聞こえてきて。

「き、傷が治った・・・?」

俺の今の状況を一言で説明してくれた。

そして俺は立ち上がる。

服がどうなったのか、もう使えないだろうなと思い自分の躰を見るが、そこにあったのは腹の立つ程に少し前と変わらない自分の姿。当然衣装も元通り。

まだ耳鳴りはするが、動けない程ではないし、死んだ痛みに比べればどうってことはない。

優姫の流した涙の跡を踏み越えて、再び巨大な敵へ駆け出そうとする。と、頭の中に形容しがたい、何かは不明な情報そのもの――音でも感覚でもない――が記憶のように、最初からあったかのようなモノとして有るのに気付く。

意識してそれを開くと、そこには荒唐無稽で、普段なら信じないような眉唾物な事象があって。

でも、その情報は今のこの状況では、真実味を持って俺の心に届いた。

だから、俺はその中でも簡単そうでイメージしやすいものを選び、確信を持って叫ぶ。

「・・・『火 炎 球 (ファイアーボール)』!」

その言葉を引き金に、眼前に予想通りの光景が――魔法陣が浮かび上がり、炎の球が敵に向かって放たれ――、悪魔達の集団に着弾し、爆発した。

―――だが、普通魔術とは〈詠唱〉によって力を増幅し、〈術式〉の際に名を以てそれを定義し、発動させるるものだ。

つまり、|《略式詠唱》《ノンスペルマジック》――即ち〈詠唱〉無く〈術式〉のみで魔術を行使するという、異常としか言いようがない芸当――を簡単にやってのけた彼(彼女?)の中には、尋常ではない力が眠っていると云う事になる。

さらに言えば、『火 炎 球 (ファイアーボール)』は範囲攻撃すら魅力的ではあるものの、平時における威力は蚊が鳴く程度な上、更に範囲の広い魔術は他にも存在する。よって通常、戦闘には使われないことが多いのだ。

だが、そんな事も知らずに放たれた火球は、この術が低級であることを微塵も感じさせぬ、圧倒的な破壊の渦を巻き起こした。

爆心地には大穴が穿たれ、衝撃波と熱気に敵が吹き飛び砕け散る。そして他の悪魔にも火が燃え移り、所々で呻き声にも似た叫びが上がる。

「な、によこれ・・・凄い・・・でも、これなら・・・っ」

後に続いた優姫の勝てるかも、という呟きは、仲魔を殺され、浮き足立つ化け物たちとその困惑を怒りで塗り潰すかの如き怒号に掻き消された。


こちらに向かい、有り得ない速さで突進してくる化け物の群れの中心で、俺は優姫を庇いながら戦っていた。

武器も魔術も使ったこと等無く、喧嘩すらしたことがない俺は、超絶的な力がある事を識って尚、戦えるか不安だった。

だが、それは杞憂に終わり、今の俺はさながら幾多の死線を乗り越えた猛者のように、或いは叡智を極めた禁忌の魔術師のように、四方八方から機関銃のように襲い来る敵の波状攻撃を巧妙に避け、カウンターとして万色の魔術を雨あられと降り注がせる。

「はぁっ!」

裂帛の気合と共に血飛沫が舞い踊り、断末魔の悲鳴が鳴り響く。紅に染まる白衣を翻し、怒涛の攻撃を、たなびく長髪に触れさせる事すら無く、華麗なる鮮血の宴に舞う。ドス黒い血が頬を汚してゆくが、その昏い血――宿していた魔力の供給が絶えたことにより現世での存在を維持出来なくなったのだろう――は黒い霞として消えて逝く。

だが、俺の心には、何の感情も沸き上がる事は無かった。

唯々、次の攻撃を避け、優姫を守り、敵を殺すだけ。

時々飛来する空中部隊からの射撃も、難なく防ぎ、一体二体と撃墜していく。

静かに湧き上がる戦いの高揚と、目醒め始めた魔の血脈とに、俺の左の瞳は既に夕焼けよりも朱い紅さに染まっていた

その鬼神の如き戦いぶりに、敵の数は大分減った。が、森に潜んでいた者も全て戦線に加わってきたようで、見える範囲の敵は減っていない。心が折れそうになる上、疲れが溜まってきている此方としてはすごく不利だ。

もちろん、優姫も俺も今は完全な無傷。

だが、この状況ではその均衡もいずれ崩れ去るのは自明の理。

考える暇もなく左右から飛びかかってくる黒狼を、俺は半歩前に進む事でかわし、激突する音を確認してすぐに右回転、振り向きざまに『狂乱の風翼』(ソニックブーム)を放つ。

座っている優姫の頭の上スレスレを通り過ぎた風の刃は、優姫を喰らわんと飛びかかる魔物達の胴体を通過し死を与え、空中でぶつかり気絶していた2体の獲物にも襲いかかる。

次の敵が襲い来るまでの、1秒にすら満たない時間。スローになる世界と加速し続ける自分の時計との差になんとも言えない違和感を感じながらも、戦場に空いた数瞬の空白で、俺は状況を打開する為のより大きな力を求め、自分の物ではない記憶野を検索する。

(・・・あった、これなら・・・)

ヒットしたいくつかの魔術から最適と思われる一つを選び取る。

だが、これを実行するにはコンマ1秒でも多くの時間が必要だ。

「きゃっ!?お、お兄ちゃん・・・」

耳に届く優姫の悲鳴に、俺の意識は強制的に現実に戻される。

そこで見たものとは、有翼人や黒狼に囲まれ、そして一際大きな、何本もの触手を持つ悪夢に

囚われ、天高く掲げられたた優姫の姿だった。

「ッ!!大丈夫か!今助けに・・・」

優姫の元に駆けつけようと走り出すが、いきなり空から降って現れた、優姫を捕らえている

ものと同型の魔物に行く手を阻まれる。

「クソが、そこを退けぇぇぇ!!」

多少のリスクも構わずに、それを一撃で屠り得る魔術を展開する。

「其は、闇を切り裂き万魔を滅する神の怒り・・・ッ」

左右と後方からは黒狼の突進。前方からは無数の触手が迫り来る。

(間に合え・・・)

その祈りが届いたのか、触れれば容易に柔肉を貫き、確実な死を与えるであろう攻撃、それが体に到達するコンマ数秒前に、高威力の魔術は完成した。

「轟雷の砲よ天に響け――|《建御雷》《タケミカズチ》!」

詠唱により莫大な魔力を得た一際大きい魔法陣が輝き、巨大な雷の閃光が弾き出される。

それは文字通りの神の怒り。

発動の瞬間に巻き起こった微かな放電現象ですら、肉薄していた3体の黒狼を悲鳴すら上げさせる事無く炭化させ殺した。

空間を殺しながら駆け抜ける雷は、魔物の触手など歯牙にもかけず、真っ直ぐに優姫の四肢を戒める鎖と愚者の群れを捉え、閃光を以て断罪とした。

・・・だが、それで終わりではなかった。

故に、俺は優姫を助けた事で気が緩み、背後より迫る魔の手に気づけなかった。

「オオオオオオオオオオオォォォォォッ!!」

数秒遅れて振り返ると、そこには倒したハズなのにもう既に体の四割が回復し、何本もの触手をこちらへと差し向ける悪夢がいた。

数多の戦士を載せ高速で廻る戦場では、その数秒は確実な命取りである。

「くッ・・・」

そこは流石というべきか、とっさに無詠唱で放った雷は、迫り来るそれを2,3本かを叩き落したが、全ての触手を撃破するには至らず、服越しでもわかる気色の悪いそれが胴に巻付き、俺の足が地から離れる。

「このっ・・・」

脱出しようと、強化魔術である『戦場の凱歌』(ブリュンヒルデ)を使い身体能力を上げてもがくが、抵抗すればする程、無尽蔵に束縛は強くなり、遂には両手足を十字架の様に磔にされ、身動きが取れなくなってしまう。

次第にザラザラとしたそれらが蠢き始め、ロリ魔法少女な俺の柔肌を蹂躙し、その跡にはてらてらと光る気持の悪い粘性のある体液に、天使の様な純白が穢される。

「この悪魔め、あいにく、俺は触手プレイは好まないんでね・・・くそ、さっさと放しやがれこのクソ野郎ッ!」

その言葉が届いたのかどうかは判らないが、服を裂き、その中へと徐如に入り込んできていた触手が移動を止め、その脈動が伝わってくる。

続いてそれは、様々な生物の怨念が固まったかのような声音で囁いた。

「キサマ・・・コノ肌ノ味、コレハマサカ、アノ|《奇跡の子供》《ギフテッド》カ・・・?」

(訳の分からない事を言っているが・・・|《奇跡の子供》《ギフテッド》?どういう意味だ?)

「オオオオオ・・・・・・ソンナコトハアリエナイ、イヤ、ダガモシモソウデアルノナラバコレハ・・・」

地の底に響く声は、次第に震えてゆくように聞こえた。

それは驚愕によるものか、それとも感動によるものか。

「ハヤク、ハヤク、ワレラガアルジノモトニ、オツタエシナケレバ・・・」

主人に伝える?何のことだ?

いや、それよりも今はここからの脱出だ。

緩んだ触手の束縛からするりと逃げ出す。

が、敵は皆さっきの魔物のあの言葉で、そんな事にも気付かない程動揺していた。

無理に脱出したため、受け身が取れず地面に激突し、身体に衝撃と鈍痛が走る。

それに気づいた数匹の魔物を音もなく倒すと、そこには求めていた時間があった。

(今しかない・・・っ!)

そう考えた俺は直ぐに頭を切り替え、戦術級と称されていたその大規模な魔術の詠唱を始める。


=====================================


紅の空と悪夢に染まる大地の狭間、そこに出来た千載一遇の好期で、

俺は、頭の中に浮かんで来る文字の羅列を、言葉として世界に放つ。

「其は、虚ろなる眼窩に漆黒を宿す者。深淵よりも尚昏きその双眸に映るのは、生者への憎悪か生命への妄執か・・・」

紡がれる言ノ葉は、亡者の呪詛か、はたまた滅びへの鎮魂歌か。

「冥府の扉を喰い破り、王が敗れし嘆きの丘より我に至れ―――」

それは次第に世界を侵食し、質量を帯び始める。

近くの魔物が気付き、攻撃を仕掛けるが、止めるにはいささか遅すぎた。

「―――|《死者の軍団》《スカルミニオン》!!」

神は嘆き、魔が蘇る。

眼前の地表に開くのは、死に満たされた場所への扉。流れ込む冥界の瘴気が生を蝕む。

枯れた草花を踏み締めて、剣と盾を持つ旧き征王の兵団が這い出でる。

先ず一体が、冥い穴の縁に、肉も皮も無い骨だけの手をかける。

その足を掴んでもう一体がよじ登り、そしてその時にはもう2,3体が地上に到達していた。

さらに5、7、10、20とその数を爆発的に増やしていく骸の集団は、地上に着くと同時、皆一様に大地を震撼させ、歓喜の咆哮を上げ始める。

死の呪縛から解き放たれたことを。煉獄の炎から逃れ得た事を。

―――そして今、地に足を付け、新たなる盟主の姿を拝する事が出来るかもしれぬ事を。

豪邸と言っても過言ではない、平均よりかなり大きい筈の我が家の敷地。化け物達の姿に覆われていたそこでは既に、溢れ出る死者の骸達が、悪魔と場所の奪い合いを起こしている。

「ちょ、ちょっと!なにしてるですか!?化け物を増やして何がしたいのです!?早く、早く止めるですよ!」

触手の戒めから開放され、静かに震えていた優姫が、何を感じたのか叫びだす。

・・・ぎゃあぎゃあ煩いな、静かにしろ。集中が乱れる。

「ちょっと、聞いてるですか!?もしもーし!?」

「聞こえてるよ、うるさいな!ちょっと黙ってくれッ!」

そう叫ぶが、服は破れて見るも無残、今の俺の声では大した気迫もなく、

人間騒音公害発声器との二つ名を持つ(今付けた)、優姫には届かない。

その間にも、死兵達は溢れ出てくる。もう既に形が人じゃなくて犬とか魚とか

熊とか翼を持った人(悪魔?)とかになってきてるんだけど、大丈夫なのか?コレ。

「早く止めるです・・・きゃ、ちょっと何こいつスカートめくってくるです、

このっ、ああもう嫌、てかもうホント嫌―――っ!!」

その言葉が合図だったのかは分からない。

だがそのすぐ後に深淵の底から聞こえてくるような、言葉では言い表せないような怒号が響き、

一瞬だけ巨大化した扉から、毒の霧を纏った骨龍が飛び上がり。

それを最期にその魔術は収束した。

どっと疲れて地面に尻を付き、ふと横を見ると気絶して倒れている優姫の姿があった。

うん、優姫は怖い物が苦手、と。今日手に入れたコイツの弱みだ。まだホントか分からないけど、多分確定事項だな。

すると、突然亡者の軍団が、一斉にこちらを向いた。

「な、何だ・・・?」

ぽっかりと空いた暗い眼球に気圧され、後ろへ下がるが、その時に優姫と骨との対角線上に移動するのを忘れない。

「「「「「「「「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」」」」」」」」」

・・・・・・な、なぜ押し黙る?じっとこちらを見据える白骨死体達。なにこれ怖い。誰か助けて。

そして、魔術の最後に出て来た毒を纏う死骨龍(スカルドラゴン)が、亡者の集団からこちらに出てきて、

「・・・ほう、それは・・・くくっ、はは、ふはははは!気に入ったぞ小娘!貴様のような小童が、死の国で眠りに着きし我らを呼び覚ましたか!実に面白い!」

流暢な日本語で、骸達の隊長格らしきそれは、俺の紫翠色の瞳と、魔の象徴たる紅き眼光を見詰め、そして告げる。

「良いだろう、我らの眠りを妨げた怨敵に裁きを与えようと考えていたが・・・いやはや、現世には実に面白いものがあるな!いいだろう!」

その龍は長大な尾を振り天へと突き上げて、高き龍頭より同胞に号令を下す。

「我らが同志らよ!我はこの者を新たなる盟主と認め、死すら超える永遠にて忠誠を誓わん!現世ではこの身朽ち果てるまで、冥府では次なる魂の輪廻まで!我が意思に賛同するものは、自らの意思を以て、我と共にこの方に忠誠を誓い、新しき王にひれ伏すが良い!」

「「「「「「「「「「「「「「「YES,MOSTER!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」

空間すら動かす程の叫びの後、その兵団は敵の群れに突撃していった。

新たなる盟主への忠誠を示す為に。再び仕えるべき王を見つけた事を祝す為に。


====================================―==


「まったく、なんなのですかあのホネホネ軍団は!?気絶しちゃったじゃありませんか!ま、お兄ちゃんの楽しそうな顔を観れたからいいんですけどね・・・」

兄のいる場所から少し離れた所にいたその妹、優姫は目を醒まして、地面に体育座りしていた。

「はうう、あんな醜態を見せてしまうとは一生の不覚!ああもう嫌です~、どうしてこうなったですか!?」

――さぁ?それは神のみぞ知る、というやつですね。

「うるさいですよこのナレーション!!」

幻聴が聴こえてきたので思いっきり腕を振ってそれを追い出そうとする。と、

ヒュン、と予想より鋭い風切り音がして、直後、優姫が手を振った方向で盛大な爆発が発生し、一体の人骨とそれを囲んでなぜか談笑していた数体の悪魔らしきものを粉々に打ち砕いた。

それに驚くこともなく、組んだ腕に顔を埋めて彼女は呟く。

「はぁ・・・無詠唱ではこんなもんですか・・・・・・」

それは優姫自身の言葉だったのか、或いは“彼女”の声だったのか。

「お兄ちゃん・・・どうすれば、私はあなたの横に立てるですか・・・?」

虚空に消える囁きは、確かに恋する乙女の言葉で。

顔の半分を腕から出して、髪の隙間から兄を見、眩しすぎるものを見るかのように細められたその瞳には、優しさと愛情、募り続ける焦燥が在った。


========================================

俺は戦場の中央だった場所にいた。

こんな場所で座っているのは普通なら命取りだが、もうこの近くには敵はいない上、

それに、もうこの戦いの大勢は決まっているから、安心して休んでいられる。

だが、時々敵が迷い込んでくるので、それを見つけて倒すくらいの緊張は必要だった。

・・・・・・というか、たまに来る敵はあの亡者の兵団――いちおう味方である――がわざと逃がしているんじゃないだろうか。

なにしろ、200を超える、かつて旧き王と共に幾多の戦場を歩み、神にすら剣を向けた軍勢だ。数こそ多少劣るものの、その圧倒的なコンビネーションと技量、そしてなにより、不死の力を得、さらに生前に比べて強化された身体能力はあの化け物達にすら匹敵する。

少し気を付けておけば、こちらの勝利はもはや揺るがないだろう。

そんな事を考えながら、始まりすらもう忘れられた消化試合を眺めていた。



戦いが終わり、いつの間にか憎たらしい程の満点の星空に成っていた世界で、骸骨達には一旦霊体化してもらうことになった。彼らはずっと渋っていて、会議は居間において夜更けまで行われたが、結局午後10時から午前4時までは具現化してもいいという妥協案が採択された。

あいつらは民主主義バンザイとかなんとかいって騒いでたが、その間に優姫が2階の寝室から降りてきて、その光景に白目を剥いて倒れていたな。

・・・・・・近隣の住民からうるさいって苦情が来そうで怖い。



ちなみに、一体の人骨兵が粉々になって発見され、完治するのに3ヶ月かかったと云う。

そしてそれは無類の女好きだったらしいがなんの心変わりがあったのか、BLに540度方針を転換し恐れられたそうな。



次話投稿は遅くなりそうです

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