第2章・変質する日常 the new world
大分遅れてしまった・・・
第2章・変質する日常 the new world
炊きたての米が白い湯気を立てる茶碗、瑞々しい野菜が簡単に盛り付けられた器。
焼き魚は良い香りをたて、日本の文化とも呼べる味噌汁のそれと合わさり更に昇華され、
小鳥のさえずりが朝の始まりを祝福する。
テレビはいつも通り、朝のニュースと現在の時刻を伝える。
我が家の一階、そのリビングにある机には、妹が腕によりをかけて作ったであろう
豪勢な朝食が並び、2人の間には奇妙な静寂があった。
そして俺の目の前には高校指定の制服を着、流麗な金の髪をいつも通りに
短くツインテールに纏め、ただ黙々とご飯だけを食べている、
我が妹・優姫の姿。
あの後なんとかして誤解を解いたまではよかったものの、それからずっと会話がない。
今着ている服は、妹が貸してくれ、着付けまでしてくれた魔法少女のコスプレ服だ。
ゴスロリ調に、俺の髪と同じ漆黒のドレスには、紅い線が何本か入り白のフリルがふんだんにあしらわれている。
そしてその上に寒いからという理由で羽織った、意外と暖かい白衣らしきもの(?)には金の紋章。
ちなみにこれは優姫が自作したものらしく、背中にファスナーが付いている等凝った造りになっていた。
下着は買ったけど使わなかったというものを貰った。
――うん、これは何度も断ったし逃げようともしたけど、優姫に撮った写真をばら撒く、
と脅迫されて仕方なくやっているんだよ?決して今の姿なら似合いそうかなとか思って自分からしたわけでもないし、鏡を見てちょっといいかな~とか思ったりとかその場でターンしてウインクしたりとかなんて絶対してないんだからねっ!!
久しぶりに入った妹の部屋に、二次元の美少女のポスターがいくつも貼ったあったのは気のせいだったんだろう、うん。
幸い、変わってしまった体の大きさは現在中学2年生の彼女と
ほぼ同じサイズになっていたので、特に苦労もなく着付けは終了した。
・・・・・・男のプライドが脆くも崩れ去った上、着替えの途中で私より似合ってるですよ、と積年の怨念を感じる呪詛と、悪魔すら射殺す視線を感じた時は冷や汗すら凍ったけどね。
(ハーフの優姫の方がこうゆうのは似合うと思うんだがな・・・・・・)
俺の思いは静かに追憶へと沈んでゆく・・・
そう、実は優姫と俺は血が繋がっていない。親父が言うには、こいつの父親は親父の戦友で、父親は戦死し、その妻は行方不明なのだそうだ。
今思い返してみると、俺の両親は何者だったのかと疑問が湧いてくる。
・・・話を戻そう。
俺はまだ幼い時にそれを聞いたが、
その頃はその意味を理解できていなかった。が、語る両親の悲痛な顔から、
何か悲しいことだ、ということは分かった。
だから親父に新しい家族だ、と紹介され、それ以来実の兄妹として過ごしてきた。
だが、優姫はそれを知らない。3歳だったコイツは、まだ事実を知るには早すぎる、
と大人達に判断されてしまう。だがそれを伝えることなく数年後に俺の両親は、
――否、俺たちの両親は、交通事故で亡くなった。
今もこの事を知っているのは、俺と、今は北海道に旅行中の幼馴染の萩村梨瑠、
そして俺たち2人を育ててくれた恩人であり、古ぼけた協会で孤児院をやっている老夫婦の4人だけだ。
テレビの話す、隣の市の商店街で発見されたらしい多数の壊死体と、
全国各地から届けられている化け物を見た、と言う証言。
俺たちの平穏な日常にはおよそ関わり合いがないであろう情報群に、
なぜか俺の思考は回想から現実に引き戻される。
「物騒だな・・・お前も気をつけろよ?」
何が起こるかわかったものじゃないからな、と心の中で呟き、
この異常な状況下でも続く“日常”の安定性に驚く。
「・・・・・・・・・・・。」
テレビの報道から話題を振ってみても、聞いていないのか無視しているのか、
一向に反応がない。
重苦しい沈黙が続く中、ふと、カチカチという音が響く。
見ると、優姫は朝はいつも眠たげな瞳を虚ろに見開き、とっくに空になっていた茶碗を叩いていた。
「おーい?もしもーし?聞こえてるかー?」
目の前で手で振っても、焦点の合わない視線は動かない。
壁にかかる時計が時を刻む静かな音が、言葉の無い世界に吸い込まれてゆく。
返事がない。ただの屍のようだ。
そこで俺は一計を案ずる。
優姫の耳元に口を近づけ、そこで屈まなくても顔が耳に届き、自分の身長が縮まったこと
を痛感させられ、視界を侵そうとする絶望に対抗する為、俺は中断していた作業に集中する。
俺は耳の中に入るか入らないか程度の微妙な角度から、決して強すぎずまた弱すぎず、
絶妙な力加減で、耳に息を吹きかける。
「ひゃあん」
くぐもった悲鳴が鳴り、一瞬体が跳ね、虚ろな瞳に生気が戻る。
「あ、あれ?私、今・・・」
どうやら意識は無事帰還したようだ。
気まずい雰囲気が流れ、
「あぁ、ごめんなさいです、お兄ちゃんの魔法少女姿が可愛くて、ギャップ萌えしちゃってマシタ♪」
盛大にぶち壊された。
「いつもの格好良いお兄ちゃんもいいですけど、たまにはこんなサプライズもいいですね~」
この妹は残念な子だった。重度のブラコンで俺に影響されてオタク趣味を隠し持ってたりする と云うことは身に染みて分かっていたが、ここまでとは。
てか、俺に同意を求めるな。それに俺はロリコンであり魔法少女も好物ではあるが
それは愛でる為のものであって自分がなるというのは何か違う気がするから嫌だ。
「嗚呼、大きかった背中が私と同じくらいにっ!抱きしめたい可愛さ!キュートすぎます!こんなプレイも悪くないかもとか思っちゃったり!ホントゾクゾクするですよ! アハハ、さぁ、一緒に失楽園へ旅立ちましょう!」
ホントもう物凄く残念な子だった。
優姫は瞳に輝きを宿し、いつの間にか俺の手を握っていた。テレビはクラシックを流していた。
漂ってくるプリンのような甘い香りに、一瞬ドキリとして、だがすぐにその考えを振り払う。
事実はどうあれ、コイツの中では俺は血の繋がった肉親だ。それに俺たちはずっと兄妹として過ごしてきた。
それはきっと、明らかに異常なシチュエーションとBGMがもたらした一時の気の迷いだったのだろう。
そう考え、俺はその問いに対して確実な解答を示す。
「嫌だ、ふざけんな、あとさっさと元に戻せ」
・・・完璧だ。俺の言葉に間違いは無い。
ドスを効かせたつもりが、澄んだ綺麗なソプラノボイスだった事を除けば。
この答えに彼女は数秒石化した後、
「ええええ!?酷っ!とゆうか最後のは私全く関係無いですよね!?」
・・・うん、君の言ってることは大体正しいと思うよ?
こうして、新しい朝は過ぎて行くのであった。
今日中に次話投稿します