白鳥色の飴玉
やっと投稿できました。
もうクリスマスですね。
前作よりもBL強めです。
「昨日の敵は今日の友」という言葉があるように、人という生き物は常に変化し続けるものであり、また、外部との接触を日に日に変えるもので、そう考えると全人類例外なくツンデレであると言えなくもない気がしてくる。ただ、逆もまた然りというもので、昨日の友は今日の敵であることも少なからずあるわけだ。
総じて。
笹代涼風は僕のことが嫌いらしい。
秋の寒さが身に沁みてくる十月の終わり。僕、暮菱葛葉は最近そうしているように、一人で登校してきた。
九月から急に冷え込んできた。衣替えがあったため一応の寒さはしのげているが、手や顔にあたる風は結構きつい。
この調子だと、十一月半ばには雪が降り始めるかもしれない。
風。
風、ね。
そして、凍える要素がもう一つ。
隣に、クラスメイトであり僕の一番の親友である笹代涼風が、いない。
寒いな、まったくもう。
まあ、非があるのは僕なのだから、今更こんなことを言うのはただのわがままでしかないのだけど。
二週間くらい前までは、一緒に通学していた。
春、夏と続けて涼風に大迷惑をかけてしまったことで、なんとなく話しづらくなってしまって、だんだん会話が減っていって、とうとうこの前喧嘩してしまった。
それから、僕は雪比等さんと話すことが多くなってしまったから、雪比等さんが嫌いな涼風としては、僕に話しかけづらいのだろう。
以上、考察。
もう何回目になるだろうか、ぐるぐると彷徨う思考をとりやめて教室に着く。
がらりと教室前方の引き戸をを開けると、まず机に突っ伏して寝ている涼風の姿が目に入る。
どことなく、やつれているようだった。元々色白だから、尚更そう見えるのかもしれない。
やっぱり、仲直りしたほうがいいんだよな。
ふと、涼風がこっちを向いたことに気付いた。
じろじろ見すぎたのかもしれない。僕は急に恥ずかしくなって、目をそらした。
いそいそと自分の席に座って、一息つく。
「暮菱さん」
隣の席の委員長が話しかけてくる。
長い黒髪に、優等生然とした服装。ついたあだ名がそのものそのまま『完全無欠』。
「暮菱さん、最近笹代さんと仲がよろしくないようですが、喧嘩でもなさったのですか?」
「別に、そういうわけじゃないよ。ただ、なんとなく。……うーん。なんというか、休憩期間、なのかな」
「休憩期間、といいますと?」
「うん。ちょっと涼風と近づきすぎたかなって」
「ふふ、お付き合いでもなさっているのですか?」
「お付き合い?」
誰と誰が。
「いえ、暮菱さんと笹代さんが。
少なくとも、クラスの半分以上はそう思っていますけど」
そんな認識だったのか。クラスの人間からそんな目で見られていただなんて。なんとなく夏の一件を思い出してしまう。しかも二十人近くか。
僕、男なんだけどな。
キーンコーンカーンコーン。
授業開始の合図とともに、先生が教室に入ってきた。
いえ、そういうことではないと思いますが……、とかなんとか委員長が呟いているのが、チャイムに交じって聞こえた。
放課後。外に出ると、もう二つ三つ校舎が建てられそうなほど遠くにある校門の前に、雪比等さんがいた。
柊雪比等さん。狐目に、長身。いつものように、長髪を後ろでくくり、全身を白い服で統一している。
はあ。この人が来るから涼風に嫌われるのに。
「なんでいるんですか」
「寒かったし、迎えに来てやったんやけど?」
「余計なお世話です。車とか乗ってきてないんでしょう」
「葛葉、最近、一人で帰ってくるから」
三割はあんたのせいだよ。
「……それも、余計なお世話です」
「余計なお世話て。あんまり仲間外れにせんといてな。……心配、してるんやで?」
見上げると、雪比等さんは、心底気遣うような、寂しそうな目でこちらを見ていた。
別に僕にそんな趣味はないけれど、綺麗だ、と思ってしまう。
たとえ嘘でも。化かされているとわかっていても。
思いがけず、思ってしまう。
狡いよな、こういうのって。
断れなく、なるじゃないか。
「……わかりましたよ、仕方ありませんね。煙草吸いたいんで、さっさと帰りましょう」
「お、ええの?」
瞬時に表情をぱっと輝かせる。やっぱりこの人は嘘つきだ。狡い。
「どうせ道は同じですし」
というか、家が同じである。
正確には、僕が雪比等さんの家に転がり込んでいる形だ。家事とかは雪比等さんがやってくれるのでありがたいけど、当然ながら涼風は快く思っていない。
ちなみに、僕が学校に行っている間に雪比等さんが何をしているかを、僕は知らない。雪比等さんはまだ高校に行っているはずの年齢だから、親御さんから仕送りをしてもらって学校に行ってるのかもしれないし、なにがしかの仕事をして自活しているのかもしれない。
ただ一つ言えることは、僕が家を出るまではまだ家にいて、僕が家に帰るときにはもう家にいる、ということだ。
家。
そういえば涼風を家に迎えたことがないな。家に遊びに行ったこともなかった。
涼風のこと、あんまりわかってなかったんだな、僕って。
「……ずは」
今更だけど、なんで雪比等さんと一緒に帰ってきてしまったのだろう。余計嫌われるじゃないか。
「葛葉」
ああもう後先考えない自分がほとほと嫌になる。
「く、ず、は。起きてる?」
「な、なんですか雪比等さん。いきなり大声なんか出して」
「いきなりと違うわもう。家着いたで。
あのな、葛葉。そないに涼風君が心配なら、会ってくればええやん」
「べ、別に、あんな奴、心配でも何でもありませんよ」
それに、簡単に会って謝れるならこんなに苦労してないよ。
「葛葉ってそういうどうでもええとこだけ強情言うか、意地っ張り、言うか」
「だからそんなんじゃないですって」
なんかみんな、今回やけに絡んでくるな。
実際心配しているわけではないだろう。
それよりも煙草煙草。
僕は部屋に駆け込んだ。
そんなこんなで仲直りができないまま、数日が過ぎた。
学校では十一月半ばに控えた文化祭への準備が進んでいる。妙な熱気が校内を包み始め、張り切る女子とだらける男子の対立が激しくなっている。
うちのクラスは時期に合わせて『ハロウィーン喫茶』をやることに決まった。その名の通り、お化けやら何やらのコスチュームを着て喫茶店をやるわけだ。
ちなみに、当然僕は裏方志望。もう変な格好なんてしたくない。
放課後。
三々五々、いくつかのグループに分かれ、女子を中心に衣装の話が進んでいる。
委員長は吸血鬼の伝統をドラクル伯爵の時代から解説し始め、何やら持論を展開しているようだ。聞いてる女子達が若干引き気味である。
どうでもいいことだけれど、教室の端で一部の女子が『魔女』というよりも、いっそ『魔法少女』と呼んだほうがよさそうな奇抜な意匠の衣装を広げて話を盛り上げているのだが、あれは誰が着るのだろうか。まあどうせ僕には関係のない話なんだけど。
涼風は何をしているのだろう。教室をぐるりと一周見回してみるが、見当たらない。
念のためもう一回探してみる。やっぱり見つからない。
帰ってしまったのだろうか。たしか朝はいたはずだ。涼風がサボりなんて、珍しいな。
あっ、と声が上がったのは、その時だった。
その方向を見ると、一人の女子生徒が困惑した表情で一枚の紙切れを握っていた。
眼鏡を掛けているから、視力には自信がある僕。
『酸素』
ボロボロの紙切れには、そう記されていた。
酸素。
元素記号O。
原子番号八。
原子量十六・〇〇。
酸素分子は、常温では気体で存在。
空気の五分の一を占めている。
今すぐに思いつくのはこのくらい。
授業で習ってからまだ半年しか経ってないから、間違ってはいないだろう。
所詮、高校一年生の頭ではそれ以上はわからないけど。
教室内からは、他にも同じような紙切れが見つかった。
『酸素』の他に、『硫黄』『珪素』『砒素』『アルゴン』の、計五枚。
どれもボロボロで、アルゴンなんかは紙が真ん中から真っ二つになっていた。
『砒素』は物騒だが、それぞれの元素に共通点はなさそうだ。発見された場所も、書類の中とか、椅子の下とか、ばらばらだし。
まあ、一番有り得るのは、カンニングペーパーだろう。
元素周期表のテストをしたときに使用して、処分に困って教室内にばら撒いた、と考えるのが自然だ。このままなら、それで問題は解決されるだろう。
でも。どうもそれは考えにくい。
一つ。紙には元素名しか書かれていなかった。元素記号や原子番号が一緒に書かれているならわかるけど、これでは使いづらくて仕方がない。
二つ。紙の文字は複数人で書かれていた。紙が傷んでいたので読み取るのに苦労したが、筆跡がそれぞれ違っていた。カンニングペーパーを大勢で作ったりしたら、見つかったりしたときに全員が処分を受ける羽目になる。
三つ。そもそも周期表テストが行われたのは、半年近く前のことだ。今更になって処分に困ることもないだろうし、もし困ったら家で捨てればいいのだ。わざわざ証拠品を配るような間抜けな真似をする奴が、一応エリート校を自称するこの学校(僕はお情けでお世話になっているようなものだ)にいるはずがない。
しかし、カンペ説を否定してしまうと、他に代案もなくなってしまう。
家に帰って考えてみるのも面白そうだ。
今日は雪比等さんが迎えに来なかったので、じっくりと考えながら帰り道を歩いた。
家の玄関をがちゃりと開けると、雪比等さんは何やら料理をしていた。美味しそうな匂いが胃を刺激してくる。
意外と料理上手な雪比等さん。
「お、葛葉お帰りー」
「雪比等さん」
「葛葉、お帰りー言うたらただいまやろ? で、なんや?」
僕は、紙切れのこと、元素のこと、カンペではないだろうということを話してみた。
「どう思いますか、雪比等さん」
「まあカンニングやないなら、暗号やろな」
暗号?
「たとえば、クラスのA君がB君に想いを伝えたいとするやろ。でも他の人にバレたら恥ずかしい。せやから暗号で想いを伝えよう、とか。ロマンチックやなー」
「雪比等さん、それだとAもBも男子です。
それに、誰がそんな回りくどい方法で告白するんですか」
「せやから『たとえば』やて。伝えるのは愛やなくても、部活のチーム編成でも、学園祭のクラス企画でも、なんでもええやん」
うちの学校、チーム編成は監督一人で決めるし、クラス企画もみんなの戸惑い様から違うことがわかる。
でも、暗号か。
暗号なら、解き方があるはずだ。
ますます楽しくなってきた。
お風呂に入って、ベッドの上に仰向けに転がる。
煙草はその辺に放り投げた。
深呼吸をして、目を閉じる。
時計の音が大きく聴こえる。
頭の中で、情報を整理する。
酸素。
硫黄。
珪素。
砒素。
アルゴン。
破れた紙。
元素名。
筆跡。
「解った。大体、だけど」
僕はそのまま眠りについた。
翌日。
十月も、もう最終日だ。
放課後に、僕は意を決して一人の人間を呼び出した。
場所は、三階の空き教室。
三階は人通りも少なく、ここなら見られる心配もないだろう。
しばらく待っていると、教室の扉が開いた。
「トリックオアトリート、とか言えばいいのか?」
入ってきた人物、即ち僕が呼び出した人物は、笹代涼風。
「で、何の用だよ」
「ちょっと面白い話があってさ」
「お前の『面白い話』が面白かったためしがないだろ」
あう。
「そんなこと言ったら夏祭のときの涼風の『面白いもん』だって……」
「じゃあいいよ。待ってろ。明日までに滅茶苦茶面白いもん探してきてやるから」
……そんな話をしに呼び出したんじゃなくて。
「結局なんだよ、面白い話って」
「いやさ、昨日涼風が帰った後の話、聞いてる?」
「一応委員長から」
そんなことまでしてたのか、委員長。
完全無欠、恐るべし。
まあ、あの委員長はクラス内のトラブルとか放っておけない性質だからな。
「それで、お前は《謎解き》でもしたのか?」
「まあ、そういうこと」
「別に聞かなくてもいい」
「まあさ、暗号なんだよね、あれ」
「聞けよ」
「いいじゃん別に、減るもんじゃないし」
「時間が減るぜ?」
「その時は光の速さで走ればいいよ。
あの暗号、元素記号に変換して、並べればよかったんだよ」
「……わかった、聞いてやるよ」
「変換すると、『O』『S』『Si』『As』『Ar』。
でもさ、このまま並べ替えても答えが出ないんだよね。
だからさ、ここでひねりが必要になるんだよ。
問題は『アルゴン』の処遇。
『アルゴン』だけ紙が真っ二つになってたのは委員長に聞いた?」
「まあ、それも一応は」
さすが委員長。
「あれは、『アルゴン』を『A』と『r』に分割するってことなんだ。
それで、改めて『O』『S』『Si』『As』『A』『r』を並べ替えてみると、
『S』『As』『A』『Si』『r』『O』
『SAsASirO』で、笹代涼風を表すわけだ」
「ほう。
で、その暗号は誰が、何のために?」
「それがわかんなかったんだよ。
だから、昨日頑張って考えてみた。
あっさり言えば、委員長が、僕のために」
「委員長?」
「うん。僕と涼風の仲が悪いって知って、委員長がやったってこと。
僕がこういう問題があれば解こうとするの、あの委員長なら知ってるだろうし、 委員長が犯人だとすると、涼風に昨日のことを教えたのも説明がつくし」
「でも、ちょっと待て。今の問題、結構阿呆臭いぞ? あの委員長が、そんな完成度低いパズル作るか?」
「それも考えた。
多分、クラスの一部に頼んだんだと思う」
みんなで作ったから、筆跡も違うわけだ。
「それに、複数人いれば、紙を隠すのも楽だし」
「なるほどな。
それで、なんで俺を呼んだ?
それ、わざわざ俺に言う必要ねーよな」
むう。やっぱり言わなきゃだめだよな。
「…………えーっとね。
この前のこと、謝ろうかと思って。
春から涼風に迷惑ばっかりかけてさ。
それで、喧嘩までして。
……ごめん」
「葛葉、そこ動くな」
殴られる。
そう思った。
涼風が近づいてくる。
涼風
距離
近く
交錯
瞬間
頬に。
「ちゅ」
……。
…………。
………………?
暖かく、僅かに湿った感触。
「……えーっと。
トリックオアトリートって言ったけどお菓子くれなかったから悪戯しました、とか言わないよね?」
「……」
返事がない。
まったく、悪い冗談だ。恥ずかしいならしなきゃいいのに。
「じゃあ、帰るよ、涼風」
「あ、ああ」
「明日から、いつも通り一緒に学校来ようか」
「そ、そうだな」
「一人だと、結構寒いんだよ?」
「自業自得だろ」
別にそんな趣味はないけど。
やっぱり僕にそんな趣味はないけど。
……ちょっとだけ、嬉しかったり。
《Trick or Trust》is Happy END.
『白鳥色の飴玉』いかがでしたか。
感想頂ければ幸いです。