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決闘  作者: 橘月鈴呉
2/2

決闘

「お前は誰だ」

 感情の抜け落ちた目で男、古瀬(こせ)龍之助(たつのすけ)は目の前の少女、正木(まさき)華奈(かな)にそう投げつけた。

 予想外の言葉に、華奈の時が止まる。

「え?」

 たっぷりの沈黙の後、華奈の口からはその一音しか出なかった。

 龍之助の方は眉根を寄せこそすれ、普段と変わらぬ表情でただ華奈を見つめる。

「私のことが、分からない……?」

 抑えつけたはずの震えが、言葉の端に出てしまう。

「ああ」

 帰って来た声は、一切の震えも感情の含みも無かった。

「…と、とりあえず、医者呼ばなきゃ」

 自分に言い聞かせるように呟きながら、華奈はふらりと病室を後にした。




 ガチャリと音を立て鍵を開けると、華奈は古瀬探偵事務所の中に入り、定位置となった応接セットのソファにドサリと脱力して座り込む。

 天井を見上げ、肺の隅々から空気を絞り出すように、大きく重く息を吐いた。

「ふふっ」

 思わず笑いがこみ上げる。

 ショックだったのだ、龍之助に忘れられたことが。

 これはまた随分と、あの男は自分の大切な存在になっていたらしい。本当にいつの間に。

 いや、今更か。実家を出て龍之助の助手になる決断を下した時には、もう充分龍之助は華奈にとって特別だったのだ。

 あの後、病室に駆け付けた医師が色々と検査してみたところ、ここ二年程の記憶を失ってしまっているということが分かった。その記憶がいずれ戻るのか、それとも一生失ったままなのか、それも現段階では何とも言えないそうだ。

 華奈と龍之助が出会ったのは、一年半程前の話だ。つまり、今龍之助の中に残っている記憶の中に、華奈は存在しない。

「はぁあっ!」

 胸の蟠りを吹き飛ばすように、勢いよくため息を吐く。

 一瞬胸がスッとしたと思うと、またすぐにモヤモヤし出す。

「はぁ」

 今度は思わず、小さくため息が零れた。

 自分の呼吸だけが響く静かな事務所内で、華奈の頭の中に不安を煽るような、どうしようもないことを喚く声が響く。

「あ~っ!!」

 顔を手で覆い足をバタバタさせながら、華奈は脳内の声を無理やり打ち消す。

「考えるの苦手なんだから、こんなことで悩んでいても仕方ない!

 とにかく行動あるのみが、私らしいんだから」

 いつもより覇気の足りない声で、華奈は自分にそう言い聞かせた。




 翌日、足に纏わりつく重みを振り払うように足早に向かった病院の前で、華奈は見知った顔を見付ける。

「あ、石井(いしい)刑事」

「おう、(はな)の字」

 顔馴染みの刑事である石井賢登(けんと)は、華奈を認めると片手を挙げて返した。

()っさんの様子はどうだ?」

 その問いに、思わず華奈の言葉が詰まる。その様に、賢登は片目を眇める。

「目は、覚めたんだけどね」

 普段は明朗な物言いをする華奈の、奥歯に物が挟まったような言い方に、賢登は手放しで喜べない状況なのだと察した。

「あのね、ここ二年くらいの記憶が消えちゃったんだって。だから、うん、そういうような状況だけど、あんまりビックリしないであげてね」

 華奈とて受け止め切れていない為に、たどたどしくなった説明を聞き、賢登は目を見開く。

「記憶喪失? 龍っさんが⁉

 え? あれ、確か二年前って言うと、まだ……」

 混乱の中で考えを巡らした結果気付いたのか、賢登が華奈に視線を向ける。

「うん、まぁ…私のことは覚えてないって」

 華奈の言葉に、賢登は言葉を失う。

 言葉もなく自分を見つめる賢登に、華奈は強がって言う。

「例え龍が覚えて無くても、私は龍の助手なんだから。今の記憶の無い龍に何を言われても、助手を辞める気はないわ」

 口にするまでは強がりだったはずなのだが、そう言った途端にそれが本心になるのを、華奈は感じた。

(ああ、そうだ。辞めるつもりなんてこれっぽっちも無い)

 萎れていた心に、力が漲っていくのを感じた。

「よし石井刑事、龍の病室行こう!」

 漲ってきたやる気の溢れるままに、華奈が誘う。ただでさえ顔馴染みの予想外の病状に戸惑っていた賢登は、突然元気になった華奈に混乱する。

「は、華の字⁉」

 賢登の声は、華奈の耳には届かなかった。




 龍之助の病室で、やる気に満ちた華奈はすっかり吹っ切れた顔で龍之助と対峙した。

「昨日は何だかんだとちゃんとお話し出来なかったから、改めて自己紹介からするわね。

 私は正木華奈、記憶には無いだろうけど、貴方の助手よ」

「助手?」

 ベッドの上の龍之助は、酷く懐疑そうな顔をする。

「俺が助手なんて取るはずないだろう」

 胡散臭そうな表情を隠さずに華奈を見る龍之助に、横から賢登が助け船を出すように口を挟む。

「まぁ疑う気持ちも分かるが、事実だ龍っさん」

「石井……」

 ようやく見知った顔を見た為か、ほんの少しだけ強張りが落ち着いた表情で賢登の名を呟く。その龍之助らしからぬ分かり易い態度に、賢登は苦笑する。

「俺も始めて華の字を助手にしたって聞いた時は、耳を疑ったがな。

 どういう心境の変化なのかは俺も知らんが、華の字が龍っさん自身が雇った助手であることは間違いねぇよ」

 賢登の補足があっても、龍之助の表情は晴れない。もしかすると、その表情の影は疑い以外のものから湧き出ているのかもしれない。

「だとしても」

 少しの沈黙の後に、龍之助が口を開く。

「だとしても、俺に助手は不要だ」

 明確な拒絶が込められた眼差しと言葉を向けられるが、既に覚悟を決めてしまった華奈は揺るがない。

「だとしても、私は龍の助手だよ。

 私を雇った記憶の無い龍に何を言われても、私は助手を辞める気は無いから、私を辞めさせたければ、まずは記憶を思い出してね」

 呆気にとられたような龍之助に、華奈はニッコリ笑った。




 記憶以外に異常の無かった龍之助は、早々に退院することになった。

 自分の事務所に帰れば少しは落ち着けるのではないかという期待を裏切り、龍之助は自身の記憶と現在のズレに思わず蟀谷を揉む。

例えば給湯室には、自分で飲むのも客に出すのも珈琲ばかりだったはずなのに、大きさの違う複数の急須と湯呑があったり、一事が万事この調子で、自分の趣向とは合わない物が己の事務所に溶け込んでいる様子は、記憶の無い龍之助にとって酷く不快だった。

 そして記憶とのズレは、何も物だけではない。応接セットのソファには、龍之助の記憶では全く事務所に寄り付いていなかったこの建物のオーナーの娘が、緊張した様子で座っている。

金城(きんじょう)のお嬢さん」

 呼ばれて、金城あやのはビクリッと肩を揺らす。

「は、はい、何でしょう古瀬様」

「俺の記憶ではお嬢さんがこの事務所に来るようなことは、まず無かったと思うんだが……」

 龍之助の言葉に、あやのは益々体を縮こめながら答える。

「あの、華奈お姉様が助手になられてから、度々お邪魔に出ております」

「こら龍、あやのをいじめるなって」

 お茶の準備をしていた華奈が、そう言いながら戻って来た。

 不服そうに口を噤んだ龍之助の前に華奈がお茶を置くが、龍之助は手を付けない。

「お姉様いじめられるだなんて、古瀬様も記憶を無くされて戸惑っていらっしゃるだけでしょうし」

 自分にもお茶を出してくれる華奈にあやのが弁明するが、華奈はきっぱり言う。

「何歳だかは知らないけど、いい年こいたおっさんが若い女の子萎縮させたら、それはもういじめなの」

 そんな二人のやり取りには全く触れず、龍之助は深々と眉間に皺を刻み、華奈に言う。

「それで、お前はいつになったら出て行くんだ?」

 華奈な平然と返す。

「だから言ったでしょ、記憶の無い龍に何を言われても助手を辞めるつもりは無いんだから、まずは記憶を取り戻しなさいな」

 その言葉を違えることなく、華奈は何日経とうが、龍之助に何を言われようが、変わらず古瀬探偵事務所にあり続けた。

 結果として、先に音を上げたのは龍之助だった。

 龍之助は隠しきれない苦悩を滲ませ、吐き出す様に言った。

「何故俺は、お前を助手に迎えたんだ?」

 その答えは華奈も正しくは知らないが、憶測を述べる。

「聞いたこと無いけど、私が強いからじゃない?」

 バンッと龍之助が机を叩くと、言った。

「ならその強さを、俺にも見せてみろ」




「おいおい、どういう状況だ、こりゃ?」

 扉を開けるなり、やけに張り詰めた事務所内の空気を感じた賢登が疑問を呟く。

 龍之助は反応すらせず、あやのはきょどきょどと戸惑っている。仕方なく華奈が苦笑いを浮かべながら、

「う~ん、龍の我慢の限界が来ちゃったから、これから殴り合い、ってところかな?」

 張り詰めた空気に相応しく物騒な説明に、賢登の顔も強張る。

「おいおい、穏やかじゃないなぁ」

 当事者でありながら、呑気にも思える調子の華奈は、気負う様子もなく返す。

「ま、何とでもなるでしょ」

「何とでもって…、お前なぁ」

「大丈夫、大丈夫。そんなわけで、私たちはちょおっと地下室でオハナシしてくるから、あやのの話し相手にでもなってあげてくれる、石井刑事?」

 賢登は、まだ納得しきれないこともあるが、それでも自身が出張るところではないと察して、華奈に頷く。

 古瀬探偵事務所には、龍之助が射撃の訓練も出来るような地下室がある。射撃だけではなく、鍛錬などで体を動かすことを考えた部屋なので広さもあり、華奈と龍之助が一騎打ちをするくらいなら支障は無い。

「お姉様…」

 龍之助に続いて地下室へ入ろうとする華奈を、あやのが心配そうに呼び止める。

 華奈が振り返ると、あやのは何かを言いたげに口を開いては閉じる。そんなあやのを見て華奈は微笑むと、ポンッポンッとあやのの頭を撫でて言う。

「大丈夫、龍の実力じゃ私を殺せないから」

 龍之助も弱いわけではないのだが、それでも主に荒事担当として助手の任に就いている華奈の方が強い。それはあやのだって知っているはずだが、どうしても不安がぬぐい切れないのが、その表情から伺えた。

 華奈はニッコリと笑みを深める。それにつられるように、あやのもぎこちなく笑みを浮かべる。

 そんなあやのの肩を宥めるように軽く叩くと、華奈は地下室への階段に続く扉の中へと姿を消す。

 華奈の背を見送ったあやのは、ぎこちなくも浮かべていた笑みを消し、胸の前で重ねていた手をぎゅうっと握りしめた。

「華の字も言ってたろ、龍っさんより華の字の方が強いんだからさ、まぁ取り返しのつかねーようなことにはならんて」

 賢登が煙草をくゆらせながら言う。いつもの飄々とした態度で何でもないことのように言っているが、いつもより深く煙を吸い込んでいることが、彼の本心を表していた。




 想定よりも遅れて降りて来ただろうに、龍之助は華奈の方に視線も向けない。その様子に、華奈は小さくため息を吐く。

 龍之助から自分と過ごした期間の記憶が消えたことで、自分との関係が出会ったばかりの頃に戻るのは仕方ないことだと思っているが、実際には出会った頃よりも悪化しているように感じられる。

 あの時はむしろ自分が噛みついていたなと、華奈はしみじみ思い出す。

 何かが起きる覚悟はあったとはいえ、実際に起きた事件の中で、双子の姉を守る為にピリピリしていた自分にとって、探偵を名乗る見知らぬ男はただただ胡散臭かったのだ。

 そう思えば、妙につっけんどんな今の龍之助は、警戒だけでなく不安も抱えているのかもしれない。

(それもそうか)

 突然二年程の記憶を失ったと言われ、見知らぬ小娘が訳知り顔で「助手です」なんてやって来たのだ、いくら龍之助といえど、不安になるなという方が難しいだろう。

(その辺は同情するけどねぇ)

 部屋の中央に立つ龍之助から、目測で十歩程離れた位置で正面から向き合うように立つ。

(それでも私は、龍と出会って絆を育んだこの一年半を、無かったことにするつもりなんて、さらさら無いんだ)

「さあ、やろうか」

 龍之助は頷きもせずに、銃口を華奈に向ける。華奈も愛刀を抜刀する。

 華奈は、人にもそう評されるし自身でも自覚はあるが、直情型である。しかし、愛刀の鯉口を切ると、さぁっと感情が頭から抜け落ち、思考が冴え冴えとするのだ。

 今もそうだ。先程まで胸の中で渦巻いていた煮え切らないものが、感じないとまでは言わないが、どこか遠い。

 二人はじっと見つめ合う。

 開始の合図など必要ない、パズルのピースがカチリッとはまるように、今だと思える攻め時が来るまで互いに相手を伺うだけ。

 先に動いたのは龍之助。

 指が引き鉄を引く為に、袖に隠れた腕の筋肉が動く。それを感じて、華奈は柄を両手で握り、切っ先を銃口の延長線上に置く。刹那の間も無く銃声が響くが、華奈が刀を薙いだ動きに合わせて弾丸は明後日の方向へ飛んで行く。

 弾丸を斬ってしまう方が簡単だが、狙いが逸れて飛んで行く物は二つより一つの方が制御し易い。

 華奈は間を詰めるべく走り出す。当然龍之助は、そうはさせじと引き鉄を引く。三発の早撃ち。しかしほぼ同時に放たれた弾は、進む先がそれ程散っていない、華奈は勢いのままにぐっと踏み込み、くるんと跳び上がった。

 予想外の動きに、龍之助は一瞬虚を突かれる。

 華奈は落下の力を利用し、そのまま龍之助に刃を振り降ろす。その動きを見ると、我に返った龍之助は左手でナイフを取り、拳銃を握った右手で支えながら刀を受け止める。

 銃口が華奈の方を向いていれば反撃は容易かったのだが、残念ながらそうもいかず、また刀を受け止めている状態では銃口の向きを調節することも難しかった。

「どうかしら?」

 華奈が問う。

 元々この手合わせは、華奈が龍之助に実力を見せるという名目でやっているのだ。であれば、今のやりとりで目的を果たすに値するだろう。

「……」

 龍之助は何も言わない。表情も一見変わっていないが、華奈には面白く感じていないことが分かった。率直に言うならば拗ねているのだ。

 思わず華奈の口元に苦笑が零れる。龍之助は存外負けず嫌いなのだ。

 こうなったら、本気でけちょんけちょんにしてやらないと駄目だなと、華奈は改めて心を決める。その気持ちが口元の笑みとして表に出たためか、龍之助が動く。

 日本刀を押し返していた力を抜き、逆に華奈の方へ踏み込んで体当たりを食らわせた。

 龍之助の筋肉の動きに意識を向けていた華奈は、その動きも予測していたが、正面からの押し合いはさすがに分が悪く、体当たりに合わせて飛び退いて衝撃を殺す。

 必然、二人の間に距離が開く、拳銃の間合いだ。

 即座に間合いを詰めるべく、華奈が動く。

 だが、龍之助とて同じ展開にはしない。牽制の為に発砲しつつ、自身の足で間合いを保つ。

 その弾を弾きつつ、華奈は自身の間合いにすべく足を進める。

「君は」

 引き鉄を引く手を止めずに、龍之助が言う。

「何なんだ?」

 明らかに苛立った様子で問う龍之助に、華奈は珍しいなと考える。

 龍之助は元々寡黙な男であるし、表情だって取り繕うのは苦手じゃない。こんな風に「信頼関係を築けていない相手」に本音を透かすようなことは、無い男である。それなのに、こんなに分かり易い態度を取るだなんて、記憶を失った後も華奈への信頼が無自覚に残っていたか、それともそれ程追い詰められているか。

(後者かな)

 華奈の気持ちとしては前者であって欲しいが、冷静な部分の判断がそれを裏切る。

「何って、言ったでしょ、龍の助手だよ」

 華奈が返せば、龍之助が顔を歪める。

「俺が助手を雇う訳、ないだろうっ」

 思ってもみなかった言葉に、華奈は目を見開く。とはいえ、足も手も動きに淀みは無い。

「そうなの? 助手に誘って来たの、龍なんだけど」

 元々華奈に助手にならないかと持ちかけたのは龍之助であり、最初華奈は断っていたのだ。

 それでも、改めて考えると心当たりが無いわけではない。実際賢登が言っていたのだ、「華の字に会ってから、龍っさんは丸くなった」と。

 しかし、その丸くなる過程を経験していない本人にはかなり衝撃的だったようで、龍之助は呆然と足を止めた。

 華奈も足を止める。

「俺から、だと?」

 その取り乱し方に訝しく思いながら、華奈は「そうだけど」と肯定する。

「そんなわけないだろうっ‼」

 そう叫んで銃口を華奈に向けるが、その手は震えていた。

 華奈はため息を吐く。

「別に嘘なんか吐いてないんだけど」

 そこで言葉を区切ると、少し柔らかくなった眼差しを龍之助に向ける。

「まあでも、人との関係に線を引いていたことは知ってるから、記憶の無い今のあんたが戸惑うのも、理解は出来るかな」

 龍之助は大きく目を見開く。

「俺は、そんなことまで君に話したのか?」

「いや、ちゃんと龍の口から聞いたわけじゃないよ。

 でもま、私になら気付かれても良いくらいには、思ってくれてたかもね」

 龍之助にその頃の記憶がない以上、その推測が当たっているかどうかは分からないが。

「それで、どうする? まだやる?」

 華奈が中段に構えながら、問う。それに対して龍之助は、言葉ではなくナイフを構えることで示す。

 華奈は「おや?」と思った。

 龍之助が最も得意とする得物は銃だ。ナイフはあくまで、銃では応戦し難い近距離まで接近された時の為の護身用だ。

 一方で、刀を持つ華奈にとって近距離は自身の領域だ。敢えて自身が不得手、相手が得手な状況に持ち込むということは、龍之助の中でこの戦いの目的が相手を負かすことではなくなったのだろう。

 華奈はその言葉無き返答に応じるべく、踏み込む。

 ただ相手をねじ伏せるだけであれば、ナイフでは対応し難い突きでも食らわせれば済む話だが、華奈はそうしない。龍之助がわざわざ刃を交えたいと言うのならば、おそらく対話の意味合いが強いのだろう。それを拒絶するつもりは、華奈には無いのだ。

 一合、二合、三合と斬り結んでいく。

 刃を交えるというは不思議なもので、刃と刃が触れる度に相手の気持ちが、己の思いが伝わるような気分になることがある。華奈にとってこの時はそうであった。キーンッという金属音の波紋に乗って龍之助の疑問が染み渡る心地がして、それに対する返答を斬撃に込める。

 ―何故俺は、君を近くに置く決意が出来た?

 ―私が強いから、かなぁ。

 ―ふざけているのか?

 ―本気なんだけどな。というか、龍が言ってたんだよ、「お前は殺しても死ななそうなくらい強いからな」って。

 ―俺が?

 ―龍にどんな過去があって人と距離を取ってたかは知らないし、どんな心境の変化でそれを止めたのか、正確なことはわざわざ訊いたことなんか無いけど、最初に巻き込まれた事件で協力した時に、その後何度か顔を合わせた時に、お互いに噛み合うものを感じた。龍の方が諦めてそれを受け入れるのが早くて、私の方が頑固だったけど、きっと同じように感じたんだと思う。

 ―……。

 龍之助のナイフを握る手から、少しだけ力が抜けた。彼自身の意識に登らないくらいの差ではあったが、それで変わらず受け止められる程華奈の斬撃は甘くはない。刃が触れ合った次の瞬間、勢いを殺せずに華奈の刀に攫われるままにナイフが飛んで行く。

「で、どうする?」

 龍之助は、少しの間突きつけられた切っ先を見つめたかと思うと、くるりと向きを変えてナイフを拾う。そして、地上へと続く階段へと向かうと、登り始める前に足を止めて、

「好きにしろ」

 そう呟いた。

 その背を見ながら、華奈は刃をパチンッと収めて、「素直じゃないなぁ、もう」と苦笑した。

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