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決闘  作者: 橘月鈴呉
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習作SS

あやのside


「こんにちは」

 ノックの後にドアノブを回すと、ガチャリと扉が開くので、私は声をかけながら中に入る。

 古瀬探偵事務所の中に入ると、応接セットの手前のソファに座っている方が振り返った。お姉様です。

「やあ、あやの。いらっしゃい」

「華奈お姉様、ごきげんよう」

 入る時よりも一段と晴れやかになった私の声に、お姉様は「ごきげんよう」と返してくださる。

「お昼ごはんにいかがかと思って、お弁当を持って来ましたの」

 手に持った風呂敷包みを軽く挙げながらそう言って近付くと、お姉様の座るソファの正面のソファに、帽子で目隠しをしながら寝転がる古瀬様が目に入りました。

「いつも有り難うね。

 ほら龍、あやのがまたごはん持って来てくれたよ」

 お姉様は全く遠慮も無く、古瀬様の帽子を剥ぎ取ってお声をかけています。よく分かりませんが、古瀬様はお疲れの様にお見受けしますけれど、良いのでしょうか?

「あのお姉様、私時間を改めましょうか?」

「いいのいいの、今はしっかりお昼時なんだし。大体今回の寝不足は、仕事は立て込んでるとかじゃなくて、書類仕事へのやる気を出すのが遅くなっただけなんだから」

「…自称優秀な助手殿が、もっと書類仕事も出来るようになってくれれば、俺も楽が出来るんだがね」

 ゆっくりと起き上がりながら、寝起きの少し掠れた声で古瀬様が言います。その言葉にはお姉様も思うところがお有りなのか、そっと目を泳がせています。

「まあまあ、せっかくあやのがお昼作って来てくれたんだから、食べようよ、ね?」

 話を逸らすようにそう言われるお姉様が可愛らしくて、少しくすりと笑ってしまいます。古瀬様も、やれやれと言う様に首を振りました。

 私はお姉様が空けてくださったお姉様のお隣に座り、お弁当を広げます。お姉様が「お茶淹れてくるね」と立ち上がりました。

 華奈お姉様は、お茶を淹れるのがお上手なのです。珈琲は淹れるのは古瀬様の方がお上手だとおっしゃってましたが、私にはまだ珈琲の美味しさが分からないので、何とも言えません。

 それに、お姉様は「煎茶よりも碾茶の方が好きなんだよね」とおっしゃいますけれど、お恥ずかしながらあやのには違いが分かりません。

 お抹茶を点てるのもお上手で、お薄はもちろんお稽古では一度も美味しいと感じたことのないお濃茶も、お姉様が練られると美味しかったのに驚きました。上手な点て方のコツも教わりました、お湯は熱々にして濃いめに点てると良いそうです。

 奔放に振舞っていらっしゃっても、ご実家が名家の正真正銘のお嬢様でいらっしゃるものね、それでもご自身は「お点前は苦手で、水屋で点てるのが性に合っている」なんておっしゃいますけど。

「お待たせ」

 お姉様が淹れたお茶を持って戻っていらした、爽やかな良い香りがお茶碗から立ち込めています。

 お姉様も席に着くと、「いただきます」「召し上がれ」とあいさつをして食事が始まりました。

「いつも悪いね、俺までご相伴に預かってさ」

「ん? 龍、それってどういうこと?」

 古瀬様の言葉に、お姉様が訊かれます。な、なんだか良くない流れな気がするのですけれど!

「そりゃ、前は金城のお嬢さんがこうして食事を持って来てくれるなんて、なかったからな、誰かさんが来るまでは」

「どういうこと?」

 今一分からないといった様子のお姉様が、普段の凛々しいお姉様と違って大変に愛らしいのですけれど、そんなことを言っている状況ではなくて!

「俺はあくまでもおまけで、食べさせたい相手は別ってことだ」

「こ、古瀬様っ!?」

 はしたなくも、声を荒げて立ち上がってしまいました。

「私?」

 きょとんとされるお姉様に、顔を真っ赤にする私を見ながら古瀬様はクツクツと笑っています、なんてお人が悪いんでしょう!

「そんなにおっしゃるのでしたら、もう古瀬様にはお持ちしませんよ!」

 むくれる私に、古瀬様は慌てたように、

「これはからかい過ぎたな。悪かった、これからも頼むよ金城のお嬢さん」

「あやの、本当に嫌だったら許さなくても良いんだからね」

 お姉様はそう言ってくださるけれど、確かに恥ずかしかったとはいえ許せない程ではないので、格好だけむくれたまま、

「お姉様と出会わせてくだすったことに免じて、今回は許して差し上げます」

 そう言った。





賢登side


「ただいま戻りました」

 古瀬探偵事務所の扉が開いて、探偵助手の正木華奈が入って来た。

「おう、邪魔してるぞ華の字」

 俺がソファから声をかければ、華の字も気さくに応じる。

「石井刑事だ、いらっしゃい。またサボり?」

「息抜きだ、息抜き」

 やってることが同じでも、何て名前を付けるかってのは大事なんだよ。

「戻ったか、華奈。今珈琲を淹れてるが、お前も飲むか?」

「飲む、飲む!

 あ、書類は机の上置いとくね」

「おう」

 ぽんぽんと交わされる会話に、思わず目尻が下がる。

 龍っさん、私立探偵古瀬龍之助は華の字を助手に迎えてから、正確にはその少し前から明らかに雰囲気が柔らかくなった。

 平和ボケしたとか、女に現を抜かしてるとかじゃなく、ぎっちぎちに張り詰めた糸が少し緩んだ、そんな感じだった。

 今だってそうだ。自ら「珈琲を飲むか?」なんて、訊くようなことは無かった。依頼人と話をする時は訊かずに出すし、俺には出す気が無い。そして、俺以外に以来もないのに、この事務所に来るようなやつはいなかった。

 まるで刃物のような鋭さを、四六時中抱えた龍っさんは、男として格好良いと感じてしまっていたが、それでも知人としてはもっと気を休めて欲しいとは思っていた。

 前の龍っさんは、押しかける俺を力づくで追い出すことはしなかったが、それでもきっちり線引きして、その内側に俺だけじゃなく誰も入れさせなかった。

 龍っさんいい大人だからな。過去に色々あったあんだろうと思って触れることはしなかったが、いつか内側に入れて欲しいなと思いながら、俺は線の近くに居座っていた。

 それが、いつの間にか線の内側に華の字が現れた。

 いや、華の字だって線の内側に入るまでは、龍っさんと色々あったらしいが、俺はその過程を見てないからな。

 それが嬉しいと同時に、口惜しいとも思った。俺はまだ線の外側にいたから。

 でも華の字を助手にしてから、段々と龍っさんの引いた線が薄くなっていった。

 俺が線の上に乗っても、内側に入っても、龍っさんは一切拒否しなかった。だから、これで良かったんだと思うし、今はただ嬉しいと思ってる。

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