第6話 ──はじまりの“絆”と、消えないざわめき
アヤノがそっと差し伸べた手に、怯えたウルフが鼻先を触れた。
その瞬間、まるで温かい波が胸の奥に広がったような感覚が走った。
――ありがとう……こわかった……たすけて……
微かに、しかし確かに聞こえる“声”。
アヤノは思わず息をのむ。
(いま……この子の声が……?)
コホッと咳をするように、コハクが肩の上で尻尾を揺らした。
――ね? アヤノにも届いたでしょ。
「……うん。驚いたけど、聞こえた」
アヤノがうなずくと、ウルフは痛みに耐えながらも身体を預けるように姿勢を崩した。
その足元には、魔力を吸い取られたかのような黒い痕跡が残っている。
(これは……暴走じゃない。何かに襲われて……魔力を奪われた?)
冒険者たちはまだ遠巻きにアヤノたちを怪訝そうに見ていた。
「おい、本当に大丈夫なのか?」
「触った瞬間に噛みつかれても知らねぇぞ」
ひとりが呟くと、他の冒険者は鼻で笑った。
「どうせその狼も、テイマーのまぐれで大人しくなっただけだろ。信用できるかっての」
しかし、アヤノの手の中でウルフは静かに目を閉じていた。
その穏やかな表情は、周囲の言葉を否定するように見える。
末席の青年だけは、険しい顔でその光景を見つめていた。
(……明らかに“意図的な”沈静だ。普通のテイマーじゃない……何者なんだ、彼女は)
◇ ◇ ◇
なんとかウルフを抱え、森を抜けてギルドに戻る頃には、日も傾き始めていた。
ギルドの扉をくぐった瞬間、受付嬢リーナが駆け寄る。
「アヤノさん、その子……!」
「暴走個体じゃありませんでした。何かに……魔力を吸われたみたいで」
アヤノが説明すると、ギルドはざわついた。
「魔力を吸われる? そんな現象聞いたことねぇぞ」
「また妙なことを……」
懐疑的な声の中、リーナだけが真剣な表情でウルフを見守っていた。
「わかりました。専門の治療師を呼びます。アヤノさんは……少し休んでください。きっと疲れているはずです」
「はい……ありがとうございます」
アヤノはロビーの椅子に腰を下ろした途端、コハクが膝に飛び乗った。
――アヤノ、がんばったね。ぼく、誇りに思うよ。
「ありがとう、コハク……あなたのおかげだよ」
ルゥもぴちぴちと身体を揺らし、嬉しそうに跳ねる。
その光景を、隠れるように見つめている影があった。
森で“何か”を感じ取った青年だ。
(やはり……彼女はただの最弱職じゃない。
だが――あの黒い痕跡。あれは偶然じゃない。森で何かが動いている)
青年は目を細め、静かにその場を離れた。
◇ ◇ ◇
その夜。
アヤノは宿に戻りながら、自分の胸の鼓動がまだ落ち着かないのを感じていた。
(私……魔物の声が聞こえた……?
コハクだけじゃなくて、他の魔物まで?)
肩の上のコハクがくすりと笑うように尾を揺らした。
――アヤノは特別なんだよ。
――ぼくにはわかる。
「……特別なんて。私はただのテイマーだよ」
――ちがうよ。テイマー“なのに”、声が届く。
――そんな人、ぼくは会ったことない。
アヤノは歩みを止めた。
言葉にできない不安と、ほんの少しの期待が胸に混ざり合う。
(もしこれが本当に私の力だとしたら……私は何ができるんだろう)
星空の下、小さな白狐が寄り添いながら歩く。
その姿はまだ小さく頼りないが、確かに何かが芽生えつつあった。
自覚なきまま始まった“特異な力”。
そして森で見つかった“魔力を吸う痕跡”。
それらは後に――アヤノが避けられない運命へと繋がっていく。
だが、この時のアヤノはまだ知らない。
自分の旅が、普通のテイマーでは決して辿れない道に進み始めていることを
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