第5話 ——初討伐クエスト
翌朝、アヤノはコハクとルゥを連れてギルドへ向かった。
初依頼を終えたとはいえ、ギルド内の空気は冷たい。
「あれが昨日のテイマー?」
「まぐれに決まってる。あんなチビ魔物でゴブリン倒したなんて信じられるか」
明らかに聞こえる声に、アヤノは肩をすくめた。
――アヤノ、気にしなくていいよ。
――ぼくたちがわかっていれば、それでいい。
コハクの声が胸の奥に響く。
その優しさに、アヤノはそっと肩に手を触れた。
「ありがとう、コハク。ほんとに……助けられてばかりだね」
コハクは嬉しそうに尻尾を揺らした。
「きゅるっ!」
ルゥも元気に跳ね回る。
受付嬢のリーナが微笑みながら近づいた。
「アヤノさん、今日は調査系の依頼を一つお願いしたいんです。最近、北の森で魔物の様子がおかしいという報告があって……“暴走の兆し”とも言われています」
「暴走……?」
「魔物が理性を失い、周囲を攻撃する現象です。本来なら中級以上の冒険者が担当しますが……森がアヤノさんの村の近くでして。地理に詳しいあなたなら適任かと」
アヤノは小さく息をのみ、覚悟を決めて依頼書を受け取った。
「わかりました。行ってみます」
◇ ◇ ◇
北の森へ向かう道中、コハクが急に耳を立てた。
――アヤノ、なんだか変な“ざわめき”が聞こえるよ。
「ざわめき?」
――こわい、たすけて……そんな声。
アヤノの背筋が一気に冷える。
(魔物の……声? 苦しんでる?)
森の奥へ進むほど、空気が重く湿っていくのを感じる。
ルゥも不安そうに身体を震わせた。
「大丈夫、二人とも。気をつけて行こう」
やがて、倒れた木々の間に、うずくまる茶色のウルフが見えた。
「魔物……? でも、暴れてない?」
近づこうとすると、ウルフが苦しげに唸る。
アヤノはさらに一歩踏み出した。
――アヤノ、まって。
――この子、すごく怖がってる……でも、ぼくらに助けてほしいって言ってる。
アヤノはコハクの言葉に静かに膝をついた。
「大丈夫。私は敵じゃないよ。どうしたの?」
ウルフの瞳が少しだけ揺れ、怯えの色が混じる。
そのとき――
「おい、あんた、何してる!」
声が響き、複数の冒険者が姿を現した。
レンジャー風の青年がアヤノを指差す。
「危ないだろ! 暴走個体に近づくなんて素人がやることじゃない!」
アヤノは慌てて立ち上がる。
「ち、違います。暴走してるようには――」
「何言ってんだ、テイマーだからって魔物の何がわかる――」
青年が言い終わる前に、コハクがアヤノの前に飛び出した。
低く、しかし明確な声で吠える。
「ガルルッ!」
その瞳はウルフを見つめ、まるで“落ち着いて、大丈夫だよ”と語りかけるようだった。
アヤノはその姿を見て、確信した。
「……あの子、誰かに怯えてるだけなんです。暴走じゃない。助けたい」
冒険者たちは一瞬言葉を失ったが、すぐに鼻で笑った。
「はっ……妄想も大概にしろよ」
「そうだそうだ。最弱職が調子に乗るな」
その時――
アヤノの肩の上のコハクが、心の声で囁いた。
――アヤノ、怖いの? 大丈夫、ぼくがいるよ。
アヤノの胸の奥に、静かに勇気が満ちる。
「……この子は、暴走してない。私には、わかる」
冒険者たちは嘲笑した。
「ほらな、やっぱりイカれてる」
しかしその中のひとり――
隊の末席で、静かに周囲を観察していた青年だけが、別の表情をしていた。
(……今、テイマーの魔物……あのウルフと“同じ目”をした。あれは……)
彼だけは何かを感じていた。
アヤノは振り返らない。
ただウルフに手を差し伸べる。
「大丈夫。一緒に帰ろう?」
ウルフは震えながらも、ゆっくりとアヤノの手に鼻先を寄せた。
その瞬間――
誰にも理解されなかった“アヤノの特異な力”が、静かに形になり始めた。




