第1話 終わりのはじまり──転生と契約
目を開けた瞬間、私は真っ白な空間に立っていた。部屋でも外でもない。上下の感覚すら曖昧な、静まり返った場所。ついさっきまで確かに、仕事帰りに雨の中を歩いていたはずなのに。
「起きましたね、アヤノ」
声に振り向くと、白いローブをまとった長身の女性が立っていた。銀色の髪が淡く光り、瞳は星のように瞬いている。人間離れした美しさに、私は瞬きを忘れた。
「……あなたは?」
「私はアストレア。この世界――エルメルディアの管理を任されている者です」
管理? 世界の? 冗談のような言葉がすんなり耳に入り、逆に現実味を失う。
「まずは状況の説明からしましょう。あなたは“死にました”。交通事故です。すぐに意識を失ったので苦しみはなかったはずですよ」
あぁ、そういうことか。登下校中。雨。横断歩道。急に視界に飛び込んできたライト。そこで記憶は途切れている。
死んだのだ、と理解した瞬間、胸の奥がじんと冷えた。家族の顔が浮かび、後悔と寂しさが押し寄せる。
「あなたの魂は、強い意志と適性を持っていました。そこで私たちは、あなたを“新たな世界”へ送りたいのです」
「……異世界転生ってこと?」
「そのとおりです」
淡々としているのに、不思議と温かい声だった。彼女の瞳には嘘や打算の影がない。
「では、これはあなたの“特典”です」
アストレアが指先を弾くと、目の前に光が集まり、小さな魔法陣となって漂い始めた。
「テイマーの素質。世界に散らばる魔物と契約し、使役し、ときに心を通わせる能力です。本来、一握りの者しか持てないものですが……あなたなら扱えるでしょう」
「その能力があるから……私を選んだの?」
「ええ。エルメルディアは今、滅びの淵にあります。魔王が力を増し、国々の争いが絶えません。あなたの力は、この世界を救う希望となるでしょう」
私には自覚も責任もない。突然背負わせるには、あまりにも大きすぎる話だ。でも――。
胸の内に、静かに火が灯るのを感じた。
私は死んだ。過去の人生はもう戻らない。
ならば、もう一度生きるなら……全力で生きたい。
「……やってみます。私が、この世界で生きていいのなら」
アストレアの表情が柔らかく緩んだ。
「ありがとう。では――転生の最後に、“最初の相棒”を授けましょう。あなたが最初に契約する魔物です」
足元に光が集まり、小さな影が浮かび上がった。ふわりと宙に浮いたそれは、白い狐のような姿をしている。赤い瞳が好奇心に満ちて輝いていた。
「……かわいい……」
「名は“コハク”。特別な個体です。あなたにしか扱えません。性格は……気まぐれですが、忠誠心は本物ですよ」
「キュイッ!」
小さな鳴き声とともに、コハクが私の肩に飛び乗った。ふわふわと温かい。
「行きなさい、アヤノ。これはあなたの第二の人生――物語の始まりです」
白い光が一気に世界を飲み込む。
まぶしさに目を閉じた瞬間、足元の感覚が消え、風が頬をかすめた。
次に目を開くと、そこは見知らぬ森の中だった。
木々がざわめき、草の香りが風に乗る。空は透き通るように青い。
「……本当に来ちゃったんだ」
「キュイッ!」
肩の上でコハクが鳴き、私の頬をこすりつける。その温もりが、胸に勇気を与えてくれた。
――異世界で生きる。
新たな人生の幕が、静かに上がった。




