第12話 決勝戦、漂う陰謀
あっというまに、私たちは決勝の舞台へと駒を進めていた。
観客席はこれまでとは比べものにならないほどの熱気に包まれている。
ざわめき、期待、好奇心――そのすべてが、中央に立つ私たち四人に向けられていた。
「アヤノ。ここまで来たのはすごいことだよ。でも――手加減はしないから」
ふわりと柔らかな声が響く。
向かい側に立つ少女――ミレイ・アルトラ。
淡い金髪をサイドでゆるくまとめ、白と紺を基調としたローブをまとった、小柄な召喚士。ぱっと見は上品で大人しそうな印象なのに、その瞳の奥には、研ぎ澄まされた自信と、戦場に向かう覚悟の光が宿っている。
王立学院主席の召喚士。
既に複数のギルドから声がかかっている天才。
そんな噂を、さっき控室でさんざん聞かされてきた。
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
思わず背筋が伸びる。
その隣に立つのは――
「シオン・アークライト。よろしくな。決勝なんだし、楽しくやろうぜ?」
銀灰色の髪を無造作に後ろで結び、革の軽装に弓を携えた青年。
笑顔は爽やかで、声も軽い。
だが、私と目が合った一瞬、その瞳が一気に冷静な色を帯びた気がして、どきりとした。
(……すごく“見られてる”……?)
気のせいかもしれない。
けれど、獲物を見極める狩人のような視線だった。
隣でカイルが、「うわ、イケメン枠来たな」と小声で呟く。
「アヤノ、緊張してる? 大丈夫、俺が前で派手に暴れてやるからさ!」
「それ、さっきから毎回聞いてるよ……」
思わず苦笑が漏れる。
肩の上ではコハクが尾を揺らし、足元のルゥがぷるんと体を震わせた。
《大丈夫だよ、アヤノ》
《ぼくたち、ぜったい負けない!》
(……うん。行こう)
胸の奥で小さく気合を入れた瞬間――
審判の声が響きわたり、試合開始の鐘が鳴らされた。
◇◇◇
「――来て、みんな」
ミレイが軽く息を吐いたかと思うと、その足元から一斉に魔法陣が立ち上がった。
ひとつ、ふたつ――数えるのも追いつかない。
狼型、鳥型、鎧のような体をしたもの、影のように揺れるもの――
七つ以上の召喚陣が同時に輝き、そこから次々と魔物が姿を現す。
「召喚速度が早すぎる……!」
「なんだあの数! 全部制御してるのか!?」
観客席がざわつく。
普通の召喚士なら、一体出すだけでも集中が必要なはずだ。
なのに、ミレイは涼しい顔で、軽く杖を振るだけ。
「さすがだな、ミレイ」
シオンが口笛を吹く。
「いつも通りってだけだよ。今日はちょっと……気合い入ってるけどね」
ミレイの視線が私に向けられる。
眩しいほどまっすぐなその目が、ぞっとするほど嬉しそうだった。
「アヤノ。あなたの戦い方、ずっと見たかったの。
テイマーなのに……魔物と“心を通わせる”っていう、噂の子」
彼女の言葉にどきりとする。
そんなことまで広まっているのか。
「コハク、ルゥ。行くよ!」
私の声に、二匹が同時に跳ねた。
コハクは光の尾を引いて前方へ駆け、ルゥは地面をすべるように広がり、足場を探る。
《右側、地面に罠はないよ》
《正面の狼、あんまり賢くない。威嚇だけで下がるかも》
一瞬で情報が流れ込む。
「カイルさんは、左の鎧みたいなやつをお願い!」
「よっしゃ任せろ!」
カイルが笑いながら剣を構え、一直線に突っ込んでいく。
ただの猪突猛進に見えて、こちらの指示通りにきっちり動いてくれるところが、彼のすごいところだ。
私の周囲を小さな魔力の糸が走る。
コハクとルゥから送られてくる“感覚”が、私の視界を補強してくれる。
(……見える)
敵の足運び。
魔力の流れ。
攻撃の“予兆”。
一つ一つは小さくて弱い私たちの力。
でも、それを束ねることなら――私にしかできない。
「ふふ……可愛い。動きも、綺麗」
ミレイは笑いながら、その周囲に更に新たな召喚獣を呼び出した。
狼型の召喚獣が一斉に駆け、鳥型が上空から圧力をかけ、鎧型が前線でカイルの剣を受け止める。
召喚獣同士の連携もまた、見事だった。
(この子も……私と似ている。
魔物の力を“まとめて戦わせる”タイプだ)
テイマーと召喚士。
仕組みは違うはずなのに、どこか通じ合うものを感じる。
◇◇◇
後方では、シオンが一歩も動かず、弓を軽く構えていた。
一見、ただのサポート役。
でも――
「……左、上。鳥型幻影、落としますね」
ぽつり、と呟いた瞬間。
彼の放った矢が一本、上空のコハクが作り出した鳥型幻影の翼の“関節”に突き刺さり、消滅した。
その位置、その角度。
ただの勘で撃てるものじゃない。
「せぇいっ!」
カイルが鎧型召喚獣の盾を弾き飛ばし、その胸部に深く剣を叩き込む。
霧のように光が弾けて、召喚獣の一体が消えた。
「カイル.....ナイス!」
「アヤノ、ぼさっとしてられないぞ!」
「ほお.....なかなかやりますねぇ」
軽口を叩きながら、シオンの視線は常に冷静に戦場全体を見ていた。
(……この人も、多分“普通じゃない”)
私は一歩退きながら、コハクに呼びかける。
「コハク、前衛の狼を、右から誘導して……ルゥは、その足元を滑らせて!」
《了解、アヤノ》
《まかせてっ》
コハクが小さな炎の尾で狼を挑発し、ルゥがちょうどいい位置にぬるりと広がる。
一匹の狼が足を取られ、隣の狼も巻き込んで転倒し――ミレイの召喚陣はまた一つ乱れた。
(いける……!)
しかし、そのとき。
――胸の奥が、きしりと音を立てたように痛んだ。
(……え?)
視界の端がちらつく。
昨日、暴走しかけたウルフに触れたときと、同じような感覚。
(やだ、これ……嫌な感じ)
《アヤノ?》
《だいじょうぶ……?》
「大丈夫、今は戦いに集中しなきゃ」
自分に言い聞かせるように呟いた、その瞬間だった。
◇◇◇
地面が、低く唸るように震えた。
「……今の、何?」
次の瞬間。
会場後方の分厚い石壁が、外側から――叩き割られた。
轟音。
割れた石片が飛び散り、観客席から悲鳴が上がる。
「な、なんだ!?」
「魔物か!?」
立ちこめる粉塵の向こうから、何かが、ゆっくりと姿を現した。
「……ゴーレム……?」
誰かの震える声が聞こえる。
それは、ギルドが訓練などに使う、標準的な土のゴーレム――
だったはずの“形”をしていた。
だが、今そこにいるそれは、明らかに“異常”だった。
全高は、通常の三倍以上。
腕一本で、建物の柱をへし折れそうな太さ。
体表には複数の封印具が無理やり埋め込まれているが、その多くにひびが入り、赤黒い魔力が漏れ出していた。
その魔力は、見ているだけで胸がざわつくような、濁った気配。
「封印具が……砕けてる……?」
「なんでこんなものが、会場に……!」
審判たちが青ざめ、慌てて結界を張り直そうとするが、間に合わない。
ゴーレムの足が一歩、会場の床を踏みしめるたびに、地面がめり込んでいく。
その目は濁った赤で爛れており、理性の欠片も感じられない。
ただ本能のままに、何かを求めるように、辺りを見回して――
「……え」
次の瞬間、まっすぐに、私のほうを見た。
「アヤノ!」
カイルが前に飛び出そうとする。
「な、なんで……私……?」
(このいやな感じ……ウルフのときと、同じ……もっと、ひどく濁ってる……!)
胸がぎゅうっと締め付けられる。
魔力がごうごうと渦巻き、ゴーレムの内部で暴れているのが“見える”気がした。
私とゴーレムの視線が、わずかに重なった。
――たす、け、て。
一瞬だけ、そんな“声”が聞こえた気がした。
◇◇◇
「前衛、全員配置につけ! 観客を守れ!」
審判団やギルドの警備隊が叫び、前に出ようとする。
ミレイも召喚獣たちを呼び戻し、眉をひそめた。
「……これ、ただのゴーレムじゃない。こんな魔力、聞いてない……!」
シオンが静かに弓を引く。
先ほどまでの軽口は影を潜め、まなざしは研ぎ澄まされていた。
「アヤノさん、下がって。いったん距離を取ったほうが――」
その言葉より早く、ゴーレムが咆哮した。
耳をつんざくような、石と魔力が軋む音。
次の瞬間、腕を振り下ろし、衝撃波が空気を揺らした。
「来る――!」
カイルが盾代わりに剣を構え、私と観客席の間に立ちふさがる。
しかし、その一撃はあまりにも重かった。
ドン、と鈍い音がして、カイルの足がずるりと後退する。
剣がきしみ、腕が震えている。
「っ、重っ……! これ、本気でやばいやつだぞ……!」
観客席では悲鳴と泣き声が入り混じる。
結界はぎりぎりで保っているが、このままでは時間の問題だ。
「コハク、ルゥ!」
《ここにいるよ、アヤノ》
《こわいけど……一緒にがんばる!》
コハクが私の前へ跳び出し、炎の尾を広げてゴーレムの視線を引きつける。
ルゥは床に広がり、その巨大な足の動きや重心の位置を私に伝えてくる。
(見える……このゴーレムの“中”が……)
体の中心に埋め込まれた封印具。
そこから漏れ出す赤黒い魔力。
一部はひび割れ、まるで誰かが無理やり魔力を詰め込んだ結果、器が耐えられなくなったように見える。
(ウルフも……魔力を吸われて、ボロボロになっていた……。
あのときの黒い痕跡と、すごく似ている……)
胸がちくりと痛む。
――誰かが、意図的に魔力を集めてる。
野生の魔物から奪って……こんな化け物を作ってる?
考えたくない想像が頭をよぎる。
◇◇◇
「ミレイ、前衛を抑えます!」
「わかった。シオンは観客のほうを!」
ミレイの大型召喚獣がゴーレムに組みつく。
鎧型の巨人と、土と魔力の塊がぶつかり合い、火花と石片が飛び散る。
シオンは矢を連射し、侵食しかけた魔力を少しでも削ろうとする。
だが、ゴーレムはそれすら物ともしていない。
「きりがない……!」
誰かが叫ぶ。
私は、震える手をぎゅっと握りしめた。
《アヤノ、こわい?》
《でも、ぼくらがいるよ》
コハクとルゥの声が、重なって響く。
その瞬間、胸の中で何かが“合わさる”感覚があった。
二匹の魔力の線が、私の中で一本に束ねられ、
視界が一気に鮮明になる。
(ルゥの……戦場把握。コハクの……時間の流れが遅く見える視界。
それが、私の中で重なって――)
ゴーレムの動きが、はっきりと“分解して見えた”。
いつ魔力が溜まり、どこへ向けて拳を振りかぶるのか。
足を踏み出す直前の、わずかな重心移動。
封印具から漏れ出る魔力の脈動――
そのすべてが、一本の線としてつながっていく。
「……あそこだ」
私は無意識に呟いていた。
体の中心。
いくつも埋め込まれた封印具のうち、一つだけ、特にひどくひび割れている箇所がある。
(あの一点を叩けば……一気に“流れ”を変えられる)
「コハク、あの腕を引きつけて! ルゥ、足元を崩して!」
《うん!》
《了解っ!》
コハクが炎でゴーレムの顔を焼き、一瞬だけ視線を逸らさせる。
ルゥが地面の魔力を僅かに逸らし、ゴーレムの足場を不安定にする。
「今だ、カイルさん!」
「任されたぁっ!」
カイルが歯を食いしばりながら跳び込む。
私はその背中に手を伸ばし――
コハクとルゥの加護を通じて、彼の動きをわずかに補正する。
「もう少し右上……そこ!」
カイルの剣先が、私の“見た”一点に吸い込まれるように突き刺さった。
同時に、後方でミレイの召喚獣がゴーレムの腕を押さえ、シオンの矢が封印具のひび割れに重ねて撃ち込まれる。
刹那。
ゴーレムの体内を駆け巡っていた赤黒い魔力が、悲鳴をあげるように暴れ――
やがて、糸がぷつりと切れたように、勢いを失った。
「……止まった?」
巨体がぐらりと傾ぎ、そのまま地面に崩れ落ちる。
砂煙が上がり、会場が一瞬だけ静まり返った。
そして――
「お、おおおおおおっ!」
観客席から、歓声とも悲鳴ともつかない大きな叫びが上がった。
◇◇◇
「決勝戦は……中断とする!」
審判の一人が、震える声で宣言した。
「参加者はその場で待機! 観客は誘導に従って避難を!」
職員たちが慌ただしく走り回り、結界の補強と怪我人の確認を始める。
私はその場にへたり込む寸前で、なんとか踏みとどまった。
膝が笑っている。
呼吸が荒い。
「アヤノ!」
カイルが駆け寄ってくる。
その顔にも疲労の色がにじんでいるのに、真っ先に心配してくれるあたり、本当に優しい。
「だ、大丈夫……です。ちょっと、足がびっくりしただけで……」
「ちょっとどころじゃない動きしてたぞ、お前……。
今の、本当に全部見えてたのか?」
「……なんとなく、です」
半分本当で、半分嘘だ。
言葉にはしづらい“感覚”だった。
肩の上でコハクが「キュイ」と鳴き、ルゥが足元で小さく跳ねる。
《アヤノがぼくたちを信じてくれたから、できたんだよ》
《そうそう! アヤノ、すごかった!》
「……ううん。二人が、一緒に戦ってくれたから」
胸の奥がじんと熱くなる。
ふと顔を上げると、ミレイがすぐそばに立っていた。
その表情は、驚きと、ほんの少しの悔しさと――それ以上に、嬉しそうな色で満ちている。
「……やっぱり、あなたすごいね」
「え?」
「私の召喚獣たちよりも、ずっと自然に“魔物と一緒に戦ってた”。
テイマーだからって馬鹿にする人、いっぱいいるけど……私は、あなたを尊敬する」
ぱっと笑って、ミレイは右手を差し出した。
「決勝の決着は……また今度。今度はちゃんと、最後まで戦おう」
私はその手を、少し震えながら握り返した。
「……はい。今度は、途中で邪魔されないといいですね」
二人で、少しだけ笑い合う。
◇◇◇
「あー、いやー……女の子同士の熱い友情、いいねぇ」
と、わざとらしく肩をすくめて近づいてきたのはシオンだ。
さっきまでの真剣な顔とは打って変わって、少しへらっとした笑みを浮かべている。
「アヤノさん。さっきは、本当にすごかった。
あの暴走ゴーレムを止めたのは、紛れもなくあなたの判断だ」
「い、いえ。皆さんが協力してくれたおかげで……」
「それを“まとめて”動かしたのは、君の力だろ?」
シオンはそう言って、冗談めかしながらも真っ直ぐな目で見てきた。
「ねぇ、カイル」
「ん?」
「俺も、一緒に行っていいかな?」
カイルがきょとんとする。
「一緒にって……どこに?」
「決まってるだろ、“このテイマーがどこまで行くのかを、この目で見に”さ」
にやりと笑って、シオンは私のほうを見る。
「どうかな、アヤノさん。
俺、弓とちょっとした索敵くらいしか取り柄ないけど……仲間に入れてもらえませんか?」
そんなことを言いながら、さらっと自分のすごさを隠そうとしているあたり、なかなかの食えないタイプだと思う。
でも――さっきの戦いで、彼がちゃんと観客を気にしていたことも、ミレイを信頼していたことも、全部見ていた。
「……はい。よろしくお願いします、シオンさん」
そう答えると、彼は本当に嬉しそうに笑った。
「やった。じゃあ、改めて――よろしくな、アヤノ」
◇◇◇
会場の片隅。
崩れた壁の向こうにはまだ黒い煙が細く立ち上り、残滓の魔力がじわじわと消えていこうとしていた。
誰もその場で、“なぜゴーレムがこの会場に来たのか”を説明できる者はいない。
暴走。
封印具の破損。
実験体の流出――
そんな言葉が、関係者の間で小さくささやかれるだけだ。
少し離れたところで、ギルド幹部らしき人物が、低い声で呟く。
「……あのゴーレムは、どこから来た?」
誰も答えられない。
ただ、荒れ果てた会場の真ん中で、
小さなテイマーとその仲間たちが、新しく増えた一人の青年と共に立っていた。
――この日。
“最弱職”と呼ばれていたテイマーの少女の名前は、正式にギルド中に轟くこととなる。
そして同時に、どこか遠く離れた暗い部屋で。
誰かが、淡く光る水晶越しにその光景を眺めながら、静かに言葉を紡いだ。
『対象:柊アヤ。観察を継続――』
その声の主が誰なのか。
それが、いずれアヤたちの前にどういう形で現れるのか。
この時の彼女たちは、まだ知る由もなかった。




