第11話 本戦3回戦前:揺れる決断と影の計画
本戦二回戦を圧倒的な連携で勝ち抜いたアヤノたちは、控室の一角で休憩を取っていた。観客席からの歓声はまだ遠くに響いている。
「ふぅ……二人とも、本当にすごかったよ」
アヤノはコハクとルゥの頭を撫でる。二匹は誇らしげに胸を張った。
《アヤノの判断がすごかったよ!》
《うん、あれなら誰にも負けないと思う!》
嬉しさが胸に満ち、アヤノは自然と笑みをこぼす。だが――
…その瞬間、頭の奥が「ギチッ」とわずかに軋んだ。
(……え?)
ほんの一瞬の痛み。すぐに消えたが、違和感だけは微かに残った。
「大丈夫か?」
横でカイルが心配そうに覗き込む。
「う、うん。ちょっと疲れたのかも」
そう返しながらも、アヤノの胸には小さな不安が芽生えていた。
加護を発現してから、戦闘中はずっと意識が研ぎ澄まされていた。二匹との感覚共有は心地よかったが……あれほど深く繋がるのは、初めての経験だった。
(……私、もしかして無理してたのかな)
アヤノは顔を洗いに外に出て、再び控室に戻る途中でギルド受付の女性と鉢合わせた。
「アヤノさん! あなたが助けてくれたウルフ、覚えていますか?」
「あの時の……! 無事なんですか?」
受付の女性が腕に抱えていたのは、かつて森で瀕死だった灰色のウルフ。
その体にはまだ包帯が巻かれ、歩くのもやっとの様子だ。
「さっき意識を取り戻して……あなたを探してたんです」
「キュ……ルゥ……」
弱々しく鳴き、アヤノの足元に体を預ける。
アヤノの胸がじんと熱くなる。
「よかった……本当によかった……」
《アヤノ、ウルフ、まだ弱ってる……》
《無理はさせないほうがいいよ?》
二匹の声が心に響く。
受付の女性が、そっとアヤノに問いかけた。
「次の戦闘……どうされますか?
この子はあなたに懐いていますが、戦わせるにはまだ早いかもしれません」
アヤノの心に迷いが生まれた。
(もし一緒に戦えば……きっと力になってくれる)
(でも、無理をさせたら……)
「……少し、考えさせてください」
アヤノはそっとウルフの頭を撫でた。
ウルフは「アヤノ……」と呼ぶように弱い声を出す。
胸が締め付けられた。
◇◆◇
休憩室に戻ると、カイルが驚いた顔で言った。
「ウルフ……お前、あの子助けてたのか」
「はい。でも、戦える状態じゃなくて……」
「……そりゃ迷うよな」
カイルは静かに頷く。
そんな彼の表情を見た瞬間――
……ギチッ。
また、アヤノの頭の奥で何かが軋んだ。
(まただ……)
すぐに消えた痛み。
それでも嫌な予感が胸に残る。
《アヤノ、無理しないで……》
《ぼくたちがいるよ》
「ありがとう……」
アヤノは二匹に微笑むが、その指先はかすかに震えていた。
◇◆◇
控室の窓が、遠くの森を映す。
ふと視界の端に、黒い煙が細く上がるのが見えた。
(……火事?)
その瞬間、教官が控室へ戻ってくる。
しかし、その顔は厳しく沈んでいた。
「……今日、森で野生魔物の“異常暴走”が複数確認された」
「え……?」
教官が険しい声で続ける。
「魔力が不自然に“吸い取られた跡”がある。
魔物の暴走というより……誰かが意図的に魔力を奪ったとしか思えん」
アヤノの背筋がぞくりと冷たくなった。
(魔力……を奪う?)
教官はさらに小声でつけ加えた。
「……王都の裏で、“巨大魔物兵器”の研究が進んでいるという噂もある。
まだ真偽は不明だが……野生の魔物が犠牲になっている可能性がある」
胸がざわつく。
ウルフが瀕死だった理由……
あの異常な衰弱――
(……まさか)
コハクもルゥも、アヤノの不安に反応するように体を寄せた。
《アヤノ、ウルフは……巻き込まれただけ》
《たぶん悪い人が魔力を奪ったんだよ……》
「……そんなの、許せない」
小さく漏れた声は震えていた。
◇◆◇
試合開始の鐘まで、あと少し。
アヤノは深呼吸し、ウルフの頭にそっと手を置いた。
「……ウルフ。あなたの想いは、ちゃんと受け取ったよ。
でも……今は休んで。無理はさせられない」
ウルフは寂しげに目を伏せるが、やがて弱く尾を振った。
「ありがとう……必ず、全部守るから」
コハクとルゥが、アヤノの左右に並んだ。
《いこう、アヤノ》
《次の相手だって、怖くないよ!》
アヤノは前を向く。
胸に不安も、怒りも、使命感も――いくつもの感情を抱えたまま。
「……うん。行こう。絶対に負けない」
こうして、揺れる心を抱えたまま、アヤノは次の舞台へと歩みを進めた。
その背後で、控室の窓から見える黒煙は……
静かに、 不吉に、空へ立ち昇っていた。




