2夜 バイトと花火。
私「おはよう…ってあれ?」
朝起きるとそこに「あきら」の姿はなかった。
私「夢だったのかな…まあ夢でも人と話したから良しとしよう。人と認知して良いのか謎だけど」
独り言を呟きながら、とりあえず朝ご飯とも昼ごはんとも呼べるものを作る。
私「それじゃあ、行ってきます」
まだ微睡の中に身体半分住まわせたまま、実家の癖だと自分に言い聞かせながらアパートの階段を降りる。
自宅から5駅のバイト先、都心はやっぱり人が多く忙しさが身体から馴染む人たちばかりだった。いつも通り16時にバイト先につき、17時開店のための作業を行う。
店長「皐月ちゃん、ちょっと良い?」
私「あ、すぐ行きます」
「ちょっと良い」と言われても断れる私ではないし、大抵こういう時は禄でもない話でしかない。
店長「ごめんねぇ。来週花火大会あるでしょ?それでさぁ、若い子みんなシフト入れないらしくて、皐月ちゃんなら大丈夫でしょ?入ってもらえるかな?」
ほら。どうしようもない。
(何ですか?店長。もしかして私に彼氏がいなさそうだから、言ってるんですか?そうですよ彼氏いない歴=年齢だし、数少ない友達にすら誘ってもらえてませんよ。それでも、私だって見栄を張りたいし、ここは断らせて頂きます。)
店長「皐月ちゃん?皐月ちゃん!」
私「あ、すみません。大丈夫です。入ります」
店長「助かる〜!またよろしくね!」
思いはするけど、言えない小心者は生きるのが辛いとこういう時しみじみ思います。
私「お疲れ様でした〜」
店長「お疲れ〜気をつけて帰ってね」
疲れを吹き飛ばすために飲み明かしたサラリマーンたちが死体のように倒れてる道を帰る。こういう時、都心ってやっぱり飽きないと感じる。現代の清少納言ならこう言う社会に趣きを感じるのか。
私「いとおかし…なんちって〜」
(でも、いつ見ても死体だよなぁ。死体かぁ。アレそう言えば、あきらっているの?いないの?)
その瞬間頭の中に過ぎるのはその2択だけになった。私は、帰りを急ぎいつも通り終電で実家ではなく自宅へ帰る。
私「た、ただいま〜」
何故か自分の家なのによそよそしく入り、暗い玄関の電気をつけた。やっぱり部屋の明かりはついてない。昨日と同じようにゆっくり引き戸を開き、電気をつけた。
私「あれ?いない」
あきら「ここだよ?」
開いた戸の反対側にしゃがんで待っていたあきらに驚きすぎて声が出なかった。
あきら「どしたの?」
私「怖がらせないでよ!!!」
驚きすぎた反動であきらの肩を何度も叩いた。あきらは、子供のようにはしゃいでいた。
私「ん?触れる??え?」
あきら「知らなかったの?私触れるタイプの幽霊だよ?」
それを最初から知っておけば、武器は殺虫剤より拳を選んだと思ったが、こんな幼い少女に暴力を振るうことは幽霊でも世間が許さないのでよしとした。
あきら「暴力は女の子としてどうかな?」
私「うるさい。未遂だよ未遂」
考えてしまったので推測されてしまった。こいつの前で考える素振りは止そう。そう思った。
あきら「今日遅かったね。昨日も。何してるの?」
私「バイトだよ。バイト」
あきら「ばいと?」
あきらは「バイト」というものに聞き馴染みが無さそうでいた。
私「バイトって言うのは、お金を稼ぐ日雇いの仕事だよ」
あきら「日雇い?仕事?」
ダメだ。これ以上言っても理解はしないだろう。そう悟った。
私「…花火って…知ってる?」
あきら「知らない。何それ?」
花火すら知らないレベルの子に話しても意味がないと理解しながらも、私は花火について教えたくなった。
私「花火っていうのは、火をつけたらシュババって火を吹いて〜…」
我ながら語彙力のなさに驚く、こんなので小説家になるなんて夢のまた夢だ。
あきら「…綺麗なの?」
私「綺麗だよ。凄く」
あきらの目が一瞬だけ輝いて、元に戻った。
母の言葉が浮かんだ。「あなたは、言われた事を聞いておけば良いんだから」私はこの言葉が大嫌いで、両親には期待をしなかった。いや、していたんだと思う。一度期待しようとするけれど、傷つくから自分の防衛を図る。
この時のあきらの目の意味を私は誰よりも知っていた。
私「忘れ物しちゃったから少し出てくるね」
あきら「いってらっしゃい!」
「言葉をくれる人がいるのに、返せないのは私の弱い所だな」そう思いながら自転車に跨り近くのコンビニに寄った。
私「花火ありますか?」
店員「花火ですか?」
〜〜〜〜〜〜〜〜数分後〜〜〜〜〜〜〜〜
私「ただいま〜」
あきら「おかえり!早かったね」
私「あきら、花火しようか」
あきらは、目を輝かせ無言のまま頷いた。
手持ち花火をあきらに持たせて火をつけた。あきらの手元からは、火花が散り夜の暗闇に色彩が溢れた。私は、その横でライターでタバコに火をつけ、花火とついでに買ったビールで一杯飲む。
私「楽しい?」
あきら「うん!すごく綺麗だよ!」
2階ベランダでする手持ち花火にこんなにも嬉しくなってくれるとは思わず、少し笑が溢れた。
私「来年は、もっと大きい花火を見に行こうか。手持ち花火より凄いやつ」
あきら「それ私も、持てる??」
私「持てないよ笑笑。見るだけの花火」
あきら「じゃあ、こっちがいい。お姉ちゃんと2人の方が楽しい!」
妹がいたら、こんな感じだったのだろうか。私も姉妹や兄弟がいれば何か変わっていたのかな。そう思える寂しさと温もりのある夏だった。次の日に大家さんに花火の件で怒られたのも思い出となった。