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1夜 少女と私と殺虫剤

蝉の声が溢れ出した夏。空を漂う入道雲。窓から入る風で締め切らないカーテンから差し込む煌めきと、仄かな蛍光灯。プールの残り香溢れる4限目の現代文で、私はその一言と出会った「誰かの代理人」

思えば私はいつからか誰かのために何かを演じていたのかもしれない。




 蝉の声も聞き飽きた23歳の夏。私は独り暮らしを始めた。とは言え、仕方なくの独り暮らし。両親と喧嘩をして、半家出状態。大学も出てフリーターの娘を昭和生まれの両親が許すはずなく、実家から15駅離れた場所での家出。何故か前住居人の家具が残っていて、何故か同じアパートでも他の部屋より格別に安い部屋、つまりは「曰く付き物件」と呼ばれるこの部屋が私の新たな門出となった。幽霊と言っても怖くはない。寧ろ、友達の少ない私は幽霊すら迷惑でなければ「知人」と呼ばせて欲しいまでもあった。引っ越し作業も片付き休みをもらっていたバイトに向かう。大学生の頃からお世話になってる居酒屋の賄いほど私の救いはない。都心に向かいそのバイトが終われば、夜は家に帰り小説の活動。少しは売れて欲しいまであるが、現実はそう甘くない。


「ただいまー」って言っても誰もいないから仕方ない。実家の癖は抜けずにいるまま重くもない手提げを重そうに持つ。「幽霊でも良いから返してくれないかな」そんな戯言をボヤきながら玄関から2番目の引き戸をあける。いた。何かいる。私は引き戸を勢いよく閉めた。確かに見た。薄暗く誰かはわからないけれど、少女らしき背丈の何かがいた。確かめたくても確かめる勇気がない。恐る恐る引き戸に手をかけ、もう一度隙間から見た。いる。引き戸横の部屋の電気をつけるためのスイッチが触れるくらいに引き戸を開けかけた時、少女が喋る。


「何もしないから入ってきたら?」

優しく何処となく落ち着く声に敵意は無いのだろうが、怖いものは怖い。何かないかと近くを見渡すが武器と呼べるものは、殺虫剤ぐらいしか見当たらない。「これで良い」そう思い殺虫剤片手に部屋の電気をつけた。

明かりの先には少女がいた。年齢は10歳くらいだろうか、服装も今時と言うよりは少し昔の感じではある。けれど、白いワンピースに良く似合う綺麗な顔と綺麗な髪が、何故か私を安心させた。


「そこに座りなさいな」

私は座った。けれど、私の家と言うことも忘れてつい言われたままに座った私を私は後で殴りたいとこの時感じた。


「それ何?武器にでもしようとしたの?」

手に持った殺虫剤を見て少女は笑う。

そして、心の中を見破る系幽霊は初めて(と言うよりも幽霊はこんなに心を読んでくるのか)な私は恥ずかしくなり後で幽霊手前に死にたいと思った。


「喋れないの?」

いや喋れないのではない、幽霊がこんなにコミュ力がバケモノとは知らなくて声が出てこない。人と関わるスイッチを切っていた瞬間に出たんだ。(コミュ症舐めるな!!)


私「あの〜、お、お名前は??」

自分ですら何を聞いてるのか、何故敬語なのか理解できなかった。多分ずっと前に死んでるだろうから年上だと考慮した自分を責めたかった。


少女「あきらです」

少女は鼻で笑いながら答える。


少女「そろそろ置きません?それ」

少女が笑いながら指を刺すその先には、私が持つ殺虫剤があった。「油断した所を!」なんてホラー映画でよく見てたから私は無言のまま首を横に振った。


少女「もしかして、油断させて襲ってくるとか…考えてます?」

しばらくの間沈黙が続いた。

少女「なんか気まずい空気流れてますね」

(言うんじゃない。それをお前が言うんじゃない。私も察してはいたけど、言ってしまったら次が出ないだろ!!)

私は言いたかったが、喉の奥に言葉を引っ込めた。


私「じゃ、じゃあ真ん中に置かせてください」

少女「はい笑」

少女と私を挟むテーブルに殺虫剤。どう考えても、生きてて2度はないこの状況が少し経って変だと気づいた。


私「お、お茶でも出しましょうか?」

少女「幽霊なので飲めません」

私「じゃ、じゃあクッションだけでもしきません?」

少女「干渉できなくて、幽霊なので」

私「暑いですよね、クーラー入れますね」

少女「暑さ感じませんよ笑。幽霊なので」

(この女、無意識なのか私が言わないでいる事を挟んでくる。)

少女「冗談です笑。お茶もらっても良いですか?」

私は、幽霊にすら馬鹿にされる事を悲しく思えてきた。

私「どうぞ、」

少女「ありがとうございます」

 「そろそろ敬語やめません?」お茶を飲み少女が言う。

私「わかりました」

少女「やめてないじゃん笑」

2人で笑う。極力人と関わらず生きてきた私にとってこの会話は何故か嫌いにはなれなかった。


私「タバコ吸っても良い?一応未成年だろうし聞くけど」

少女「どうぞ〜」

冷や汗が出過ぎて少し湿ったズボンからクシャクシャのタバコを取り出し火をつける。嫌に視線を感じる。

少女「美味しいの?それとも楽しいの?」

こいつは、人の心がないのかズカズカと聞いてくる。けれど、少女の目は煌びやかに輝いていて年齢を物語るようにも見えてくる。

私「大人になったら吸ってみな、わかるよ」

無神経な返しをしたと思ったが、少女は変わらずニコニコしていた。

私「良い事故物件を見つけたかもしれないね」

少女「ジコブッケン?」

私「いや、こっちの話だよ笑」

思えば、大人特有の隠しを私もするものになったなと思った。

真ん中にあった殺虫剤を私はタバコ吸いながら、部屋の隅へ投げた。





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