2巻 1章 3話
チョコは宿の周りのライトアップされた竹林を駆け、クラウン達は追いかけた。雨上がりの霧が少し出ていた。
「うっ、またお酒のにおいがする。チョコ待て!」
チョコがクラウンのそばに戻ると、暗闇から「ジジ、ハー」パキパキ、ズサー、ズサー。小枝が折れる音や何か引きずる音がする。
警戒してライトを辺りに照らすと、いきなり横から大蛇が飛びかかり、スノーの足を噛んで暗闇に引きずった。
「うお!シェル!」スノーが岩肌になると大蛇はスノーを離し、後ろに下がりとぐろを巻いて「ジジ、ハー!!」威嚇してきた。
スノーは走り、フェイントして横から大蛇に抱きつき首元を絞めた。
直径30cm程はある大蛇は、体をくねらせ、スノーに少しずつ巻きついた。外からスノーの姿は見えなくなった。
「スノー!頑張れ!」クラウンは応援した。
「スノー!落とせ!」ブラストも応援した。
大蛇もだんだん頭が斜めに下がってきて、姿は見えないが大蛇の中からスノーの雄叫びが聞こえた。
「うおー!手応えねーなー!」
「効いてるよ!頭下がってきてる。」クラウンは構えた。
犬達が吠える。
「時間ヤバい!クラウン行、、」ブラストが横を見た瞬間、別の大蛇が2匹、クラウンとブラストに襲いかかってきた。
「うわー。」クラウンは大蛇の尻尾に体ごと吹き飛ばされた。
ブラストは地面に転がってよけ、片膝をついて手をかざした。
「ショックウェーブ!」大蛇3匹は吹き飛んだ。
遠くに飛ばされた大蛇は、バタン、バタン、身をよじり、体勢を立て直した。とぐろを巻きながら顔を高く上げ威嚇した。
「クラウン!こっちにきて、スノーが落ちてる。今のうちに退却しよう。」ブラストが呼んだがクラウンは倒れたままだった。
ブラストは犬達とスノーを引きずって、大蛇から遠ざけた。
ライトを照らすと、倒れたクラウンに近づていた大蛇が、ブラスト目がけて飛びかかったが、まだ距離はあった。
ブラストはクラウンが襲われないようにライトを照らし、なんとかスノーを引きずりながら、さらに距離を取ろうと必死だ。
バババババッ!!
竹林にバイクの音が鳴り響いた。
ババババッ!
アドベンチャーバイクが走って来て、ライトが大蛇を照らすと、大蛇は口を開けて飛びかかった。ライダーは走りながら刀で大蛇を斬った。ライダーはアクセルターンをして降り、ライトの前で刀を構えた。大蛇2匹は交互に威嚇しながらライダーに近づいていく。右の大蛇が先に近づいた瞬間、大蛇の首元から刀を振り上げ斬った。大蛇の首は地面に落ちた。暴れる胴体にくるっと背中を寄せ、上から斜めに斬り落とした。暴れる尻尾が鞭の様に顔めがけて飛んできた。刀を横一文字に振り、斬った。ライダーは重心低く構えた。
切り落とした方の大蛇を盾にしながら、左の大蛇の尻尾から走りこみ、胴体を下から斜めに斬り上げ、そのまま刀を返して首元を斬り落とした。
ブラストは刀さばきの見事さに見とれたが、我に返りクラウンに駆けよった。
「待たれ!」ライダーは叫んだが、クラウンは起きあがろうとブラストの肩に手を回した時、3匹の大蛇が一斉に飛びかかってきた。
「ロージー!」
「ショックウェーブ!」
チョコは光り、大爆発で大蛇は燃えながら地面に落ちた。
ライダーはヘルメットを取り、クラウンとブラストに駆け寄った。
「無事か!」
「虎徹さん?」クラウンがお腹をさすりながら立ち上がった。
「怪我はないか?」虎徹が聞く。
「うん。お腹を強く打って、息ができなくて、もう平気。」
「スノー!大蛇に落とされたんだ。」ブラストが慌ててスノーに駆け寄った。
「虎徹さん、お水持ってないですか?」クラウンがたずねた。
「ある。待たれ。」オカモチサービスと書かれたボックスから水のボトルを差し出した。
クラウンはスノーに水をかけて呼んだ。ゴーストは心配そうに頭をぐいぐい押し付けた。
「ガハッ!シシー。」スノーは目を覚ました。足の傷もみるみる治っていく。
みな安堵した。
「なぜここに?」虎徹が聞いた。
クラウンは、はっとした。
「チョコ、イカロスを使え。」
チョコは再び光った。
「宿の奥さんが大蛇にさらわれて、けど多分で、チョコに、、。」クラウンは説明がうまくできなかった。
「虎徹ーー酒を持てーー!!」ブオオー!!
山の上から男の大声が響き、法螺貝の音が鳴り響いた。
「拙者これにて。宿に戻られよ。」ヘルメットを被り、虎徹はバイクに乗って去った。バイクの音は山の上に向かっていった。
「僕らも行こう。」クラウン達はチョコを追って、警戒しながら石でできたハードルの道を避け、黒神神社の境内にでた。霧が晴れた。小さな提灯がついたお社が見えた。チョコが真っ直ぐお社の下に入って行くと「ひい!」女性の悲鳴が聞こえ、プリズムは消えた。
クラウン達はお社の下の赤い柵に滑り込むと、宿の奥さんがチョコを抱っこしていた。
「今のうちに逃げましょう。」ブラストが促すと、奥さんは首を横に振った。
「いえ。舞台で天狗様が戦っておられます。酒をもっと渡すんです。」
「舞台にですか?」ブラストは意味がわからなかった。
「はい、そうです。こっちから上がりましょう。」宿の奥さんが先導した。
お社を囲った小さな廊下に上がり、柱の影から舞台を見た。
壁のないお社がもう一つあり、木の廊下でこちらのお社と繋がっている。
お社の周りに松明が焚かれ、天狗様と大蛇の姿があった。
さっき見た大蛇の2倍はある、直径70cm程の大蛇が酒樽に頭を突っ込んで酒を飲み干し、頭ごと振って、空になった酒樽を投げ捨てた。
バゴーン!
その側で天狗様は酒樽の蓋を素手で叩きわり、大蛇に次の酒樽を差し出した。
その舞台の下で虎徹は酒樽を運んでは走って行く。
「酒を飲んでいるうちは襲って来ません。今、虎徹さんが境内の御神酒を運んでいます。私も手伝います。」宿の奥さんは大きな御神木の横の小屋へ走って行った。
「行くぞ!」スノーの掛け声でみなも追いかけた。
虎徹は樽を転がすように指示し、みなリレー方式で酒樽を何樽も運んだ。
「スノー殿!金粉入りの酒瓶を社へ!」虎徹は倉庫横に停めてあるバイクを指差した。
「おう!」スノーはバイクのオカモチを開けて、金粉入りの酒瓶を2本両脇に抱え、お社に走った。
「おかみさん!後は頼みます!」虎徹は酒樽の蓋を叩きわり、クラウンとブラストに酒樽と柄杓を持たせて、おかみさんの元に行かせた。
「はいよ!」
おかみさんは舞台の廊下からお社まで、柄杓で酒を撒き始めた。
おかみさんは手際よくスノーから金粉入りの酒を受け取り、桶に注ぎながら言った。
「もう1本は天狗様へ!」
「おう!」スノーは金粉入り酒瓶を虎徹に渡しに走った。
「師匠!整いました!」虎徹が刀を抜き、封を切った酒瓶と一緒に渡した。
「よー。」受け取った天狗様は頭から金粉入りの酒を浴びた。
大蛇が右に左に頭を振ると、刀を持って舞う天狗様と動きがシンクロした。
「よー。」
虎徹は黒革の作務衣の懐から横笛を取り出し、深呼吸すると、お囃子を吹き始めた。
「よー。」
天狗様は舞いながら廊下を歩いて行く。
その後ろを揺れながら大蛇が付いていく。
おかみさんがお社の下に降りて、舞台を見上げ「一緒に盛り上げるんだ。」と、手拍子をした。クラウン達もお社に進んでいく大蛇を見上げながら手拍子に合わせた。
舞台に着くと天狗様はより大きく舞った。
笛の音が響き、緊張が高まった。
大蛇はうなだれる様に桶に顔を突っ込んだ。
天狗様は姿勢低く刀を構えた。
大蛇が桶から顔を上げると、天狗様は刀を横一文字に振った。
大蛇の腹は横に裂けたが、頭を右に左にゆったり揺らし、尻尾を振り上げ刀に巻きつけた。
天狗様は足を大きく開き、刀を真っ直ぐに立て、低い姿勢で構えると、くるっと振り返り、一本背負の様に刀を振り下ろし尻尾を切り落とした。そのまま刀を首元に突き刺し、足で大蛇の胴体を払いながら、突き刺した刀を天高く突き上げた。大蛇もなんとか巻きつこうとするが、足で払われ、とぐろが二段出来上がった。
その時、虎徹の笛の音が変わった。
天狗様は刀を床に突き刺し、刀に体を乗せ、大蛇の首を落とした。
金粉のついた桶に大蛇の頭を入れ天狗様の舞は終わった。
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虎徹はおかみさんをバイクに乗せ、神社の正面の道から宿に向かって走って行った。
「よー。先に風呂じゃ。行くぞ。」天狗様は険しい顔つきから一変、いつもの柔らかいおじいさんに戻っていた。
夜道を行くと提灯を持った村人達が天狗様にお辞儀をして「ありがとうございました。」深々と頭を下げた。
「よー。噴火で祭りができんから、先に蛇が酒を飲みに来とった。」天狗様は村人達に話した。
そう聞くとお辞儀して、村人達は掃除道具を持って神社の方へ上がって行った。
数人の村人と挨拶を交わし宿に戻ると、宿のご夫婦は嬉しそうに仲良く働いていた。
「虎徹、風呂に行くぞ。」土間から支度をした虎徹が現れた。
身を清め、露天風呂にみなで浸かった。
「よー。去年の蛇は中々なつかん。金粉の酒をわしがたらふく飲んでようやく舞台に上げたんじゃ。そしたら舞ってるうちに真っ赤になって酔い潰れてのー。慌てて虎徹が斬ったんじゃ。今年のはよー懐いた。後で清めに神社に行くぞ。」
温泉から上がると体も気分もさっぱりした。
虎徹はみなに作務衣を配り、再び黒神神社に向かった。
神社の境内では宿屋のご夫婦、茶屋の主人、挨拶した数十人の村人と一緒に掃除とお清めをした。
空がうっすら明るくなり、境内の高い所から見渡すと雲海が広がっていた。
日の出と共に人がぞろぞろ集まり、観光客の姿もあった。
その日は一日お囃子が鳴り、神社は賑わった。
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桜島火山の噴火警報が消えぬまま、さらに2日経った。
宿で寝ていると、虎徹が起こしにきた。
「支度されよ。」スー。ふすまを閉じた。
毎日、こんな調子で起こされ、ヨガと瞑想、それが終わると朝に粥を食べ、稽古場に連れて行かれ、作務や釣り、山菜採りをして過ごしていた。
囲炉裏で粥を食べながら、天狗様は話した。
「よー。火山に行けるようになった。祈りに行くぞ。」
クラウン達は宿屋の精算をすませ、ご夫婦に挨拶して出発した。
朝もやの中、黒神神社の手前で天狗様と虎徹は立ち止まった。
いつもは石のハードルをよけて通っていた道だ。
「よー。この石の鳥居はのー、何百年も前の噴火の時、火山灰で埋まったんじゃ。この灰の下にはかつて村もあった。ええか、いくぞ、黙祷。」天狗様の合図でみな合唱して祈った。
地面から鳥居の笠木部分だけが1mほど出た道を、祈りを捧げながら上がっていった。
黒神神社の入り口には3mの鳥居が一つあり、今の村の人が立てた鳥居だと虎徹が教えてくれた。
「オレ、車両の侵入禁止かと思ってた。」スノーが虎徹に言うと「確かに今はその役目もしているな。」虎徹は優しい顔で答えた。スノーと虎徹は仲良くなっていた。
境内の冷暗所から大蛇の首が入った桶を取り出し、祈りを捧げ、虎徹は背負った。
天狗様は法螺貝を吹いた。ブオオーー!!
火山の洞窟は2人が通れるくらいの道で、静かで冷んやりしていた。
奥まで歩いて行くと、熱のこもった空間に祭壇とその横に古井戸があった。
「覗いてみい。」天狗様がクラウンに声をかけた。
古井戸を覗くと、はるか下にマグマが流れていた。ブラストに続いてスノーも覗き込んだ。
古井戸に桶を投げ入れて、みなで合掌して祈った。
祈り終えると天狗様がチョコに気づいた。
「狛犬が光っとる。お前さん達は仏様の使いじゃな。カカカ。」
みなでチョコについて行くと、広いホールの様に開けた場所に出た。
マグマのプールが段々になって、熱気に包まれていた。
「よー。マグマの棚田じゃ。」天狗様は思わず声を上げた。
3段上がったマグマのプールの前でチョコのプリズムが消えた。
マップを確認してクラウンは頼んだ。「スノー、ここで合ってるみたいだからお願い!」
「おう!シェル!」スノーは横幅2mのマグマのプールに飛び込んだ。太腿まで浸かり、手で底をさらった。
「よー。」天狗様の声が上がる。
「あったぞ!」オレンジ色に輝くエレメントストーンを手に入れた。
「よー。」天狗様と虎徹は興味深そうに石を見つめた。岩肌がボロボロっと砕け、元の姿に戻ったスノーに拍手をした。
「チョコ、こっちから安全な出口ある?」
チョコがまた光り、小さな崖をいくつか降りると空気は冷んやり湿り、少し歩くと道に出た。外は朝霧が立ち込めていた。里山入り口の看板がうっすら道の脇に見えた。
「ここに出るのですね。」虎徹は霧が深い場所でも、どこだか分かった様子だった。
「狛犬がおれば道は大丈夫そうじゃの。よー。ここでお別れじゃ。」天狗様がそういうと「みな達者でな。」と虎徹は一礼した。
「天狗様、虎徹さん、いろいろ教えてくれてありがとうございました。」クラウンは2人にお辞儀すると、ブラストもスノーもお辞儀した。
顔を上げた瞬間、虎徹が3人をかばう様に洞窟入り口の壁際に押した。
ドタッドタッ、ドタッドタッ。
霧の中から何かくる。
看板の前を首のない白い牛が駆けて行った。
ドタッドタッ、ドタッドタッ。
「うわー!」「でた!」「うお!」クラウン達は身を寄せ合い、壁に背を押しつけて驚いた。
「よー。首切牛じゃ。」天狗様は落ち着いていた。
「里山村で何かあったのでは?」虎徹がそう言うと、霧の中から悲鳴が聞こえた。
「キャー!」
「鬼が出たー!」
「よー。参るぞ!虎徹。」天狗様と虎徹は霧の中に走り出し、すぐ姿が見えなくなった。
⭐️
続く。
絵:クサビ