番外編 梅干し(もどき)を作ろう
これはお米を収穫した直後の物語。ラウル様たちは私が作るおにぎりを気に入ってくれた。
だけど私には少し不満がある。それは何かというと……おにぎりの具が少ないことだ。
「ああっ! イクラもサーモンも美味しいけど、そればっかりだと飽きてしまうのよね! 何かこう……ツナとか昆布とかおかかとか欲しい!!」
厨房でおにぎりを作りながら、私は一人悶えていた。
ツナ、昆布、おかか……さすが水産大国の日本。あんまり意識してなかったけどおにぎりの具材にも海産物が多い。
いくらブルーフォレスト領の大市場でも新鮮なカツオやマグロや昆布を手に入れるのは難しい。
売っていたとしても燻製とか干物に加工されていて、私が思い描くおにぎりの具材にするには向いていない。
他に何か入手しやすくておにぎりの具材になりそうなものは……。
その時、脳裏に天啓のように答えが閃いた。
「そうだ。そういえば海外では“アレ”が梅干しの代用になると聞いたことがあるわ……よし、リリに尋ねてみよう!」
◇◆◇
翌日。私とリリは厨房で向かい合っていた。私たちの間にあるテーブルにはプラム、アプリコット、塩、レモン、酒精、瓶が置かれている。
「ふっふっふ……これよ、これが欲しかったのよ! プラムとアプリコット!」
「プラムもアプリコットも美味しいですよね~。私はジャムにして食べるのが好きです~」
「そうね、ジャムも良いわね。でも今回はジャムじゃなくて……おにぎりの具にするのよ!」
「えっ!? 果物がおにぎりの具になるんですか!?」
「ええ、加工次第ではなるわ」
私はリリに教えながら、さっそく梅干しもどき作りを開始する。
まずはアプリコットを綺麗に水洗いしてヘタを取る。そして酒精で果肉と瓶を消毒する。
「アプリコットの重さを測り、それぞれ別の瓶に入れましょう」
「はい」
アプリコット用の瓶に果肉を入れる。そして重さに応じて塩をまぶし、全体的に行き渡ったのを確認したらレモン汁を投入する。こちらも全体に浸透するように瓶を傾けて揺らす。
全体的に行き渡ったのを確認したら、瓶の蓋にすっぽり収まるサイズの重石を用意する。今回はちょうど瓶の口に入るぐらいの別の瓶を用意した。
小さい瓶も洗ってから酒精で消毒し、中に水を注いでから大きな瓶の中に入れる。すると中の果肉を圧迫するような感じになる。
「この状態で密閉して二週間ほど放置するのよ。その間もカビが生えていないかチェックする必要があるわ。カビが生えていたら梅干し作りは中止よ」
「かしこまりました! 毎日欠かさずチェックします」
「リリは真面目でいい子ね」
「それだけが取り柄ですから! 他のメイドの先輩やレノアさんに比べると私なんて落ちこぼれもいいところで……」
リリは肩を落として自嘲気味に笑う。その様子からは謙遜だという雰囲気は感じない。
確かにブルーフォレスト家のメイドさんは、メイド長のレノアさんを筆頭に優秀な人ばかりだ。その中で年若なリリは落ちこぼれという自己認識なのかもしれない。
でも私自身はリリに対して、全くそう思わない。
「リリはブルーフォレスト家に仕えて何年目だったかしら?」
「え? ええっと、もうすぐ二年目……です」
「だったら落ち込む必要なんてないわ。レノアさんを始め、先輩の皆さんはリリの倍以上の年数をお仕えしているベテランだもの」
「ですが、やはり皆さん優秀で……私なんかじゃとても……」
リリは悲しそうに俯いてしまう。そんな彼女を励ましたくて、私はリリの肩にそっと手を置いた。
「あなたは落ちこぼれなんかじゃないわ。最初から完璧に仕事が出来る人なんていないのよ」
「でも……」
「大事なのはどう成長するか、じゃないかしら。リリはいつだって一生懸命頑張っているわ。私の無茶ぶりにも付き合ってくれるし、年の近いあなたが話し相手になってくれることで私もすごく助かっているわ」
「エルシー様……」
「大丈夫、私がブルーフォレスト家に来た時と比べてもリリは成長している。だから焦らないで。周りの人から教わったことを、一つずつ出来るようになっていきましょう」
「エルシー様……はいっ、ありがとうございます!」
リリは瞳を潤ませて私を見上げてくる。
そんなに大層なことを言ったつもりはないけれど……リリはまだ若いから些細なことでも傷つくし、ちょっとした言葉ですぐ元気になる。
それも若さの特権ね。……え? 私も若いだろうって? いやいや、私は前世と今世の経験を合わせると精神年齢は結構高めですから。
リリは目元を拭って顔を上げて笑顔を見せた。
「エルシー様のおかげで元気が出てきました。もっともっと頑張ります!」
「よしっ、その意気よ! じゃあ次は同じ要領でプラムを漬けましょう!」
「はいっ!!」
そして私たちはアプリコットに続き、プラムの梅干しもどき作りに取り掛かった。
それから二週間、リリは毎日プラムとアプリコットの瓶にカビが生えていないかを確認してくれた。
塩漬けの期間は約二週間。瓶の中に入っていた塩の塊が完全に解けたのを確認してから、果肉を取り出して水分を除去する。
「この瓶の中に残っている液体は『梅酢』といって調味料になるわ。このまま保存するから捨てないでね」
「分かりました!」
リリは他の瓶の中に、慎重に梅酢を注ぐ。……正確にはアプリコット酢なんだろうけど、梅干しもどきを作って抽出できた調味料だから梅酢ということにしておこう。前世で一般的に知られていたアプリコット酢とは製法も味わいも違うしね。
それから私たちは日当たりのいい裏庭の一角にシートを敷いて梅干しもどきを天日干しする。鳥や虫に狙われることがないように、注意しながら三日かけて干す。
三日後、果肉の周りに塩分が出てきたのを確認したら、これにて梅干しもどきの完成だ。
「さあ、これで完成よ! リリ、味見してみましょう」
「えっ、いいのですか?」
「もちろん。ここまで付き合ってくれたお礼も兼ねて、リリには最初に味わってほしいわ」
「あ……ありがとうございますっ! それでは失礼して……はむっ。……~~~ッ!!」
リリはスプーンで梅干しもどきを一つ口に入れる。すると彼女の顔がみるみるうちに酸っぱいものを食べた時の表情に変わる。
両手で頬っぺたを押さえて悶絶している。でもその顔はどことなく幸せそうだ。
「ふあっ、すっぱいです……! でも酸っぱさの中にほんのりと甘みもあって……美味しいです!!」
「ふふ、リリは大げさね」
「そんなことはありません! とても美味しいです!」
私はリリのリアクションが実は結構好きだったりする。
彼女は素直な子だから美味しいものを食べると大袈裟なまでにリアクションを取ってくれる。
でもそれが自然で嫌味がないから、私は新しいレシピを作ったらまずリリに味見してもらいたいと思っている。
ちなみにレノアさんは上品で冷静な批評をしてくれる。
美食家のラウル様は豊富な語彙と食の知識に基づいた的確な食レポをしてくれる。
「さあ、私も一口……ん~ッ、酸っぱい! でも、それがいい!!」
梅干しもどきを口に入れると、口内に酸っぱさが広がる。だけど酸っぱさの中にほんのりと甘みがある。
果肉はカリカリではなくしっとりと柔らかな食感。前世の日本でいうところの南高梅の風味に近い。
「うん、これで梅干しもどきの完成ね!」
「エルシー様! これをおにぎりの具にするんですよね? 早速作りましょう!」
「ええ!」
私たちは厨房に入ってお米を炊くと、作り立ての梅干しもどきを使っておにぎりを作った。
そして完成したおにぎりをバスケットに入れて、お昼休憩の時間を見計らってラウル様やレノアさん、エリオットさんたち使用人の皆さんに配った。
「これは……炊き立ての米のほのかな甘さと具材の甘酸っぱさが絶妙な調和を生み出している。米は噛めば噛むほど甘さを増すが、そこに甘酸っぱい具材が加わることでまた違う味わいが生まれる。このアプリコットの塩漬けには唾液の分泌を促し、食欲を増進させる効果があるようだ。アプリコットにこんな方法があったとは……これは素晴らしい食べ物だ!」
ラウル様も大絶賛だ。さすが美食家のラウル様。一口食べただけで梅干しに唾液分泌と食欲増進の効果があることを見抜くなんて。
この人は美食家なだけじゃない。分析力や知識がすごく豊富で、それでいて臨機応変に対応出来る柔軟性も兼ね備えている。
「ありがとうございます、ラウル様。……ちなみに梅干しもどきを作る過程で発生した『梅酢』という調味料もあるのですが、今度そちらを使用したレシピもご賞味くださいね」
「ほう……! それは楽しみだ……!」
ラウル様は喜んでくださったご様子だ。さすが美食家、未知の食べ物にも興味津々だ。
するとエリオットさんやレノアさんもおにぎりを片手に私に声をかけてくる。
「このおにぎり、以前いただいたものとはまた違っていて……とても美味しいです。ありがとうございます、エルシー様」
「同じお米を使った料理なのに具材を変えただけでここまで味わいが変わるとは……以前仰られたように、おにぎりとは奥深い料理なのですね」
「喜んでいただけて何よりです」
良かった。梅干しのおにぎりも皆さんのお気に召していただけたようだ。
なんとか私の梅干しもどき作りも上手くいった。
……ちなみに後日、梅酢を使ったドレッシングやドリンク、パスタを披露したところ、どれもブルーフォレスト家では大好評となった。
こうしてまた、ブルーフォレスト領の名産品が一つ増えたのでありました。
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