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第22話 国王陛下への拝謁

「それでは、行って参ります」


「はい、エルシー様、ラウル様。道中お気をつけてください」


「エリオット、留守を頼んだぞ」


「はっ」



 いよいよ国王陛下の生誕祭が目前に迫り、私とラウル様は朝早くから馬車に乗って王都を目指す。


 ブルーフォレスト邸の前で馬車に乗り、使用人の皆さんに見送られて出発する。


 馬車がゆっくり発進する。


 私は背後を振り返り、ブルーフォレスト家の景色を目に焼き付けた。


 裏庭の田んぼでは、収穫を目前に控えた稲穂が揺れている。


 一面に広がる黄金の稲穂――というのには程遠いけど、ようやく夢が結実しようとしている。


 帰って来たら早速収穫に取り掛からないとね。


 私が感慨深く思っていると、ラウル様が声をかけてくる。



「エルシー、そんなに後ろばかり見てどうしたんだ?」


「いえ……ようやくここまで来たなと思いまして」


「そうだな」



 ラウル様は私の気持ちを察してくれたのか、ただ同意の言葉だけをくれる。


 私はそのことが嬉しくなった。この方は、深くは語らずとも私の心に寄り添ってくれる。そう感じながら、私は馬車の外の景色に目を向けた。




◇◆◇




 途中で休憩を挟みながら、馬車で走ること数日。私とラウルは無事に王都へと到着した。


 宮殿の前で馬車から降りる。すると、すぐにラウルが手を差し出してくれた。



「エルシー」


「はい、ラウル様」



 私はラウル様の手を取る。彼の手は、初めて出会った頃の感触とは全然違う。あの頃はむちっとしていてクリームパンのようだった。


 今では脂肪がすっかり落ちて、細長い指が美しい。私はその手の感触を確かめるように握り返し、馬車を降りた。


 それから私たちは宮殿に入り、国王陛下に拝謁するべく謁見の間に通される。待つことしばし。やがてラウル様と私は謁見の間に呼ばれる。


 大理石で造られた床と壁、そして天井からは金のシャンデリアが幾つも吊り下げられている。床には豪奢な赤い絨毯が敷かれ、玉座へと真っ直ぐ伸びている。


 絨毯の脇には壮麗な衣装に身を包んだ近衛兵が並び、美しく厳かに飾られた玉座には国王陛下と王妃殿下が座っていた。


 国王陛下は今年五十歳になられた男性だ。美しい灰色の御髪に、聡明な青い瞳。年齢のせいか、少しふくよかな体型をしている。


 王妃殿下は四十五歳。見事な金髪を丁寧に結い、優しい緑色の瞳が美しい。


 ラウル様と共に玉座の前で跪き、頭を垂れる。



「ラウル・ブルーフォレスト辺境伯ならびに、婚約者のエルシー・スカーレット男爵令嬢です。国王陛下に拝謁いたします」



 ラウル様が挨拶すると、国王陛下は厳かに口を開いた。



「うむ、面を上げよ」



 私たちは顔を上げる。すると国王陛下が口を開く。



「ブルーフォレスト辺境伯殿、よくぞ参られたな。一年ぶり……か……?」



 途中まで威厳たっぷりに喋っていた国王陛下だけど、顔を上げたラウル様を見て目を丸くした。


 お隣にいる王妃殿下も、信じられないものを見るようにラウル様を凝視している。



「そ……其方はラウル・ブルーフォレスト辺境伯に相違ないか?」


「はッ、国王陛下。間違いございません」


「そ、そうか……それにしては、なんというか……一年前と比べて、随分と雰囲気が変わったものだな……」


「え、ええ、陛下の仰る通りですわ……少なく見積もっても、三十キロ以上はお痩せになられたのではありませんこと……?」



 ああそうか。ラウル様は国王陛下の生誕祭の度に王宮へ足を運んでいるんだっけ。


 それなら去年のラウル様と、今のラウル様の容姿が全然違っていることに驚愕するのも当然ね。


 毎日ラウル様の姿を見ている私ですら、この半年の変貌ぶりには目を見張るものがあるもの。



「はい。私はこの数ヶ月間、減量に励みました。この婚約者であるエルシーのおかげで適正体重まで減らすことができたのです」


「そうか……其方が健康になったことは喜ばしいことだが……いや、それにしても凄まじい減量だな」


「ええ、陛下……わたくしも一瞬、別人かと思いましたもの」


「すべてはエルシーの力によるものです。エルシーは摂取エネルギーと消費エネルギーという独自の概念を持ち、その知識に基づいて私の減量を支えてくれました」


「ほう……」


「そして減量しながらも健康に必要不可欠な栄養素についても詳しいのです。厳しく節制するのではなく、満足感を得ながら減量する方法を考案してくれたのです」



 ラウル様の言葉に、国王陛下と王妃殿下が興味を示す。



「特に大豆を加工して作った『豆腐』『おから』『豆乳』なる食品は低脂肪・低糖質・高蛋白質を誇ります。普段摂取している肉類や菓子類を一食置き換えるだけでも減量効果が現れていきました」


「まあ……! 大豆をそのような用途に使っていたなんて……」


「私としても、大豆がこれほど体に良い食品だったとは思いもよらず。今まで有効に活用できていなかった自分の不明を恥じるばかりです」



 国王陛下と王妃殿下はしきりに感心している。特に王妃殿下は私に向かって熱い視線を注いでいるようだけど……気のせいかしら?



「エルシーと言いましたね」


「はい、王妃様」


「貴女が考案した減量方法と大豆加工品について、後ほど詳しく聞かせてくださいな。特に『豆腐』と『おから』について詳しく」


「は、はい。勿論でございます」



 王妃殿下が真剣な様子で私に声をかけてくる。


 私としても大豆食品の有用性を広めてくれる人がいることは有難いので素直に頷いておく。


 しかも相手は王妃様。この機会にいろいろアドバイスをもらえれば、私の知識もさらに広がるかもしれない。



「ではブルーフォレスト辺境伯殿、下がるがよい。明日の生誕祭を楽しみにしている」


「はッ、国王陛下。そして王妃殿下。失礼いたします」



 ラウル様は国王陛下と王妃殿下に頭を下げて、謁見の間から退室する。


 私もその後に続いて謁見の間を後にした。



「エルシー、緊張しなかったか?」


「ええ、ラウル様。最初は少し緊張しましたが、国王陛下も王妃殿下もお優しい方で安心しました」


「ああ、国王陛下も王妃殿下も慈悲深い方々だ。きっとエルシーを気に入ってくださると思っていたよ」



 ラウルは柔らかい笑顔を見せてくれる。


 私もラウル様の気遣いが嬉しくて、自然と笑顔になった。


 今回の私のドレスは、淡い水色を基調とした清楚なデザインのものだ。


 胸元には白い花のコサージュをつけ、結い上げられた髪から垂れる髪は透き通るような茶髪。



「エルシーは綺麗だな」



 ラウル様が目を細めて褒めてくれる。私はラウル様の腕にそっと触れ、はにかみながら答えた。



「ありがとうございます、ラウル様」



 それから私たちは宮殿内に用意された貴賓室へと向かった。


 その道中、宮殿で働く若い女性たちからの熱い眼差しを浴びているような気がした……。

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