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間諜皇女 ~スパイ・プリンセス~   作者: 藤花チヱリ
後宮編
25/47

24 不老不死の秘薬

「ゆ、誘拐?」


葵はやんごとなき御方の前で素っ頓狂な声を上げる。


「そうだ」


そんな葵の様子とは裏腹に、やんごとなき御方は冷静に返す。


「なんでまたそんなことが?」


葵はいかにも訳が分からない、と言った様子でやんごとなき御方を見つめる。


「たまたま杜利が誘拐されて車に乗せられているところを目撃した、と連絡してきたんだ」


「誰がですか」


葵のその問いに、やんごとなき御方、こと紫水は葵に文を尽きさす。


葵がそれを受け取り、中を確認すると、見覚えのあるような字体が並んでいた。


「これは…」


「ああ。俺が殺される、とわざわざ文を寄こしてきた奴と恐らく同一人物だ。非子がその時と同じように解読した、と言っていた」


そう言う紫水の後ろで、非子はピースサインをしている。


葵は紫水に悟られぬよう、非子にこっそり親指を突き立てる。


「送り主は分からないのですか?」


「…全く見当が付いていないわけではない、が…」


そこで紫水は言い淀む。確信を持つにはまだまだだということだろう。


「その人物が信用に足る人物なのかによっては、誘拐、というのもいささか信じられないものですが」


「それはそうなんだが…」


どうやら、紫水が言い淀んでいるのは、確信を持てていないから、というよりは葵には話せないことだから、と理由の方が大きいようだ。


葵は察した、という様子で気まずそうな顔をする紫水に向き合う。


「では、少し整理しましょう。杜利は貴光妃に毒を盛った罪で投獄されていた。そして先日、李春妃と桃林妃が何者かの思惑によって、それぞれ被害を受けている。東宮を狙ったのかは定かではないが、刑部の官吏が射られ、片目を失明。その刑部の官が管理していた獄から杜利が脱走、と見せかけて誘拐された」


葵がこれまでに起きたことを淡々と告げる。紫水がどこにも突っ込みを入れないことから、ここに間違いはない。


「なんだか、繋がりそうな気がしなくもないというか、なんというか」


不意に葵の隣から声がした、と思いきや、隣には暁笙が立っていた。


「わっ」


突然のことに葵は思わず驚きの声を上げる。


「そういえば、その杜利の実家の酒蔵は脱税疑惑も浮上していましたね。果たしてこれは偶然と言うべきなのか…」


「そうだな、かなり厳しいところだ」


そんな葵には目もくれず、暁笙と紫水は互いの話を進めていく。


「早急に杜利の居場所を見つけなければなりませんね」


「ああ、それと李春妃と桃林妃の件の犯人もな」


紫水は眉間に皺を寄せて、頬杖をつく。ろくに寝ていないのか、目の下が黒ずんでいる。


「急がなければならないのは事実ですが、医官としては、休息をとっていただきたいところです。このままでは主上の二の舞になるやもしれませんよ」


「ああ、分かっている」


暁笙の発言に呼応するように、非子が寝間着を持って来る。紫水は立ち上がると同時に、上掛けをパサリと落とす。


非子が紫水の着替えを手伝っているのを葵はボーっと見つめる。


紫水こと東宮はかなり綺麗な顔立ちをしている。この国のかつての后に似ている、というがどうであろうか。


(御后様は中性的な美人だったものなあ)


葵はかつての御后を思い出し、東宮と比較してみる。確かに、きりっとした目元なんかは似ているかもしれない。


あまりにもじっと見つめすぎたのか、紫水に怪訝な顔をされる。ところが、そんな怪訝な表情も悪戯めいた表情へと変化する。


「なんだ、俺の顔にでも惚れ直したか?」


途端に葵は眉間に皺を寄せ、紫水を半眼でねめつける。


紫水は苦笑すると、少し休む、と言って寝所に赴いて行った。


何故か取り残された葵と暁笙は、互いの存在を知りつつも、何をすれば良いのか分からない。気まずい空気だけが流れている。


「あのさ、」


先に口を開いたのは暁笙の方だった。


なんでしょう、と葵は暁笙の方を見る。まともな話をされるのかと思いきや。


「お前は、ああいった男の顔が好みなのか?」


割と真剣な顔で尋ねられる。とりあえず、足を踏んづけておいた。



〇●〇



「いや、悪かった」


暁笙は葵に向かって笑みを浮かべながら謝罪する。


「いえ、もう構いませんので」


葵はそう言いながら、自分の盃に口を付ける。今宵は満月だ。盃になみなみと注がれた酒には、くっきりと丸い月が映る。


暁笙に一杯やらないか、と誘われ、現在東宮の宮の庭にいる。


「お前は、東宮付きの侍女、という体なんだよな?」


暁笙は葵に確認するように尋ねる。


「まあ、そうですね。以前は医官付きのお手伝いでしたけど」


葵は桃林妃の宮に訪れた時のことを回想する。暁笙もああ、と頷く。


「じゃあ、一定の職に就いて活動する、というよりは、色々なりすまして活動している、ってことか」


「そうですね。暁笙様は医官としての一定の職の中で活動されていますから、少々私の活動には違和感がおありかもしれませんが」


そう言って葵は酒を飲み干す。甘口なのに、すっきりとしている。これならいくらでもいけそうだ。


「そんな一気に飲んで酔わないのか?」


「酒にはそこそこ強いので」


妓楼にいると、妓女を散々酔わせてよからぬことを、なんて考える御仁もいなくはないので、ある程度飲めるように訓練はした。


「好みの酒は?」


「辛すぎず、甘すぎず、くどくないもの」


「注文が多いな」


暁笙はふはっと笑う。


「暁笙様は?」


「特にない。酒なんてほとんど味がしないし」


「それ、危なくないですか?なんか変な毒でも飲みましたか?」


「別に普通だが?」


暁笙は素面顔で酒をあおる。


「ああ、そういや毒といえば、なんだが」


「なんでしょう?」


「不老不死の秘薬、について聞いたことはないか?」


「不老不死の秘薬?」


葵は顎に手を添える。


「聞いたことがないわけではないですが、実在はしませんね」


「実在しない?」


「はい」


葵は手酌で酒を一気にあおる。


「なんか、一時噂になった代物があるんです。不老不死の秘薬だと言って。でも全然不老不死の秘薬ではなかったですね、普通に猛毒でした」


「な、なんだったんだ、それは!」


暁笙はまるで葵に突っかかるかのように距離を詰めてくる。


「…どうしたんですか?」


「その不老不死の秘薬ってなんのことだったんだ!」


暁笙は切羽詰まったような、慌てたようなそんな様子で尋ねてくる。


「そんな慌てなくてもちゃんとお話ししますよ。確か、金属なのに液体だっていう…」


「まさか、水銀か?」


暁笙は絶望に近いような表情で尋ねてくる。だんだんと顔色が青くなっていく。


「だ、大丈夫ですか?」


暁笙のあまりの変貌ぶりにさすがの葵も慌てる。


一方の暁笙は、そうか、水銀か、だから…などとブツブツとひとりごとを呟いている。


「まあ、おっしゃる通りの水銀なわけですが…高貴な身分の人間しか手に入らないとかで、当時は民衆に広がることもなく、大きな事なきは得ました」


「それっていつのことだ?」


暁笙は切迫したような表情で聞いてくる。


「えっと、去年くらいでしたかね。国営事業の一環で行った開発の影響で、水銀が見つかったんだとか。私も詳しいことは知りません」


「そうか…そうだったのか」


暁笙は唇を嚙みながら頷いている。どうやら合点のいくところがあったらしい。


葵はそんな暁笙を横目に酒をあおる。水銀の一件は、葵が妓楼にいた時に御客が言っていた話だ。


それにしても。


(不老不死の秘薬、なんてな)


あるわけがない。そもそもそんなものが手に入ったところで、生き永らえたいとも思わない。


愛する人と永遠に、という理由もちょくちょく聞くが、そんなもの形あるものでもないのに、いつ途絶えるか分からない。


(人を好きになるってどういうことなんだろうな)


葵は妓楼にいるときから、幾度も考えを巡らせた問いを思い出す。


いつか自分にも分かる日が来るのだろうか。


(まあ、しばらくはなさそうだな)


葵は空になった盃をおくと、ごろんと寝そべって、静かな夜に耳を澄ませた。


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