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9マルセル

「私の話すことは聞きとれるだろうか?」


「あ!はい、かなり早口ですがわかります。素早さを上げていらしたのですね」


察しもいい子のようだ。


「もう魔力暴走の対応ができるということか?」


「私が送り出された時はもうすぐ到着と言っていました。あ。これ、気休めかもですけど」


ミリアンが魔石を出してきたので、会話中にも増えていく魔力を込めていく。


「で、医務室じゃなくて、会議室を対応する部屋にしていたので、私が見つけたらご案内するように仰せつかりました。移動できそうですか?歩いたりできるんでしょうか?」


「ああ、隠蔽の魔法を使うことでかなり消費したので、もうちょっとなら大丈夫だろう。でも、どの会議室か教えてもらえれば私が一人で行けるが」


「その…恥ずかしながら…あの会議室が何番か覚えていないんです…ごめんなさい!何年も経ってるのに、いつまでたってもどの部屋が何番の会議室か、どうしても覚えられなくて!あそこ、っていうのは分かっているんですけど、それが何番って言えないんです…すみません」


本当に恥ずかしそうに真っ赤になって俯いて、なんなら涙目になっているように見える。


確かに、会議室は番号で呼ばれていて、さらに改築の関係で、はじから1番、2番と順番に並ばず、番号が飛んでいたりする。

そして、会議室は全ての階にあり、5番と7番と8番が2階にあって、…というように、何階に何番の会議室があるのかというのを覚えるまで、新人などはよく迷子になるものなのだ。


どうやらミリアンは5年たってもそれらを覚えきっていないらしい。

ルーエ室は少人数なので、会議室を使わずに事足りているのだろう。


「わかった。なら、予定通り案内してくれるか」


「はい!」


ミリアンの後ろをついて歩き始めて…これは困った、と気が付いた。


こちらが限界まで素早さを上げているせいで、一歩歩いては、じーっと立ち止まって待たないと、ミリアンが先を歩いてくれないのだ。すぐに追い抜いてしまう。


それに、よく考えたら、冒険者として鍛えてもいない筋力のない女の子が、素早さをあげた状態で歩いたりしては、能力以上の力を無理やり出させることとなり、あとでひどい筋肉痛、もしくは腱を傷めたりしてしまうのだった。


「その、すまないが…抱えさせては貰えないだろうか」


「はい?」


きょとんとした顔で振り返ったのがちょっと可愛いなと思ったのは気のせいだと自分に言い聞かせて、ひょい、と抱え上げた。いわゆるお姫様抱っこだ。


「ひゃあ!」


急に体を持ち上げられて驚いたらしく、抱きついてきた。

ふわ、と女の子らしい甘い匂いがして、ドキッとしてしまう。


「舌をかむから喋らないように」


そう言って、ミリアンを落とさないように気を引き締めて階段を下りる。

3階には誰もいなかったのだから、2階か1階だ。


「2階か?」


そう訊くと、ぶんぶん、と首を横に振る。

1階まで降り、会議室の方向を指で指し示してもらう。


既に魔力はまたいっぱいになりかけている。

でも、しばらく進むうちに、人の出入りのある会議室を見つけた。


「あそこか?」


そう訊くと、うんうん、と頷く。


その頃には、隠蔽がかかっていて見えない私に抱えられたミリアンが、宙を浮いてものすごい速さで移動しているように見えるので、こちらに気が付いた者達がざわつき始めた。


私は中途半端に素早さを上げているミリアンに通訳を頼むことを思いついて、ミリアンを抱えたまま会議室に入った。


既に魔力暴走の対応の準備は整っていて、変な姿勢で宙を浮いてすべるように入ってきたように見えるミリアンに、中にいた者達が目を丸くしている。


私はミリアンを抱えたまま、恐らくここに私が座るのだろうという椅子に座ると、ミリアンに通訳を頼んだ。


「魔力暴走対応の責任者をきいてくれ」


「あの、すみませんが、魔力暴走対応チームの責任者はどちら様でしょうか」


「あ、ああ、私だが…」


「ミリアン、責任者に隠蔽を見破る術はかけられるか?」


「あ、はい、彼が拒否しなければ…」


「では事情を説明して、同意を得てから、かけてくれるか」


ミリアンは手短に私がここにいるけれど、自身を隠蔽しているので見えないことを説明して、責任者に術をかける同意を得てくれた。

説明も簡潔で、無駄がない。


「ああ!マルセルさん!素晴らしい隠蔽ですね!魔力の漏れだけでなく姿も見えないとは驚きです」


「マルセルさんは素早さも限界まで上げているので、何を話しているか皆さんは聞き取れないので、少しだけ素早さを上げてある私が通訳をしているんです」


「なるほど、それであなたはやけに早口だったんですね。そして、マルセルさんが何を言っているのか私達には分からなかった、と。さて、では早速ですが、まだ暴走というほどではないようですので、ひたすら魔石に魔力を流す基本の処置をまずは進めましょうか」


魔力暴走は呪いのせい以外では滅多にあることではない。


それでも手慣れた感じで大量の大型の魔石を取り出されて、私は手あたり次第に魔力を流し込んだ。

ある程度、魔石に流し込んだところで、魔力があふれそうなギリギリだったのを回避できた。


「ああ、ミリアン、素早さを勝手にあげてしまって悪かった。その状態で動くと体を痛めてしまうから、抱えて運ばせてもらっていた。素早さを上げる効果が解除されるまでは、すまないが動かないようにしてくれるか」


そこでようやく、ミリアンを近くにあった椅子に座らせてやった。


軽い子だったので、うっかり膝に乗せたままだったのを忘れていた。

もじもじとされて、若い女の子を膝に乗せているのはどう考えても良くないことに気が付いたのだ。


別にひざの上でなくても通訳はできる。


「ミリアン、魔石のストックはまだあるのかきいてくれ。魔力の増加がまだ止まらないから今ここにあるだけでは足りないかもしれない」


ミリアンの通訳を聞いた暴走対応チームの一部が慌てたように、恐らく魔石の確保のために部屋を出て行った。


「マルセルちゃんが治療中って聞いて来たんだけど…どこにいるの?」


ローズさんが室長として、状況を見に来たらしい。

ミリアンに頼んで、ローズさんにも説明と術をかけてもらった。


「あら!本当にいたわ!で、まずは、全く想定もしていなかった副作用で…本当になんとお詫びしていいか。…まだ増え続けているのね?どうしましょう…どうして増え続けているか、今調べているのだけど、すぐに分かるかどうか…」


「あるだけの魔石に魔力を充填しても、まだ魔力があふれるようだったら、ダンジョンにでも潜ってくるかな」


私がそういって苦笑いを浮かべると、ミリアンの通訳した言葉を聞いたローズさんは本当に申し訳なさそうな顔をした。


そして、結局、その後半日ほど魔力が増え続ける症状がおさまらず、魔石も足りなくなり、冗談で言ったはずだったのに、実際に小さいダンジョンに潜ってくるハメになったのだった。


初心者の冒険者の訓練にもつかわれるような小型なダンジョンだったけど、念のため、ローズさんが私の観察のためという名目でついてきてくれた。


ダンジョンを踏破したころ、ようやく異常な回復がおさまった。


「マルセルちゃん、どうしてこんなことになったか検証しなくちゃいけないから、今後しばらくつきあってもらうことになるから、お願いね」


ダンジョンを踏破し終えて魔術師の塔に戻ったら、残業するらしいローズさんにそう言われて、そりゃあそうだろうな、とあきらめの境地で頷く。


自分にかけていた隠蔽の魔法もダンジョンの途中で解除されたし、素早さもとっくに普通に戻っている。


ダンジョンには連れて行かなかったミリアンも、素早さが元に戻ったところで帰宅した、と聞いて安心した。


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