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3ミリアン

朝、いつもより早く目が覚めたので、少し早い時間に出勤してみると、私の所属する第3研究科のある第3棟へつながる廊下で、数人が立ち話をしていた。


廊下の窓から差し込む朝日に光る、ツンツンした赤い髪…。


心臓が跳ねる。


マルセルさんだ!


私は心臓が爆音を立て始めていることを、誰にも悟られませんように、と心から念じながら、何食わぬ顔を必死に装って、立ち話をしている人たちに軽く会釈をして、通り過ぎた。


本物のマルセルさんを見ることができたのは、数カ月ぶりだ。


マルセルさんは学院を首席で卒業後、冒険者になり、彼のいたパーティーはドラゴンを倒して、ドラゴンに困っていた国から勲章を貰ったりしている。


そして、10年冒険者をしたからもういいや、と冒険者をやめてこの国に戻ってきて、魔法や魔術を学術的に研究している、ここ『魔術師の塔』の門をたたいた、という異色の経歴の持ち主だ。


魔術師の塔に就職した年が一緒だったので、入塔式の時に随分年上の人がいるな、と思って見たのが、初めてマルセルさんを見たときだ。

こっちが一方的に見ただけなので、出会いとも呼べない。


私達が学生と大差ない新人であるのに対して、マルセルさんは同期といえども実戦で鍛え上げてきた人なので、あっという間に実力にふさわしい部署に配属になった。


なので、10歳も年上だし、塔での勤務年数としては同期だけど、私の中ではマルセルさんは大先輩に位置付けられている。


そしてマルセルさんは魔術師の塔に所属していながら、国からの依頼を受けて冒険者としての仕事をすることも多いと聞いていた。


そんな訳で、毎日毎日塔に通っては時間になったら家に帰る私と違って、マルセルさんは気が付いたら何日も塔に出勤してこないことも多かった。


今回もそんな感じで、ここ数か月、その姿を目にすることが無かったのだ。


一応、マルセルさんも私も同じ第3研究科ではあっても、所属室が違うし、詳しいことは耳に入ってこない。


でもきっと、塔以外での仕事が終わって、久しぶりに出勤してきた、という感じだったに違いない。

一緒にいたのは、マルセルさんと学院時代に同級だったという人たちだったし。


久しぶりに生で見たマルセルさんに興奮して、熱くなった頬に両手を当てて冷ましつつ、自分の所属する研究室の席に座る。


ああ、やっぱり好きだ…。


どうしてこんなにマルセルさんのことが好きなんだろう。


さっき近くを通ったことでマルセルさんの魔力をうっすらと感じたときは、それだけで涙が出そうだった。


マルセルさんは私から見ても、客観的に、見た目がものすごく素敵、とかそういうのではない。

ちょっと三白眼気味だし、髪はいつも立ってるし。


学院時代に先輩にいた公爵家の子息は、彼が微笑めば彼の周囲が光り輝くように感じるくらいにカッコよかったし、数年後後輩に入ってきた侯爵家の子息は、直接見てはいけない、と教師たちから注意されるほどの美貌だった。

特に、侯爵家子息は遠くから見たことがあったけど、魔性の子と言われているのが分かるほどに、え??本当にヒトなのかな?と疑うほどだった。


そんな人達を見てきているので、私から見てもマルセルさんは多分、中の上。いや、上の下かな…。


ふと我に返って、何をくだらないことを考えているのだ、と大きくため息をついた。

そして、仕事にかかる前にお茶を淹れる。


ここ、私の所属している研究室では、視覚に関する魔術の研究をしている。

それで、私の宝物になった例の精密画なんかも研究されている。

あれは見たものを紙に写し取る、という研究の結果なのだ。


マルセルさんは、冒険者だったときの経験から、攻撃魔法と補助魔法の効果を上げる研究をしているらしい。


私のところはあまり人気のある研究とは言えないけど、マルセルさんのところは花形だ。


あまり話をしたこともないんだけど、きっと頭もすごくいいに違いない…だって学院を主席で卒業したんだもんね…。


そうそう、声はとても素敵。というか、私の好み。

ちょっと低めで、張りのある声で。


ああ、好き。



………………ほんと、バカみたい。


何年も前に交わした会話をいまだに思い出しては、ため息をついているなんて…。


私がマルセルさんとちゃんと話をしたのは、何年も前のことなのだ。


それは、働き始めて数カ月たった頃のこと。

そのとき、私はとある魔術の術式をうまく組み立てることが出来ず、半べそをかいていた。


完成した時にこういう効果になって欲しい、というのははっきりしているのに、そうなるように基本の魔法を組み立てているうちに破綻してしまうのだ。


これでも魔術師の塔に就職できたのだから、学生時代の成績は悪くなかったというのに、学んで真似るのと、何もないところから新しく構築するのとでは、こんなに天と地ほどにも違いがあるのか、と、打ちのめされていた。

私は教わったことを小器用に真似るのがうまいだけだったのだ。


朝からずっと取り組んでいても成果を出せなかった私は、昼休みに気分転換も兼ねて敷地内の庭に出て、ベンチに座ってお弁当を食べつつ、うんうん唸りながら取り組んでいた。


術を組み立てるときに、陰と陽が同じになるようにしなくちゃならないのに、どうしてか、同じにならなくて、術が空中分解してしまう。


誰も来ないような裏庭を選んでいたので、いつの間にかお弁当を食べることもせずに、新しく組み立てては試して、を繰り返していた。

時計塔の鐘の音が聞こえて、お昼休憩がもうそんなに残っていないことに気が付いた。


こんなにやってどうしてできないのか、と、悲しくなり、自分に腹も立ち、私は思わずぽろりと涙をこぼした。


その時。

座っていたベンチの後ろから声をかけられた。


それが、マルセルさんだった。


「その…余計なお世話かもしれないが…いっぺんに組み込もうとするから歪みが出てると思う。君の今の力なら、まず基本の術を構築して、そこに付加していく形にするとうまく行くのでは?」


マルセルさんは、ベンチの少し後ろにいい感じの木陰があったので、そこでお昼寝をしていたらしい。


そこに私がやってきて、マルセルさんが寝ていることにも気が付かずに、魔法を失敗させたときの独特のポムっという音を何度も立てていたから…きっと起こしてしまったに違いない。


マルセルさんは服についた葉っぱなんかを払い落としながら立ち上がっている。


でも。

アドバイスを聞いて、私は目からうろこが落ちる思いだった。


「あの…ありがとうございます。そうしてみます」


私は急いでベンチから立ち上がると、貴族令嬢が目上の人にする礼をした。


「ああ、頑張って」


私が頭を下げている間に、そう声をかけてくれると、立ち去っていく気配があって…。


その後、一人になってから、私は貰ったアドバイスにのっとって陣を作ってみたら…一回で成功した。


それから大急ぎでお弁当を食べた。


どうしてだか、胸がドキドキしてずっとうるさかった。


その日から、私はマルセルさんを見かけると、どんなに遠くてもつい見てしまうし目で追ってしまうし、…好きになってしまったのだと認めざるを得なかった。


あんなきっかけで好きになるとか、ちょっとどうなんだろう、と自分でも思うけど、でもそうなんだから仕方がない。


今朝みたいにあまりに近いときは、見ていることがバレてしまいそうなので素通りするけど…遠くてもちらっとでも見えたら嬉しいし、声が聞こえたらもっと嬉しい。


まあ、マルセルさんは私の名前も、いや存在にすら気が付いていないのだから、これ以上の関係の変化は期待できないのだけど。


今の私はもう働き始めて5年目、下っ端を卒業しつつある。


研究内容は傍系だとしても、必要だから研究されているわけで。


今日も頑張らなくちゃな、と気合を入れて、昨日の続きをすべく、資料を広げた。


『魔術師の塔』というのは魔術や魔法の研究機関の名前です。

『魔術研究所』というのも後々出てきますが、そちらはよりカジュアルな研究と実践を行う機関です。

詳しく語られませんが魔術師の塔には第5研究科まであります。

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