20ミリアン
なにか、すごいご褒美的な夢を見た。
マルセルさんが私に、結婚、というようなことを口走る夢だった。
さすが夢、あり得ないわー。
…と意識が浮上してきて、目が覚めた。
ぱちりと目を開けてみれば、どこだか分からなかった。
「あれ…」
横になっていたので体を起こしてみると、目の前にマルセルさんがいた。
「ぎゃああ!」
「うわあ!」
何か書き物をしていたマルセルさんは私の叫び声に驚いて、ペンが横滑りして、その書類をダメにしてしまったようだ。
魔術で内容の書き替えができないようにされている、重要書類用の紙だったようで、持ち上げて、眺めて、ため息をついてから、新しい紙を出したのをみて、いたたまれなくなった。
「す、すみません、私…??ええと」
驚かせて書類をダメにしたことも申し訳ないのだけど、私がマルセルさんの研究室で寝ていたことにも動揺する。
いや、ここがマルセルさんの研究室って分かっているのって…さっき私がここに来たからで…ローズ室長に行くように指示されたからで…そうだった、そうだった…で…お茶を出してもらって……マルセルさんの魔力をこめた魔石が入った小瓶を見られて、変態だと思われたかどうか、凄く心配になって……。
「んんんん?夢?どこまでが?」
私が一人でわたわたとあたりを見回したり首を傾げたりしていたら、ふう、とため息が聞こえ、そちらに目をやると、マルセルさんが書類を書くのを諦めた様子で、ペンを置いたところだった。
マルセルさんは立ち上がると、私のそばまで来て、私が座っている隣に座った。
「その、だな…」
「は、は、はい…」
マルセルさんは困ったような顔をして、頭をがしがしとかいて、言葉を探しているようだ。
「さっき言った、君の人生は君のものだ、という私の考えは変わらない。で、だな…」
そういえば、さっきそんなことを言ったあとに、結婚とか言い出した…?
「ゆ、夢ではない…?」
「ん?」
「マルセルさんが私と結婚などとおっしゃったのは…夢ではなかった…?」
「あ、ああ。確かに提案したが…」
私はまたしても、頭に血がのぼって、気が遠くなりかけた。
「しっかりしろ、話が進まないじゃないか」
マルセルさんが、ぐらり、と傾いだ私の体を支えて、もう片方の手で私の手を握ったので…私は刺激が強すぎて、むしろ覚醒した。
「~~~!」
でも、言葉にならない悲鳴をあげ、体が硬直して、顔が真っ赤になるのは止められなかった。
「…?」
マルセルさんが不思議そうな顔をして、握った私の手を少し持ち上げ…親指で、私の手の甲を少し撫でた。
「ひいっ!」
撫でた!マルセルさんが私の手を撫でた!!
その手の甲から、全身にぞくぞくが駆け抜け、腰が抜けそうになった。
私を観察しているらしいマルセルさんの視線から逃れようと…残念だけど…視界からマルセルさんを外して、俯いて息を整えようとしたら…。
手を握っていない方の手が、私のあごにかかって、くい、と顔を上げられて、目を合わせられた。
琥珀色の澄んだ瞳に吸い込まれそう…。奇麗…。
思わず見惚れて、ハッと体を固くする。
さっきから赤い顔が、ますます赤くなっているだろうことが自分でわかる。
顔が熱い!
触れられているあごに、神経が全て集まったかのように感じて、息をどうやってしたらいいかも分からない。
好きすぎるマルセルさんの顔が、近い…!
誰か助けて!!!!
パキっと結界が張られた気配を感じ取った。
魔術師なら、結界の発する独特の圧のようなものは感じ取れるものだ。
私じゃないのだから…マルセルさん?
「その。話をするのを誰かに邪魔をされたくないから、結界を張ったが…そんなに緊張しないでくれるか」
「ひゃい…」
無理です。
部屋のはじっこまで私を下がらせてくださったなら、少しは息ができると思うのです。手を放してくださいますか。
涙目で心の中で訴えたことが、少しは届いたのかもしれない。
私に触れていた手が離れていって、隣同士とはいえ、少し距離が離れた。
急にバクバクと鳴り響き始めた心臓の音に気が付いて、落ち着け、お願い落ち着いて私、と息を吸って吐く。
神様、ご褒美にしては過剰です。
過剰摂取は体に毒なのです。
もう十分です…。
逃げ出したい気持ちながら、なんとか落ち着こうとしていると、マルセルさんが私の背中をぽんぽん、と叩いた。
「ひゃ!」
びくん、と背筋を伸ばした私に、「あ、すまない、逆効果だったか」と手を引っ込めたのをみて…私を宥めようと、背中トントンしてくれたのだと理解する。
「あー、もういいか…このままで…。そのだな、さっきから言おうとしているのは、だな、つまり、その、あー、なんだ、結婚についてなのだが」
「は、はい」
「その、君が私でいいのであれば、私と結婚するのではどうか、という提案なのだ。その、何度も言うが君の人生だから、君が自分でどうするかを判断すべきで、もちろん私との婚姻を受け入れなければならない、というものではないのだが」
……は!いけない、また気が遠くなりかけていた。
「あ、あの、ええと、私にとっては夢のようなお話ですが、その、マルセルさんにはなんのメリットもないというかなんというか…」
「メリット…」
「はい、借金まみれの下位貴族の娘などを娶るなんて、…マルセルさんには相応しくありません!」
そうだ!よく言った私!
マルセルさんには、ローズ室長のような妖艶な美女か、もしくは誰もが守ってあげたくなるような繊細な美女か、じゃなかったら誰もが一目をおくような優秀な魔術師とか…なんかそういう人じゃないと…嫌だ!
急に鼻息を荒くして、拳を握った私に、マルセルさんはぎょっとした顔をしたけど…。
そのあと、ふふっと笑った。
なんで?
「…その、夢のような話、というのは。ミリアンの中では、私は結婚相手として、無いわけじゃない、という意味で間違いないか?」
「ええ、だって何年お慕いして…はっ!!!」
慌てて両手で口を押えたけど、もう遅い。
口から出た言葉を取り消す魔術を開発したい!!!!!
「う、あ、あの、ええと、今のは言葉のあやというかなんというか、気にしないでくださいきっと聞き間違いです、ええ、そうです、その、ええと」
「どう聞いても言葉のあやでは無いと思うが。そうか、だったら尚更問題はないな」
「ひええええーあります、問題あります!」
「何が問題なんだ」
「ええと、無理です!私がむりぃ!」
「…?私のことは生理的に無理なのか?」
「まさか!!!」
「じゃあ、どう無理なんだ」
「し、死んでしまいます!過剰摂取です!」
「………………。じゃあ、試してみよう」
ちゅ。
音がした。
一瞬でマルセルさんの顔が私に迫り、そして唇に柔らかいものが触れたのだ。
私はかちん、と硬直した。
「あー。なんか本当かもな…でも、少し面白い…」
マルセルさんが何か言ってくすくす笑ったみたいだけど。余裕のない私は、そもそも息もできない。
「ふむ。君の人生が君のものであるように、私の人生も私のものだ。こんなに興味深い生き物に出会ったのは初めてだからな。一生をかけて君を観察することにしよう」
ふいに聞こえてきた、謎の言葉。
これが私へのプロポーズだとは、気が付くわけはなかった。
だって、この言葉の中では、結婚してください、って言ってないんだから!!
次が最終話なので、本日中に投稿します。




