2ミリアン
私には宝物がある。
それは…まるで本人そのものに見える、精密画だ。
複雑な魔法を組み合わせた魔術の実験で作られたもので、もはや肖像画とかそういう類ではなく、目で見たままが紙に写し取られている。
ただ、手のひらくらいの大きさで、小さいのが残念なところだ。
実験の時にたまたま居合わせたその人を写し取ってしまったもので、しばらくその精密画は研究材料とされていたのだけど、より改良されたものができた時点で、処分する、というので、大急ぎで私が貰い受けた。
周りからは、そんなものどうするの、と訊かれたけど、そのときはまだ新人に毛が生えた程度だった私が、自己研鑽のために、と口にしたら、皆はあっさり納得してくれた。
そして、それ以来4年、その精密画は私の寝室のベッドの脇に飾られている。
いや、正確には家族に見られたら面倒なので、寝る前に出して飾って眺めて、朝起きたら眺めてからしまっている。
今日も一日の終わりの、お楽しみの時間だ。
ベッド脇の小さなテーブルについている引き出しから取り出すと、さんざん眺める。
「はぁ。好き…」
破れたりしないように補強の魔法はかけてあるけど、額装するには…なんとなく恥ずかしくて工房に頼めず、今日もクッションの上に載せて、眺めて…胸がきゅん、とする。
精密画になっているのは、職場の大先輩のマルセルさん。
普通の肖像画は画家が描くので笑顔や澄ました顔が多いけど、これは術が発動した瞬間の表情なので、正直、一番かっこいい表情なわけではない。
でも、マルセルさんがよくする表情を、ちょうど写し取っている。
ツンツンと立ち上がっている硬めらしい赤毛と、琥珀色の瞳。
真一文字に引き結ばれた口元。
「うう、好き…」
精密画を載せているのとは別のクッションをぎゅううっと抱きしめて、ため息をつく。
もう5年近い片思い。
今日も人形のように小さい精密画の顔を見るだけで、胸がきゅっとするくらいに大好きだ。
だけど…そろそろ諦めなくてはならないときが来たようだ。
私ももう23歳になってしまった。
そろそろ行き遅れと言われかねない歳が迫っている。
その上、お父様の事業が、つい先日、かなりの損失を出してしまった。
今、お父様は金策に走り回っているけれど、それはつまり、我が家は借金を抱えるということになる。
私は子爵家の娘としてなら当たり前、な生活をしてきたけれど、その生活レベルも今後どうなるか分からない。
私の稼ぎもあるので生活はできるだろうけど、借金を返せるほどかというと、かなり厳しいだろう。
結婚せずに私の働いたお金を一生返済に充てる、か。
お金持ちの人に、借金を肩代わりしてもらう代わりに嫁ぐ、か…。
私の頭で考えられるのは、せいぜいこの程度だ。
我が家は私しか子供がいないし、領地なし貴族なので、私が子爵を継いで、結婚せずにそのまま絶えたとしても、特に問題はないはずだ。
私は我ながらあまり結婚に向いているとは思えないタイプなので、できれば一生働き続けて、少しずつ返済、を選びたい。
でもおそらく、結婚で借金の清算、ということになるだろう。
世の中がそういうもの、ということくらいはもう分かっているのだ。
だったら、一日でも若く、私が高く売れそうなうちに私を売りこまなくては…。
せめて、お相手は王都に住んでる人だといいな。
精密画のマルセルさんの顔を眺めながら、そう思う。
王都にいれば、マルセルさんの顔を見る機会もあるだろうから…。
私は切なくなってきて、灯りの魔法を解除した。
毛布にもぐりこみ、カーテンの隙間から差し込む月明かりにうすぼんやりと見えるマルセルさんの姿を眺めながら…何も考えないように、と自分に言い聞かせて、なんとか眠った。