18マルセル
二回目の実験の後は、数日、落ち着いた日が続いていた。
ローズさんの検証に付き合いつつも、自分の研究もようやく本格的に再開した。
特に問題になるような事件も起こらない。
仕事終わりに学院時代の同級生たちと夕食を兼ねて飲みに行き、誰もいない家に帰って眠り、また仕事に行く。その繰り返しだ。
まあ強いて言うならば、一緒に特別任務についていたオルガが復帰してきて、ヴィリエ氏に蘇生薬の共同研究を申し込んでいたけど今は無理、と断られていたくらいか。
ヴィリエ氏のお嬢さんであるロザリー嬢との刺繍についての共同研究はまだ断られていないみたいだったけど…あのカミーユ君が許すかなあ…と苦笑いをしてしまう。
魔力回復薬も完成すれば冒険者たちにとっては大改革となるし、蘇生薬もそうだ。
自分は専門外なので首を突っ込まないけど…毎日の地道な研究が、未来を変えられることを実感できると、やる気も沸いてくる。
補助魔法の魔法陣を紙に書いていたら…窓をコツコツとつつかれる独特の音がして…目をやると、実家に置きっぱなしの私の執事からの手紙鳥だった。
いつかは私が爵位を継ぐのだから、と執事をつけられているのだけど…王都では全く必要ないので実家で父の手伝いをさせているのだ。
窓を開けて手を差し伸べると、手紙鳥は私の手のひらの上で、みるみる手紙に戻った。
何の用だろうかといぶかしみながら開封すると…ミリアンの実家についての調査書だった。
自分が頼んでおいてすっかり忘れる辺り…やっぱり領主なんてできはしないな、とため息が出る。
椅子に座ってじっくりと読むと…ミリアンのあの達観した表情が思い出された。
ミリアンの子爵家は、領地がないため、商売をして成り立っていた。
そして最近新しく手を出した事業に失敗をして…どうも最初から仕組まれた詐欺に引っかかったようで…大金の借金を背負ったらしい。
そして、その金策として、本当にミリアンが対価として差し出される話になっているようだった。
どうも、そもそもミリアン狙いで詐欺にかけられたようだ。
ミリアンのように魔力の多い娘からは、同様に魔力の多い子が生まれることが多いから、魔力の多い女の子はとても嫁としての人気が高い。
魔力量の多い者が多い魔術師の塔に勤めているからか、ぼんやりしているミリアンは気が付いていないようだが…。
そして今のところ、某子爵家の嫡男の嫁となること…が有力らしい。
この子爵家の嫡男は、とてもひどい性癖の持ち主で、過去二人の嫁は、一人は心を病み、もう一人はどうしてだか片足を失って離縁されているという…。
…なんだこれは。
「はあ?本当に親なのか?いくら借金ができたからと言って…こんな相手はないだろう!子どもがかわいくないのか?」
立ち上がってイライラと部屋を歩き回ってみたけど…何の解決にもならないので、座り直す。
でも、またじっとしていられなくて、また立ち上がって、そして座って…を繰り返した。
「なあに?珍しくイライラしているのね?」
ローズさんが、ノックと共に入ってくるなり、目を丸くしている。
「あ、ああ…」
自分でも、自分が良く分からなくて、でもイライラしていたところを見られたのは気恥ずかしい。
「新しい推論を立てたの。ちょっと読んでもらおうと思ったんだけど…その前に、何をイライラしてるのよ。一人での研究だからまだいいけど、そんな状態では、術の構築に失敗するわよ?」
「あ、ああ、そうだな…」
私は個室の研究室を与えられているので、基本的にいつも一人だ。
でも、訪ねてくる者がひっきりなしなので、寂しいと思うこともない。
そして、ローズさんの言う通り、精神的な動揺というのは思いがけない初歩的なミスを引き起こす。
「何があったのか、良かったら聞くけど?」
そう言われた私は…幼なじみの気安さからか、本当についうっかり、ミリアンのことを、ミリアンの両親はひどいのではないかと憤ってしまったことを話してしまった。
「………あー…」
話を聞いたローズさんは、しばらく目を見開いて、私をじっと見て少し考え込んでいた。
そして。
「色々ツッコミどころはたくさんあるのだけど、そこはあえて指摘せずに流すわ…無自覚か……。…ね、その話、マルセルちゃんがミリアンちゃんの夫に立候補したらどうかしらね?」
…と、驚くような提案をしてきた。
「は?私が?」
「だってマルセルちゃんの家、結構お金持ちでしょ。借金のかたに嫁にするんじゃなくて、嫁の実家に無利子で貸し付けるとかでも良くない?」
「よ、よ、嫁?!」
「マルセルちゃん、結婚しろってせっつかれてないの?一石二鳥じゃない?」
「いやしかし…」
「ま、マルセルちゃんが、ミリアンちゃんが不幸になるのを黙って放置するっていうなら、私にもどうしようもないけどね。それに、そもそも、よそ様のお家のことだし、他人が口を出すことでもないよね」
「いや、しかし、かなり問題のありそうな相手で…」
「マルセルちゃんはどう思うのよ。そんな奴より自分の方がましって思ったりしないわけ?」
「いや…」
「ははーん、ミリアンちゃんの気持ちがーとか思ってるのだったら、見も知らない相手に嫁ぐつもりのミリアンちゃんにとって、少なくても知ってる相手、っていう方が私には良さそうに思えるけど。まあ、私のことじゃないからねぇ。でも本人にどっちがいいか訊いてみてもいいかも、だよねえ」
「き、訊く…?」
「ああ、その前にマルセルちゃんがミリアンちゃんをお嫁にするのが無理って感じ?まあ30数年一人を貫いたんだもん、もう今更嫁をとるのは無理かなあ」
「む、無理だろうか…」
「無理じゃないの?」
「無理だとは思わないが…」
「じゃあ、私が今からミリアンちゃんを呼んでくるから、さっそく訊いてみなさいよ。ミリアンちゃんを嫁にするには彼女のことが生理的に無理っていうわけじゃないのよね?」
「ああ、それはそうだが…」
「じゃあ、これ読んで待ってて」
「あ、ちょ、待っ……」
な、何だ?
どうして、こうなる?




