1ミリアン
その魔物は、私達に気が付くと、四つ足の獣のように駆け寄ってきた。
そして後ろ足で立ちあがり、前足にある鎌のようにするどい大きな爪で、私達を切り裂こうとしてきた。
「ひっ…」
「下がって!」
一緒にダンジョンに入っていたローズ室長が、私を守るかのように前に出る。
ローズ室長のロッドがその大きな爪をはじき、その直後にはローズ室長の放った火球が魔物に当たった。
火球で黒く焦げた魔物がひっくり返って痙攣している。
「あ!まだもう一体!」
魔物を倒した、と安堵しかけたその時、四つ足の魔物の体にもう一体、小さな魔物が張り付いていたことに気が付いた。
「く…」
ローズ室長が、急にぐらり、と体をふらつかせたかと思うと…私に倒れかかってきた。
何故だか急に意識を失ったようだ。
慌ててその体を支えたけれど…いくらローズ室長が太っていないとしても、鍛えてもいない私の力では支えきれない。
倒れていくローズ室長が頭を打たない程度に、そのままゆっくりと一緒に座り込むことになってしまった。
小さい魔物はぶよぶよした柔らかそうな体をうねうねとくねらせながら、何かさっきから盛んに魔力を使っていることだけは分かる。
「ローズ室長、大丈夫ですか?!」
一体何が起こったというのか。
見たところ、どこにもケガはなさそうなのに、意識を失っている室長の体を抱えて、私は途方にくれた。
魔物だらけのダンジョンで、一人で魔物と対峙しなくてはならなくなったのだ。
はっきりとそう自覚したら、恐ろしくて震えてきた。
どうやら小さい魔物は、四つ足の魔物の傷を治療していたらしい。
みるみるうちに焦げた部分が元通りになり、元気になった四つ足の魔物は、最初よりも凶悪な殺気を放ちながら、起き上がった。
もう…ダメ、かも。
人生ではじめて入ることになったダンジョンで、死んでしまうことになるのなら…。
せめて、好きな人に、好きだって伝えておけば良かった。
死ぬかも、と思ったとたんに、頭をよぎったのは、そんな後悔だった。
「マルセルさん!」
私は好きな人の名前を精一杯の大声で叫んだ。
そして、大好きでした、と続けたかったけど、魔物の爪が目前に迫っていて…。
私はローズ室長の体を抱きかかえて、目を閉じ、体を固くして、爪が私の体に突き刺さる瞬間を待った。