お雪と独鈷杵
不意に、東の空を見上げる お雪と、安倍清親
「いま、とても淀んだ瘴気が感じられました」
東の空を見上げながら、お雪が不安そうに呟く
「ええ この瘴気には覚えがあります 9年前に、この京の嵐山の方角に現れた瘴気です
後で聞いた話ですが、崇徳天皇の怨霊が現れ、九尾の妖狐が命を落としたと聞きました」
お雪と同じ方角を見ながら、胸の前で印を組む 安倍清親
「あの方角は、鈴鹿山脈……おりんちゃんの身に何か良くないことが起こっている気がします」
「お雪さんの第六感はよく当たりますからね……行ってみますか?」
「じつは、ここに来る前に鈴鹿山のおりんちゃんの所に寄ったのですが、ちょうど大嶽丸様も
復活されて、何があっても心配は要らないと思うのですが」
自分に言い聞かせるように話す お雪
「気になるのでしたら、行かれたほうがいいと思いますよ」
「そうですよね 何事も無ければ、それで良いですしね 遊びに行ったと思えば……」
「ええ それでいいと思います では出掛ける前に私の社務所に寄っていただけますか?
お渡ししたい物がありますので」
落ち着くようにと自分に言い聞かせながら、急いで旅支度を始める 着ていく物に迷ったが
神社の巫女の装束をこのまま借りていこうと決めると、荷を持ち 社務所へと向かう
社務所の扉を開けると、普段の宮司の衣装ではなく 陰陽門の刻まれた、紫色の直衣を纏った
安倍清親が座禅を組み 目を閉じている そしてその前には、お雪にも見覚えがある 独鈷杵が置かれている 中央に持ち手があり、両端にクナイを取り付けたような形状で、長さ30cmほど
天女様が肌身放さず持っていた宝具だ
「宮司様 それは……?」
「はい これは天女様が持っていた青龍の宿った独鈷杵です 天女様が異世界へと帰られた後
巡り巡って再び、ここへと戻ってきたのです」
懐かしさに涙が零れそうになる お雪
「これをお雪さんに持って行ってほしいのです きっと何かの役に立つでしょう」
「でも わたしは宝具など使えないです」
「大丈夫ですよ 御守だと思って下さい では青龍を起こさねばなりません 九字を切っておきます 臨·兵·闘·者·皆·陣·烈·在·前」
胸の前で複雑な印を組むと、お雪の眼に独鈷杵が蒼白い光を帯びたように見えた
「宮司様、いま独鈷杵が……光りました」
「はい青龍が目を覚ましてくれたのでしょう こう見えてもわたしも陰陽師の端くれですから」
そう言うと、目の前の独鈷杵を掲げ お雪へと手渡す
「温かい……まるで生きているようです」
「旅のご無事をお祈りしておきます 道中 お気をつけて」
「はい 行ってまいります あのこの巫女の装束なのですが、お借りしていっても良いですか?」
「もちろん構いません しかし必ず返しに戻って下さいね その時には天女様が着ていたのと同じ緋袴を用意しておきますので」
「ありがとうございます 必ず戻ります」
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鈴鹿山 鈴鹿城
「おりん 大丈夫か?痛いところは無いか?」
おりんを寝所へと運び、目が覚めるまでの数時間を枕元で看ていた大嶽丸が、ようやく目を覚ました おりんの顔をのぞき込む
「叔父上 ずいぶんと疲れた顔をされて……わたしは大丈夫ですよ」
蒼白い顔のおりんが、力なく笑いながら応える
「すまん、おりん 俺様は馬鹿で無力だ あの怨霊ととんでもない約束をしてしまった」
憔悴しきった顔で、おりんの手を握りしめる
「う~ん 確かに困りましたね〜 でもお玉様が戻られているのでしたら きっとなんとかなりますよ!」
自分の首元の呪詛を指でなぞりながら 明るく笑ってみせる おりん
「九尾の姉さんと戦えるわけもないが、戦わねば、おりんお前が呪い殺されるんだ……
3日以内に怨霊の容れ物となる 妖怪を見つけねばならんしな」
頭を抱える 大嶽丸の手を強く握り返し “きっと大丈夫”と眼で告げる おりん
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