大嶽丸 屈する
「取り憑くのなら、俺様に取り憑け!!」
おりんの両肩を掴み、赤い瞳をのぞき込む 大嶽丸
「いかな我と言えども、鬼神に取り憑くことは叶わぬようだ さてこの娘の身体は我の瘴気に
どのくらい耐えられるであろうな?」
おりんの可憐な唇が歪み、黒い瘴気のような呼気が吐き出される
「怨霊よ 今すぐおりんの身体から出るのだ!」
掴んだ両肩を激しく揺らすと、おりんの首がガクガクと揺れ苦悶の表情を浮かべる
半ば狂乱しかけた大嶽丸が“はっ”として、その手を止める
「すまん おりん……俺様は、どうすればいいのだ?」
「おじ……うえ…… ほぅ〜この娘、我の憑依に抗うのか? 無駄だがな」
いきなり仰け反ると、苦悶の表情を見せ“ぜぇっぜぇっ”と喉を掻きむしる おりん
頭部や首筋、見えている部分の血管がどす黒く浮き上がり 激しく脈動している
「おりん 今助けるぞ!」
おりんの背中に巨大な手の平を当てがい、神通力を模倣した妖力を通す
“びくんっ”とおりんの全身が波打つが、いたずらにおりんを苦しめただけのように見える
「無駄だと言っておろう この娘の身体から我を追い出すなど、たとえ鬼神の貴様でも叶わぬ」
おりんの口が、苦痛に歪み 絞り出すように言葉を発する
おりんの変わり果てた姿に思わず目を背ける 心が折れ掛かる 大嶽丸
「わかった もうやめてくれ おりんの身体から出てくれるのならば、なんでも望みを聞く
頼む、今すぐおりんを解放してくれ」
「我の望みは、美福門院である妖狐を討ち、縁の者どもを根絶やしにし美福門院の帰る場所を
奪うことだ、それに協力するというのだな」
「ああ 協力する……」
「その言葉に偽りはないか?」
「ああ 偽りなど無い」
おりんのか細い手が大嶽丸の額に呪符を貼り、再び大嶽丸に問う
「お前の名にかけて嘘偽りはないのだな?」
「鬼神·大嶽丸の名にかけて誓う!」
その瞬間、大嶽丸の額の呪符が黒炎をあげて燃え尽き 大嶽丸の発した言葉が、まるで物質と化したように空中に留まり 鬼〜神〜大〜嶽〜丸〜の〜名〜に〜か〜け〜て〜誓〜う
言霊となり、空中を漂う文字が、徐々に崩れていくと一本の鎖のように繋がる
「鬼神よ、貴様も神の端くれならば言霊の重さを知っているな? この縛りはこの娘に背負ってもらうぞ」
「やめろ!! なぜおりんなのだ〜!?」
大嶽丸の言霊の鎖がおりんの首に巻き付き 呪詛が入れ墨のように刻まれる
膝から崩れ落ちる 大嶽丸
「誓いを破ったら、この娘がどうなるのか解っているな? まずお前にやってもらう事だが
我の容れ物となる妖怪か半妖を探してこい 我は、やることがあるのでな3日後に戻る
それまでに用意ができなければ、再びこの娘に取り憑くことになるぞ」
「わかった3日後だな、必ず用意しておく」
抱きかかえていた おりんの身体から急に力が抜け、両腕が”だらり”と垂れる
顔にも血色が戻り、浮き上がっていた血管が嘘のように、透き通るような肌へと戻っている
しかし今、この場で起きた出来事が現実である事を、おりんの首筋の呪詛が物語っていた
「すまんおりん お前を守ってやれなかった 姉さんと戦うなんて俺様には出来ない しかし
戦わねば おりんの命は無い……俺様はどうすれば良いのだ?」
眠ったように目を覚まさないおりんを抱き上げ 鈴鹿城へと帰る 大嶽丸
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かつてこの国には、天武修練者という子供たちが居た
エヴァ達の指導で、魔力を習得し 精霊を宿し、ナーダらとの戦いで活躍した子供達は
エヴァ達が異世界に帰ると同時に、その魔力と精霊は消滅した しかし生身で習得した剣技や
精神は、その身体に残っており 今では、全員が日の本の中枢となる役割を担っていた
しかし、彼らとは別にエヴァから直接に力を分け与えられた人間が2人存在した
本多忠勝ともう1人が、お雪である
彼女は、エヴァ達が異世界へと戻った後も力を失うことなく、しかしそれを誰にも明かさずに
隠れるように人知れず 潜むように生きていた




