おりんと大嶽丸
「来る 来ない 来る 来ない 来る 来ない 来る 来ない……………」
白い菊の花を手に、花占いをする乙女
「今日も来ない……叔父上、天女様はいったい、いつになったら戻られるのでしょう!?」
花びらの無くなった菊をビードロの花瓶に挿し、右掌をかざすと淡い光に包まれ まるで何事も無かったかのように白い花びらが八枚咲いた菊が現れる
「おりん 毎日毎日、天女様天女様って俺様がやっと魔界から戻ってきたというのに……」
ー『だいたいその菊の花びらは八枚なんだから “来ない”しかないだろ?』ー
「叔父上は、いずれ戻ってくることが解っていましたから 良いのです……
しかし天女様は突然消えてしまわれて、もうお会い出来るかも解らないのです
この花占いで“来る”がでるくらいの奇跡が起きれば、天女様とまたお会い出来るかもしれないではないですか?」
「では、“来ない”から数え始めればよいのではないか?」
「そんなインチキをしたら、天女様に合わせる顔がありません!」
「おりん 魔界で姉さんに聞いたんだけどな、異なる世界を行き来する“渡り”というのはな
1往復しか出来ないらしいのだ だからな天女やルイ達に会うのは、難しいようだな」
「そんな決まり事など、天女様がこれまでにどれだけの奇跡を起こしてきたと思っているのですか!? お腹の赤ちゃんもとっくに産まれているでしょうし……ああ~会いたいです〜
あの天女様のお子様ですよ きっと見目麗しく、可憐で優しく、暴力などとは無縁のお子様に
育っていることでしょう ああ~一目でいいから会いたいです〜」
鈴鹿山脈の御池岳山頂にほど近い、迷いの森の一角にひっそりと佇むあばら家を模しているが
一歩足を踏み入れると豪華絢爛な巨城、鈴鹿城で今日も繰り返される おりんと大嶽丸の問答
2年ほど前に、八岐大蛇こと魔界での名を、魂魄閻魔の下僕という勤めを、妖狐より早く終えた
大嶽丸は、おりんの待つ鈴鹿山に文字通り飛んで戻ったというのに、大嶽丸の顔を見てエヴァや
ルイ、妖狐のことを思い出したのか 大嶽丸の帰りを喜ぶよりも毎日のように天女に会いたいと
恋い焦がれるようになっていた
「おりん 祈祷の時間だ」
人型に変幻した大嶽丸が、山伏の衣装に身を包み おりんの部屋の扉を叩く
「はい 用意はできております」
羽衣にエヴァから譲り受けた千早という、いつもの装束で鈴鹿山脈の安寧を祈願するために
鈴鹿城からほど近い鈴鹿峠にある おりんの母である鈴鹿御前が建てた石碑が納められた祠に
向かう おりんと大嶽丸
鈴鹿城を出て、他の生物が立ち入る事のできぬ迷いの森を抜けると、ほとんど人が立ち入ることのない崖にでる すると中腹にある、つねに霧に覆われた祠が姿を現す
ひょいっと、おりんを抱きかかえると崖から飛び、祠の前で滞空する 大嶽丸
石碑に一礼すると、静かに目を閉じ祝詞を捧げる
”天つ神、国つ神、山の大神よ
古より鎮まり給う鈴鹿の峰に願い奉る
雷の怒り鎮まり、風は和ぎ
雨は潤して災いをもたらさず
雪は恵みとなり、命を脅かすことなからんことを
ここを往く旅人に禍なく
山を護る者に安らぎあり
草木は萌え、獣は憂いを知らず
大いなる調和の中に山河の営み絶えざらんことを
鈴鹿の神霊よ
われ、御前に誓い奉る
この身をもって
この地を護り続けんことを
かしこみ、かしこみも申す”
清らかな風が大嶽丸の頬を撫でる この穏やかな毎日が永遠に続きますようにと大嶽丸もまた
祈りを捧げる
「おりん 今日もまた、よい祝詞であった」
「これから冬になりますから、いっそう気持ちを込めました」
「ふむ 我らが直接に手を出すことはできぬが、おりんの祝詞の神通力でたくさんの人が救われている事だろう」
事実 鈴鹿山脈は、降雪も少なく 天候も安定しているため、大きな事故とは無縁であった
「では帰るぞ 足元に気をつけろよ」
迷いの森に入る、鬱蒼と生い茂る樹々で昼間でも薄暗い道を進むのだが、時折差し込む木漏れ日や、葉擦れの音が今日に限りまるで凍りついたかのように聞こえてこない……
「おりん 俺様の後ろから けっして離れるなよ」
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