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戦国魔法奇譚  作者: 結城謙三
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山崎長徳 死合う!

一歩を踏み出そうとした 山崎長徳の右脚が板の間に張り付いたように固まる

自分よりはるかに小柄なはずの猿飛仁助が、まるで大岩のように前に立ちふさがっているのだ

その目は獅子が、どんな矮小な敵でも逃さないという 骨の髄まで貪り食うという決意に満ちた

これまでに山崎長徳が見たことのない生き物の眼に呑み込まれかけていた


まだ若い山崎長徳には戦の経験というものが無かった 初陣の関ヶ原では刃を交えるどころか

敵の姿を見ることもなく 越前へと引き返し その後は、次の出陣に備え 誰よりも長い時間を

道場でひたすらに腕を磨き続けた 城下での道場では対等に打ち合える相手が居なくなると

越前の名のしれたあらゆる道場へと出稽古に出て、恵まれた体格と才能で一目を置かれるようになる そして次第に名を知られるようになると、数年後には大殿の耳にまで届くようになった

しかし自分には、決定的に足りない物があった この武田の時代が長く平和過ぎたのだ 

真剣で打ち合ったことも無く、生死を掛けての勝負というものの経験が無いにも関わらず 

なにが越前一の槍の使い手だと常日頃からやり場のない憤りを感じていた


山崎長徳は目を閉じ、全身の力を抜くと木刀をそっと下ろした

「猿飛仁助殿 大変な失礼をいたしました この山崎長徳 全身全霊を掛けて死合わせていただきたいと思います」

深々と頭を下げると、木刀を壁に戻し 短槍を取りに信景の元に向かう


「信景様 護衛の任の途中ですが、もしも拙者に何かがあれば、こちらの二人に一乗谷までの

護衛を任せてもよろしいでしょうか?」

そう言いながら、横に座る 佐助と才蔵を見る


「長徳 僕の事を気に掛けている間は、仁助殿にその刃は届かないよ そんな物はすべて捨てて 挑む覚悟を決めるんだ」

長徳の目をまっすぐに射抜く 信景


「ああ 若様の事は任せておけ、あんたが死んだらきっちり一乗谷まで送るから 安心して

死んできたらいいさ」

侍に対しての、あまりにも失礼な佐助の言動 しかし長徳には何よりも頼もしい言葉だった


「かたじけない」

その一言に、すべての思いを込め 再び猿飛仁助の前に立つ 山崎長徳



「これは、眠っていた子を起こしてしまったかもしれぬな ふぉっ゙ふぉっふぉっ」


改めて正対する二人 侍に作務衣の老人 20cm近い身長差に倍以上の年齢差、美丈夫に片端

由緒正しき短槍に朽ちかけた楊枝 知らぬものが見れば、これから始まる虐殺を想像するだろう

掛け声をかけることも、頭を下げることもなく いきなり山崎長徳の短槍が、猿飛仁助の喉に

吸い込まれるように伸びていく 短槍の小さ目の穂先を首をひねって交わすと 束ねた楊枝で

柄を軽く弾く そんな仁助のわずかな動きにもかかわらず 大太刀で弾かれたような衝撃に

短槍が大きく右に弧を描き 思わず後退る 長徳

「いきなり殺りにくるか それで良い、戦場では誰も合図などしてはくれぬからのう」

楽しそうに笑う 仁助


“かっ!!”と目を見開いた長徳が、丹田に息を貯めると唇をすぼめ 細くゆっくりと吐いていく

そして!“突くっ!突くっ!突くっ!突くっ!突くっ!突くっ!突くっ!突くっ!突くっ!突くっ!突くっ!突くっ!突くっ!突くっ!突くっ!突くっ!突くっ!突くっ!突くっ!突くっ!”

豪雨のような刺突が、長徳の息の続く限りと繰り出される

しかしそのすべてを、束ねた楊枝で柄を弾かれ、穂先の腹を弾かれ、身体の中心を狙った刺突さえもわずかな動きで軌道を逸らされ 猿飛仁助の身体に触れることも叶わない いや触れるどころか、その場から動かす事さえ叶わずにいた

山崎長徳の動きが止まる “ぜぇっぜぇっぜぇっぜぇっぜぇっ”と貪るように息を吸い込む


「ふぉっふぉっふぉっ 良い眼になってきましたな 飢えた獣のようじゃ しかし獣では、このわしには届きませぬ」


「まだだっ!!」

上段に構えようとする、その腕が上がらない


「終わったようだ 頑張ったのだがな……」

才蔵が独り言のように呟く


両肘の内側にそれぞれ楊枝が突き立ち 喉と鳩尾に刺さった楊枝が、長徳の呼吸を奪っていた



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