ネボアの決意
一乗谷の城下は、昨日の袴着の儀の話題で活気だっていた
主役である、朝倉信景がどれほど凛々しく、幼いながらも立派な姿を見せていたか
周辺諸国から、名だたる大名やその重臣が参られ 華々しい装いで境内が埋め尽くされたか
ここ数年は暗い話題が多かった朝倉家の未来は、信景によって隆盛を極めるだろう
そう信じられるほどに、昨日の袴着の儀は朝倉家の威厳を感じさせた
そして城下の者たちは、表通りに出ると、まもなく通りに現れるであろう
信景の奉納参拝行列を一目見ようと、仕事や家事の手を止め、今や遅しと待ち構えていた
“チンッチンッピャララ〜ドンッヒャララ〜チンッチンッドンッヒャララ〜”
笛や鼓の楽隊を先頭に、法螺貝を吹きながら練り歩く僧侶 それに少し遅れて甲冑姿の家臣団が続き、ひときわ立派な芦毛の馬に跨る朝倉信景が目抜き通りへと姿を現す
“おおぉ〜”と言う感嘆のため息がそこかしこで上がる
烏帽子に金襴の陣羽織を羽織り、外套の背には大きく朝倉家の家紋である三盛木瓜をあしらい 指貫の袴を合わせた信景が人々の前を通過していく
右手に笏を持ち、左手で通りの人々の目を見ながら、穏やかに手を振り笑みを浮かべる
この一瞬の邂逅で、人々の心を掴む信景であった
そしてこの行列は目抜き通りを抜け、朝倉家の菩提寺である【越前善導寺】を目指す
そして意外な事に沿道で見送っていた大半の人々が、行列の後に続いて歩き始めたのだ
善導寺での参拝の間も山門で見守り、そこから守護神社である八幡神社に向かう道程では
さらに人数が膨れ上がり 一乗谷に戻った時には人々の静かな熱気で城下が色めき立っていた
下々の者たちまで巻き込み、共に歩き続ける参拝行列など前代未聞だと
近隣諸国から招かれていた者たちの目にも好意的に捉えられ わずか5歳の信景の名が広く知れ渡ることとなる
その夜、昨日にもまして上機嫌な朝倉義景が信景の元に顔を出す
「信景 お前の今日の立ち居振る舞い見事であった 父は鼻が高いぞ」
双眸を細め、嬉しさを堪えきれないという様子の義景が運ばれてきた酒に手を伸ばす
「ありがとうございます 父上、今日はわたしからお話があります できればお酒を控えて聞いていただきたいのですが……」
これまでのネボアは、表層に出ることで何者かの魔力探知に掛かることを恐れた結果、信景の影に潜み 信景が九割 ネボアが一割といった割合で今までひっそりと生きてきた
しかし一乗谷に来て以来、父、義景の呪詛を聞かされ続けた影響だろうか? 生母に会えない寂しさか? ネボアの中の抑えきれない衝動が徐々に強まり、自らの本能を表に出したいという
葛藤へと変わっていった しかし信景として長く生きてきた経験からか理性的に妥協点を探すという共存の道を模索する姿勢へと変わっていた
これは、ネボア自身がもっとも驚いている変化である 他種族を根絶やしにすることのみが
生きる目的だったネボアが、宿主である信景を慮り その両親の愛に応えたいとさえ思う
この心境の変化に驚き戸惑うネボアであったが、昨夜ある考えに至った
殺戮以外の感情しか持ち合わせていないと思い込んでいたネボアだが、母竜ベヒーモスに対して
間違いなく愛情を感じていた、そしてフォゴとナーダという兄弟竜にも愛情を抱いていたのだ
そうでなければ岩村城でフォゴとナーダが瀕死の状態になった時に自分のことを顧みずに融合など出来なかったはずである
「おおっ そうか信景 お前から父に改まって話があるなど、初めてのことだな よし今夜は酒を控えるとしよう」
「父上、わたしは父上を愛しています この一乗谷に居るみんなの事も、すべての領民も大事に思っています そして父上が毎晩話されるように……この国は、父上が治めるのが相応しく
朝廷にも朝倉家の重要性を再認識させねばなりません」
「ほ〜う 信景よ お前にも解ってきたのだな」
「はい父上 しかしながら、わたしがもう少し成長するまで待って頂かなくてはなりません
あと3年 3年後に父上の天下を奪りに行きましょう それまでは水面下で天下取りの下準備
をせねばなりません」
「信景よ 父にこの国を、幕府を倒せと言っているのか? いや父は、お前さえ元気に生きてさえいてくれれば なにも望む事など……」
「わたしが、この国を奪うのです 父上」
信景の表層に浮かび上がったネボアの眼に、魅了されていく朝倉義景
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