夫婦
どのくらいの時間か、知るすべも無いが。。。俺は、死んでいたのだと思う
体中のすべての細胞が、ひっくり返るような感覚、耐え難い痛み
足の爪先から、徐々に上へと膝、腰、腸まで進み 激痛に歯を食いしばり
すべての奥歯が割れ崩れ落ちていた この激痛が心の臓に達した時に、俺は死を確信した
そして予想通りの死を、受け入れ苦痛から解き放たれる事を選ぼうとした時
あの人の声が確かに聞こえた気がした この俺に助けを求める声が
愛おしいという言葉などでは、まるで足らない あの人の声が。。。
あの人への思いを言葉にする言葉を 人類は、未だ発明していないのでは?
そう思えるほどの、未だ発明されていない言葉で、あの人を思う
死ぬのは辞めだ 俺を必要としている 助けを求めている あの人の元へ帰ろう
激痛も心の臓を通過し喉元へと迫る 心の臓、下腹部を乗り越えた 今となっては
冷静に自分の状況を顧みる事の出来る程度の痛みでしかない
巨大な岩の塔を登り切り、大天狗と立ち会い何十回と殺されながらも一太刀を入れ
尊天の加護を授かる権利を得る
これから地獄が始まると言われ、それまで以上の地獄がある物かと高を括ったが
大海に小さな筏で投げ出され、指先から、爪先から。。。これまでに経験したことの無い
形容し難い、すべての細胞がひっくり返るような、捻じり切られるような痛みに襲われ
何度も殺してくれと懇願しそうになる心をあの人への想いで乗り切った
ここに来て何日が経っているのだろう? みんなは無事だろうか? 火竜は?
おそらく この地獄も、まもなく終わりを迎えるだろう
指先に、爪先に、血が流れていくのを感じる 新しくなった心の臓から力強い鼓動
が感じられ、全身へと新しくなった血管を通り 細胞の一つ一つが、分裂を始める
これまで動かす事の出来なかった手足が、新たな血液の供給を受け かつて無いほどに
力が漲っていく事を感じる
例の痛みが、顎に届き、砕けた奥歯が“バキバキッ”と音を立て再生されていく
ああ 良かった。。。これで、あの人に会った時に余計な心配をさせずに済む
新岐阜城 天女御殿
数時間前に、満腹丸の側にいたエヴァは、大いに慌て取り乱した これまでの人生で
あれほどに自分の感情のコントロールが出来なかった事は無いと言うほどに
尊天の加護を授かるために魔王殿へと入った 本多忠勝·私の旦那様が死んだのだ
従属の契が 忠勝の死を突然に告げたのだ 激しく胸が締め付けられ、呼吸をする事さえが困難となり、とめどなく流れ落ちる涙を止める手段もなく 胸を抑え蹲り
ひたすらに忠勝の気配を探った
「天女様!どうされたのですか!?。。。。」
「天女様!天女様!!。。。。。。」
遠くの方で聞こえる おりんちゃんと茶々ちゃんの声に答える事も出来ずに、震える体を
両腕で必死に抑えた
その時に、初めて気がつく おりんちゃんやお玉様が言ったように、生きて帰れるかは
解らない 地獄のような試練だと。。。 それなのに私は、旦那様なら大丈夫!
きっと無事に戻ってくると、なぜそのように思えたのだろう? 私の愚かさのせいで
大事な人を、かけがえの無い人を失ってしまった!!
それから数分後“トクンットクンッ”忠勝の心音を感じる
ああ〜生きていた! 生きていてくれた!! ようやくと頭を上げると
目を丸くして驚き狼狽えている、おりんちゃんと茶々ちゃんと目が合う
その顔が、酷く滑稽で3人でおもわず笑いあってしまった
私の顔も、よほど酷かったのだろう。。。
「天女様、一体何があったのですか?」
「忠勝殿が、数分ですが、死んでしまったのです でも息を吹き返しました」
「そんな事が、解るのですか!?」
「はい 私には、解るのです 生きた心地がしませんでした。。。」
「天女様は、旦那様を愛しているのですね〜」
「そうですね 茶々ちゃん すごく愛していると思っていましたが、自分で思っていたよりも、ずっとずっと愛していたようです」
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