妖狐 散る
兄弟竜の魔力供給を受け、なんとか動けるようになった夜叉
沈黙を続け、生死さえ不明な崇徳院から、体の主導権を取り返し
兄弟竜の居る、御嶽山へ帰ろうと上体を起こす
「妖狐の生死はわからんが、約束通り、この体は、貰うことにしよう。。。」
夜叉の声帯から、言葉を初めて発し その声音が、思いの外に美しかった事が
なぜか面白く、引きつった笑い声を上げる
左手を杉の木に添えて体を支え、失った右手首を見る 出血は無いが、ずきずきっとした
痛みを感じる
「無事に再生出来ると良いが。。。帰ろう。。。」
空中に一歩を踏み出し、魔力感知で天女の位置を探る 京の市中に居る反応を捕らえ
それを迂回するように南へと空中を滑るように飛ぶ 夜叉
胸に抱いた妖狐を、極力揺らさぬように慎重に、しかし飛ぶように走る エヴァ
御所の南を抜け、下鴨神社の山門を潜る
葵生殿の横に建てられた、鳩小屋へと急ぎながら 妖狐が、意識を取り戻した事を察し
足を止める
「お玉様、気が付きましたか? 必ず助けますから、もう少し頑張って下さい!」
弱々しく瞼が開き、頭だけをエヴァに向ける 妖狐
《手間をかけるね、でもね この呪いを解く術は無いんだよ》
「でも、おりんちゃんなら。。。おりんちゃんなら、もしかしたら。。。」
境内の玉砂利の上に座り込み、妖狐を抱えこむエヴァの姿に何事かと、集まってくる人々
《無理なんだよ 天女や。。。あたしには、人に誇れるものなど、何も無い生だったけどね 最後にあんたの胸の中で死ねるなら 悪くない生だったね ありがとうよ》
「お玉様!駄目です 死なないで下さい!」
見知った顔を見つけ 伝書鳩を持ってくるようにと頼む エヴァ
《あんたらに残してやれる物など何も無いけどね。。。あんたの旦那だけ、少し手伝ってから逝く事にするよ。。。》
わずかに開いていた瞼が閉じられ、最後に溜まっていた息を、すーーっと吐き出すと
静かにそして穏やかに、エヴァの胸で今生での、生を終えた 妖狐
その肉体は、光の結晶へと変わり エヴァの指の間を抜け 天へと登って行く
玉砂利に頭を付け、蹲り、残された殺生石を抱きしめ 咽び泣く エヴァ
エヴァを取り囲んでいた 人垣までもが沈痛な空気に包まれ、目頭を抑える
人混みを掻き分け、真田幸隆がエヴァの横にしゃがみ込む
「お狐様は、お玉様は、逝ってしまわれたのですか?」
「はい 私が、ついていながら。。。私の力が足りぬばかりに! もっと強くならねばなりません 誰も死なせぬように!」
奥の院·魔王殿から、この空間に来てから、どの位の時間が経過したのだろうか?
1時間? 1日? 1週間? 一切の光も差し込まず 一切の体の感覚もない
まるで意識だけが、暗闇の中に投げ込まれたような 虚無な空間が広がり 時が流れる
ただひたすらに真言を、唱え続ける 本多忠勝
“オン バサラ ダルマ キリベイ シラマナヤ ダルマ ハラマソ バミウン ソワカ
オン バサラ ダルマ キリベイ シラマナヤ ダルマ ハラマソ バミウン ソワカ
オン バサラ ダルマ キリベイ シラマナヤ ダルマ ハラマソ バミウン ソワカ
オン バサラ ダルマ キリベイ シラマナヤ ダルマ ハラマソ バミウン ソワカ”
いつ終わるとも知れない 真言を唱え続けていると
目の前が、薄く光をたたえ 人の気配に目を凝らす
巨大な体躯 忠勝よりも更に大きい2mもあろうかという 大天狗
忠勝を見下ろし 笑った気がした すると漆黒だった空間に夜空の星々程の灯りが滲み
大天狗の足元が、ずんずんとせり上がっていく 忠勝の、目の前に200m程の岩の塔が
聳え立ち その上で、手招きをする 大天狗
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