与夢
ここは、何処までも続く草原 三方ヶ原だろうか?
見事な栗毛の駿馬に跨り、足の運びに合わせ揺れる
たてがみを掴む小さな白い手に、言葉にできない愛おしさを感じながら
自分の足の間に座る 3歳ほどの娘をそっと右手で抱き寄せる
肩まで伸びた黒い髪に巫女の衣装を纏い、凛と伸びた背筋に
この娘は、紛れもなく自分と天女様の子供であると確信している
抱き寄せる右手に、更に力を込め引き寄せながら 娘の顔を覗き込む
天女様に瓜二つの、この世の者とは思えない美しい顔立ちに
幼児とは思えない知性をたたえた双眸 微笑みを浮かべた唇
自分は、この娘を守る為だけに生まれてきたのだと
太陽が東より昇り 西に沈む事よりも、遥かに明瞭な世界の摂理であると確信する
ただひたすらに幸せである 今 この時が俺の幸せの全てである
この幸せをこの手に入れるためならば。。。この幸せを守るためならば。。。
俺は恐れるものなど何も無いではないか!?
夢である事を、確信している夢 何者かから与えられた夢
この夢にいつまでも、いつまでも浸っていたい この娘を愛でていたい
この夢が、まもなく覚める事は、わかっている
「気が付きましたか?」この世でもっとも愛しい人の声
「ここは?」いくつかの燭台に灯された火が揺れる
「なぜ、泣いているのですか?」そう言われて初めて、自分が泣いていたことに気づく
「夢を見ていました。。。嬉し泣きです」気恥ずかしさから、頬を拭う
「あの浴場が混浴になっていたとは、驚きました」ふっふっと笑う エヴァ
「天女様、好きです 心から貴女を愛おしく思っています」
がばっと起き上がり、天女の手を取る 本多忠勝
あの夢のような未来が待っているのなら なにを恐れる事などあろうか。。。
「私も忠勝殿が好きですよ」
気を失いそうになる喜悦 手放しそうになる意識を必死に繋ぎ止め
エヴァへと体を寄せる これも夢なのでは?と疑うが
エヴァの湯上がりの香りに現実であると安堵する反面、初陣の時以上の昂ぶりに襲われる
強く抱きしめると折れそうな、か細いエヴァの体を、壊れ物でも扱う様に優しく抱き寄せ
これまでの人生で、もっとも幸せな時を迎える 本多忠勝
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~
「そういえば、昨夜見ていたと言う夢は、どのような夢だったのですか?」
「それは。。。言いようも無いほどに幸せな夢でした」
朝日に照らされたエヴァの横顔に見入り、様々な感情を噛み締める
「与夢。。。本当に夢を与えられる部屋だったのですね」
「死ぬまで忘れる事の出来ない夢と時間でした」
恥ずかしそうに頬を染める 2人
用意を整え、部屋を出る 丁寧に扉を閉め 木札を見る〔与夢·弐号〕
お代は要らないと言う老婆に、過分な代金を支払い宿を出る
「越後まで休まずに向かいますよ 遅れるようでしたら春日山城で落ち合いましょう」
「天女様、今の拙者に出来ぬ事などありません 天女様こそ送れないで下さい」
西近江路をさらに北進し、琵琶湖の北端をかすめ、東に折れる
数時間の間、一切の会話も無いが、焦燥や不安を感じることも無く
ただ黙々と足を前に前にと進める 2人
信濃へと入り、越後との国境に接する海津城に居る、高坂昌信に武田信玄から預かった文を届ける
「これは 本多忠勝殿、天女様お初にお目にかかります 高坂昌信です
お二人のお噂は、様々な方面より聞き及んでおりましたが
上杉謙信の抑えの為、ここ海津城を離れる事の叶わぬ身ゆえ、ご挨拶が遅れました事
ご容赦頂きたい 我が主、武田信玄を救って頂きました事、改めて御礼申し上げます」
「いえ 礼にはお呼びません それ以上の物を、お館様には頂いております
高坂殿がここで睨みを効かせているおかげで、越後も容易くは攻め入る事が出来ないとも聞いております お気になさらないように こちらが、お館様より預かった文です」
「では、お二人には時間が無いようですので 失礼して」
文を広げ、目を通す 高坂昌信の顔に影が指す
「子細承知しました 上杉謙信が朝廷にあるいは、新幕府に叛意を翻す可能性があるために、国境に兵を配備するようにとの事ですので、急ぎ用意をしたいと思います」
「そうならないように、上杉謙信に会って参りますが 念の為の準備をお願いします」
慌ただしく、海津城を後にする 2人
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